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内田樹さんの「「環球時報」からの質問への答え」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1791

高市首相の言動について私はこれまで直接的に言及したことはほとんどありません。彼女の政治的発言は定型的で凡庸なもので、特段の興味をひかれなかったからです。しかし、首相となり、その言動がただちに日本の国益に影響する以上、目を離すことはできません。

 

 

2025年11月23日の内田樹さんの論考「「環球時報」からの質問への答え」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 『環球時報』から高市発言についてコメントを求められた。私が「中国の対応はロジカルである。感情的に反発すべきではない」とネットに投稿した記事を読んでのオファーである。

 『環球時報』は中国共産党の機関紙である。そこに「高市首相の発言撤回と謝罪と辞任を求める」日本人として寄稿することにはベネフィットとリスクの両方がある。

 ベネフィットは中国の相当数の読者に日中の関係正常化と東アジアの平和を願う私の意見を直接伝えることができるということである。リスクは中国共産党の日本批判の「ウェポン」として利用されるかも知れないこと、そして日本国内のネトウヨたちから「中国のスパイ」として罵倒されることである(こちらは確実)。

 どのような行動にもベネフィットとリスクがあるが、今回の寄稿依頼については「リスクよりもベネフィットの方が多い」と判断した。

 私の記事が日中の緊張緩和に資することがあれば、それで利益を得るのは日中の国民たちである。私がこれを書いたことによって、私が利用されたり罵倒されたりした場合、それで損失を蒙るのはさしあたり私一人である。ベネフィットを享受するのが集団で、リスクを負うのが個人であるなら、どうすべきか判断するのに、わざわざ計量的知性を動員するまでもない。

 その結果、かなり長い文を寄稿することになった。記者に私の真意を伝えるために補足的な情報を書き込んだので、長くなってしまったのである。だから、「記事にするときは『内田の真意が伝わる』とあなたが判断できたら、いくら短くしても結構です」とお伝えした。

 

問1:

 内田さんのSNSを通じて、高市早苗首相に対する反対姿勢を感じ取ることができます。コメント欄にも多くの日本国民も高市首相に反対する立場を表明しています。内田さんご自身が高市首相に反対する主な理由は何ですか?

 

 高市首相の言動について私はこれまで直接的に言及したことはほとんどありません。彼女の政治的発言は定型的で凡庸なもので、特段の興味をひかれなかったからです。しかし、首相となり、その言動がただちに日本の国益に影響する以上、目を離すことはできません。

 トランプ大統領の来日に際しての異常なまでの「媚態」には私はつよい不快感を覚えました。しかし、今回の存立危機事態にかかわる国会答弁は「私とは考えが違う」とか「不快に感じる」といったレベルの出来事ではありません。これは日本の安全保障の根幹にかかわる「口にしてはならない言葉」だったからです。

 日本国憲法九条は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。/前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定めています。平和主義を掲げた、理想的な憲法条項だったと私は思います。

 しかし、東西冷戦の時代に、アメリカの強い要請に従って、日本は旧ソ連を仮想敵国とした「反共の砦」の一角を形成するために再軍備化しました。この再軍備化は日本政府が主体的に求めたものというよりは「アメリカの属国」としてやむなく受け入れたものです。

 方針が変わったのは、第二次安倍政権の時です。2015年にいわゆる「安保法制」が国民のつよい反対を押し切って採択されました(私自身も国会前のデモに参加しました)。残念ながら、この法制によって、憲法九条が掲げた平和主義が空洞化され、集団的自衛権の行使が可能であるという新しいルールが採択されました。

 安倍首相は日本が「戦争ができる国」になることを切望していました。そして、その願望に少なからぬ数の日本人が共感を寄せていたことに私は衝撃を受けました。経済力でも、文化的発信力でも、思想的な指南力でも、国際社会で存在感を失いつつあることの「焦り」が「軍事力で存在感を示す」というオプションを選ばせたのだろうと思います。

 安保法制によれば、自衛隊出動が許されるのは、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」です。ここで「我が国と密接な関係にある他国」と書かれているのはむろんアメリカのことです。

 存立危機事態と認められる状況について、歴代政府はいくつかの例示を挙げました。具体的には、

(1)ホルムズ海峡が機雷封鎖され、日本に向かうタンカーが通れなくなった場合

(2)北朝鮮が韓国や米軍を攻撃した場合

(3)紛争地域での邦人保護活動中の米軍が攻撃された場合

(4)米本土を標的とするミサイルが日本の上空を通過する場合。

 これまで政府は存立危機事態の具体例として台湾有事について言及したことはありませんが、これはアメリカのいわゆる「戦略的曖昧さ」の政策に従ったものです。アメリカは仮に中国が台湾に軍事侵攻した場合に、台湾を守るために軍を出動させるか、させないかを「はっきりさせない」というかたちで中国を牽制してきました。

 アメリカと台湾の間には国交がありません。大使館も置いていないし、同盟関係もない。「台湾関係法」(Taiwan Relations Act)というものがありますが、これは米中国交正常化に伴って国交を断った台湾とのそれ以後の関係を定めた国内法です。その第二条に「台湾に対する武力攻撃や脅迫は米国にとって深刻な懸念事項である」という文言があります。これが「戦略的曖昧さ」の法的根拠とされてきました。

 しかし、高市首相はこのアメリカの「戦略的曖昧さ」を無視して、どういう場合に自衛隊と人民解放軍が戦闘状態に入るかの条件を明示してしまいました。当然、アメリカはこの発言を苦々しく受け止めたはずです。トランプ大統領が高市発言に対して発したコメントは「同盟国の多くはアメリカの友人ではない」という素っ気ないものでした。要するに「日本は同盟国だが、友人ではない。だから、高市発言のせいで日本が中国と関係が悪化したとしても、アメリカは日本の側に立たないし、両国を調停する気もない」という意味だと私は理解しています。アメリカの対中戦略を理解できない高市首相に対する「叱責」と解してよいコメントだったと思います。

 そもそも、1972年の日中共同声明において、日本政府は台湾を「中華人民共和国の領土の不可分の一部」とする中国政府の立場を「十分理解し、尊重」すると言明しています。ふつうに読めば、万が一台湾が独立を宣言して、中国がこれを「反乱」とみなして「鎮圧」に向かった場合でも、日本政府は、これは「国家間の戦争」ではなく「内戦」であるとする中国政府の立場を「十分理解し、尊重する」という意味に解するしかない。

 

 ですから、高市首相の台湾有事解釈に私は同意しません。台湾と中国の間で何かシリアスな問題が起きた場合もそれは法理的には「内政問題」であり、他国は干渉すべきではない。