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内田樹さんの「アメリカは内戦に向かうのかの思考実験」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1829

皆さんはもう新聞を全く読まなくなってると思いますが、それは仕方がないと思うんです。日本の新聞は、「クオリティー・ペーパー」ではなく、「大衆紙」ですから。大衆紙は、別に物事の本質を伝えることを使命としているわけじゃありません。読者が喜びそうなことを書く。そうすれば部数が出る。そういうビジネスです。

 

 

2026年2月11日の内田樹さんの論考「アメリカは内戦に向かうのかの思考実験」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

年末に行ったある講演の文字起こしが送られてきた。2時間近くした話のうち、アメリカにかかわる20分くらいのところを切り取った。聴衆はルーツが南北朝鮮にある在日学生たち。

 

 僕たちにメディアから与えられるものって、断片なわけですよね。ストレートニュースがあって、それについての短い解説がありますけども。せいぜい1カ月とか2カ月ぐらいのスパンでしか書かれない。5年とか10年とか、あるいは100年とかいうタイムスパンの中で記事を書く人はいないんです。

 皆さんはもう新聞を全く読まなくなってると思いますが、それは仕方がないと思うんです。日本の新聞は、「クオリティー・ペーパー」ではなく、「大衆紙」ですから。大衆紙は、別に物事の本質を伝えることを使命としているわけじゃありません。読者が喜びそうなことを書く。そうすれば部数が出る。そういうビジネスです。

 クオリティー・ペーパーというと、イギリスの『ガーディアン』、フランスの『ル・モンド』、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』などがそうです。僕はフランスにいる間はだいたい『リベラシオン』という左翼の新聞を読んでいます。日刊紙ですが、読みでがあります。

 日本の新聞と比べて、ぜんぜん違うなと思うのは、事件を長いタイムスパンの中でとらえる点です。例えば中東で何か起きた。イスラエルがレバノンのヒズボラを攻撃した、そういう事件があった場合に、ただヒズボラが攻撃されましたというストレートニュースだけではなく、なぜこの事件が起きたのかという話を「そもそも」から始める。それこそ1916年のサイクス=ピコ協定から書き起こす。オスマン帝国が中東から退いた後に、イギリス、フランス、ロシアが中東で何をしたのか。なぜイスラエルという国が出来たのか。そこまで遡って、その上で今起きた出来事の意味を明らかにする。それを毎回書く、紙面1頁を使って毎回「そもそも」から始める。

 クオリティー・ペーパーと、大衆紙を差別化する境界線はここにあるんだと思います。ある出来事を50100年というタイムスパンの中で報道するか、それともただ「こういうことが起きました。終わり」で済ませるかの違いです。たしかにストレート・ニュースだって真実を伝えてはいるんです。まぎれもなくファクトの報道ではあるのだけれども、読者には意味が分からない。意味が分からないものを報道している。日本のメディアはそのことに疚しさを感じているように思えない。報道してる記者自身もおそらく自分が報道している出来事の意味を理解していないし、「理解したい」という強い思いを持っているようには思われない。そういう思いがあれば、行間から読者に向かって「わかってくれ」と懇請してくるものが伝わってくるはずです。

 ですから、みなさんにはクオリティー・ペーパーを読んで欲しいと思います。『ニューヨーク・タイムズ』の電子版は月2,500円ぐらいです。日本の新聞よりずっと安い。リアルタイムでどんどんニュースが届きますから最先端のニュースにキャッチアップできる。それに今はもう翻訳機能すごいですからね、『ニューヨーク・タイムズ』の最新情報がきれいな日本語になって出てきます。アメリカのことを知ろうと思ったら『ニューヨーク・タイムズ』がいい。

 

 新聞もテレビもネットも、どれも断片的な情報しか伝えてくれないのだとしたら、断片をつなぐ文脈は、自分で考えるしかありません。今、アメリカで何が起きているかは、日本のメディアから入ってくるニュースだけをつなぎ合わせても、たぶんみなさんには意味が分からないと思います。

 アメリカは今、準・内戦状態にあります。本当に遠くないうちに市民と連邦政府職員か州兵との間で銃撃戦が始まる可能性さえあると僕は思っています。

 去年公開された、『シビル・ウォー』という映画がありました。面白い映画でした。カリフォルニアとテキサスほか19の州が合衆国から独立して、連邦軍と反乱軍の間で内戦が始まる。そこで、ニューヨークにいるジャーナリストたちがホワイトハウスで大統領に単独インタビューしようとする。内戦中だから、ニューヨークからワシントンまで直行する道がない。アパラチア山脈を経由して行くしかない。その旅の途中で起きるさまざまな事件を描いた衝撃的な物語でした。

 少し前に『How Civil Wars Start』(邦題『アメリカは内戦に向かうのか』、バーバラ・F・ウォルター、東洋経済新報社、2023年)という本がありました。「どうやって内戦は始まるのか」という研究です。書評を頼まれたので、読みましたが、たいへんに面白い本でした。その本に教えてもらったんですが、「ポリティ・インデックス(Polity Index)」という民主化度を表す指標があります。+10が完全な民主国家、-10が完全な独裁国家。+10から-10まで0を入れて全部で21段階で各国の政体を評価します。

  +10というのは「完全な民主国家」です。国民の意見がきちんと政策に反映されるので、国民は別に政府を転覆しようなんて思わない。一方、-10の「完全な独裁国家」でもやはり内戦は起こらない。北朝鮮とかサウジアラビアがそうなんですけども、国民は完全に政府に支配されていて無力なので、政体を変えるだけの政治的実力がない。

 内戦が起きるのは、+5から-5の間にある国です。ここが「アノクラシーゾーン(anocracy zone)」と呼ばれます。「半デモクラシー」、あるいは「部族民主主義」と呼ばれることもあります。国内がいくつかの集団に分断していて、間に全く対話の成立する余地がない。

 国がアノクラシー・ゾーンに入るには2つパターンがあります。民主国家が独裁制に移行する場合と、独裁国家が民主化する場合です。韓国を見ているとわかりますね。たしかに独裁制が民主化する過程で、激しい国内対立が起きました。今のミャンマーもそうです。

 アメリカは+5なんですね。アメリカは実はあまり民主化度が高くない国なんですよ。少し前まで+7だったんですけども、202116日の連邦議会の襲撃事件がありましたね。あの時に2ポイント下がって、+5になった。その後トランプが登場してきました。たぶん今のアメリカは、民主化度は2とか3くらいまで落ちてると思うんですよね(著者注:2026年2月10日時点でのアメリカのポリティ・インデックスは0)。もうほとんどトランプ「王国」ですからね。つまり、今のアメリカはアノクラシーゾーンにあるので、内戦が始まる確率が非常に高い。

 内戦が始まる理由というのは、必ずしも国内に激しい人種差別があるとか、貧富の格差があるとか、政治が腐敗してるとか、そういうことではないんです。どれくらい政権が腐敗していても、一部の人間が国富を独占していても、それだけでは内戦は起きない。アノクラシー・ゾーンに入る必要がある。民主制が崩れて独裁制になるか、独裁制が崩れて民主化するか、中途半端な民主主義の時に内戦が起きる。アメリカはいま民主制が崩れて独裁制に移行しつつある。統計的には内戦が起きる可能性が非常に高い。