〒634-0804
奈良県橿原市内膳町1-1-19
セレーノビル2階
なら法律事務所
近鉄 大和八木駅 から
徒歩3分
☎ 0744-20-2335
業務時間
【平日】8:50~19:00
【土曜】9:00~12:00
権藤成卿の政治思想はたしかに理説としての精度は高くはありませんし、現実の政策に展開するにはあまりも観念的です。でも、間違いなく日本の土から生まれた思想です。国難的危機に際会したときに、巨大な政治的エネルギーを呼び覚ますことができるのは権藤のような土着の思想だと僕は思います。
2025年5月13日の内田樹さんの論考「月刊日本インタビュー「権藤成卿論を書いて」(その1)」をご紹介する。
どおぞ。
―― 内田さんは新著『日本型コミューン主義の擁護と顕彰 権藤成卿の人と思想』(弊社刊)で、戦前のアジア主義・農本主義の代表的思想家である権藤成卿の思想を再評価しています。
内田 権藤成卿は「聖王と良民」が中間的権力装置を排除して直接結びつく「君民共治」「社稷自治」を理想とする政治思想を唱えました。政治思想としての完成度は決して高くありませんが、これが日本人が外来の思想に頼ることなく自力で生み出したオリジナルな政治思想であることは間違いありません。
どのような国民集団も自分たちの存在理由、存在根拠についての固有の「物語」を持っています。現実の政策がその物語に合致していれば、それは強い現実変成力を持ち、物語に合わない政策は、表面的には合理的なものに見えても、現実を変えるだけの力を持たない。
現在、日本はシリアスな、国難的危機に直面しています。これに対処するためには、区々たる政治的立場の違いや階級の違いを超えて、国民的規模でひとつにまとまる政治思想が必要です。そして、それは日本固有の、土着のものでなければならない。どこかから「出来合いの正解」を持ち込んできても使い物になりません。僕はそう思っています。
権藤成卿の政治思想はたしかに理説としての精度は高くはありませんし、現実の政策に展開するにはあまりも観念的です。でも、間違いなく日本の土から生まれた思想です。国難的危機に際会したときに、巨大な政治的エネルギーを呼び覚ますことができるのは権藤のような土着の思想だと僕は思います。
―― 内田さんは現在の危機をどう見ていますか。
内田 世界は間違いなくカオス化しています。でも、まったくランダムに秩序が崩れているわけではない。一つの方向性はあります。
明かなのはアメリカが超覇権国家としてのグローバル・リーダーシップを失うということです。トランプ政権は「アメリカファースト」を掲げて国連を中心とする戦後の国際秩序から撤退しようとしています。
アメリカの戦後80年のリーダーシップはかなり欺瞞的なものでしたけれども、「民主主義の宣布、人権の擁護、科学技術の進歩」という「建て前」だけはなんとか手離さずに来た。本音は「アメリカさえよければ、それでいい」であっても、建て前では「世界、人類のためにアメリカは汗をかいています」という「痩せ我慢」をしてきた。しかし、トランプはその「偽善」を笑い飛ばしました。世界中の国が自国益の最大化をめざして好きに行動している時に、どうしてアメリカだけが「世界のために」金を出し、血を流さなくてはいけないのか。どうしてアメリカは「ならずもの国家」になってはいけないのか。きれいごとの建前を放棄すれば、アメリカは間違いなく「世界最強のならずもの国家」になれる。グローバル・リーダーよりもその方がオレはいい。トランプが言っているのは要するにそういうことです。その粗暴な本音をアメリカの有権者の過半が支持した。
ホッブズやロックやルソーの近代市民社会論が説いたのは、「万人の万人に対する戦い」の世界では、どれほど強い個体も安定的に自己利益を確保することができない。だから、ほんとうに人間が利己的にふるまうなら、あえて私権の一部を譲渡し、私財の一部を供託することで「公共」を立ち上げるはずである、という理路でした。国連やさまざまの国際機関はこのアイディアを国際社会に適用したものです。「万国の万国に対する戦い」を停止するには、「公共」を立ち上げねばならない。そう考えて国連や国連軍は創設された。でも、ご承知のように、このアイディアは市民社会のようには現実化しませんでした。
第一次世界大戦後の国際連盟、第二次世界大戦後の国際連合、二つの国際協調主義が試されたましたけれど、いずれも機能不全に陥った。近代市民社会モデルを国際政治に適用することはどうも難しいようだということを人類は学んだ。そこで、20世紀以前の「帝国による世界秩序」に回帰することにした。「歴史の引き出し」をどれだけかき回してみても、国際社会がそれなりに秩序を保っていたスキームとしては、それしか見つからないからです。
帝国が瓦解して、国民国家に分割されたのは、19世紀の間に起きたことですが、帝国解体の最大の理由は「帝国モデルでは国民国家に戦争では勝てない」ということをナポレオン戦争が証明したからです。帝国モデルでは「総力戦」が戦えない。政府と軍隊だけでなく、財界も学界もジャーナリズムも銃後の市民も全員を戦争に動員できるモデルは国民国家しかなかった。だから、ヨーロッパの人々は争って帝国を解体して、国民国家に仕立て直した。
日本で明治維新が起きたのも、それぞれの藩の利益を最優先に考える276の政治単位が並立するという「帝国モデル」の幕藩体制のままでは、戦争に負けて、列強の植民地になるというリアルな危機感に迫られたからです。それは単立の藩である長州が英仏米蘭の四カ国軍と戦争して負け、薩摩が英国と戦争して負けたことで証明されました。
確かに国民国家になった日本は戦争には強かった。列強による植民地化に抗うことはできた。けれども、国民国家モデルでは、国同士の戦いが起きた時にそれを調停し、仲裁し、理非を決する「上位審級」を創り出すことはできません。そのことが国連の機能不全でよくわかった。そこで人々は(無意識のうちに)国民国家モデルがうまくゆかないなら、国民国家以前のスキームに戻ればいい・・・・というふうに考え始めている。というの僕の推理です。
これから世界は旧中華帝国、旧ロシア帝国、旧神聖ローマ帝国(EU)、旧ムガール帝国(インド)、旧オスマン帝国(中近東)、新アメリカ帝国という6つの帝国圏に再編されてゆくと僕は考えています。アメリカ帝国が没落途上である今、単独で世界を支配できるだけの力を持つ帝国は存在しません。ですから、帝国は互いの国内秩序には干渉せず、それぞれの勢力圏を決めて「棲み分け」をする。それで暫定的には「今よりまし」な世界秩序がもたらされる。たぶんそういう見通しを多くの人が持つようになっているのだと思います。
帝国の勢力圏が確定するまでの過渡期には小規模の戦争や紛争は続くでしょう。ウクライナ戦争はEU帝国とロシア帝国の勢力圏確定をめぐる衝突ですし、台湾有事が起きるとしたら、それはアメリカ帝国と中華帝国の勢力圏確定をめぐる衝突として起きる。