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2023年

1月

30日

内田樹さんの「『撤退論』まえがき」(後篇) ☆ あさもりのりひこ No.1295

人口減(それと高齢化)が日本の国力の衰微の最大の原因です。これは小手先の政策ではどうしようもない。初期条件として受け入れるしかない。

 

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「『撤退論』まえがき」(後篇)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 僕の書き方がいささか悲観的過ぎる、日本の衰え方をいささか誇大に表現しているのではないかという疑念を持つ方がおられると思います。でも、日本の未来について楽観できる余地はほんとうにないのです。

 国力衰退にはさまざまな指標があります。でも、もっとも客観性が高く、誤差が少ない指標は人口動態です。

 わが国の総人口は2004年をピークとして、今後減り続け、21世紀の終わりには、明治四十年代の日露戦争前後の水準にまで減少することが予測されています。人口推移の図表を見ると、1900年から2000年までに増えたのと同じだけが2100年までに減るので、人口推移グラフはきれいな左右対称の山形をなしています。具体的に言うと、2100年の人口予測は高位推計で6470万人、中位推計で4771万人、低位推計では3770万人です。現在が1億2600万人ですから、中位推計でも今から80年の間に7000万人以上減る勘定です。年間90万人。毎年県が一つずつなくなるというペースです。

 その減少分は海外からの移民で補えばいいというご意見もあるかも知れません。でも、今日本在住の外国人はわずか290万人です。パンデミックのせいで外国からの移住者数は激減しています。それに外国人技能実習生への暴力事件や入管での人権無視事案で露呈されたように、日本社会は「異邦人」の受け入れ能力が悲しいほど低い。「多様性と包摂」という看板だけは掲げていますけれども、今の日本人は人種・国籍・言語・宗教・生活文化を異にする「他者」たちと共生できるほどの市民的成熟には達していませんし、そもそもそのような市民的成熟が緊急に必要であるということについての国民的合意さえない。そんな国が人口減を移民で補うことができるはずがありません。

 人口減(それと高齢化)が日本の国力の衰微の最大の原因です。これは小手先の政策ではどうしようもない。初期条件として受け入れるしかない。

 でも、同じことはこれから後、多くの先進国で起きます。日本に続いて2027年には中国の人口がピークアウトして、以後年間500万人ペースでの人口減になります。その規模と速度は日本の比ではありません。中国の中央年齢は今37.4歳でアメリカと同じですが、2040年には今の日本のレベル(48歳)に達します。韓国も2019年の5165万人をピークに減少に転じました。高齢者比率も2065年には46%に達し、日本を抜いてOECD加盟国の首位の老人国になります。世界中どこでも事情はそれほど変わらないのです。

 でも、日本が世界で最も早くこのフェーズに入る。そうであれば、「子どもが生まれず、老人ばかりの国」において人々がそれでもそれなりに豊かで幸福に暮らせるためにどういう制度を設計すべきかについて日本は世界に対してモデルを提示する義務がある。僕はそう思います。他のことはともかく、この「撤退」戦略においてくらいは「日本はこうやって撤退局面でソフトランディングに成功して、被害を最小化した」ということを世界にお伝えしたい。でも、今のままでしたら、「日本はこうやって撤退に失敗した」という「やってはいけない見本」を提示するということでしか世界の役に立たないということになりそうです。

 

 寄稿依頼にしては長くなり過ぎましたので、もう終わりにします。以上のような現状認識を踏まえて皆さんにご自由に「撤退」を論じて頂きたいと思います。

 もちろん、現状認識が僕とは違うという方もおられると思います。「撤退など必要ない」という論ももちろん歓迎です。寄稿者全員ができるだけ多様な視点から、独自の「ものさし」で、この問題を縦横に論じてくださることが読者に裨益(ひえき)するところが最も多いはずだからです。

 寄稿を依頼したのはお忙しい方々ばかりですから、「ちょっと時間的に無理」ということもあるでしょうし、そもそも編集の趣旨が意に添わないということもあるでしょうから「書けません」という場合はご遠慮なくお断りくださって結構です。

 長い手紙を最後までお読みくださって、ありがとうございました。みなさまのご協力を拝してお願い申し上げます。

 

2021年10月

内田樹

 

 これで本書の趣旨をご理解頂くには十分だと思いますけれど、一言だけ付け加えておきます。

「リトリート」という言葉を僕は大学在職中に時々耳にしました。それは「退修会」と訳されていました。たしかに英和辞典でretreatを引くと、「静養」や「静思」という訳語がみつかります。日常から離れ、落ち着いた環境の中で、霊的な養いの時を持つことだそうです(知らなかった)。僕のいたミッションスクールでは全教職員が集まり、チャプレンの祈りの後に分科会にわかれて、一日かけて「私たちの大学は何のために存在するのか?」という建学の理念を検証するのが「退修会」でした。

 この本で僕たちはこれから「撤退」についてさまざまな論点を提出します。そして、僕からのささやかな願いは、その作業そのものを「静思」として営めたらいいということです。つまり、「僕たちの暮らすこの共同体は何のために存在するのか?」という根源的な問いに向き合いつつ、ということです。そういう根源的な問いをめぐる思索は、あまり論争的になったり、声を荒立てたりすることなしに、できれば「静思」という仕方で行う方がいいと思うのです。難しいとは思いますが。

 以下に収録した論考はどれも寄稿者たちが力を入れて書いてくださったものですから、豊かな知見に溢れていますし、一読して胸を衝かれるような言葉に出会うこともあると思いますが、読者のみなさんはできれば「静思」的な構えで、一つ一つゆっくり読んで欲しいと思います。一人の論考を読み終えたら、すぐには次に進まずに、珈琲を一杯飲むなり、散歩をするなり、ちょっとしたインターバルを置いて、言葉がみなさんの胸のうちに「着床」する時間をとってくれたらうれしいです。どうぞよろしくお願い致します。

 

2022年1月

内田樹

 

 

2023年

1月

27日

内田樹さんの「『撤退論』まえがき」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1294

彼ら指導層のこれまで思考と行動のパターンを考えると、それは新自由主義的な「選択と集中」をさらに徹底したところの「強者にすべての資源を集中し、弱者は見捨てる」というものになるのだろうと思います。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「『撤退論』まえがき」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

 今回は「撤退」について寄稿をお願いして、論集を編みました。寄稿の依頼文を以下に掲げます。お読み頂ければ、論集の趣旨はご理解頂けると思います。

 

 みなさん、こんにちは。内田樹です。

 晶文社の安藤聡さん経由で、僕からの手紙が届くということは、「ああ、また寄稿依頼なんだな」とみなさんすぐに思われたと思います。ご賢察の通りです。今回は「撤退について」という主題での寄稿依頼です。まずは編集の趣旨についてご説明致します。

 

 先日、奈良県立大学の主催で「撤退学」をめぐるシンポジウムが開催されました。主催者側を代表して、同大の堀田新五郎先生が「今、撤退的知性の必要を問う」という問題提起をされて、それを承けて僕と水野和夫先生が講演をして、それから全体討議がありました。議論の内容について、ここでは詳細にはわたりませんが、日本のこれからの「撤退」はどういうものになるのかという問題を大学人が提起してくれたことを僕は頼もしく思いました。

というのも、国力が衰微し、手持ちの国民資源が目減りしてきている現在において「撤退」は喫緊の論件のはずであるにもかかわらず、多くの人々はこれを論じることを忌避しているように見えるからです。「撤退する日本はどうあるべきか」について衆知を集めて論じるという機運が高まっていない。

 今さまざまな指標が日本の国力が低下していることを示しています。一国の国力が向上したり低下したりするのは「よくあること」です。歴史を顧みれば少しも珍しいことではありません。ローマ帝国もモンゴル帝国も大英帝国も消長がありました。別に驚くこともないし、怒ったり、悲しんだりすることでもない。事実として粛々と受け止めるしかない。

 でも、「国力が低下しているので、これにどう対処したらよいのか」を議論することそのものを忌避するというのは「よくあること」ではありません。それは異常です。

 病気になるのは「よくあること」です。病気になったら、その原因や症状や治療法を考えればよい。でも、病気になったのに「それについては話題にしたくない」というのは異常です。そんなことをしたら重篤化するばかりです。今の日本はそれに近いように見えます。

今の日本政府部内には「国力低下の現状をモニターし、その原因を探り、効果的な対策を起案するためのセンター」が存在しません。個別的には、少子化をどうする、どうやって経済成長させる、どうやって軍事力を高めるかといった「前向きの」政策議論はなされていますが、全体的趨勢としての国力の衰微の現状と未来を「総合的・俯瞰的」に検討する部局が存在しません。

 僕が「撤退」と言っているのは、具体的には、この国力衰微の現実に適切に対応するということです。痩せて腹回りがへこんだらベルトのボタン穴を一つずらすとか、寒気がするので厚着するとか、そういう種類の、ごく非情緒的で、計量的な問題です。にもかかわらず、そのことが制度的に忌避されている。どうしてなんでしょう。

 

「撤退」を議するセンターが存在しない理由はいくつか考えられます。

 第一の理由は「日本の国力は別に衰微などしていない。日本のシステムは順調に機能しており、補正や改良の余地はない」という考え方に固執している人たちが国政を担当しているということです。

 システムを補正し改良するということはシステムに瑕疵があったということを認めることからしか始まりません。でも、現在のわが国の為政者たちは「失政を絶対に認めないという」立場をこれまでかたくなに守り抜いてきました。そして、「誤りを決して認めない」という態度を取り続けることで長期政権を保ってきた。「決して失敗を認めないこと」が成功体験として記憶されている。だから、成功体験に固執する。

「撤退」をめぐる議論は、これまで採択されてきた政策の適否についての精密な点検なしには成り立ちません。どの政策がうまく行って、どの政策が失当だったか、それを吟味することなしには、議論は始まらない。でも、それは現在指導層を形成している人たちが「それだけは絶対にしたくない」ことなのです。

 第二の理由はもう少し複雑です。それは為政者たち自身も「日本はこれからどんどん衰微してゆく」ということは客観的事実としては認めており、その原因も理解しており、それに対する対策もすでに講じているのだけれども、そのプロセスを国民に対して開示する気がないということです。「撤退」問題はすでに政府部内では徹底的に検討されており、対策も決定されているのだけれど、その事実そのものが隠蔽されている。僕はこちらの方が可能性は高いと思っています。

