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内田樹さんの「中高生からの質問 その2」 ☆ あさもりのりひこ No.1863

書くことは「書きたい」という欲望の産物だと思っています。

 

 

2026年4月8日の内田樹さんの論考「中高生からの質問その2」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 文章を書くことは苦ではなく、むしろ得意なほうだと思うのですが、好きではありません。何か好きになる方法はないでしょうか。

 

 不思議な質問ですね。そんな問いがあること自体、初めて知りました。でも、ちょっと考えてみますね。

 僕自身は子どもの頃から文章を書くことが好きでした。書きたいことがあるので、とにかくじゃんじゃん書く。書くことに上手下手があり、それが査定の対象になるということは考えたこともありませんでした。世の中には「書きたい人」がいるし、「書きたくない人」がいる。それは世の中には「人参が好きな子」もいるし、「人参がキライな子」もいるようなものだと思っていました。

 中学一年生のときに書いた作文で「文部大臣賞」というものをもらったことがあります。朝礼で校長先生から賞状を受け取ったのですが、「なんで、『あんなもの』で賞状がもらえるのか」不思議でした。だって、書くのは好き嫌いのことがらだと思っていたわけですからね。「あなたは度を越して『人参好き』なので、これを賞します」というようなことって、ふつうないでしょう。

 中学1年生のときにSFFCSF Fan's Club)という全国の中学生高校生のSFファンのネットワークに加盟して、ボス(池田さんという大阪の青年でした)からの指示に従って東京支部を立ち上げ、そこでファンジンを定期的に刊行していました(ガリ版刷りという、みなさんは知らない遠い昔の、家でできる印刷の方法があったのです)。そこにはひたすらSFSF評論の原稿を書いていました。それを全国の会員たちに送るのですから、中学時代のお小遣いはほぼすべて切手代に消えました。そこまでして「書きたい」「誰かに読んで欲しい」と思っていたのです。それは今も変わりません。

 だから、「書くことが好きになる方法」というのは、正直申し上げて、僕には思いつきません。書くことは「書きたい」という欲望の産物だと思っています。だから、「書きたいことが別にないのに、書く」というのは、「お腹が空いてないのに、ご飯を食べる」みたいなものだと思います。「僕はご飯を食べるのは上手なのですが、好きではありません。ご飯を食べるのが好きになる方法はありますか?」と訊かれているような感じです。

 

 僕からこの質問へのお答えは、「別に好きじゃないことなら、好きになることないですよ」というものです。「ご飯を食べる」ことと違って、「書くこと」は、しなくても死ぬわけじゃないですからね。