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人間って、外国人に対するよりも、敵になった同胞に対する方がずっと暴力的になるんです。
2026年2月11日の内田樹さんの論考「アメリカは内戦に向かうのかの思考実験」(その3)をご紹介する。
どおぞ。
日本人には分かりにくいんです。日本の都道府県が独立するなんて誰も考えませんからね。でも、アメリカは違います。あくまでUnited Statesであって、Statesというのはまさに「国」なんです。独立時点の東部13州だって、州憲法を持っていて、固有の政府を持っていたんです。
内戦が起きた場合に、一番心配なのは、すさまじい殺し合いになる可能性があるということです。国と国の戦争の場合はどんな国でも一応戦時国際法は守ります。非戦闘員は攻撃しないとか、病院や学校や教会は攻撃しないとか、捕虜はジュネーブ条約に基づいて扱うとか。でも、内戦には戦時国際法は適用されるでしょうか。僕は適用されないんじゃないかと思うんです。「叛乱軍」と「鎮圧軍」の戦いなんです。連邦軍に逆らっている市民は「戦闘員」じゃなくて「犯罪者」と見なされる。だから、戦時国際法が適用されない、すさまじい虐殺が行われる可能性がある。
南北戦争がそうでした。南北戦争はアメリカ史上最悪の戦争です。死者数は65万人から82万人というあいまいな数字しかないんですが、これはアメリカ史上最多戦死者数です。
第1次世界大戦のアメリカの戦死者は11万人、第2次世界大戦で29万人、朝鮮戦争で3万7千人、ベトナム戦争で5万8,000人。でも、単純に戦死者数だけ比べても意味がわからない。人口の分母が違いますから。ベトナム戦争の時の分母は2億5,000万人です。南北戦争の時は分母が2,500万人です。ベトナム戦争の頃の10分の1なんです。つまり、1960年代に南北戦争をやったら、死者は650万人から820万人になっただろうということです。ベトナム戦争の死者の100倍です。そう聞くと、南北戦争がいかにすさまじい殺し合いだったかが分かると思います。
特に南北戦争では、南軍の損耗率が高かった。ふつうの戦争では、損耗率が30%になったら、白旗を上げます。30%を超えると、もう組織的な戦闘ができなくなり、ただ死傷者が増えるだけだからです。ですから、損耗率30%になったら、白旗上げて降伏して、捕虜になる。これが「正しい戦争のやり方」なんですけども、南北戦争の時、ゲティスバーグの戦いの南軍の損耗率は50%です。これは砲弾が飛んでくるところにまっすぐ突っ込むとか、銃弾の嵐の中を進軍するとか、そういう戦い方ですよ。でも、そこまで南北の兵士は憎み合っていた。
そこが、内戦の怖いところなんです。同胞同士の殺し合いでは、人は独立国同士の戦争よりもずっと残酷になる。ここにいる方たちは、朝鮮半島の戦争をご存じですから、その意味が分かると思いますけれど、人間って、外国人に対するよりも、敵になった同胞に対する方がずっと暴力的になるんです。
南北戦争の時、北軍は南軍領土に入ってから、略奪したり、非戦闘員を殺したり、強姦したりということをしていた。『風と共に去りぬ』が詳しく書いています。だから、戦争が終わった後に、南部ではすさまじいバックラッシュがあった。クー・クラックス・クランができたのも、「ジム・クロウ法」と呼ばれる人種差別的な法律ができたのも、南北戦争後なんです。人種差別は南北戦争で負けた後の南部で激化するんです。それが今に至るまで続いている。今の「白人至上主義者」っていう人たちがいますけれど、これはかつての南軍の流れを汲んでいる。遡れば、そこまで北部に対する恨みが残っている。
今回のトランプを大統領に押し上げたのは、「ウォーク(woke)」と呼ばれる「意識高い系」の人たちに対する憎しみでした。きっかけになった「キャンセル・カルチャー」の一つがリー将軍の銅像を倒して、溶かした事件です。リー将軍は南軍の最高司令官で、降伏文書に署名した人です。南部においては、リー将軍は軍神なんです。その人の銅像を、「政治的に正しい」人たちが、奴隷制を支持した軍人の銅像を公共の場所に置くべきではないと言って、引き倒して溶かした。そのニュースを知った時に、「そんなことしなきゃいいのに」って思いました。でも、アメリカの人たちってやることが極端なんですよね。「一切容赦しない(zero tolerance)」から。政治的に正しくないものは全否定する。
その左派的な「ゼロ・トレランス」に対して、トランプは右派的な「ゼロ・トレランス」で応じたわけです。「政治的に正しいもの」はすべて禁止する。最初に署名した大統領令が「反DEI法」ですからね。「多様性(diversity)」「公平性(equity)」「社会的包摂(inclusion)」というそれまでの「政治的正しさ」の基本理念を全部否定した。
南北戦争から150年経っているのに、また似たような理由で内戦が始まるかも知れない。アメリカの連邦というのは、それほど強固なものではない。アメリカは建国時点からずっと内部分裂を含んでいるんです。
独立宣言が1776年ですが、合衆国憲法ができるのは、1788年、制定までに11年かかった。連邦政府に大きな権限を付与し、州政府の権限を減らすという国家構想を持つ人たちを「フェデラリスト(連邦主義者)」と言います。それに対して、連邦政府はただ州の合議体でよい、実際の統治の権限は州政府に残すという「州権派」の人たちがいた。この連邦派と州権派の間で激しい論争があって、なかなか結論が出なかった。ですから、アメリカ合衆国憲法は、かなりの程度この両派の妥協の産物なんです。
その典型が連邦議会の権限を規定した1章8節12項です。ここには、連邦議会が陸軍を招集し維持するが、そのための支出は年度を超えてはならないとあります。つまり、陸軍の常備軍を持ってはいけないと書いてあるんです。
もちろんアメリカには常備軍があります。陸軍、海軍、空軍、海兵隊、宇宙軍、沿岸警備隊、六つの軍組織、143万人の職業軍人がいます。でも、憲法には今でも「陸軍は常備軍を持ってはならない」と書いてある。なぜかというと、独立戦争では植民地の人たちは市民たちが自発的に銃を持って集まってきてやって、連隊を作り、互選で連隊長を選んだからです。常備軍というものは13州どこにも存在しなかった。
連邦派は、常備軍がないと、外敵が攻撃してきた時に、州が単独で迎撃すると敗けるかも知れない。あるいは、力のある州が、他の州に侵攻して支配したり、連邦政府と州政府の間で軍事的対立が起きるかも知れないとか、いろいろなリスクを数え上げて反論したんですが、結局州権派に譲歩することになりました。
よく、日本国憲法の憲法9条2項について、こんな現実離れした憲法条項を持っている恥ずかしい国は日本しかないと言う人がいますね。だから、条文を現実に合わせるべきだ、と。でも、そう言うなら、改憲派の人たちはアメリカに行って、ホワイトハウスでも「現実と乖離したこんな恥ずかしい憲法を持つな。現実に合わせて改憲しろ」と言わないとことの筋目が通らない。でも、そんな人見たことない。