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日本の世論はだいたいどんな場合でも「15%の妄想的な人たち」と「15%の冷静な人たち」と「残り70%の大勢に順応する人たち」によって形成されている
2025年11月23日の内田樹さんの論考「「環球時報」からの質問への答え」(その3)をご紹介する。
どおぞ。
問4:
それと同時に、SNS上には別の見方として、「中国側が高市首相への批判を『反日感情』を煽る」という声もあります。この見方に対してはどのように思われますか?
質問の意味がよくわかりませんでした。「中国政府が高市首相への批判を利用して、中国国内での反日感情を煽っている」という意味でとりあえず理解して、お答えします。
国民感情は重要な政治資源ですから、どのような政治家も国民感情を利用しようとします。それは中国でも変わりはないと思います。ただ、感情は「取り扱い注意」の政治資源です。限定された政治目的のために利用するつもりでも、しばしば暴走して、制御不能になることがあるからです。
今年に入って、中国では先の戦争における日本軍の残虐行為を描いた映画が集中的に上映されました。中国国内における「反日機運」の醸成に中国政府が踏み込んでいるという見方がされています。
しかし、ご存じのように日本を訪れる中国人観光客の数は今年1月から10月までで820万人。前年同期比40%増です。このデータを見る限り、少なからぬ数の中国人が日本での歓待を素直に受け入れているように思えます。中国共産党に使嗾されたせいで、中国国民の間につよい反日感情がいま醸成されているというふうに私は思っていません。
それに上に書いたように、これまでのところ中国政府の批判は高市首相個人にだけ向けられており、日本政府・日本国民全体に対するものではありません。そうである以上、これを「反日的」なキャンペーンと解することは適当ではないと思います。
問5:
高市首相は台湾問題に介入し、台湾海峡の事情をいわゆる日本の「存亡危機」と強引に結びつけています。その一方で、彼女の世論調査における支持率は非常に高く、特に若者層では記録的な数値を付けています。中国国民の視点から見ると、これは大多数の日本国民の考えや選択なのかと思わざるを得ません。現在、日本国民に見られるこのような中国に対する「戦争情绪」にどう思われますか?これは真の世論ですか、それとも扇動された集団的な情绪ですか?
高市首相は「存立危機」発言のあとも高い支持率を誇っているとメディアは報じていますが、正直言って、高支持率の根拠が私にはよく理解できません。とりあえず、私の周囲には「高市発言を支持する」という人間は一人もいません。でも、それは私が「フィルターバブル」の中に閉じ込められているからかも知れません。
言っておかなければならないのは、日本の若者が自国の歴史についての知識が乏しいということです。特に日本の近現代史についての知識が欠けています。これは歴史修正主義者が歴史教育に干渉するようになったことの効果だと思います。日清戦争以後の日本のアジア進出については、これを否定的に記述する教科書に対しては「自虐史観」として集中的な攻撃がなされました。そのトラブルを嫌って、中学高校では日本の近現代史のために十分な時間をかけないという傾向が生じました。
いま、高市首相を支持して、「中国と一戦交える覚悟」などと口走っているのは確信犯的な右翼だけでなく、近現代史を知らない、あるいはネット情報からだけで日本の歴史を理解した気になっている人たちだと思います。そういう人たちが容易に「戦争情緒」に取り込まれてしまうというのはあり得ることです。
これはたしかに「煽動された世論」ではありますけれど、デマゴーグに煽動されて形成された「妄想的な世論」が現実を変えてしまうことは歴史上珍しくありません。日本でもいまそれが起こりつつあるのかも知れません。
問6:
内田さんのSNSからも、中国の外交政策に関心を持ち観察していることがわかります。例えば、高市首相の「事実を曲げ、真実を隠す」戦略は中国には通用しないと考えており、また中国には多くの反撃手段があり、段階的に日本を「苦しめる」だろうと見ています。
日本国民は外部の状況を本当に理解していますか?高市首相の関連発言がどれほど大きな問題を引き起こしたか本当に認識していますか?日本の一般国民は、内田さんが分析する「中国の論理」をどの程度理解し、受け入れることができますか?
中国には対日カードがいくらもありますが、日本は中国に対抗して切れるカードがほとんどありません。このまま中国からの経済的圧力が加圧されていったら、日本経済は深いダメージを受けるのは確実です。そのことを冷静な政治家や官僚やジャーナリストは理解していると思います。多くのビジネスマンもことの重大性を理解していると思います。
ですから、本来なら、ビジネス・エリートが率先して高市首相に発言の撤回と、日中関係の正常化を求めるべきなのですが、最初にそれを口にした人がまっさきに「高市支持者」たちの攻撃の標的になり、「中国のスパイ」というような非難を浴びることになることは確実です。それによって不買運動や攻撃的なメールや電話が殺到して事業に支障が出ることを彼らは恐れています。高市首相に発言を撤回して欲しい、けれどもそれを口にする「ファーストペンギン」にはなりたくない。そのジレンマの中に日本の財界人たちは今いると思います。
問題は大手メディア(新聞、テレビ)です。ここでは「中国に屈するな」という好戦的な言論の方が支配的です。これは「メディアが世論を誘導している」というよりはむしろ「メディアが世論に迎合している」という状態だと思います。自分で創り出した世論に自分で迎合するという愚かしいループの中に日本のメディアは巻き込まれている。
「中国の論理」を理解している一般国民がどれほどいるかというご質問ですが、全体の15%くらいいるかどうか、というところだと思います。
日本の世論はだいたいどんな場合でも「15%の妄想的な人たち」と「15%の冷静な人たち」と「残り70%の大勢に順応する人たち」によって形成されていると私は思っています。この70%はとくに自分の意見というものを持っていません。「こちらが多数派」だと思ったら「勝ち馬に乗る」。今はまだこの70%は「様子見」をしています。
この後、中国のプレッシャーが加圧してゆくにつれて、この70%が「冷静に現実を見る」ようになるのか、「逆上して妄想的になる」のか、私には予測が立ちません。