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内田樹さんの「ポストアメリカのアジア戦略(前編)」 ☆ あさもりのりひこ No.1810

僕は毎年韓国に講演に行っていますが、このところ「日韓連携」が演題によく指定されます。日韓連携シナリオについて韓国の人たちは真剣に考え始めている。でも、日本では、同じテーマで僕に寄稿や講演を求めてくるところはありません。そのことの重要性を理解している政治家も官僚も政治学者も日本にはほとんどいない。この非対称性は憂慮すべきだと思います。

 

 

2025年12月24日の内田樹さんの論考「ポストアメリカのアジア戦略(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―― アメリカの衰退と中国の台頭により、国際秩序が動揺しています。現在の世界をどう見ていますか。

 

内田 「パクス・アメリカーナ」の終焉です。アメリカは依然として軍事的・経済的な大国ですが、もう「超大国」ではありません。他国より相対的に強いというだけで、世界に冠絶する絶対的な力を持っているわけではない。

 すでにアメリカは「帝国の縮小期」に入っています。直近の縮減モデルは大英帝国です。かつて地表の24%を占め「日の沈むことのない」と言われた大英帝国は、第二次大戦後に海外植民地を統治するための軍事的・経済的コストに耐えきれず、インド・パキスタンの独立、アイルランドの英連邦離脱、スエズ危機の軍事介入失敗、アフリカ植民地の独立ドミノ、最後は香港返還に至る「大英帝国の終焉」プロセスを約半世紀かけて踏破することになりました。しかし、帝国の崩壊後も英国は大国として国際政治におけるキープレイヤーの地位を維持した。これはみごとな達成だったと思います。世界帝国が島国に縮小した結果が「英国病」と呼ばれる体制不調程度で済んだのですから。英国は「世界帝国の縮減」のモデルケースだと思います。アメリカ帝国も今後数十年かけて英国をモデルに縮減してゆくことになると思います。

 もともと孤立主義と国際協調主義という氷炭相容れざる外交を使い分けるのがアメリカの世界戦略です。歴史的環境が変わるごとにどちらかが出てくる。モンロー主義から始まり、第一次世界大戦参戦が遅れたり、ウィルソン大統領が提唱した国際連盟への加盟に連邦議会が反対したり、ナチスがヨーロッパ大陸を支配しても、リンドバーク大佐率いる米国第一委員会(America First Committee)が左翼や労働組合を巻き込んだ反戦運動を展開したのも、孤立主義の現れです。

 第二次大戦後のアメリカは国際協調主義をベースに国際秩序を主導して「パクス・アメリカーナ」を実現しました。しかし、ベトナム戦争やアフガン・イラク戦争で疲弊し、覇権を維持するコストに耐えられなり、再び孤立主義に回帰しようとしています。その兆候は2013年のオバマ大統領の「米国は世界の警察官ではない」という宣言にすでに見られました。2016年の大統領選でトランプは大戦間期の孤立主義のスローガン「アメリカ・ファースト」という古い旗を再び掲げて、内向きになりつつある国民感情に訴えました。バイデン大統領はもう一度国際協調に振れ戻りましたが、2024年の第二次トランプ政権においてアメリカの孤立主義回帰は決定的なものになりました。

 トランプが高市の「台湾有事」発言について訊かれた時に、「同盟国は友人ではない。彼らはアメリカから搾取している」というコメントをしたことの意味がよく理解できなかった人が多かったようですが、ここで「同盟国」というのは日本のことです。トランプからすれば当然の発言です。相手がロシアであろうと中国であろうと日本であろうと、「陣営」というようなイデオロギー的な境界線はもう存在しない。ただ「アメリカにとって損か得か」だけを基準に外交的判断を下すというのが今のトランプ外交です。

 アメリカは同盟国に防衛費の増額を求めていますが、これは「アメリカが撤退した後は自分たちで何とかしろ」というメッセージと「アメリカの兵器産業に稼がせろ」というメッセージを同時に発信しています。

 韓国ではこれまで在韓米軍司令官が持っていた戦時作戦統制権の韓国軍への移管の交渉が進んでいます。米韓相互防衛条約は、北朝鮮軍の侵攻があった場合に在韓米軍は韓国軍と「共同行動をとる」と規定はしていますが、戦時作戦統制権が韓国軍に移管されれば米軍は参戦義務を事実上解除されると僕は思います。宣戦布告は米連邦議会の権限ですが、今の連邦議会は孤立主義者が多数派ですから、仮に朝鮮有事となっても、議会は第二次朝鮮戦争への参戦を拒否するでしょう。