 今の日本の為政者たちの知性と倫理性について、僕はあまり高い評点を与えることができません。でも、いくら何でも今の日本について「国力が増強しつつある」というような致命的な勘違いをするほど知的に不調であるとは思っておりません。それくらいのことは分かっているはずです。そして、その原因の相当部分が過去30年の失政に起因することもわかっている。喫緊の政治的課題が「目減りしつつある国民的資源を誰にどう分配するか?」ということであることもわかっている。

 ですから、当然にも自分たちなりの「撤退戦略」をすでに構想している。それくらいの知恵がなければ、政権は担当できません。でも、それについて公的な場面で話題にする気はない。というのは、それが国民資源のかなりアンフェアな分配に基づく計画だからです。僕はそう思います。

 彼ら指導層のこれまで思考と行動のパターンを考えると、それは新自由主義的な「選択と集中」をさらに徹底したところの「強者にすべての資源を集中し、弱者は見捨てる」というものになるのだろうと思います。それ以外の解のために知恵を絞るほどの倫理性を僕は日本の指導層に期待しておりません。

 でも、「強者が総取りする」という「撤退」戦略を、パンデミックとインフレと貧困で人々が苦しんでいる状況下で公開したら大多数の国民の怒りを買うことは間違いありません。さすがに大多数の有権者の怒りを買ったら政権の維持が難しい。だから、それについては腹に納めて、黙っている。

 いかなる国民的議論も経ずに、政府部内では「撤退計画」はすでに起案され、着々と実施されている、僕はそう考えています。そして、ある日「ポイント・オブ・ノーリターン」を越えたところで、つまりもう政府主導の「撤退計画」以外の選択肢を採る可能性が失われた時点で、はじめて「日本は沈みつつありますが、生き延びる手立てはもうこれしかありません」という手の内を明かす。そういうシナリオができていると僕は考えています。それがどういう「シナリオ」であるか、それは別稿で書きたいと思います。

 

 

2023年

1月

26日

畝傍山一円クロスカントリー大会 ☆ あさもりのりひこ No.1293

2014年1月26日に畝傍山一円クロスカントリー大会に出場したのが、生まれて初めてのレースだった。

その後、2020年まで5回出場した。

2020年の結果は、1時間13分53秒(公式記録は1時間14分03秒)であった。

2021年と2022年は新型コロナウイルス感染症蔓延のために、大会が開催されなかった。

今年は、3年ぶりの開催で、朝守は通算6回目の出場である。

 

2023年1月19日(日)、第50回橿原シティマラソン畝傍山一円クロスカントリー大会が開催された。

距離は11.4㎞(2020年は11.5㎞)。

 

午前8時10分くらいに橿原運動公園の駐車場に着いた。

寒い。

着いたときの外気温は3℃。

午前8時30分から受付。

参加賞はティーシャツ、色は白、柄は古代文字のような字でなかなか良い。

出番まで、車の中で自家焙煎のホット珈琲を飲みながら、夏目漱石の「草枕」を読む。

 

天気は晴。

スタートのときには5~6℃くらい。

午前10時前にウォーミングアップを始める。

今回はエナジージェルもミネラルウォーターも持たない。

給水所で2回、ポカリスエットを飲んだ。

 

午前10時40分スタート。

5分45秒

5分48秒

6分09秒

5分56秒

7分19秒(上りが始まる)

8分02秒(上りと下り)

6分25秒

5分44秒

6分40秒(上りが始まる)

8分10秒(上りと下り)

5分24秒

5分12秒(410m

 

1時間13分31秒(公式記録は1時間13分37秒)、11.41㎞、平均ペース6分27秒/㎞、総上昇量192m、消費カロリー865㎉。

 

1時間12分台には届かなかった。

前回よりタイムは22秒速かった。

ただし、距離が100m短いので、前回とほぼ同じ結果と言える。

 

レースに出るようになって9年。

 

畝傍山一円クロスカントリー大会は思い入れのある大会である。

2023年

1月

25日

内田樹さんの「人口減リスクにどう対処するか」 ☆ あさもりのりひこ No.1292

韓国は北を、台湾は香港を、中国はアフリカをそれぞれ人口の供給先として当てにしている。

翻って日本はどうなのだろう。ベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシアなど人口が多く、年齢が若い国からの移民労働者を当てにしているのだろうけれども、果たして彼らは日本を選んでくれるだろうか。賃金水準ではいずれ中国韓国に抜かれるだろう。日本が移民を呼び込めるとしたら市民的自由を保障すること、人種も言語も宗教も異にする人たちと共生できる「歓待の文化」を持つことによってだけである。だが、今の日本社会はそれとはまったく逆の方向に向かっている。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「人口減リスクにどう対処するか」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 先日、韓国の釜山大学から「地方消滅危機時代の人文知の役割」という演題を頂いてオンライン講演をした。韓国も日本に続いて急激な人口減局面を迎えている。とりわけ地方の人口減が甚だしく、人口はソウルに一極集中している。「地方消滅危機」をどうしたらいいのか、そう訊かれても私に妙案があるわけではない。ただ、これは日本と韓国だけでなく、東アジア先進国共通の問題であるということをお話しした。

 韓国の合計特殊出生率は0.84。少子化日本でさえ1.34なのだから、その異常さは知れる。100年後の韓国の人口は中位推計で60%減。今5200万人の人口が2000万人に減る見通しである。

 しかし、先日お会いした韓国の外交官は「人口減について韓国社会で危機感は割と希薄だ」と教えてくれた。理由を訊いたら「『北』を当てにしているから」というお答えであった。

南北統一はいつになるか分からないが、経済交流はいずれ始まる。南は北に投資し、北は南にマンパワーを送り込む。北には2500万の「同胞」がいる。彼らを労働力として迎え入れ、市場として確保すれば、人口減の衝撃はずいぶん緩和できるはずである。なるほどそういう考え方もあるのか。

 同じく少子高齢化に直面している台湾はどうだろう。香港での民主派弾圧が始まった時、英国は香港市民に英国市民権を提供すると宣言した。そして、台湾も香港市民の受け入れの意思を表明した。ただし、移住を受け入れているのは、今のところは海外留学経験者や起業経験者などに限定されている。それでも、いざとなれば隣には750万人の「同胞」がいる。この辺の感覚は北の同胞を当てにしている韓国の場合と近いのかも知れない。

 中国は2027年から急激な人口減と高齢化を迎える。14億という厚みがあるからすぐにマンパワー不足や市場縮減のリスクはないだろうが、長期的には手当が必要だ。おそらく「一帯一路」関連国とアフリカ諸国を「当てにしている」と私は思う。

 アフリカはこれからも人口が増え続ける例外的な地域である。中国はだいぶ前からアフリカに大規模な投資を行い、政治的・経済的な勢力圏に組み入れている。すでに61の孔子学院を展開して、中国語・中国文化教育を行い、将来的に故国のエリートになるべき若者たちに潤沢な奨学金や留学制度を提供して、「親中派」ケルンの形成に熱心に取り組んでいる。いずれアフリカを中国企業の製造拠点かつ製品販路に育て上げることで中国は人口減に対処するつもりなのだろう。

 韓国は北を、台湾は香港を、中国はアフリカをそれぞれ人口の供給先として当てにしている。

 

 翻って日本はどうなのだろう。ベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシアなど人口が多く、年齢が若い国からの移民労働者を当てにしているのだろうけれども、果たして彼らは日本を選んでくれるだろうか。賃金水準ではいずれ中国韓国に抜かれるだろう。日本が移民を呼び込めるとしたら市民的自由を保障すること、人種も言語も宗教も異にする人たちと共生できる「歓待の文化」を持つことによってだけである。だが、今の日本社会はそれとはまったく逆の方向に向かっている。(2022年2月24日)

2023年

1月

24日

古刹訪問

弁護士 大和八木

みなさん、こんにちわ。

本日は事務局担当日です。

10年に一度の寒波到来とのこと、足元などお気を付け下さい。

 

ちょうど10年前、私も、自宅前の坂道に雪が積もっって凍結し、車のタイヤがスリップして、5メートル下の畑にあわや転落か!?という怖い目にあったので、つもらないでね~とドキドキしています。

離婚 大和八木
洋食勝井さんのHPよりお借りしました

先日の日曜日、他府県から親戚が遊びに来ました。

おいしい洋食が食べたいとのことだったので、

朝守のブログにも何回も登場しています、

天理トレイルセンター内にある洋食勝井さんへ行きました。

 

人数が多かったので、席の予約をしたところ、

ランチコースのオーダーとなりました。

まず、前菜のお皿からとってもボリューム満点で

サーモンマリネ・ムール貝のパン粉焼き・蟹のなんちゃら・白子のフリット・ぶりのなんちゃら、どれも絶品でした。

その後、オニオングラタンスープ、サラダと続き、

セレクトできるメインは、私はポークカツレツを頂きました。

おいしすぎて、写真をとるのも忘れて夢中で頂きました♪

 

次はハンバーグ定食を頂きたいな~。

ディナー時のオムライスも気になるところです♡

橿原市 弁護士

おなかいっぱい幸せいっぱいになった後、

トレイルセンターのすぐ横にある古刹長岳寺をお散歩しました。

 

長岳寺は、824年に淳和天皇の勅願により空海(弘法大師)が創建した由緒正しいお寺です。

応仁の乱や1502年の兵火によって衰退したのち、1602年に徳川家康の支援によって復興されたという歴史を持ちます。

弁護士 大和八木
長岳寺HPより

境内は、静謐な空気があふれており、

静かな時間が流れていました。

 

私は、特に旧地蔵院のお庭が好きです。

ただただ静かな時間が流れる感じがなんとも言えません。

今回は、叔母の電車の時間がせまっていたので、あまりゆっくりできなかったですが、

次は、縁側に座って何時間でもぼ~っとしたいです。

 

2023年

1月

23日

内田樹さんの「駝鳥の政治」 ☆ あさもりのりひこ No.1291

これをフランス語では「駝鳥の政治」と呼ぶ。危機に際して、頭を砂の中に突っ込んで現実逃避をすることである。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「駝鳥の政治」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

ある日刊紙から正月の紙面用に「思考停止している中高年サラリーマンに一喝」という寄稿依頼を受けた。中高年サラリーマンを主たる顧客層としている媒体だから読者に喧嘩を売るようなものだけれど、それで構わないと記者は言う。団塊世代までは定年まで勤め上げて、満額の退職金を受け取り、老後は悠々自適という生活設計も当てにできたが、現役世代はもうそんなに甘い夢は見られない。

 コロナで消滅の危機に瀕している業界もある。就業形態もずいぶん変わった。AIの普及による雇用消失も間近に迫っている。人口減による社会の変化についても予測が立たない。

