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内田樹さんの「先生たちからの質問 その2」 ☆ あさもりのりひこ No.1785

膨大な「誰でも書ける文章」の屍の上にしか「自分にしか書けない文章」は開花しないからです。定型句を肥料にして、独創的文章は芽生える。

 

 

2025年11月13日の内田樹さんの論考「先生たちからの質問 その2」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

質問その2 

 国語の課題において高校生たちがAIを使うことが多くあります。例えばキャッチコピーを作るとか短いエッセイを書くなどの創作的な表現の課題などです。

 すべてAIに作らせるのは、倫理的に許されない行為のように感じます。しかしAIが作ったものを参考にするとか、AIを使って課題をブラッシュアップするなどの方法は、学びが得られる時もあると思います。

 そもそもAIが作ったものと生徒が作ったものの区別がつかないということもしばしばあります。

AIにまつわるこれらのもやもやとした悩みについてお伺いしたいです。

 

 AIと教育の問題はこれから世界中の教師たちを悩ませることになると思います。AIは「誰でも書けそうな文章」を書くことについては人間をはるかに超える能力を発揮してくれます。定型的な文章をさらさらっと書いて、「こんなもんでいいべ」と提出して、それで済むなら、そんなものはもともと書く必要のなかったものです。

 シラバスがその典型です。いま、大学教員のたぶんほとんど全員がシラバスをAIに書かせています。AIに丸投げできるような文章は「もともと書く必要のなかったもの」だと僕は思います。

 でも、問題は「形式だけ整っていて、中身のほとんどない文章」(役所に出す書類のようなもの)をさらさら書く能力というのも実は一種の言語能力であるということです。AIがこれをまるごと代行してしまうと、「形式だけ整っていて、中身のほとんどない文章を書く機会」が激減する。そうなると、「形式だけ整っていて、中身のほとんどない文章」を書く能力を開発する機会が失われるかも知れない。つまり、「常套句」や「紋切型」を自由自在に繰り出す言語能力が失われるかも知れないということです。

 しかし、常套句や紋切型もまた母語のアーカイブを構成する重要な言語資源です。

 定型句を自在に操れる書き手だけが、個性的な文章、創造的な文章、「これまで誰も書いたことがない文章」がどういうものかを知っており、それを書くことができる。「誰でも書けるような文章」を書けない人が「誰にも書けない文章」を書くことはあり得ません。

 「誰でも書ける文章」はAIに書かせて、自分は「自分にしか書けない文章」を書くのだ、なんと効率的なのであろうと楽観している子どもがあるいはいるかも知れませんけれど、これは短見というものです。膨大な「誰でも書ける文章」の屍の上にしか「自分にしか書けない文章」は開花しないからです。定型句を肥料にして、独創的文章は芽生える。

 AIの登場によって、常套句や紋切型を自由自在に操る言語能力の開発機会は失われることになると思います。それがどういう帰結をもたらすのか、僕にはまだよくわかりません。  

 でも、僕自身の経験を申し上げると、「文科省に出す書類があるの?じゃあ、それは内田君に書いてもらおうよ。彼は官僚的な文章を書くのが得意なんだよ」ということを在職中に上の先生たちからはよく言われたことを覚えています。

 

 AIが書いたものと本人が書いたものを区別する基準はふだんの発言内容と照合して「あいつがこんなこと書けるはずがない」という教員の直感しかありません。でも、これはエビデンスを示すことが困難ですよね。

 AIは文献リストではシステマティックに嘘をつくので、どんな課題を出す場合でも「参考文献リストを必ずつけるように」と命じたら、「AIレポート」の検知はできるかも知れません(そのうちに出し抜かれるようになるかも知れませんが)。

 

 ですから、課題を出してレポートを書かせるというタイプの学力考査はこれから無効になると思います。教室に生徒たちを集めて、鉛筆持たせて、その場で示した課題について書かせるという古典的な試験のやり方だけで成績をつけるしかないですね・・・(あ、前回と同じ結論になってしまった)。