 日米同盟も同じシナリオに基づいて進行していると考えた方がいい。在日米軍、特に海兵隊はすでにグアム・ハワイ・米本土への移転が進んでいます。南西諸島への軍備増強は「中国と戦争するとしても、それは自衛隊の仕事だ。米軍は後方支援だけ」という意思表示です。左派は「アメリカがする戦争に日本が巻き込まれるリスク」を強調しますが、実際にはアメリカは「日本がする戦争にアメリカが巻き込まれるリスク」を軽減しようとしています。

 このトレンドはもう変わらないと思います。アメリカはグアム=テニアンの線まで引き上げて、対中国の最前線は韓国軍と自衛隊に委ねるつもりでいます。

 

―― 今のところアメリカは中国の地域覇権を阻止しようと同盟関係を再構築しています。

内田 アメリカの西太平洋戦略は基本的に「ハブ・アンド・スポーク」でした。二国間条約に基づく同盟関係です。日米安保条約、米韓相互防衛条約、米比相互防衛条約、米華相互防衛条約(79年に終了)などがそうです。どれもアメリカと同盟国の二国間条約で、日本、韓国、フィリピン、台湾の間には相互防衛のための仕組みは存在しません。アメリカの「ハブ・アンド・スポーク」戦略は「分断して統治せよ(divide and rule)」という帝国による植民地支配の戦略をそのままなぞっているから当然のことですけれど。

 ですから、日韓関係は「戦争に至るほど敵対的ではないが、同盟を結ぶほどには友好的ではない」という中途半端な状態につねに留めておかれました。これは日韓両国政府が主体的に選んだ関係ではありません。アメリカにとって「最も都合のよい関係」だからそうなっている。日韓が「敵対的でも友好的でもない」関係に釘付けになっている限り、日韓間で問題が起きた場合に、二国間交渉による解決は不可能であり、つねにアメリカに調停と裁定を求めることになる。日韓という二本のスポークはアメリカというハブを経由することなしには、主体的には重要な外交関係を決定できない。そういう「アメリカ依存」スキームの中に日韓両国は戦後80年間閉じ込められていた。

しかし、今米軍は二国間同盟の「ハブ・アンド・スポーク」を止めて、日米韓・日米比・QUAD(日米豪印)など、スポーク同士を連結させる「グリッド(格子)型同盟」への転換を進めています。グリッド型システムは、中心がないので、どこかが攻撃されても、生き残ったノード(結節点)同士がバイパスを作ってシステムを再構築できる。米軍組織そのものがグリッド型システムに再編されているところです。同じモデルを同盟国との間にも適用するのは当然です。

 アメリカはとにかく早く「ハブ」の地位から降りたいのです。でも、対中国の抑止力は維持したい。「グリッド型」へのシフトは、この二つの要請に応えるものです。ウクライナ戦争の時のように、米軍は後方から兵器や情報の提供で支援し、戦闘そのものは「現地軍」に委ねる。そしてタイミングを見計らって中立的な仲裁者のような顔をして登場して、戦後利権をねらう。ウクライナやガザでやっていることをそのまま東アジアでもアメリカはやるつもりです。

 でも、アメリカが「ハブ」を降りるということは、日韓というスポークが「ハブ抜き」で連携する好機が到来したということです。僕は毎年韓国に講演に行っていますが、このところ「日韓連携」が演題によく指定されます。日韓連携シナリオについて韓国の人たちは真剣に考え始めている。でも、日本では、同じテーマで僕に寄稿や講演を求めてくるところはありません。そのことの重要性を理解している政治家も官僚も政治学者も日本にはほとんどいない。この非対称性は憂慮すべきだと思います。

 

―― トランプ政権には「21世紀の世界経済の中心はアジアであり、アメリカは経済的繁栄を維持するためにアジアへの関与を続けるべきだ」という考え方もあります。アメリカは本当にアジアから撤退するのですか。

内田 撤退すると思います。トランプや共和党のトランプ派(MAGA派)は明確に孤立主義です。米中首脳会談では中国に大きく譲歩するかたちで関税問題が一段落しましたが、その直後にトランプは「G2が間もなく始まる」と発言をしました。いずれも覇権を求めない「戦わない米中」がその圧倒的な軍事力と経済力を背景に世界を二元的に支配するというアイディアだと思います。

 この時にトランプの脳裏にあったのはおそらく1494年にスペインとポルトガルが「新たに発見されるすべての土地を両国で東西に分割して独占する」と定めたトルデシャーリス条約のことではないかと思います。この条約で、スペインは新大陸を、ポルトガルはアフリカとインドと東南アジアを勢力圏に収めました。G2というのはおそらくアジアとアフリカは中国が、南北アメリカとヨーロッパはアメリカの「勢力圏」とするというトランプのアイディアなのでしょう。もちろんこんなのは彼の脳内妄想に過ぎませんが、妄想によって現実が変わることもあります。もしトランプがこのあともG2というアイディアを追いかけるとしたら、アメリカの国家行動をこのシナリオに沿って解釈する必要が出てくるかも知れません。