この先、五十歳を過ぎて失職した場合、簡単に再就職先は見つからないだろう。でも、彼らはそのような現実から目を逸らし、「対処の手がないまま立ち尽くし、思考が停止し、フリーズしてしまっている」というのが寄稿を依頼してきた記者の診立てである。これをフランス語では「駝鳥の政治」と呼ぶ。危機に際して、頭を砂の中に突っ込んで現実逃避をすることである。

 リアルな危機として、私たちの前には気象変動、パンデミック、人口減、AIによる雇用消失、地政学的危機...といくつものリスク・ファクターがひしめいている。悲惨すぎて話題に上らないことの一つに「気象変動による国土消滅」の予測がある。温暖化を止められないと海面上昇によって2050年までに世界で12億人が生活拠点の移動を余儀なくされるとアメリカの外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ・リポート』は昨秋伝えていた。

 小松左京の『日本沈没』の読みどころは、日本が沈没して国土が消失することが確実になった時に、世界各地にどうやって日本人の移民集団を受け入れてもらうか、離散した日本人たちはどうやって国民的アイデンティティーを維持するかという困難な課題に取り組む政治家や官僚の活躍にあった。このSFとあまり変わらない難問にすでに多くの国が直面している。

 国内に標高の高い土地がある国は国内移動で済むだろうが、例えばバングラディッシュのような低地国には逃げる高地がない。この1億6500万人はどこへ行けばいいのか。難民として世界に離散した場合、どうやって国民としての一体感を維持するのか。国土が水没した国は国連加盟国でいられるのか。外交条約を締結できるのか。税金は徴収できるのか。パスポートは発行できるのか...たぶん、そんなことはまだ考えたくないのだろうと思う。

 けれども、グローバルなスケールでの人口移動がいずれ起きることは避けられない。この人たちは基本的に難民である。「本国では生きていけない人たち」である。この人たちを受け入れることは人道上の必須である。鼻先でドアを閉じることは人間には許されない。だから、私たちはいずれにせよ、多様な出自の人たち、言語も宗教も生活習慣も異にする人たちと日本列島で共生してゆかなければならない。これを避けることはできない。しかし、今の日本には「移民政策」と呼べるようなものはない。外国人技能実習生や入管制度を徴する限り、今の日本政府の政策に「共生」をめざす人道的な意志を認めることもできない。

理解も共感も絶した他者を受け入れ、共生するためには、われわれの側にそれなりの市民的成熟が必要である。けれども、現代日本人はそのような成熟度に達していないし、成熟を果たさなければならないという社会的合意さえ存在しない。たぶんこれからも日本人は「駝鳥の政治」を続けるつもりなのだろう。だが、砂に頭を突っ込んでいても、現実の切迫を止めることはできない。(2022年1月26日)

 

 

2023年

1月

20日

内田樹さんの「『属国民主主義論』あとがき」 ☆ あさもりのりひこ No.1290

「ひっかかる」パターンはふつう二つあります。一つは「どうして、『こんなもの』がここにあるのか?」、一つは「どうして、『あれ』がここにないのか?」です。「場違いなものがある」という場合は感知しやすいのですが、「あってよいはずのものがない」というのは見落とし易い。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「『属国民主主義論』あとがき」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

 白井聡さんとの対談本『属国民主主義論』は2016年に東洋経済新報社から刊行されたものですが、今度朝日新聞出版から文庫版として出してもらうことになりました。6年前に日本の政治の現実について論じた本が今でもまだリーダブルであるという評価を頂いたことをとてもうれしく思っています。

 ふつうは政局について書かれた本の賞味期限は長くてせいぜい1年というくらいです。そういう本の多くは「世間の人は知らないが、真相はこうなのである」という「事情通と素人の情報収集力の水位差」が主な売り物になります。でも、この「水位差」はあまり持続しません。というのは「真相はこうなのである」ということを公開することによって「世間の人は知らないが」という前提が崩れてしまうからです。「人が知らないことを知っている」ということのアドバンテージはそれを失うことによってしか機能しない。逆説的ですけれど、世の中って割とそういうものなんですよね。もちろん「人が知らないことをいち早く知っている人」であるという世評を獲得すれば、ご本人はそれを生業にできます。でも、その人の書く本が長くリーダビリティを保つということはありません。

 ですから、6年経ってもまだ「読むに堪える」というのは、この本の「読み甲斐」は「事情通と素人の情報収集力の水位差」に存するのではない、ということを意味している。そう言ってよいと思います。

 白井さんは政治学者ですから、実際に政治家やジャーナリストたちとよくお会いになっています。だから、「世間の人が知らない『ここだけの話』」にも僕よりははるかによく通じています。でも、本書が主題にしているような日米関係の意思決定プロセスについて直接見聞する機会はさすがにないと思います。その部分は白井さんでも推理する他はない。

 僕は閑居して妄想を逞しくしている「街場の人」ですから、公開情報以外は何も知りません。うちに来る新聞や雑誌をぱらぱらと読んでいるだけです。それでも、けっこういろいろなことは分かります。

 こういうのを「オシント」と呼ぶのだということを最近新聞で教えてもらいました。「オシント」はOpen source intelligence の略語で、合法的に入手できる公開資料だけに基づいて「ほんとうは何が起きているのか」を推理することだそうです。なるほど。

 そう言われてみると、僕は昔からずっと「オシントの人」でした。10数年前に『街場の中国論』という本を出した時に、公安調査庁の人が僕に会いに大学まで来ました。たいへんフレンドリーな「聴き取り」でしたけれども、調査のポイントは「あなたは中国共産党の内部事情についての情報をどうやって手に入れているのか」ということでした。僕が「え? 毎日新聞からですけど」と答えたら、びっくりしてお帰りになりました。

 僕が中国共産党の党内事情なんか知っているわけがないじゃないですか。そんなことをこっそり僕だけに教えてくれる親切な「インフォーマント」なんかこの世にいません。でも、ふつうに新聞記事を読んでいれば、今中国共産党内部でどんなことが議論されていて、どんな論争や確執があるのかくらいのことはだいたい想像がつきます。

『街場の中国論』はその後、中国の出版社から中国語訳のオファーが来ました。ただ、「文化大革命」と「少数民族」についての章を削除して翻訳したいという条件だったので、お断りしました。でも、中国語訳を出したいというオファーがあったという事実から推して、その本の記述には中国人読者が「無知な日本人が的外れなことを言っている」と怒り出すようなことはあまり書かれておらず、削除を求められた二章には「中国人には読ませたくないこと」が書かれていたと考えられます。オシント侮るべからず。

 本書がもしこれからもリーダブルであり続けることができるとしたら、それは白井さんと僕の話していることがもっぱら「公開情報のみに基づいて、その背後で何が起きているのかを推理する」というものだからだと思います。僕たちが読者に読み取って欲しいのは僕たちの「知識」の量ではありません(僕の方には「知識」そのものがありませんし)。そうではなくて、読んで欲しいのは僕たちがどういうふうに「推理」しているかです。たぶん白井さんも同じことを望んでいると思います。

 ですから、この本は「推理小説のようなもの」だと思っていただけたらよいと思います。推理小説の場合、「犯人は誰だ」という「真相」の開示よりも、「どうやって探偵はこの人が犯人だとわかったのか」という推理の理路の意外性の方に読者は興味を持ちますし、作家もそこに工夫を凝らします。たぶん僕たちも無意識のうちにそういう探偵のしぐさを見習っているのだと思います。つまり、公開情報のうちにあって、ふつうの人がつい見過ごしてしまうような些細な事実のうちに「なんかひっかかるもの」を感知する。

「ひっかかる」パターンはふつう二つあります。一つは「どうして、『こんなもの』がここにあるのか?」、一つは「どうして、『あれ』がここにないのか?」です。「場違いなものがある」という場合は感知しやすいのですが、「あってよいはずのものがない」というのは見落とし易い。シャーロック・ホームズが『白銀号事件』で犯人を当てる手がかりにしたのは「どうしてあの晩に限って犬は吠えなかったのか?」という「起きなかった出来事」でした。

 これはたぶん白井さんと僕に共通する「推理」の傾向ではないかと思います。二人とも「起きた出来事」と同じくらいの関心を「起きなかった出来事」にも向けているからです。

「なぜ日本に民主主義は定着しなかったのか?」「なぜ日本はアメリカの属国から脱却できないのか?」「なぜ日本人は自力で日本国憲法を起草できるほどの市民的成熟に達しなかったのか?」などの一連の問いです。これらはすべて「起きてもよかったことであるにもかかわらず起きなかったこと」です。二人ともそれが気になる。だから、「起きてもよいはずのことがなぜ起きなかったか」を考えた。そうやって得た「ストーリー」が世の人の気持ちを逆なでするような棘のあるものだったとしても、それは仕方がありません。

 ただ速報的に「ニューズ」を追っている限り、僕たちは永遠に現実に対して「後手に回る」ことになります。つねに現実に遅れてしまう。僕はわずかでいいから現実の「先手を取りたい」。そのためには生起している出来事がどういう「文脈」の中で起きているのかを知らなければならない。僕が「ストーリー」と言っているのは、その歴史的な「文脈」のことです。

読者のみなさんが、この本を読むことがきっかけになって、それぞれの仕方で「推理」を始めてくださることを僕は願っています。

 

 

 最後になりましたが、いつも刺激的なアイディアで老生の頭を活性化してくださる白井聡さんに改めて感謝申し上げます。朝日文庫化に際してご尽力いただきました長田匡司さん、上坊真果さんにお礼申し上げます。(2022年1月13日)

2023年

1月

19日

畝傍山一円クロスカントリー大会への道 その3 ☆ あさもりのりひこ No.1289

1月13日(金)早朝、ウインドスプリント、52分23秒、7.511㎞、平均ペース6分58秒/㎞、累積上昇105m、消費カロリー522㎉。

7分17秒、7分28秒、6分37秒(100m)

4分57秒、6分47秒

4分43秒、4分53秒

4分32秒、4分37秒

4分23秒、4分45秒

4分15秒、4分44秒

7分20秒、7分15秒、7分23秒(100m)

2本目はウオッチのボタンを押し間違えた。

スプリントしているときに大井千鶴さんとすれ違って挨拶した。

彼女は、リラックスしてゆっくりとジョギングしていた。

 

1月14日(土)雨なので休足。

 

1月15日(日)午前、ペース走、1時間07分54秒、10.91㎞、平均ペース6分13秒/㎞、総上昇量126m、消費カロリー788㎉。

6分52秒

6分58秒(上り)

6分26秒

6分16秒

6分09秒

6分11秒

6分04秒

6分10秒

5分57秒

5分30秒(下り)

