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内田樹さんの「『コモンの再生』韓国語版まえがき」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1723

日本はアメリカの軍事的属国です。基幹的な政策については、それが安全保障であれ、外交であれ、エネルギーであれ、食料であれ、アメリカの許諾なしには何一つ決定できません。

 

 

2025年6月18日の内田樹さんの論考「『コモンの再生』韓国語版まえがき」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 みなさん、こんにちは。内田樹です。

 このたび、『コモンの再生』の韓国語版が刊行されることになりました。これでたしか僕の本の韓国語訳は57冊目になるはずです。これはたいした数字だと思います。

 先月、韓国を訪れて講演をしました。その時に頂いた演題は「日韓連携」というものでした。その機会に「どうして僕の本は韓国で読まれるのか?」という話をしました。聴き方によってはあまり品のない問いの立て方です(「なぜ僕はこんなに人気があるのか?」なんて話、ふつうは誰も聞きたくないんですよね)。でも、僕はこの論件には興味があります。というのは、僕の本をこんなに精力的に訳してくれているのは韓国だけだからです。

 中国語の翻訳は『日本辺境論』や『若者よマルクスを読もう』などいくつかありますが、たいした点数ではありません。それでも外国語翻訳があるのは、韓国語と中国語だけです。不思議だと思いませんか。フランス語の雑誌とドイツ語の雑誌とスイスのラジオ局からはそれぞれ過去に一度インタビューを受けたことがあります。欧米語圏からの取材はそれだけです。英語圏からは取材も寄稿依頼も翻訳のオファーも来たことがありません。一度だけ香港の英字紙からインタビューのオファーがありましたが、担当者の態度があまりに横柄だったので、こちらから断りました。

 韓国語訳が出るにつれて、この「英語圏からの組織的な無視」が気になってきました。いや、もちろん単に「つまんないから」という説明でも十分に合理的なんです。でも、もしかすると英語圏の読者は日本人が書く「状況論的な論考」にはまったく興味がないのかも知れない。だって、村上春樹とか平野啓一郎とか吉本ばななとかの文学作品はじゃんじゃん英訳されているわけですからね。文学については日本人の才能を高く評価するけれど、状況的な論点についての日本人の分析は「読む価値がない」と英語圏では思われているとしたら、この事実はなかなか興味深いと思います。

 例えば、僕が敬愛する「状況論」的な書き手というと、戦後日本では吉本隆明、埴谷雄高、江藤淳、橋本治、加藤典洋というような名前が僕の脳裏には浮かびます(かなり選好が偏ってはいると思いますが)。でも、ネットで検索すればすぐにわかりますが、このリストの中で英訳があるのは、江藤の一冊だけです(『閉ざされた言語空間』)。吉本も橋本も加藤も英語訳は一冊もありません(吉本は『共同幻想論』の仏語訳がありますが)。でも、これでは戦後日本人が政治について何を考えていたのか、何を熱く議論していたのかがわからない。英語圏の政治学者や社会学者のものは決して「一流」とは呼べない人のものでもどんどん和訳が出ているというのに、この非対称性はどういうことでしょう。

 これは英語圏の人たちは(主に「アメリカ人は」ということですが)、日本の知識人が自分たちの社会と世界をどうとらえているかについて全然興味がないということを意味していると、そう解釈してよいと思います。

 日本はアメリカの軍事的属国です。基幹的な政策については、それが安全保障であれ、外交であれ、エネルギーであれ、食料であれ、アメリカの許諾なしには何一つ決定できません。いや、別に「許諾」なんか要らないんです。なにしろ「アメリカの国益を最優先に配慮する政治家しか安定的に政権を維持できない」と日本の政治家は(与党だけではなく、野党の一部も)信じているんですから。

 現にアメリカに忠実に隷従している国について「こいつらはどうしてこんなに卑屈なんだろう」と考えるほどアメリカ人だって暇じゃありません。もっと他に考えなければならないことがありますからね。

 

 でも、僕の書き物の中で一番頻繁に言及されるのはアメリカです。アメリカの政治、アメリカの映画、アメリカの音楽、アメリカの文学...そういうものについて僕は大量の文章を書いてきました。この本に収められている論考でもアメリカへの言及が一番多いはずです。というのは「アメリカ人は何を考えているのか?」ということが属国の民である僕にとっては非常に緊急性の高い論件だからです。アメリカ人の「欲望のありか」を探り当てることが、日本のこれからを予測する上で欠かすことのできない情報だからです。

 でも、アメリカ人にとっては「日本人が何を考えているのか?」「日本人は何を欲望しているのか?」はいかなる知的関心も喚起することのない問いです。もちろん経済的なイシューについては(日本車の輸入台数とか日本資本の米企業買収とかには)多少は関心があると思います。でも、それは「日本人はどういう手段を使って金儲けをしようとしているのか」という問いに縮減されますし、それはどれも「アメリカ人でも考えそうな金儲けの手段」リストにすでに記載済みのものです。そんな問いは日本研究のインセンティブにはなりません。