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内田樹さんの「攪拌が欲しい」 ☆ あさもりのりひこ No.1822

多数派に紛れ込むというのは自分に対する呪いなのである。

 

 

2026年1月28日の内田樹さんの論考「攪拌が欲しい」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

いろいろなことがあった一年だった。際立つのは日本社会の劣化が進んだことである。嘘をつく人、詭弁を弄して言い逃れをする人、口を尖らせて他責的な言葉を吐き散らす人。そういう人がほんとうに増えた。

 むろん、いつの時代にも「そういう人」は一定の割合でいる。だいたい人口の7%くらい(これは経験知なので、何のエビデンスもない)。その逆の「まっとうな人」も7%くらいいる。正直で、親切で、人を責め立てたり、威張ったりしない人がそれくらいはいる。残りは風向き次第でどちらにつくかころころ変わる「その他大勢」である。

 今の日本は「嘘と詭弁と他責」が優勢な時代である。「その他大勢」は深い考えもなしに優勢な方になびく。自分が得をするわけではない。みんなと同じふるまいをしていることで安心を得るだけである。

 自己利益を最大化するために合理的にふるまう人を基本に近代市民社会は制度設計された。でも、20世紀に入って「多数派と同じようにふるまうことを最優先する人」が登場してきた。そういうふるまいはしばしば自己利益を損なう(同じポストを争ったり、同じ商品に欲望を感じたりすれば競争が激化するだけだ)。にもかかわらず、損を承知で「大勢に従う」人のことをオルテガ・イ・ガセットは「大衆」と呼んだ。

 だが、自分と区別しがたいほど似ている人間がたくさんいるのはそれほど気分のよいことなのだろうか。それは言い換えると、「お前の代わりなんかいくらでもいる」ということである。「お前なんかいてもいなくても誰も困らない」ということである。多数派に紛れ込むというのは自分に対する呪いなのである。

 

 世間の風向きはなるべく頻繁に変わった方がいい。そうやって攪拌すると大衆は方向を見失って「嘘つき」と「正直者」の間でばらける。ばらけると世の中の風通しもいくぶんかはよくなる。今年はそんな攪拌の起きる年になって欲しいと思う。(信濃毎日新聞2025年12月26日)