5分52秒(910m

来週の畝傍山一円クロスカントリー大会をイメージして走った。

この行程の自己記録を更新した。

 

1月16日(月)休足。

 

1月17日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ

夜、トレッドミルでビルドアップ走、傾斜2%、30分、4.65㎞、消費カロリー406㎉。

時速8.4㎞(7分00秒/㎞)から始めて、5分ごとに時速を0.4㎞ずつ(ペースを15秒/㎞ずつ)上げていき、最後は時速10.4㎞(5分45秒/㎞)で走った。

 

1月18日(水)休足。

 

 

1月19日(木)早朝、安藤大さんのアントレ。

2023年

1月

18日

内田樹さんの「新聞メディアの凋落」 ☆ No.1288

購読者の高齢化が進んでいる以上、新聞メディアがビジネスモデルとして破綻するのはもう時間の問題である。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「新聞メディアの凋落」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

読売新聞大阪本社と大阪府が情報発信で連携協働する「包括連携協定」を結んだ。「府民サービス向上」と「大阪府域の成長・発展」をめざすと謳っているが、一政党が一元的に支配している地方自治体と大新聞が連携するというのは異常な事態だろう。

 ジャーナリスト有志の会がただちに抗議声明を発表し、私も賛同人に加わった。大事なことは抗議声明に書かれている。私が付け加えるとすれば、それはこのふるまいが「新聞メディアの終焉」を告知しているということである。

 新聞の発行部数は減り続けている。日刊紙の総発行部数は2021年に3065万部。前年比5.5%減である。地区別で見ると、大阪の部数減少幅が大きい。読売新聞は2001年には1000万部だったがこの20年間で部数を25%減らした。購読者の高齢化が進んでいる以上、新聞メディアがビジネスモデルとして破綻するのはもう時間の問題である。不動産を持っている新聞社はテナント料でしばらくは新聞発行を続けられるだろうが、それを「ジャーナリズム」と呼ぶことはもう難しい。

 読売新聞が大阪府との連携に踏み切ったのは、そうすることで報道の質が向上すると思ったからではあるまい。「お金が欲しかった」からだろう。

 新聞も私企業である。経営上の必要から「金主」を探してどこが悪いという言い分にも一理はある。だが、ことは一新聞の財務問題ではなく、新聞メディア全体の信頼にかかわる。読売のふるまいは新聞メディアそのものに対する国民の信頼を深く傷つけたと私は思う。

 仮にも全国に数百万の読者を有するメディアである以上それなりの社会的責務がある。権力の監視もそうだし、「社会の木鐸」として世論を導くこともそうだ。だが、最も大切なのは国民的な議論と合意形成のための「対話の場」を提供することだと私は思う。

「対話と合意形成の場」の提供という仕事はマイナーなメディアにはできない。その代わり、マイナーなメディアは「同じ意見の人間だけが集まって盛り上がる」排他的な場であることが許される。というか、その特権を享受することの代償に「あるサイズ以上にはなれない」のである。例えばこの『週刊金曜日』は改憲論者や対米従属論者に発言機会を与える義務を免ぜられているが、その代償はサイズの限界として支払わなければならない。

 だが、大手メディアは違う。大手メディアは「広く異論に開かれていること」によってはじめてある程度以上のサイズであることを達成している。言論の多様性を痩せ我慢をしてでも守り抜くことによってビジネスモデルとして成立しているのである。

 理屈を言うが、メディアは単体として「公正中立」であることはできない。「うちは不偏不党にして公正中立なメディアです」といくら訴えてみても誰も信じない。公正中立とはさまざまな異論が自由に行き交い、時間をかけて「生き残るべき言葉」と「淘汰されるべき言葉」が選別される言論の場を維持するという行為そのもののことである。「公正中立な言論」なるものが自存するわけではない。自由な言論が行き交う場は「生き残るべき言葉」と「淘汰されるべき言葉」を識別できるだけの判定力を持っているという信認のことである。対話の場の審判力を信じることを止めれば「公正中立」の居場所はなくなる。

 公権力の広報機関になって延命することを経営的には合理的と読売新聞は判断したのだろう。けれど、「さまざまな異論の行き交う場」であろうとする努力を止めた時に、メディアはサイズを失う。読売新聞は経営判断の過ちにいつ気づくのだろうか。

 

(2022年1月13日)

2023年

1月

17日

近鉄大和八木駅周辺のおすすめカフェ「Fruits Cafe コトノミ」@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当です。

 

毎年お正月は、某テレビ番組で発表される12星座×血液型の合計48タイプの

運勢ランキングを見て、家族の中で誰の運勢が一番良いのか見るのが

我が家の楽しみの一つになっています。

 

今年は、ランキング一桁の私が家族の中で一番良い運勢だったのですが、

現在、健康状態は下降気味。

 

先日もコロナのワクチン接種を受けたところ、3日寝込みました😓

でも、今後の運気は上昇するのみ・・・ですよね?😅

 

 

さて、昨年12月、近鉄八木駅名店街に新しくフルーツカフェがOPENしたのを

ご存じでしょうか。

 

近鉄八木駅名店街「Fruits Cafe コトノミ」
近鉄八木駅名店街「Fruits Cafe コトノミ」

 

 

 

『Fruits Cafe コトノミ』

 

奈良県橿原市内膳町5-1-14

(近鉄大和八木駅 徒歩1分)

 

電話番号  0744-48-0246

営業時間  10:00~19:00

定休日   水曜日

 

https://www.instagram.com/kotonomi_nara/

 

 

 

 

  

「コトノミ」さんでは旬のフルーツを使ったフルーツサンドやパフェ、

美味しいコーヒーがいただけます。

ちなみに、フルーツサンドはテイクアウトも可能です。

 

私がいただいたのは、古都華、唐津みかん、シャインマスカットを使った

フルーツサンドですが、マスカルポーネとはちみつのクリームは甘さ控えめで、

フルーツの甘みと相まってとても美味しかったです。

 

開店当初に伺った時は1種類のみでしたが、現在は、

シャインマスカットサンド、古都華サンド、紅まどんなサンド、バナナサンド、

メロンサンド、クリームだけのサンドなど、フルーツサンドの種類も増えています。

 

ほかにも、お店のInstagramを拝見するとフルーツパフェもとっても美味しそうなんです💕

 

とってもとってもご近所なんですが、テイクアウトご相談できないですかね~(笑)

 

皆さんもご興味がありましたら、ぜひ一度ご賞味ください(・∀・)

 

2023年

1月

16日

内田樹さんの「お蔵出しシリーズ」 ☆ あさもりのりひこ No.1287

複数の読みに開かれている人間的行動は「豊かな行動」である。

 

 

2022年12月29日の内田樹さんの論考「お蔵出しシリーズ」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

文春の山ちゃんから、ブログ記事のコンピレーション本をまた作りたいというオファーを頂いたので、いろいろな媒体に書いたままHDの筐底に眠っていたエッセイを「お蔵出し」として順次公開してゆくことにした。今年1年の分に限定したけれども、ずいぶんたくさんある。適当に選んでアップするので、順不同、媒体もランダムである。まずは『週刊金曜日』掲載の真兵くんと海青子さんご夫妻の「ルチャ・リブロ」の話から。

 

「土着の知」を掲げて活動している青木真兵君と久しぶりに人を集めて対面での対談をした。青木君の近著『手づくりのアジール』(晶文社)の宣伝のためである。

 青木君は十数年前に私の大学院のゼミに聴講生として通ってきていた青年である。地中海古代史を専門にする研究者なのだが、都市での生活に疲れて、パートナーの海青子さんと一緒に奈良県の東吉野村という山村に移り住み、そこに家を借りて、自宅を「私設図書館」として開放し、地元では障害者の就業支援をしながら、東吉野を拠点にして学術的な発信を続けている。

 直感に従った場合には、まず行為があり、後になって「どうして自分はあんなことをしたのか?」自問することになる。でも、もともと直感的に動いたのであるから、理由は一つではない。いくつもある。小説の場合だと、複数の読みに開かれている作品は豊かな作品と見なされる。それと同じで、複数の読みに開かれている人間的行動は「豊かな行動」である。そういう言い方はあまりしないが、「正しい行動」や「適切な行動」とはレベルの違うところに、「豊かな行動」というものがあるのである。

 人がある場所を離れて別の場所に移動する時の最大の理由は「ここにずっととどまっていると何か悪いことが起きる」と直感されることである。これは叡智的なものではなく、身体的なものである。「肌に粟を生じる」とか「ざわざわする」とか、そういう皮膚感覚的なものである。「アラームが鳴動する」という言い方が合う場合もある。頭の中で警戒音が鳴り続けて、とても耐え難く、少しでも音量が小さくなるように身体の向きを変えたり、立ち位置を変えたりするうちに、気がつくと音が静まっている。何かめざす目標があって、それに向かって移動したわけではない。

 青木君によれば、人間を含めてすべてに「値札」がつけられて、その価格によって格付けされる社会のありように耐え難さを感じたのだそうである。その説明には私も得心がゆく。それは彼とは逆の行程を歩む人たちのことを考えればわかる。

今でも東京は人口が増え続ける唯一の自治体である。なぜ東京が若者を惹きつけるのか。私見によれば、それは「値札をつけられたい」という欲求に応えてくれるからである。東京は若者たちを厳密かつ客観的に格付けする都市だからである。

 値札をつけられると、自分が将来どの程度の社会的地位に就けるのか、どの程度の財貨を所有できるのか、どの程度の配偶者を期待できるのか、それがかなり正確に予測できる。そう人々は信じている。格付けに基づいて下絵を描かれた「キャリア形成コース」に身を添わせて、迂回せず、無駄をせずに人生を「上がり」まで進むことが「自己実現」だと多くの人は信じている。

 

 だから、今の学校では早い段階から「将来の夢」を特定することを求められる。どこに進学して、どんな知識や技能を身につけ、どんな職業に就いて、いくらくらい稼ぐつもりか、それを早いうちに知っておけと急かされるのである。気の毒な話である。だが、社会的承認やアイデンティティーの確立を「正確な値札がつくことだ」と多くの人たちが信じている限り、キャリア形成をめざす若者たちは都市に集まり、「私に値札をつけないでくれ」と思う人たちはそのゲームから降りるようになるだろう。いずれ「格付け」を拒む若者たちが一定数を超えた時に日本社会も少しはまともなものに変わり始めるだろうと私は思っている。というような話を二人でした。

2023年

1月

13日

内田樹さんの「韓国メディアの悩み」 ☆ あさもりのりひこ No.1286

人はその言葉が「自分宛て」かどうかを直感的に判定することができる。自分宛ての言葉だと思えば、どれほど分かりにくい話でも真剣に読む。

 

