〒634-0804

奈良県橿原市内膳町1-1-19

セレーノビル2階

なら法律事務所

 

近鉄 大和八木駅 から

徒歩

 

☎ 0744-20-2335

 

業務時間

【平日】8:50~19:00

土曜9:00~12:00

 

内田樹さんの「「環球時報」からの質問への答え」(その4) ☆ あさもりのりひこ No.1795

日本人がいまから敗戦の原点まで立ち還って、隣国と友好的に共生し、国際社会で名誉ある地位を占める「道義的な国家」になることができるかどうか、日本の未来はそこにかかっている

 

 

2025年11月23日の内田樹さんの論考「「環球時報」からの質問への答え」(その4)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

問7:

 高市首相の誤った答弁によって引き起こされたこの外交危機について、彼女はどのように片付けるべきだと思われますか?

 

 発言を撤回し、中国に謝罪し、総理大臣を辞職するのがことの筋目だと思います。

 

問8:

 歴史を振り返って見ると、日本はかつて軍事拡張と隣国事務への侵略によって過ちの道を歩みました。現代の日本の一部政治家に見られる、「専守防衛」原則を突破し能動的に域外事務に介入しようとする傾向は、日本国内における歴史的教訓に対する何らかの「集団的忘却」を反映しているとお考えですか。その「忘れ」の背後にある社会心理とは何なのでしょうか。

 

 私の父たちの世代(戦中派)は、自分たちが朝鮮半島や中国大陸で何をしてきたのか、知っていました。でも、その加害経験については沈黙を守りました。世代全体の「暗黙の了解」だったのかも知れません。それはおそらく彼らが「戦後生まれの子どもたちには、トラウマ的経験の記憶を伝えたり、罪責感を持たせたりしたくない。加害の罪はわれわれの世代がすべて引き受けて、子どもたちには無垢の状態で戦後民主主義の日本を生きてもらいたい」と願っていたからだと思います。

 私の父も岳父も中国で敗戦を迎えました。そして幸い生きて帰ってきました。自分たちが中国でどのような罪深いことをしてきたのか、そして敗戦の時にどのようにして許されたのかを二人とも記憶していました。でも、それについてはほとんど何も語りませんでした。わかっていることは、父も岳父も1972年の日中共同声明のあとすぐに日中友好協会に入会して、日中友好のために献身的に尽くして余生を送ったということです。

 父は中国からの留学生の身元引受人となり、家を借りる保証人になり、就職を世話し、お金を貸しました。母がなぜ縁もゆかりもない中国人のためにそんな世話をするのか父に問いただした時に、父は「中国には返しきれない借りがあるからだ」と答えました。

 その「借り」の中身については父は何も言いませんでしたが、戦中派の集団的な沈黙の意味は子どもにも何となくわかりました。私たちはいわば「言葉にすることができない経験」を遺贈されたのです。

 「歴史的教訓に対する集団的忘却」が症状として現れたのは、1990年代以降、戦中派の人たちが社会の第一線から引き、鬼籍に入るようになってから後の話です。「南京大虐殺はなかった」「日本が植民地を解放したことにアジアの人々は感謝している」というようなことを戦争経験のない世代の人たちが言い出した。少し前ならこんな発言は戦中派に「何も知らんくせに、わかったようなことを言うな」と一喝されたでしょうけれども、「一喝する人」がいなくなった。すると、その記憶の間隙をつくように歴史修正主義者が湧いて出てきた。その「社会心理」的な条件はヨーロッパにおける歴史修正主義の場合とそれほど変わらないと思います。

 日本の戦中派の人たちが、自分たちが朝鮮半島や中国大陸やインドシナ半島や南方で何をしてきたのか、その加害事実について正確な証言を残しておいてくれたら、その後の歴史修正主義の猖獗をいくぶんかは抑制できたのではないかと悔やまれます。

 いま好戦的な言動をする政治家たちやイデオローグたちを駆り立てているのは「屈辱感」と「嫉妬」だと思います。かつて植民地として支配した国、軍事的に蹂躙した国が、今は国力において日本を凌駕しようとしている。その事実を彼らは直視することができない。その屈辱感と嫉妬が抑圧されて、アジアの隣国に対する無根拠な優越感と攻撃性として症状化している。私はそう診立てています。

 「失われた三十年」と呼ばれる日本の衰退の理由は、突き詰めて言えば、1945年の敗戦をもたらした理由を本格的に検証しなかったことにあると思います。国家の制度設計のどこに問題があったのか、どのような政策判断の誤りがあったのか、それをていねいに自己点検して、制度を補正し、政策の適否で吟味する知的習慣がなかった。

 日本人がいまから敗戦の原点まで立ち還って、隣国と友好的に共生し、国際社会で名誉ある地位を占める「道義的な国家」になることができるかどうか、日本の未来はそこにかかっていると私は思っています。果たして、そのような国をかたちづくることができるかどうか、決して楽観はできません。しかし、それ以外に日本が目指す未来はないと思います。

 

 最後に一つだけ補足的な情報を付け加えておきます。

 Foreign Affair Report の最新号でブレジンスキー(CSIS顧問)は日本のアジアにおける地位について、次のような分析を下しています。

 

 「日本はアメリカのグローバル・パートナーであっても、アジア大陸の外縁に位置する中国に対抗する同盟国ではない。こうした基本を押さえてこそ、アメリカのグローバル・パワー、中国の地域的優位、日本の国際的リーダーシップという三つのパワーが、ともに共存する環境を模索できるだろう。日本が軍事的な対米協調姿勢をあからさまに強化すれば、そうした共存路線が脅かされる。日本は極東におけるアメリカの浮沈空母であってはならないし、アジアでのアメリカの主要な軍事パートナーであってもならない。そうした日本の役割をアメリカが後押しすれば、アメリカをアジア大陸から切り離し、中国と戦略的合意に達する見込みを低下させ、ユーラシアの安定を強化するアメリカの能力を損なうことになる。」

 

 

 「戦争情緒」に煽られている日本人にこのアメリカのリアルで怜悧なアジア戦略を理解できる程度の読解力があるといいのですが。