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内田樹さんの「イーロン・マスクの野望」 ☆ あさもりのりひこ No.1733

マスクの個人資産は(テスラの株価が下がり多少目減りしたけれど)65兆円。今年の日本の国家予算が115兆円である。私財が中規模国家の国家予算を超えるのである。

 

 

2025年8月5日の内田樹さんの論考「イーロン・マスクの野望」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

すこし前までトランプ政権の「政府効率化省」を率いて連邦政府機関を解体しようとしたイーロン・マスクが今度は第三党「アメリカ党」を設立して、二大政党制を揺るがすと宣言した。

マスクは少し前まで大統領執務室で腕組みをして閣僚を見下ろし、ほとんど「ナンバーツー」の威信を誇っていた。でも、そのうちこの二人は喧嘩別れするだろうと多くの人が思っていた(どちらも前に出たがるから)。

 先日、トランプ大統領が「大きくて美しい法案」と自賛する大型減税、防衛費増額、移民取り締まりの強化を盛り込んだ法案が採択されたが、この中でEVへの助成金をカットしたことに激怒したマスクが、トランプに果たし状を突き付けるかたちで決別することになった。

 でも、マスクがどうやってトランプとの喧嘩に勝つつもりなのかがよくわからない。マスクの政策は共和党と違わない(違っていたらホワイトハウスにいたはずがない)。トランプとの差別化を果たすとしたら、共和党内の「反トランプ派」を引き剥がして「反トランプ的共和党のようなもの」を創るしかないだろう。実際にマスクはトランプの「大きくて美しい法案」を支持した議員の落選運動に資金を投入すると発言している。果たして、この恫喝に屈してマスク新党に鞍替えする議員がどれほどいるだろうか。

 共和党議員たちはトランプの逆鱗に触れるのが怖いか、マスクの落選運動が怖いかどちらをより恐怖すべきか、ただいま思案中だろうが、常識的に考えて、この喧嘩はマスクが負けると私は思う。過去100年間、第三党が二大政党を凌駕したことはない。H・ロス・ペローの「改革党」もラルフ・ネイダーの「緑の党」も短命に終わった。21世紀に入ってからも、いくつも第三党の企てはあったけれど、どれも国政に影響力を及ぼすところまでは行かなかった。「アメリカ党」もその轍を踏むことになるだろう。

 それにアメリカは州ごとに複雑な制度があって、第三党の候補者は容易には選挙に出ることができない。ジョージア州では、新党の候補者は出馬するためには選挙区からまず2万7千人の署名を集めなければならない。マスクは金はうなるほどあるけれども、署名は金では買えまい。ニューヨーク州では「アメリカン」という単語とその派生語を党名の一部として投票用紙に記載することが禁止されているそうだが、マスクはたぶんそんな法律があることを知らないまま党名を決めたのだと思う。

 アメリカ党は8月にテキサスで「全米党大会」を開催する予定で、来年の中間選挙では「上院で2~3議席、下院で8~10選挙区」に焦点を合わせて活動すると言っているが、果たして議席を取れるかどうか。私はかなり懐疑的である。

 でも、マスクの個人資産は(テスラの株価が下がり多少目減りしたけれど)65兆円。今年の日本の国家予算が115兆円である。私財が中規模国家の国家予算を超えるのである。「アメリカ党」はマスクが自分の意のままになる議員を連邦議会に送り込むための装置である。共和党がトランプに忠誠を誓う「トランピスト」の党になったように、マスクは自分に忠誠を誓う「マスキスト」を創り出つつもりである。連邦議会が個人に頤使される「私兵」たちに埋め尽くされる未来をマスクは望見している。

 

 マスクの野望が実現するかどうかはわからない。だが、民主政をほとんど全否定する政治的アイディアがアメリカで最も成功した人物の脳裏に去来したことは記憶しておくべきだろう。(週刊金曜日7月14日)