 

2022年12月12日の内田樹さんの論考「韓国メディアの悩み」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

3年ぶりに講演旅行のために韓国を訪れた。手続きがずいぶん煩瑣になったが、久しぶりに韓国の友人たちと久闊を叙すことができた。

 二泊三日で二都市での講演というハードなスケジュールだったが、今回はソウルでのインタビューのあと、新聞記者たちとの懇談会というイベントがあった。ご飯を食べながら、若い女性記者たち6人と韓国のメディアの現況をめぐっておしゃべりをした。

 そのうち記者たちからのあれこれの質問に私が答える「身の上相談」タイムになってしまった。どの質問もとても面白かった。日韓のメディアが直面している問題は本質的には同じものだと感じた。

 最初の質問は「リテラシーの低い読者にも分かるように書け」と先輩記者から指示されるのだが、そうするとどんどん記事が薄っぺらなものになってしまう、どうしたらよいのかというものだった。

 同じことを私もよく言われた。難しい言葉を使い過ぎる。ふつうの読者にも分かるように書き換えろと何度も言われた。そのつど「いやだ」と答えてきた。

 私自身は新聞や書物で自分の知らない言葉と繰り返し出会うことを通じて、その語の意味や使い方を理解し、自分の語彙に加えてきた。読者のリテラシーを向上させるのもメディアのたいせつな仕事のはずである。

「一番リテラシーの低い読者に合わせて書けと言うのなら、そちらも記事を全部ひらがなにしたらどうですか」と言うと先方はだいたい黙った(そして縁が切れた)。

 二番目の質問は、どういう文体で書けば読者に言葉が届くかという、これも本質的な問いだった。私は「書き手にはある種の無防備さが必要だと思う」と答えた。

 読者からの反論や異議を先取りして、警戒しながら書いた言葉は仮に論理的に破綻がなくてもなかなか読者に届かない。読者を「潜在的な敵」と想定して書かれた言葉に読者は胸襟を開いてはくれない。

 それよりは読者を信じて「お願いだから読んで」と懇請すべきだと思う。人はその言葉が「自分宛て」かどうかを直感的に判定することができる。自分宛ての言葉だと思えば、どれほど分かりにくい話でも真剣に読む。

 

 そう言うと、記者たちは深く頷いてくれた。少しでもお役に立てたらよかったのだが。

2023年

1月

12日

畝傍山一円クロスカントリー大会への道 その2 ☆ あさもりのりひこ No.1285

12月22日(木)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミル、傾斜2%、30分、4.34㎞、消費カロリー376㎉。

 

12月23日(金)早朝、雪のために安藤大さんのアントレは止めて、西園美彌さんの魔女トレ。

 

12月24日(土)早朝、安藤大さんのアントレ。

 

12月25日(日)午前、明日香村の稲渕・細川をジョギング、2時間03分08秒、17.6㎞、平均ペース7分00秒/㎞、総上昇量513m、消費カロリー1308㎉。

7分05秒

6分57秒(上り)

6分34秒

7分11秒

7分18秒(上り)

7分05秒

6分44秒

7分58秒(上り)

8分56秒(上り)

6分26秒(下り)

6分49秒

7分47秒(上り)

6分19秒(下り)

6分10秒

6分22秒

7分08秒

6分24秒(下り)

6分31秒(600m

下りを制御しすぎないで速く走る練習をした。

平均ペース7分00秒/㎞は良し。

この行程は4回目だが、タイムは一番よかった。

 

12月26日(月)早朝、ビルドアップ走、38分26秒、6.17㎞、平均ペース6分14秒/㎞、総上昇量70m、消費カロリー430㎉。

6分57秒

6分49秒

6分10秒

6分16秒

5分47秒

5分31秒

5分20秒(170m

2~3㎞の区間は6分30秒の目標だったが、少々速すぎた。

それ以外は、着実に加速できた。

 

12月27日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミルでジョギング、傾斜2%、30分、4.34㎞、消費カロリー376㎉。

 

12月28日(水)早朝、安藤大さんのアントレ。

 

12月29日(木)早朝、インターバル走、37分05秒、6.198㎞、平均ペース5分58秒/㎞、累積上昇86m、消費カロリー411㎉。

7分04秒、5分40秒

8分09秒、5分54秒

7分01秒、5分45秒

8分29秒、5分28秒

6分12秒、5分41秒

5分35秒(100m

 

12月30日(金)早朝、丘の階段641段、50分08秒、7.15㎞、平均ペース7分01秒/㎞、総上昇量169m、消費カロリー514㎉。

7分01秒

6分57秒(上り)

7分06秒

8分21秒(階段)

7分59秒

5分52秒(下り)

6分01秒

5分37秒(150m

 

12月31日(土)午前、ジョギング、1時間10分24秒、10.89㎞、平均ペース6分28秒/㎞、総上昇量91m、消費カロリー749㎉。

7分34秒

7分29秒(上り)

6分46秒

6分28秒

6分14秒

6分13秒

6分15秒

6分13秒

6分18秒

5分47秒(下り)

5分46秒(890m

この行程は16回目だが、最も速く走れた。

 

1月1日(日)午前、飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社、1時間43分45秒、14.95㎞、平均ペース6分56秒/㎞、総上昇量356m、消費カロリー1090㎉。

6分55秒

6分48秒(上り)

6分18秒

6分56秒

7分46秒(上り)

7分13秒

7分17秒

10分54秒(階段)

6分14秒

6分53秒

6分17秒(下り)

5分58秒

6分26秒

6分01秒(下り)

6分09秒(950m

 

1月2日(月)午前、ジョギング、1時間12分19秒、10.9㎞、平均ペース6分38秒/㎞、総上昇量120m、消費カロリー767㎉。

7分10秒

7分10秒(上り)

6分29秒

6分30秒

6分27秒

6分30秒

6分35秒

6分51秒

7分02秒

6分08秒(下り)

6分05秒(900m

 

1月3日(火)早朝、稲渕と細川の坂をジョギング、2時間18分06秒、17.68㎞、平均ペース7分49秒/㎞、総上昇量525m、消費カロリー1245㎉。

7分19秒

7分13秒

7分35秒

7分33秒

8分07秒(上り)

8分59秒(上り)

7分31秒

9分27秒(上り)

10分34秒(上り)

6分58秒(下り)

8分07秒

8分37秒(上り)

7分55秒

6分28秒(下り)

6分38秒

7分52秒(上り)

6分53秒

6分25秒(680m

 

1月4日(水)午前、ジョギング、1時間12分49秒、10.85㎞、平均ペース6分43秒/㎞、総上昇量113m、消費カロリー752㎉。

7分12秒

7分20秒(上り)

6分52秒

6分31秒

6分50秒

6分35秒

6分39秒

6分40秒

6分58秒

6分14秒(下り)

5分53秒(850m

 

1月5日(木)早朝、西園美彌さんの魔女トレをした。

股関節のエクササイズをした後で、腰(真後ろ)が張った。

というわけで、トレッドミルはお休み。

疲れが溜まっているのだろう。

2時間以上走った翌日は休足することにする。

 

1月6日(金)、腰の張りはほとんど治まったが、大事を取って休足。

ところが、今日は左の脇腹が凝っている。

 

1月7日(土)、まだ左脇腹が凝っているので休足。

 

1月8日(日)まだ左脇腹が凝っているので休足。

 

1月9日(月・祝)まだ左脇腹が凝っているので休足。

今年は、1週間に1回(月曜日)休足しよう。

 

1月10日(火)夜、トレッドミルで歩いた。

傾斜2%、30分、3.14㎞、消費カロリー227㎉。

時速6㎞で15分、時速6.5㎞で10分、時速7㎞で5分。

左脇腹は大丈夫だった。

 

1月11日(水)早朝、安藤大さんのアントレ(軽め)。

左脇腹は大丈夫だった。

 

1月12日(木)早朝、ジョギング、42分40秒、6.2㎞、平均ペース6分53秒/㎞、総上昇量85m、消費カロリー433㎉。

6分56秒

7分18秒(上り)

6分47秒

7分04秒

6分34秒(下り)

6分44秒

6分34秒(200m

午前7時の気温は0℃。

指先が冷たかった。

 

左脇腹はもう大丈夫だ。

2023年

1月

11日

内田樹さんの「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.1284

戦争というのは、それが終わってから何十年も、場合によっては何百年も、それにかかわった人々とその子孫たちにとってある種のトラウマとなり続ける

 

 

2022年12月12日の内田樹さんの論考「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 戦中派には実際に自分たちが戦争中に占領地で「非道なことをした」という実感がありました。僕の父は中国との国交回復のあと、日中友好協会に入会して、たくさんの中国人留学生を家に迎え、保証人になり、金を貸しましたが、その理由を母親に問われたとき、「われわれは中国人には返しきれないほどの借りがあるのだ」と言っていました。

「あなたがたにはほんとうに申し訳ないことをした。償わせて欲しい」と中国人に向かって告げることは父にとっては苦痛ではなかった。むしろ贖罪の機会を得たことをありがたく思っていたように僕には見えました。

 でも、僕らは違います。侵略して、非道なことをした記憶もない。戦争が終わってほんとうによかったという実感もない。にもかかわらず敗戦国民としての戦争責任だけはエンドレスで追ってくる。

 敗戦について、僕たちの世代が取り得るスタンスは二つしかありません。「戦争にかかわるすべての責任をわれわれは引き受け続けます」と戦中派にならって首を垂れ続けること。アメリカにも中国にも韓国にも台湾にもフィリピンにもインドネシアにもベトナムにもオランダにもイギリスにもオーストラリアにも、行く先々で謝り続けることです。こちらが「政治的に正しい」作法です。

 そして、もう一つは「知るかよ、そんなこと」と居直ること。「あれはよい戦争だった」とか「あの戦争についてアジア民衆は日本に感謝している」とか「あの戦争に日本は実は勝っていたのだ」というようなでたらめを言い募って、戦争責任をまるごと放棄すること。こちらは「政治的に正しくない」作法です。

 そのどちらかを選ばなければならない。

 でも、そんな選択肢は敗戦をリアルタイムで経験した世代には突きつけられていなかった。さくっと「敗けてよかったじゃないか」で済んだ。これは彼らの後から来た世代にとってだけ切実な問いなのです。

 

