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日本はかつて朝鮮半島を植民地化し、はげしい収奪を行い、朝鮮人の人権をふみにじった過去を持つ「加害国」です。そして、この植民地支配について、いまだに十分な謝罪と補償を行っていない。
2025年6月18日の内田樹さんの論考「『コモンの再生』韓国語版まえがき」(後編)をご紹介する。
どおぞ。
このように日米間には知的関心において驚くべき非対称性があります。それと比較したときに、日韓国民の隣邦に対する関心の高さもまた驚くべきレベルにあります。
2024年に日本を訪れた韓国人は880万人です。中国の700万人、台湾の600万人を大きく上回っています。同時期に韓国を訪れた日本人は300万人です。人口の母数では日本が韓国の約二倍ですから、「隣邦への関心の高さ」という抽象的な概念を旅客数だけで計測すれば(ほんとうはそんなことをしてはいけないのですが)、韓国民の日本に対する関心は、日本人の韓国に対する関心の6倍(!)ということになります。すごいですね。
それは日米関係で用いたスキームを適用すると、韓国の人たちは「日本人が何を考えているのか?」「日本人は何を欲望しているのか?」という問いに切実な関心を寄せているということを意味している。僕はそんなふうに考えます。
日本はかつて朝鮮半島を植民地化し、はげしい収奪を行い、朝鮮人の人権をふみにじった過去を持つ「加害国」です。そして、この植民地支配について、いまだに十分な謝罪と補償を行っていない。少なくとも韓国の人たちの多くはそう感じています。それどころか現代日本の歴史修正主義者たち(その中には政権与党の国会議員も含まれています)は在日コリアンへの排外主義的言説をまき散らし、植民地支配を正当化してさえいる。現代韓国の人たちがこんな「危険」な隣邦に対して無関心でいることはできないのは当然です。
ですから、日本の言論人・知識人たちの「韓国論」に対してはかなり精密なリサーチをしているはずです(「危険な」日本人思想家の危険性について韓国には十分に警戒的になるだけの歴史的理由がありますから)。たぶんそのリサーチの過程で、「韓国に対して好意的な言論人(それは言い換えると、日本国内の植民地主義者、歴史修正主義者と戦っている日本の言論人のことです)」リストに僕の名前が挙がったのだと思います。神戸と大阪の韓国総領事からは先方からコンタクトがあって、会食して友誼を深めたことがありますから、そういう「リスト」はきっとあるんだと思います。
でも、韓国民の日本に対する関心はそのような「警戒心」や「猜疑心」のレベルに限定されるわけではありません。日本の伝統文化の古層に「朝鮮半島の伝統文化と相通じるもの」が存在することを感知して、親しみを感じてくれる人もいます。逆に、僕は朝鮮半島のさまざまな文化のうちに日本と通じるものを感じます(済州島で「白いご飯とキムチと鯖の味噌煮」を食べたときに「食文化は同根だ」と痛感しました)。
朝鮮半島と日本列島は、中華帝国の「辺境」であり、中国文化の強い影響の下にそれぞれ固有の文化を形成してきた儒教圏の国ですから、深い文化的な「親しみ」を感じて当然です。
もう一つ韓国と日本を結びつけるものがあります。それは安全保障です。日韓はアメリカの東アジア戦略の「最前線」を担うという地政学的地位において「同じ船」に乗っています。米中戦争が始まれば、日韓はアメリカから軍事的コミットメントを求められるはずです。場合によっては国が戦場になる。そのリスクを日韓ともに抱えています。
ですから、どんなことがあっても、米中戦争を回避すること。この安全保障上の最優先課題を日韓は共有しています。アメリカと中国がともに抑制的にふるまうことを日韓両国は等しく、強く求めています。この点から僕は日韓同盟こそが東アジアの地政学的安定のためには最も合理的な解だと信じています。
日韓は合わせると人口1億7700万人、GDP6兆ドルで米中に次ぐ世界3位の経済圏になります。人種的同一性においても、文化的親近性においても、地政学的利害においても、日韓ほど「共同体」形成に似つかわしい政治単位は他に存在しません。
日韓合邦については、両国内に明治初期からさまざまな議論が存在しました。それが当初の連帯と友愛の素志を失って、日本による植民地支配の正当化に遷移するプロセスについては、近著『日本型コミューン主義の擁護と顕彰 権藤成卿の人と思想』で思うところを書きました。
かつての「日韓合邦論」は失敗しました。でも、その一因は明治時代において大日本帝国と大韓帝国の間には「対等合邦」を阻む軍事力・経済力における圧倒的な力の差があったことです。併合当時の日本のGDPは620億ドル、大韓帝国は推定値で70億ドル。10倍近い差でした。軍事力の差はさらに大きかった。
でも今はGDPは日本が4兆ドル、韓国が2兆ドル。軍事力ランキングでは韓国が米ロシア中国インドに続く世界5位。日本が英仏に続く8位。民主主義指数は日本が指数8.48、世界16位の「完全民主主義国家」、韓国が指数7.75、世界32位の「欠陥民主主義国家」(近い将来逆転するかも知れませんが)。これらの統計指標を徴する限り、国力において、国際社会におけるステイタスにおいて、日韓の一方が他国を支配するというシナリオは存立する余地がありません。ですから、21世紀の国際政治を語る上での一つの選択肢として「日韓共同体」構想は十分に検討に値する論件だと僕は思っています。そういう可能性を身近に感じている人たちが、日韓両国に一定数存在していて、この構想をもう少し解像度の高いヴィジョンに仕上げたいと願っている。たぶん、それが僕の本が韓国で読まれる理由の一つなのだろうと思います。
なぜ韓国で僕の本が読まれるのかということについて、考えたことを書き並べてみました。とりとめのない話になってしまって、すみません。これからも僕の本は続けて翻訳されることになると思いますが、そのつど同じ問いを繰り返し自分に向けてゆきたいと思っております。
最後になりましたが、いつも僕の本を翻訳してくださっている朴東燮先生のご尽力に感謝申し上げます。本書が、日韓の友情と相互理解を深めるために役立つことを心から願っております。
2025年6月
内田樹