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内田樹さんの「『老いのレッスン』まえがき」 ☆ あさもりのりひこ No.1729

老いるというのは、そういうことなんです。さまざまな意見や感想について、どれも「まあ、そういえばそういうこともあるわな」という「わな」的な受容をしてしまう。

 

 

2025年7月17日の内田樹さんの論考「『老いのレッスン』まえがき」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

 本書は『老いのレッスン』という「老い方についての本」です。「老い」という論件だけに焦点を合わせた本を書いたのは、僕もこれが初めてです。

 老いについての本、これは老人にしか書けません。若い人がいくら想像力を発揮しても、これだけは無理です。

 いや、そうでもないですね。書けないことはない。本書の中でも「老人のふりをして書く人」として『徒然草』吉田兼好のことに言及していますから、若くても老人みたいに書くことはできないことではありません。

 でも、こういうふうに「言ったそばから前言撤回する」ような書き方は老人にしかできません。若い人はどうしたって、きちんと首尾一貫したことを書こうとする。読者から「論理的な人」「知的な人」だと思われたいから。ところが、老人は平気で首尾一貫しないことを書きます。というのは、最初に書いたことも、後になって「あ、今のは取り消しです」と書いたことも、どちらも老人の場合には実感の裏付けがあるからです。「人生はあっという間だ」という言明も「人生はしみじみ長い」という言明も、老人の場合はどちらも実感がある。「結婚はこの世の地獄だ」というのも「結婚はこの世の極楽だ」というのも、わが身を顧みると、「どっちもほんとだ」ということがしみじみ実感される。

 老いるというのは、そういうことなんです。さまざまな意見や感想について、どれも「まあ、そういえばそういうこともあるわな」という「わな」的な受容をしてしまう。

 僕自身も無口な赤ちゃんだったこともあるし、虚弱な少年だったこともあるし、態度の悪い青年だったこともあるし、説教臭い中年男だったこともあるし、足元のおぼつかない老人だったこともあるわけで(今がそうです)、その全部の経験が僕の中にはアーカイブされている。だから、だいたいどんなことについても「まあ、そういうこともあるわな」というふうに感じてしまうんです。 

 だって、少年時代から首尾一貫した生き方をしてきたわけじゃないですからね。あっちへふらふら、こっちへふらふらというかなり「雑な」生き方を僕はしてきました。ですから、そのせいで、どんな立場についても、どんな意見についても、「そういえば、僕もそんな立場に立ったことがある」「そういえば、僕も前にそんな意見を持ったことがある」というふうに感じてしまうんです。この寛容さというか無原則性が「老人の書き物」の特徴だと思います。

 たまには、そういうものを読むのもいいと思いますよ。いつもいつも「理非善悪」の判定がクリアーカットなものばかり読んでいると、精神が疲れますから。

 というわけで、本書は老人が書いた「老いるとはどういうことか」の本です。刑部愛香さんという若い女性編集者からの質問にお答えするというQA本という形式を採りました。

 でも、質問に対する答えがなかなか始まらず、どこまでも脱線する・・・という箇所が散見されます。これは繰り返し申し上げる通り、「老人の書き癖」なので、どうぞご海容願いたいと思います。

 もう一つ。この本がどういう読者を想定しているかと言いますと、実は「若い人」なんです。だって、すでに老人になっている人に「老いのレッスン」は不要ですからね。若い人こそ「レッスン」が必要なんです。

「オレ、若いから、いいよそんなの。オレ、老人になる前に死ぬから」とか口を尖らせて言う人がきっといると思いますけれど、あの、それは短見というものです。僕だってそうだったんですから。

 僕が10代だった頃、1960年代の若者たちはDon't trust over thirty 「30歳以上のやつは信用するな」っていうスローガンを掲げていたんですよ。バカですね。自分がそのうち30歳になるということに気づかなかったんですから。だから、実際に30歳になった時にどうなったかと言うと、「だったら、若いやつらから絶対に信用されないような人間になってやる」と思ったんです。だって、そうしないと若い時に自分が言ったことと一貫性が保てないでしょ? そうなんですよ。そうやって彼らは「若いやつから絶対に信用されないような人間」、つまり若い人たちの自由を抑圧し、弱い者には権威的にふるまい、権力や財貨を求めてあくせくする「くだらない大人」になったんです。自分から進んで。

 若い時に、自分がこれから加齢した時にどうなるのか、あまり簡単に片づけない方がいいですよ。

 ポール・マッカートニーだって、「僕が64歳になったら(When I'm sixty-four)」という歌を作った時には、自分が64歳になることなんて想像もしてなかったと思いますよ。だって、「僕が64歳になって、禿になっても、僕を愛してくれるかい?」なんて歌詞なんですからね。ポールは1942年生まれですから、今83歳。たぶんこの曲を過去20年間はコンサートでは歌ってないと思います。

 これ、どちらも「若い時に、自分が年を取った時にどうなるか」を真剣に考えなかったということの事例です(ポールの場合はレパートリーが一曲減っただけですから痛くもかゆくもないでしょうけど)。

 それでも、若くても、「老い」について深く考えることは必要なんです。どうして、老いについて深く考えることが必要なのかは、本書を読めばわかります。

では、どうぞ。また「あとがき」でお会いしましょう。