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内田樹さんの「月刊日本のロングインタビュー」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1868

何よりも日本という成功体験が大きいと思います。軍事的に徹底的に痛めつけられて、主権も国土も奪われた国は、二度と宗主国に逆らわない忠実な属国になる。それをアメリカは日本で経験した。この成功体験の「蜜の味」があまりに甘美だったので、以後81年間のアメリカの海外への軍事行動の下には、つねにこの成功体験が伏流していた。軍事的に徹底的に叩いて、屈辱的な地位に落とせば、その国は手のひらを返して忠実な属国になる。アメリカはそう信じてベトナムやアフガニスタンやイラクに侵攻して、全部で失敗した。どこにも「日本みたいな国」はなかった。

 

 

2026年4月15日の内田樹さんの論考「月刊日本のロングインタビュー」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―― アメリカ・イスラエルは昨年6月の12日戦争に続いて再びイランを攻撃し、最高指導者のハメネイ師ら指導層を殺害しました。

 

内田 これは予想外でした。トランプは「ドンロー主義」を掲げて、西半球に勢力圏を限定して、東半球からは軍事的に撤退していくものと考えていました。まさか再び中東に突っ込んでいくとは思わなかった。

 なぜこんなことをしたのか。トランプは2月28日の声明で「47年間」という言葉を繰り返し強調して、イラン国民に体制転換を呼びかけました。つまり、47年前のイラン革命で成立した現体制を倒して、「元に戻す」つもりだった。忘れている人の方が多いでしょうが、革命前のイランは中東きっての親米国家で、イスラエルの親密な同盟国でもありました。ところが、1979年のイラン革命でパーレビ王朝が倒されて、現在のイラン・イスラーム共和国が成立し、アメリカやイスラエルに敵対するようになった。ですから、イランの体制転換というのは、イスラム原理主義を排して、民主主義体制にするという意味ではなく、端的に「親米国家に戻す」という意味です。親米的な体制であれば、別に王政でも寡頭制でも腐敗国家であっても、なんでも構わない。それがアメリカの本音でしょう。

 そうなれば、イランの石油も手に入るし、ホルムズ海峡も掌握できる。イスラエルの安全も保障される。何より11月の中間選挙にとって大きなプラス材料になる。そんな美味しいシナリオを誰かがトランプに吹き込んだ。たぶんネタニヤフかヘグセス国防長官や取り巻きのおべっか遣いたちでしょう。

 昨年の「12日戦争」でイランの軍事力は弱っている。大規模な反政府デモでイラン国民のイスラーム体制への拒否感も限界まで高まっている。ここでアメリカがベネズエラで成功した「斬首作戦」でハメネイ師と幹部たちをピンポイントで暗殺して、圧倒的な軍事力の差を見せつければ、イラン政府は白旗を掲げる。すると、国民が蜂起して、神権政治体制が転覆される...

 このシナリオには1953年のクーデタという成功体験があります。この時、CIAは英国のMI-6と共同作戦で、イランの反体制派に資金や武器を供与して、石油国有化によって英米の石油利権を取り上げたモサデク政権を倒して、パーレビ二世の親英米政権を打ち立てました。

 もう一つの成功体験は、今年初めのベネズエラでの作戦です。アメリカが「斬首作戦」でベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を官邸から拉致すると、後継の大統領は反米から親米にたちまち方針転換し、国民も黙ってそれを受け入れた。

 イランでも同じことが起きるだろうとアメリカは考えたのだと思います。「斬首作戦」というのは、国家指導者の行動パターンを完全に把握していないとできません。それができるのは、ふつうは側近に内通者がいるということです。政権中枢に裏切り者がいるというのは政権の末期症状です。ベネズエラはそうでした。イランでも、もし中枢に内通者がいるなら、政権も末期だと判断したのかも知れません。

 何よりも日本という成功体験が大きいと思います。軍事的に徹底的に痛めつけられて、主権も国土も奪われた国は、二度と宗主国に逆らわない忠実な属国になる。それをアメリカは日本で経験した。この成功体験の「蜜の味」があまりに甘美だったので、以後81年間のアメリカの海外への軍事行動の下には、つねにこの成功体験が伏流していた。軍事的に徹底的に叩いて、屈辱的な地位に落とせば、その国は手のひらを返して忠実な属国になる。アメリカはそう信じてベトナムやアフガニスタンやイラクに侵攻して、全部で失敗した。どこにも「日本みたいな国」はなかった。

 武道ではこういうのを「勝ちに居着く」と言います。一度大成功するとそのパターンに釘付けになって、それ以外のアプローチに切り替えることができなくなる。アメリカの戦後81年間の海外への軍事的介入はすべて同一パターンの繰り返しです。そして全部失敗している。