 加藤典洋・高橋哲哉の間の『敗戦後論』をめぐる論争があったのは、1995年です。メディアを賑わせて多くの人が賛否の立場で発言した論争でした(僕の『ためらいの倫理学』という物書きデビュー作は『敗戦後論』の書評を核にして編まれたものでした)。そのとき、論争に熱狂していたせいで、「どうして今になって敗戦が問題になるのだ?」という問いだけが誰によっても立てられなかった。

 この論争のもう一つの歴史的意味は、敗戦をどう受け止めるかについての国民的合意が、それまでは無言のうちに日本国民に共有されていたけれど、それが95年頃に失われたということではないかと僕は思います。

 95年頃に、僕たち戦後世代は、敗戦に向き合うときに「政治的に正しい」作法か「政治的に正しくない」作法か、どちらを選ばなければならないというきわめて定型的でストレスフルな選択を迫られるようになった。加藤典洋はそれに対して「第三の道」はないのかという提案をした。「第三の道」を見つけないと、日本人がもう一度「明るく」なることはできないのではないか、彼はそう考えたように僕には思われます。「政治的に正しい道」も「政治的に正しくない道」も、どちらも日本人を深く疲弊させ、日本人の思考を停止させ、遅速の差はあれ、いずれ国力を蝕んでゆく結果しかもたらさない、そう思ったのではないか。でも、加藤の努力にもかかわらず、敗戦経験・戦後経験についての国民的合意は今にいたるまで達成されていません(それを独力で果たそうとした加藤典洋は先日志半ばで亡くなりました)。

 

 僕はこれと同じようなことがすべての旧枢軸国が起きたのではないか・・・という気がしたのです。

 どの敗戦国でも、ある時期までは「敗けてよかった」という実感が支配的であった。人々は貧しいけれど明るく、日々はつらいけれど明日に希望があった。だから、子どもが生まれた。でも、ある時期から「つらいけれど、倫理的な責務に耐えるべきだ」派と「うるせえな。倫理なんて知らねえよ。俺は絶対謝らないからな」派に国民が二分された。日本における左翼リベラルと右派ネトウヨの分断はまさにその通りのものですが、ドイツでも、イタリアでも、ほとんど同じような国民分断が起きていると思います。どちらの道を行くにせよ、「笑顔がなくなる」ことだけは一緒です。

「リンゴの唄」と闇市の人たちの笑顔は「敗けた代わりに手に入れたもの」がもたらしたものです。でも、僕たち敗戦から数十年経った敗戦国民には「敗けた代わりに手に入れたもの」がありません。「敗けたせいでさらにこれからも失い続けてるもの」だけしかない。

 その虚無感が敗戦から一定期間が経ったあとの敗戦国民の「暗さ」を作り出している。そのせいで敗戦国民は自己肯定感をもつことができない。自分の国に対して、その「ありのまま」に対して物静かな敬意や、控えめな誇りをもつことができない。何か細工を加えて、装飾して、別のものに仮装してみないと「自分の国」を取り扱うことができない。

 それがたぶん敗戦国民が敗戦から一定時間経ったあとに罹患する病なのではないかと思います。

 

 国民が構造的に「自己肯定感の欠如」に苦しんでいる以上、子どもが生まれるはずがない。それが中央年齢の病的な上昇として結果しているのではないか・・・というようなことを僕は先ほどの中央年齢リストを見ながら考えたのでした。

 だからどうした、だから、どうすればいいのか、というような話では別にありません。何となく、そう思った、というだけのことです。

 戦争というのは、それが終わってから何十年も、場合によっては何百年も、それにかかわった人々とその子孫たちにとってある種のトラウマとなり続けるという「言われてみれば、そうかも知れない」というような話です。

 

 どうして時事的なことを話すと「暗く」なるのかの理由について個人的な仮説を立ててみました。仮説を立てたからと言って、ただちに気分が明るくなるというものではありませんが、それでも「暗さの原因」が分かると、「じゃあ、次に打つ手を考えてみようか」という気分に少しはなるんじゃないでしょうか。

 はい、長い話にお付き合いくださって、ありがとうございました。

 

 最後になりましたが、出自さまざまなテクストを選択、配列して、リーダブルな書物に仕上げてくださいました毎日新聞出版社の峯晴子さんにお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

2019年6月

 

内田樹

2023年

1月

10日

今年の抱負を掲げていますか?

本日は、事務局担当日です。

まもなく「松の内」も終わり、お正月気分を吹っ切り、本格的に新年を始動となると思います。

今年の皆さんの初夢は、どんなのでしたでしょうか?

それより、大事だと思うのは、新年にあたり、今年の抱負を何にするかだと思います。

抱負(目標)を掲げ、それを目指すことが向上をもたらすことに繋がると思います。

一昨日と昨日は、全国で成人式もしくは成人を祝う会が催された様で、その際によく言われ、よく尋ねられるのが、将来の目標や夢についてだと思います。

我が家の大学2回生の息子も昨年20歳になり、先日の成人の集いに参加してきました。

その集いの前に、母親に将来のプランを語ったそうです。

親としては、少し安心し、まだまだ支援が必要なことを認識させられました。

我々社会人になって長くなると、また歳を経るにつれて、日々に流され目標を忘れてしまいがちです。

しかし、何人もの目標を達成した姿を見て、目標を掲げることは、本人にとっても、周りにとっても、とても意味ある事だと思うようになりました。

夢を実現したり、目標を達成できたりすれば、周りにも喜びや楽しさを与えられ、そしてそれを見た周りの人も夢を実現しよう、目標を達成しようとする相乗効果が生まれるのではないかと、私は思います。時間は前にしか進みませんので、過去を振り返って、後悔だけをすることはやめましょう。

そして、前向きに進むために夢を持ち、目標を立てて、それを周囲に語り実現させましょう!

今年は、卯年ですので、夢に向かって、抱負の実現に向かって飛び跳ねましょう!

跳びはねるウサギ
跳びはねるウサギ

2023年

1月

06日

内田樹さんの「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その2) ☆ あさもりのりひこ No.1283

僕たちは今も「戦勝国」アメリカの属国身分に甘んじ、日米地位協定という「不平等条約」を呑まされ、国土を外国軍が我が物顔に歩き回るのを指を咥えて見ていなければならない。

 

 

2022年12月12日の内田樹さんの論考「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その2)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 日本のベビーブームはご存じの「団塊の世代」、1947年から49年、戦争が終わってすぐに、どっと子どもが生まれました。年間260万人超えが3年続いたのです。

 ドイツでも戦後にベビーブームが始まってそれが63年まで続きました。イタリアもドイツとほぼ同じで65年まで出生率は上がり続けました。戦後すぐは敗戦国でも、子どもたちはどんどん生まれた。まるで戦死者たちの分を取り返すような勢いで子どもが生まれた。

 僕は1950年生まれ、「団塊の世代」の尻尾です。その時代の子どもの多さをよく覚えています。小学校の教室が足りなくて、最初のうちは「二部授業」をしていたくらいですから(午前と午後で入れ替え制だったんです)。

 僕は東京の南西のはずれの工場街の中学校に通ってましたけれど、1クラス50人超で、僕の学年が8クラスでした。2つ上の学年は10クラスありました。とにかく子どもの数が多かった。

 でも、どこも家は貧しかったんです。井戸水汲んで、たらいに水溜めて洗濯板で洗濯して、暖房は火鉢だけ。そういう「共和的な貧しさ」の中で、東京でも地域の共同体は助け合いながら、わりと機嫌よく暮らしていた。

 機嫌がよかったのは、みんな貧しかったけれど、自由だったからです。長く戦争が続いた後に、ようやく平和が訪れた。もう兵隊にとられることもなくなったし、空襲もなくなったし、特高も憲兵隊も治安維持法も隣組もなくなった。1930年代から長く続いた重苦しい「戦争の時代」が終わった。もう戦争で死ぬ心配もなくなったし、もう強権で抑圧的な政治体制に怯える必要もなくなった。そのことにみんな心底「ほっとしていた」のです。

 父親たちが酒を酌み交わしているときに、何かのはずみで戦争の話になったときに、「でも、敗けてよかったじゃないか」という言葉が口にされるのを僕は何度か聞いた覚えがあります。それは比較的穏やかな口調で語られ、そのフレーズが出ると、そこで戦争の話は終わりました。

 小津安二郎の『秋刀魚の味』のことは本書の初めの方にも出てきますが、「敗けてよかったじゃないか」というのは戦後のある時期までは、戦中派の人たちにとってはずしんと腹にこたえるような説得力のあるフレーズだったのです。「敗けてよかった」というのは、戦争で死ぬ恐怖と、強権的な政府に弾圧される恐怖の二つの恐怖から解放されたということです。それが日本の若いインテリたちの偽らざる実感だった。

 つまり、その時点では、日本の敗戦は決してトラウマ的な経験、屈辱的な経験としては受け止められていなかったということです。

 敗けたおかげで自分は死なずに済んだ、自由で民主的な社会が実現した、言論の自由も集会結社の自由も、信教の自由も手に入れた。とにかくやっと手に入れたこの自由を思い切り享受しよう。

「戦勝国に恵んでもらった自由なんかうれしがるな。押し付けられた憲法なんかありがたがるな」というような話をしている人はその時代の日本にはいませんでした。いたのかも知れないけれど、ほとんど声にならなかった。今僕が「」で括ったようなことを言い出したのは60年代半ばの江藤淳ですが、江藤は敗戦のとき12歳でした。

 敗戦直後の日本というと、必ず「リンゴの唄」が流れている焼け跡の闇市の映像が使われます。その画面の中の人々の「明るい顔」に僕たちは驚かされます。そこから知れるのは、敗戦がうれしいくらいに戦争がつらかったということです。

 その明るい気分は僕の記憶にも残っています。敗戦からしばらくはそうでした。楽観的で向日的な雰囲気が世の中にはありました。少なくとも、60年代末までは「りんごの唄」的な明るさの残り香は日本社会のどこかに漂っていました。70年代くらいからそういう穏やかな気分が消えて、社会が殺伐としてくる。でも、高度成長期からバブル経済にかけての時期ですから、みんな顔つきは殺伐としているけれど、金だけは潤沢にあった。金さえあれば何でも買えるという奇妙な多幸感の中で、敗戦のことなんか誰も考えなくなった。そして、90年代にバブルが崩壊したあと、ふと気づいたら日本が「暗く」なっていた。それは直接的に「金がなくなった」からではないと思います。だって、バブル崩壊からさらに20年間、日本は世界第二位の経済大国であり続けたんですから(中国にGDPで抜かれたのは2010年のことです)。お金はあったんです。でも、社会はどんよりと暗くなった。

