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もちろん内戦なんて起こらないのが一番いいんですけれども、それでもアメリカが内戦に入る確率が高いという統計的事実がある以上、それについては対処すべきだと思います。さしあたりは思考実験だけでもいい。でも、日本のメディアはそんなこと一行も報道しません。そんなこと報道したら、株価が暴落するのが確実だからです。対米輸出で食っている企業やアメリカからの輸入材料でものづくりをしている企業の株なんかたちまち紙くずになる。そうなったら日本経済大混乱ですから。社会的混乱を防ぐためにも、「アメリカの政情が不安定である」というようなニュースはできるだけ報道しない。
2026年2月11日の内田樹さんの論考「アメリカは内戦に向かうのかの思考実験」(その4)をご紹介する。
どおぞ。
独立宣言には「抵抗権・革命権」が明記してあります。人民は自分たちの生命、自由、幸福追求の権利を阻害する政府は、改変し廃絶する権利がある。当然ですよね。独立戦争の正当性を主張するためには、市民的自由や幸福追求の権利を阻害する政治権力は倒しても構わない。そう言わないと、独立戦争の正当性が保てませんから。だから、独立宣言には抵抗権・革命権が明記されました。
この抵抗権・革命権を憲法に書き込むべきかについても、当然論争になったはずです。だって、できたばかりの国で、「気に入らなければ合衆国を改変廃絶してもいいですよ」とは憲法に書きにくいですからね。とはいえ独立宣言の精神は否定できない。やはりここでも、独立宣言の掲げる理想と合衆国の現実の間の妥協が行われた。その結果憲法修正第1条ができました。
ここにはご存じのとおり、言論・報道の自由と、市民が平和的に集会を開き、「政府に苦情の救済を請願する」権利を守らなければならないと書いてあります。「請願する」はpetitionっていう英語です。あまり聞いたことのない動詞だと思います。日本語で「請願」って言うと、なんだかなんか請願書持ってぞろぞろと議員会館に行って、議員さんや議員秘書に「一つどうぞよろしくお願いします」と頭を下げるような光景が目に浮かびますけれど、petitionっていう英語の原義はそんなおとなしいものじゃないんです。語源はラテン語のpeteという動詞です。意味は「追求する、得ようと努める、駆け付ける、敵意を持って突進する、渇望する」です。「法律的な権利を訴求する」というのはずっと後の方の語義なんです。petitionという動詞はかなり攻撃的な含意を持っていて、とても「請願する」なんていう穏やかな日本語に落とし込めるようなもんじゃないのです。
建国の父たちは、みんな大知識人ですから古典語に通じています。だから、petitionっていう動詞を選んだ時に、そのラテン語の原義を知らないはずがない。「戦って勝ち取る」という意味なんです。日本語訳された合衆国憲法を見ると、「革命権」なんてどこにも書いてない。あるのは「請願権」だけですが、実はそこには抵抗権・革命権のニュアンスが書き込んである。
憲法修正第2条は、ご存じのとおり、武器を携行する権利です。これは法理上はあって当然、なければ困る条文なんです。だって市民には抵抗権・革命権があるんですから。政府に抵抗し革命するためには武器が要る。だから、「請願権」を明記した第1条に続いて、第2条に、全ての市民は銃を携行する権利があるとしたのです。
アメリカでは銃規制が進みません。日本から見ると、どうしてそんな前近代的な憲法条項が今もあるのか不思議ですが、これは仕方がないんです。請願権と武装権は一対なんですから。武装権を消したら、「敵意を持って突進する」ことができなくなる。
請願は「平和的に集会を開く」という条文があります。「平和的に」と訳された英語はpeaceably です。peacefullyじゃないんです。ニュアンスがかなり違う。peaceably は個人や集団が活動をするときに「できることなら争いを避け、穏やかに」という意味です。できることなら平和的にやりたい。けれども、忍耐にも限界がある。そういうニュアンスがこの副詞一つにもこめられています。合衆国憲法制定過程で連邦派と州権派の間でもめたという話を先ほどしましたけれど、こういう動詞一つ、副詞一つの選択を見ても、そこでどんな議論があったのか、なんとなく想像できますね。
僕たちはアメリカ人が「軍」についてどういう考えをしているのか、実はよく知らない。そう思った方がいい。軍隊の基本が「銃を執って立ち上がる市民(miltitia)」だという考え方は、召集令状で徴兵されるのが軍隊だと思っている国の人間にはよく理解できない。
独立戦争前後の話を描いたアメリカ映画を観ていると、戦争中にうちに帰る人がいるので、観ていてびっくりします。「ちょっと帰るわ」って。「今、収穫期だから、畑に人手が要るから」って。戦争の最中ですよ。でも、それについて誰も「卑怯者」とか「裏切者」とか言って責めたりしない。だって、そもそも自分の自由意思で戦争に来ているんですから。だから、自己都合で戦線を離脱しても、それを誰も咎めない。
そういうアメリカ人の「軍」についての考え方をある程度知っておかないと、これから起こるかもしれない内戦の文脈が見えてこないんじゃないかと思います。
アメリカで内戦が起こると、世界の地政学的な環境は一気に流動化します。どうしたらいいんでしょう。だってアメリカで内戦なんか起きたらもう、海外基地なんて維持できませんからね。おそらく全部撤収する。
仮に東軍と西軍に分かれた内戦の場合、在外米軍基地の兵士たちは、どちらに帰るのか。連邦政府はもちろん在外基地の軍人たちに連邦軍に入って反乱軍を鎮圧しろと命令する。でも、在外米軍が大統領の指示に唯々諾々と従って、同胞を殺す軍事作戦に従事するでしょうか。軍とホワイトハウスの間は、必ずしもコミュニケーションがきちんとしてるわけではありません。ですから、内戦が始まった時に、軍がどうふるまうかは簡単には予測ができない。
仮にカリフォルニアが独立を宣言した場合、日本政府はどうするのか。独立を承認するのか。たぶん日本政府は「しない」と思います。様子を見て、他の大国が承認したら、それに紛れ込むくらいで。
でも、これは結構重要な思考実験だと思います。もしカリフォルニアが独立を宣言した場合に、日本政府はどうしたらいいのか。カリフォルニアだけでなく、全州に日本人が仕事や留学でいます。内戦が始まったら、彼らをどうやって救出するのか。韓国人だって、カリフォルニアにはたくさんいますよね。内戦になった時に、在米の同胞をどうやって救出するか。それは日本にとっても韓国にとっても外交的な急務になるわけですけれども、たぶん日本政府は何も考えていないと思います。
もちろん内戦なんて起こらないのが一番いいんですけれども、それでもアメリカが内戦に入る確率が高いという統計的事実がある以上、それについては対処すべきだと思います。さしあたりは思考実験だけでもいい。でも、日本のメディアはそんなこと一行も報道しません。そんなこと報道したら、株価が暴落するのが確実だからです。対米輸出で食っている企業やアメリカからの輸入材料でものづくりをしている企業の株なんかたちまち紙くずになる。そうなったら日本経済大混乱ですから。社会的混乱を防ぐためにも、「アメリカの政情が不安定である」というようなニュースはできるだけ報道しない。そういう考え方もあるかも知れません。でも、自分たちの「米びつ」の心配を優先して、アメリカで実際に起きていることを報道しないということは、ほんとうにそういう事態が起きた時に、何もできずにただ腰を抜かすだけになるということです。またメディアの批判になりましたけれど、もし日本人が「アメリカで内戦」のニュースに腰を抜かしたとしたら、それはメディアの責任です。