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「いるべき時に、いるべきところにいて、なすべきことをなす」のが武道の要諦だということです。
2025年6月18日の内田樹さんの論考「武道的思考(KOTOBA収録)(その2)」をご紹介する。
どおぞ。
武道の変質の歴史
武道では勝敗強弱巧拙遅速を競うということをしません。人は負けると「負けに居着く」。屈辱感や敗北感にいつまでも囚われて、次のフェーズに進むことができない。あるいは「次は勝つ」という限定的な目標に居着いてしまう。勝てば勝ったで、「勝ちに居着く」ということが起きます。ある意味では「勝ちに居着く」ことの方が、「負けに居着く」ことよりも危険かも知れません。勝ったという成功体験に居着いてしまうからです。人は一度成功すると、その成功体験を手放すことに強い心理的抵抗を覚えます。同じ成功体験を繰り返そうとする。でも、修行とは「居着かないこと」です。「勝ちに居着く」者は「負けに居着く」者と同じく、連続的な自己刷新機会を放棄することで修行から脱落した者なのです。
武道は「生きる知恵と力」を最大化するための技術です。さまざまなリスクを回避して生き延びるための知恵です。
柳生宗矩の『兵法家伝書』には「座を見る 機を見る」という教えが書かれていますが、要するに「いるべき時に、いるべきところにいて、なすべきことをなす」のが武道の要諦だということです。用事のないところに長居して、言わなくてもいいことを言って命を落とした者も多いと宗矩は書いています。ことさらに敵を作って、ライバルと勝敗を競い、負けて負けに居着き、勝って勝ちに居着いてはならないというのは古くからの教えなのです。
戦国時代までの武道はスポーツではなく、まさに「生き延びるための知恵と技術」だったはずですが、江戸時代になると次第に「効率的な殺傷技術」になってきました。当時の伝書にすでに「最近の人は即席に上達する方法を知りたがる」という嘆きが書かれていますから、修行的な要素は江戸時代からすでに逓減していったことが知れます。しかし、武道の質が一気に変わるのは明治維新によってです。それまで、武道は武士階級だけのものであり、戦場での武勲がただちに一国一城の主としての統治能力を意味したわけですから、武道的な能力の高さは治国平天下の統治の知恵に通じるものとされていました。でも、幕末から武道は侍だけでなく、町人農民もたしなむようになりました。そして、西南戦争以後、全国民を兵士に仕立て上げる「富国強兵」政策が採られるに至り、武道から修行的な要素がほとんど失われ、誰でもある程度までは体系的に習得できる殺傷技術に矮小化されることになりました。
講道館柔道の嘉納治五郎先生は柔道を学校体育に採り入れることを願っておりましたが、最初は審査で不可とされました。型稽古を見たドイツ人の審査員が「ふつうの人間はこんな奇妙な動きをしない」と言って学校体育になじまないとしたのです。翌年の審査で乱取りを見せたところ今度は合格した。レスリングと同じように、筋骨を発達させ、運動能力を引き出すのに有効と判断されたのです。学校体育における柔道はそのせいで乱取り中心のものになりました。型稽古の場合は師弟の対面稽古が基本ですが、乱取りであれば指導者一人いれば全級一斉授業ができます。学校の教科としてはその方がはるかに効率がよい。
嘉納先生はこの傾向を憂えて、「精力善用国民体育」という型中心のプログラムを考案して、型稽古中心の柔道に戻ることを提言しました。でも、教育現場の柔道家で嘉納先生の言葉に耳を貸す人はもうほとんどいませんでした。
明治維新に続いて二度目の武道の受難は敗戦でした。GHQは武道を全面禁止しました。特に剣道は軍国主義イデオロギーの宣布に加担したということで厳しく禁圧されました。やむなく文部省は「しない競技」と名前を変えて、「これは武道ではなくスポーツだ」として剣道の延命を図りました。
緊急避難的にはこれはしかたのない判断だったと思います。でも、それなら占領が終わった時点で「剣道はスポーツではない。武道である」と改めて前言撤回すべきでした。しかし、文部省はそれを怠った。そのせいで以後武道とスポーツの「違い」を主題的に論じることが武道界では忌避されるようなりました。
僕の稽古している合気道は大正末期に体系化された近代武道ですが、古来の武道の伝統にならって競技ということをしません。
開祖植芝盛平先生は飛んでくる銃弾が見えたり、触れずに相手を倒すというような超能力的な技を使われたそうです。現在の合気道はさすがにそのような超人的な能力の開発をめざすことを掲げてはいませんが、勝敗強弱を論ぜず、精密な心身の使い方を探求する修行系の武道として、合気道は今世界各地に多くの修行者を擁しています。