 僕はその頃から「敗けてよかったじゃないか」という気分が失せて、「日本がこんなふうになったのは、すべて戦争に敗けたせいだ」という恨みがましい気分が社会全体に瀰漫したせいではないかという気がします。そんなこと僕の他に言う人はいませんけれど、さっきの「中央年齢リスト」を見て、ふとそう思ったのです。

「自虐史観」という言葉が出て来た頃に日本が「どよん」と暗くなったような気がします。もちろん「自虐史観」が社会を暗くしたわけではありません。逆です。彼らは日本社会の根っこの部分にある種の致命的な「弱さ」を感じ取って、その原因が「敗けてよかったじゃないか」というなげやりな言葉で敗戦経験を総括したことにあると感じた。そして「そういう考え方は自虐的だ」と言い出したのです。

 歴史修正主義者の中に戦争経験者はいません。これはドイツでもフランスでも同じです。子どものときに敗戦を迎えた人はいますけれど、徴兵されて戦場に立った、空襲の中を逃げ惑ったという経験をもつ人はいません。実際に戦争で死ぬ覚悟をしていた人たちは、戦争が終わって、自分たちを戦場に送り出すシステムがなくなったことに深く安堵した。たしかに、祖国の敗北は悲しいことですけれど、それより自分自身や自分の愛している人たちががもう死なずに済むことの方がうれしかった。だから、戦争体験者にとって敗戦は屈辱でもトラウマ的経験でもなかった。

 ところが、敗戦をリアルタイムで経験していないその後の世代には、敗戦を端的に「よいこと」として肯定するような個人的根拠がありません。敗戦の玉音放送を聴いて、ぼんやりと青空を見て「もう死なずに済んだ」と深い嘆息をついたような経験がありません。

 この「敗戦の報を安堵感のうちに経験した」かどうか、その経験の存否が、実は大きな世代的断絶を敗戦国民にもたらしているということはないのでしょうか?

 

 僕たち戦後世代にとっては「経験の欠如」という経験です。

 いまの自分たちの社会の根本的なかたちを決定した歴史的大事件でありながら、敗戦のときに何があったのか。GHQは敗戦国日本をどう変えようとしたのか、そのためにどのような工作があり、密約があったのかについて、僕たちは「公式の歴史」というものを共有していない。戦中派の大人たちは、そのことについてはかたく口を噤んでいた。

 どうして、どんなふうに敗けたのか、どうして敗戦国日本は「こんな国」になったのかについて、納得のゆく説明を聞かされないままに、僕たちは今も「戦勝国」アメリカの属国身分に甘んじ、日米地位協定という「不平等条約」を呑まされ、国土を外国軍が我が物顔に歩き回るのを指を咥えて見ていなければならない。中国や韓国や北朝鮮はことあるごとに日本が戦前戦中に彼らの土地でどれほど非道なことをしたのか、それについて反省と賠償を求める。戦争を始めたのも、戦争に敗けたのも、僕たちじゃないのに、敗戦国民としての道義的責任と政治的責任だけは「時効なし」で僕たちに負わされる。

 この敗戦国民であることのもたらすフラストレーションを、敗戦を成人で経験した世代は知らなかった。でも、敗戦の解放感や安堵を経験していない世代には、このフラストレーションは恐るべき毒性を持っていた。

 

 同一経験の世代による受け止め方の違いということを、僕たちは過小評価していたのではないか。そんな気がします。

2023年

1月

05日

2022年のラディ、タニタ、ガーミン&エプソン ☆ あさもりのりひこ No.1282

2022年の放射線量と体組成とランニングについて書く。

 

まず、奈良県橿原市の環境放射線量(ガンマ線)から。

2022年12月の平均値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.0427μ㏜/h

室内0メートル 0.0438μ㏜/h

室外1メートル 0.0579μ㏜/h

室外0メートル 0.0721μ㏜/h

2022年1年間の平均値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.0435μ㏜/h

室内0メートル 0.0440μ㏜/h

室外1メートル 0.0576μ㏜/h

室外0メートル 0.0711μ㏜/h

特に高い数値ではない。

 

つぎに、朝守の身体について。

2022年1月1日の数値はつぎのとおり。

体重 71.15㎏

BMI 22.

体脂肪率 16.3%

筋肉量 56.45㎏

推定骨量 3.1㎏

内臓脂肪 12

基礎代謝量 1625/

体内年齢 47才

体水分率 58%

2022年12月31日の数値はつぎのとおり。

体重 73.5㎏

BMI 23.

体脂肪率 17.4%

筋肉量 57.6㎏

推定骨量 3.1㎏

内臓脂肪 13

基礎代謝量 1663/

体内年齢 48才

体水分率 57.7%

体重も体脂肪率も内臓脂肪レベルも増えている。

 

最後に、2022年12月のランニングの結果。

走行時間 21時間05分33秒

走行距離 179.994㎞

2022年1年間のランニングの結果。

走行時間 244時間45分10秒

走行距離 2068.202㎞

 

240時間、2000㎞の目標を達成できた(ギリギリやけど)。

2022年

12月

28日

内田樹さんの「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1281

ファシズム体制で戦争を始めて、敗北した国では、戦後しばらくしてから、子どもが生まれなくなった

 

 

2022年12月12日の内田樹さんの論考「『生きづらさについて考える』単行本あとがき」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 みなさん、こんにちは。内田樹です。

 最後までお読みくださってありがとうございます。

 ご覧の通り、これはさまざまな媒体に書いたエッセイのコンピレーション本です。『サンデー毎日』に何年か前から不定期に長文の寄稿をしておりますので、そこにこれまで書き溜めたものがベースになっています。その他は新聞や雑誌に書いたままハードディスクの底に眠っていたものを集めて、一冊にしました。

 頭から書き下ろしたものとインタビューを添削したものが混在しているので、文体もタッチもひとつひとつで違って、統一感を欠く憾みはありますが、まあ、それも気分転換になって読みやすいかも知れません。

 今回、単行本にまとめるにあたってゲラを通読しましたが「ううむ、暗いなあ」と思いました。時事的なものを書くとどうしても暗くなっちゃうんですよね。他のエッセイ集でしたら、ところどころで武道や宗教の話、映画や文学の話も出てて、ちょっと「コーヒーブレーク」が取れるんですけれど、本書のように、政治の話ばかりしていると、どこまでも果てしなく暗くなります。

 そこで「あとがき」では「お口直し」に、「どうして現代日本で政治について語るとこんなに暗くなるのか?」という話をしてみたいと思います。変な話ではありますが、それほど暗い話ではありません。ちょっと座り直して読んでくださいね。

 

 日本が高齢化していることは皆さんご存知ですよね。ある国の高齢化の程度を知るためにはいろいろな指標がありますが、その一つは「中央年齢」です。

「中央年齢」というのは、「その年齢よりも上の世代と下の世代の人口が同数」であるような年齢のことです。日本の中央年齢は45・9歳。堂々の世界一です。

 ちなみに世界で一番中央年齢が低いのはニジェールで15.0歳。これは「若い国」であるというよりは、たぶん治安が悪すぎて長生きできないということなので、ニジェールの人たちにとっても、あまりうれしい数字ではないと思います。

 ちなみに中央年齢が17歳以下なのは、他には東ティモール、ザンビア、アフガニスタン、アンゴラ、マリ、ソマリア、ウガンダ、チャドなどがあります。どうやら国内で内戦やテロが続いて、統治機構が満足に機能していなくて、公衆衛生のレベルも低いという国が「若い国」のようです。だとするなら、日本の45・9歳は、日本がいかに治安がよく、統治機構がきちんと機能していて、公衆衛生への気配りが行き届いているかを示す「先進国指標」だと解することもできます。

 豊かで安全なのだけれど、なぜか子どもが生まれない国。

 それが中央年齢の高い国のとりあえずの特性だということになります。

 他の国の中央年齢を見ると、フランスが40.6歳、イギリスが40.2歳、韓国が39.4歳、ロシアが38.3歳。なんとなく、「そうだろうな」というような数字が続きます。

 面白かったのはアメリカと中国が同率40位ということ(37.4歳)。世界の覇権を競う二大国が人口の年齢構成が近いんです。ふうん、ですね。でも、この後、アメリカはそれほど高齢化しませんが、中国は一人っ子政策のせいで急激に高齢化します。その人口構成の「若さ」の差が、いずれは国力の差に反映してくるのでは・・・と僕は考えております。

 でも、僕は今そんな話をしたいんじゃないんです。違う話です。

僕が、日本の中央年齢を確認している時に、一瞬、目の端に「2位ドイツ 3位イタリア」という文字列が見えたのです。日本、ドイツ、イタリア? その三国において中央年齢が高い? それ、どういうこと?

 そして、リストの続きを見て驚くべき事実を発見しました。

 まずはそのリストをご覧ください。

 1位日本 2位ドイツ 3位イタリア 4位ブルガリア 5位ギリシャ 6位オーストリア 7位クロアチア 8位スロベニア 9位フィンランド 10位ポルトガル

 どうです。わかりましたか、これらの高齢化国の共通点が。

 そうです。ポルトガル以外の9つの国と地域はすべて「第二次世界大戦の敗戦国」なんです。スロベニアはナチスに占領されて対独協力していた「地域」で、厳密な意味での「敗戦国」には当たりません。ポルトガルは中立国でした(サラザール独裁のファシスト国家でしたが)。

 このリストから言えることはとりあえず一つ。

 それは「ファシズム体制で戦争を始めて、敗北した国では、戦後しばらくしてから、子どもが生まれなくなった」ということです。

 

 戦後しばらく経ってからなんです。ここに僕は興味を惹かれました。

2022年

12月

27日

Dr.コトー診療所

弁護士 大和八木
与那国島 / フリー素材をお借りしました

みなさん、こんにちわ。

 

本日、年内最後の事務局担当日です。

クリスマス寒波到来、暖かくして過ごされましたか?