 今回は初手から失敗でした。軍事作戦を始めた2月28日にいきなり小学校を誤爆して170人の女子児童を殺した。これでイラン国民の反米感情が一気に高まった。これまでの非民主的な体制にはもう耐えきれないが、それ以上にアメリカが憎い。この民間人虐殺のせいで、イラン国民の反体制機運はむしろしぼんでしまった。むしろ「今はイラン人同士で争っている場合ではない。アメリカを追い出すほうが先だ」と国民的な統合を強めることになった。

 

―― 4月8日にはアメリカとイランの間で停戦が成立し、和平交渉に移行しました。

内田 トランプは政治的には危機的状況にあります。支持率は下がり続けですし、州知事選や州議会選では民主党に連敗しています。このままだと11月の中間選挙も大敗する可能性が高い。そうなると議会多数派を占めた民主党によって弾劾されて、失職し、場合によっては投獄されるリスクがある。トランプとしては何としてもそれだけは避けたい。

 ネタニヤフも事情は同じです。2019年に汚職容疑などで起訴され、2020年から裁判にかけられています。イスラエルでは今年10月までに総選挙を実施する予定ですが、こちらもネタニヤフ率いる与党が敗北する可能性が高い。選挙に敗けて首相辞任となると、ネタニヤフも有罪判決を受けて、囚人服を着せられるかも知れない。

 だから、ネタニヤフはトランプを唆して、イラン戦争を始めさせたのだと思います。トランプもネタニヤフも選挙で敗ければ失職・投獄のリスクを抱えている。だから、お互いに協力してイランで戦果を上げ、それぞれの選挙を乗り切ろうとした。二人の権力者が自己保身のために戦争を始めた。さすがにこれほど卑しい動機から始まった戦争は過去に見たことがありません。

 でも、その甘いシナリオ通りにことは進まず、イランは予想外に激しく抵抗し、国内で反体制の市民運動が起きる気配もない。それでトランプは焦り始めた。アフガンで20年、イラクで8年、「泥沼」のような長期戦を戦った結果、アメリカは莫大な戦費を費やし、7000人の戦死者を出した。でも、政治的には何も得らなかった。

 そもそもトランプはそういう無駄な「終わらない戦争」を徹底的に批判して大統領になったのです。国益に資するところのない戦争を終わらせて、国内のインフラや雇用に税金を使うべきだという「アメリカ・ファースト」の訴えが有権者の琴線に触れた。そのトランプが中東で戦争を始めた。これもまた「終わらない戦争」になるのではないかという不安がアメリカ国民の間に広がった。

 だから、トランプは最初に描いていたシナリオが楽観的に過ぎたことに気づいた後は、できるだけ早く手じまいしたかったのだと思います。死傷者が多く出る地上作戦は避けて、アリバイ的に空爆をしてイラン国内のインフラをいくつか破壊して、「大勝利だ」と宣言してイランから撤退する。途中からはそういうふうにシナリオを書き換えたのだと思います。

 ふつうの政治指導者ならば、一度戦争目標を「体制転換」と掲げた以上、それをある程度達成するまでは引っ込みがつかない。過去の自分の発言との整合性を取らないとまずいと思う。でも、トランプにはそういうこだわりがありません。不動産屋のセンスで、儲からないと分かれば、さっさと損切りする。

 「体制転換なんて言った覚えはない。イランの核施設を叩くことが戦争目的だと初めから言ってたじゃないか。だから大勝利なんだ」とトランプなら平気で言うでしょう。しかし、ネタニヤフは和平が実現しては困る。戦争が続いていなければ、わが身が危ない。トランプがイランから手を引けば、ネタニヤフは見捨てられたことになります。ですから、イスラエルはたぶん停戦協定違反を犯して、停戦を妨害すると思います。アメリカは手じまいしたいが、イスラエルはイランとの泥沼戦争にアメリカを引きずり込みたい。その押し合いがしばらく続くと思います。

 アメリカと湾岸諸国の関係も今度の戦争でかなり傷つきました。イランは報復措置として湾岸諸国の米軍基地を攻撃しましたが、これによって「抑止力神話」が揺らいだ。米軍基地があるので安全だったはずが、逆に米軍基地があったせいで攻撃されることになった。

 

 どういうかたちであれ、いずれアメリカはぼろぼろになってこの戦争から撤退するでしょう。その結果、アメリカとイスラエル、湾岸諸国との関係は戦争前よりも悪化し、アメリカの中東での拠点は失われ、プレゼンスを喪失する。