 

どうして暖かい12月初旬にお掃除を開始しないんでしょうね~

寒くないと年末感が出ない

→ 大掃除感がない 

→ 寒くてやる気にならない

→ あったかくなってからやろうかな

→ やんない

 

あてはまる人、手ぇあげて♪

 

12月16日から公開されている映画「Dr.コトー診療所」を

この間ようやく見に行ってきました。

 

2003年のドラマから、大好きすぎて、

全話覚えているのに、再放送があるたびに毎回号泣する私。

定期的にDVDもレンタルしています。毎回以下略。

 

16年ぶりの続編ということで、映画トレーラー公開から楽しみすぎて、

映画公開してからは、嬉しすぎて逆に観に行くのを辞めようかと思ったくらいでした。

 

コトー先生をご存知でない方のために

 

↓↓

〈Wikipediaより〉

五島健助は優秀な医師で、東京の大学附属病院に勤めていたが、

とある理由から離島の古志木島の診療所に赴任する。

島は3ヶ月の間無医村状態で、過去に良い医師が来たことがなかったからか、あまり歓迎されなかった。また、4ヶ月前から来ていた看護師の星野彩佳から、診療所に来る患者は少なく、来ても応急処置だけを受けた後、船で6時間かけて本土の病院へ行くことを聞かされる。

実際になかなか患者が来ない中、島に来るときに運んでもらった漁師・原剛利の息子が最初の患者となり、これを見事な手術で助ける。

 

それ以後、五島は多くの患者の治療とその人柄により、島民の信頼を得ていくことになる。

 

主人公は、実在の医師・瀬戸上健二郎先生をモデルとした、漫画原作のドラマです。

一度もご覧になったことがない方は、是非観て頂きたいです。

とくにあきおじが亡くなる回とか。みなちゃんが着任した回とか。ゆかりさんが悪性腫瘍がみつかる回とか。

 

 

いや、コト-先生愛について語ると、5時間くらいしゃべってしまうので、

自粛したいと思います😅

 

原親子の関係についても、親戚のおばちゃんかというくらい

心配しちゃったりして。

 

原タケヒロという男の子が、コトー先生にあこがれて、医者になるために

私立中学へ行きたい!と離島で奮起して

東京の有名私学へ進学するのですが、深海魚(成績不振で沈んでしまうこと)なってしまいます。

タケヒロ父は、「おまえは医者になりたいんだろう!」とタケヒロに奮起を促し、

私学学費のために、漁師の命である漁船を売り、道路工事をして、無理して学費を稼ぐわけです。事故したり、詐欺にあってお金を失ったりするわけです。

父は父で、「子どもの夢のため」と一生懸命なわけです。

子どもは子どもで、島民と父の大きな大きな期待を背負って東京へ行くわけですが

深海魚なのです。

どんなツライやろう~😢とか想像するわけです。

 

 

原親子のことでも、2時間は語れるなぁ。

 

是非この年末年始、ご覧頂きたいドラマ&映画です♪

2022年

12月

26日

内田樹さんの「『夜明け前(が一番暗い)』あとがき」 ☆ あさもりのりひこ No.1280

今の日本の指導層の方々は悪いけれど「落ち目の国に最適化して、貧乏慣れした」人たちです。だから、彼らはもう日本をもう一度なんとかするという気はありません。もう日本に先はないんだけれど、公共的リソースはまだまだ十分豊かである。だから、公権力を私的目的のために運用し、公共財を私財に付け替えている分には、当分は「いい思い」ができる。そういう自己利益優先の人たちばかりで政治や経済やメディアがいまは仕切られています。

 

 

2022年12月9日の内田樹さんの論考「『夜明け前(が一番暗い)』あとがき」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

みなさん、最後までお読みくださって、ありがとうございました。

 読んで、どういう感想を抱かれましたか。僕はゲラを通読してみて「悲観的な話が多いけれど、それほど気持ちが暗くもならない」という印象を持ちました。自分の書いたものについて「印象を持ちました」というのも変ですけれど。

 日本の現状がかなり悲惨なものであることは間違いありません。国際社会におけるプレゼンスも、経済力も、文化的発信力も、あきらかに低下しつつある。これはどんな指標を見ても明らかです。

 でも、これがシステムの全面的な壊死なのかというと、そうでもないような気がします。「日の当たる場所」はかなり悲惨な状況ですけれども、「日の当たらない場所」ではもう新しい活動が始まっているように思えるからです。すでに歴史は「次のステージ」に入っている。でも、「日の当たる場所」にいる人たち(昔風に言うと「エスタブリッシュメント」ですね)は、その潮目の変化にまだ気づいていない。

 それを感じたのは少し前に、知人の結婚披露宴に呼ばれた時のことです。知人の結婚相手はパン作りの若い女性でした。その関係で、披露宴で僕のすわったテーブルは新婦の「パンの師匠」と、同門の若いパン職人たちでした。その人たちの話がとても面白かった。みなさん同じ師匠について修業したあとに海外で修業を重ねてから、日本に戻って各地でパン屋を開業している方々です。細かい技術的なことは僕にはわかりませんけれど、彼らがあっさりと「日本のパンは世界一ですから」と言い切ったときに、はっと胸を衝かれる思いがしました。「いま、フランスのパン職人たちが必死に工夫しているのは、僕らがすでに10年前にやったことです。日本のパンは10年のアドバンテージがある。」そう言ってにっこり笑いました。

 こういうタイプの言明を聴いたのは、ずいぶん久しぶりのことでした。

 1960年代から80年代まではたしかに、「僕らの仕事が世界一ですから」とまるで「今日は天気がいいですね」くらいのカジュアルな口調で語る人たちにしばしば遭遇しました。ほんとうにそうだったんです。商社でも、メーカーでも、メディアでも、大学でも、エンターテインメントでも、「気がついたら、僕たちがしていることが世界標準になったみたいですね」という話をよく耳にしました。たしかに、そうでなければ敗戦から短期間に世界第二位の経済大国に急成長するというようなことは起こるはずがありませんから。

 寂しい話ですが、そういうことがほぼまったくなくなって30年近く経ちました。ですから、今の40歳以下の人たちは、「日本人がさまざまな分野で世界をリードしていた時代」というものをリアルには想像できないと思います。そんなことを年上の人が言っても「年寄りの愚痴」にしか思えないとしても不思議はありません。

 でも、国運というのは「上がったり、下がったり」するものなんです。古希を過ぎてまで長生きするとそのことがよく分かります。

 僕は敗戦の5年後の生まれです。中学に入るくらいまでは「戦争に敗けてたいへん貧しくなった国の国民」というのが自己認識の初期設定でした。子どもの頃に母親に何か買ってくれとねだるとほぼ必ず「ダメ」と言われました。「どうして」と訊くと、「貧乏だから」と母が答え、「どうして貧乏なの」とさらに訊くと「戦争に敗けたから」と言われて、それで問答は終了しました。そういうのが60年代の初めくらいまで続きました。

 でも、それから空気が変わった。何となく「このままゆくと世界標準にキャッチアップできるんじゃないか」という無根拠な楽観が社会に漂い始めた。

 伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』は1965年の本です。『北京の55日』や『ロード・ジム』に出演した国際派俳優がそのヨーロッパでの生活を記したエッセイです。この本で僕たち敗戦国の少年は「ジャギュア」の運転作法や「アル・デンテ」の茹で方や「ルイ・ヴィトン」という鞄の存在を知りましたが、それはもうそれほど遠いものではなく、「あとちょっとしたら、僕たちにも手が届きそう」なものとして伊丹さんは僕たちに提示してくれた。そして、実際にその数年後に僕は赤坂のパスタ屋で、「ボロネーゼをアル・デンテで」とか注文していたのでした。

 先日、大瀧詠一さんと山下達郎さんがNHKFMでやっていた「新春放談」の古い録音を聴いていたら(1985年のお正月の放送でした)、山下さんが「最近、歌謡曲の人が、ニューヨークで録音するでしょう。音楽的に必然性があるならわかるけれど、ただニューヨークの方がスタジオ代が安いからというのでは」と語っているのを聴いてびっくりしました。都心のスタジオで録音するより、ニューヨークに行って、向こうのエンジニアを使った方が「安上がり」という時代が35年ほど前にはあったんです。

 1980年代終わり頃バブルの全盛期には、日本人はお金があり過ぎて、買うものがなくなり、とうとうマンハッタンの摩天楼や、ハリウッドの映画会社や、フランスのシャトーや、イタリアのワイナリーまで買うようになりました。「こんな無意味な蕩尽をしていると、そのうち罰が当たるぞ」と僕は思っていましたが、やっぱり予想通りになりました。図に乗ってはいけません。

 罰が当たって30年、日本は少子化・高齢化という人口動態上の負荷もあって、「落ち目の国」になりました。

 今の日本の指導層の方々は悪いけれど「落ち目の国に最適化して、貧乏慣れした」人たちです。だから、彼らはもう日本をもう一度なんとかするという気はありません。もう日本に先はないんだけれど、公共的リソースはまだまだ十分豊かである。だから、公権力を私的目的のために運用し、公共財を私財に付け替えている分には、当分は「いい思い」ができる。そういう自己利益優先の人たちばかりで政治や経済やメディアがいまは仕切られています。

「貧乏慣れ」した人たちというのは「日本が貧乏であることから現に受益している人たち」です。ですから、彼らは現状が大きく変わることを望んでいません。このまま日本がどんどん貧乏になり、国民が暗く、無力になり、新しいことが何も起きない社会であることの方が個人的には望ましいという人たちが今の日本ではシステムを設計し、運営している。

 でも、僕はこんなことがいつまでも続くとは思いません。

「落ち目の国」という環境に最適化して、「貧乏慣れ」して受益している人たちは、限りある資源を必死で切り取り合っているわけですから、分捕り合いに参加する人間はできるだけ少ない方がいい。だから、「落ち目の国のエリートたち」はしだいに頭数が減ってゆきます。そして、「落ち目の国の下層民」身分に押しやられた多数派の人たちは「できたら、もうちょっとましな国になって欲しい」と願っている。

 多くの人が強く願うことは実現する。これは長く生きてきて僕が確信を持って言えることの一つです。問題は「多く」と「強く」という副詞のレベルにあります。原理の問題ではなくて程度の問題なんです。

 かつて敗戦の瓦礫から立ち上がったように、また手持ちのわずかなリソースを使い回して、もう一度「僕らがやってること、とりあえず世界の最先端ですから」というような台詞がさらっと口から出るような時代に出会いたいと僕は思っています。

 そして、それは決してそれほど難しいことじゃない。

 もちろんAIとか創薬とか宇宙開発とか、そういう「やたら金がかかり、当たるとどかんと金が儲かる」領域では無理でしょうけれども、食文化とかエンターテインメントとか芸術とか学術のような、日本に十分な蓄積があり、かつ「新しいこと」を始めるのに、多額の初期投資とか、「えらい人たちへの根回し」とかが要らない分野でしたら、すでにそういう言葉が口元に出かかっているという人たちはいるはずです。

 僕らがそれを知らないのは、既成のメディアが「貧乏慣れ」して、ほんとうの意味での「ニューズ」に対する感度が鈍っているからだと僕は思います。

 そういう未来への期待を込めて、本書のタイトルを撰しました。みなさんも、一緒に「強く願って」くださいね。

 

2022年12月

 

内田樹