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2020年

5月

29日

内田樹さんの「『山本太郎から見える日本』から」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.857

いくら記事を書いても、ニュース映像を作っても、上が「これは使えない」と言ってボツにするんだそうです。山本太郎だけじゃなく、辺野古もそうだと言ってました。現場は必死でニュースを取材しているんだけれど、上が抑えている。

 

 

2020年4月10日の内田樹さんの論考「『山本太郎から見える日本』から」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

――彼のことを極右と呼ぶ人もいれば極左と呼ぶ人もいて、不思議なグラデイションのなかにいる印象があります。

 

内田 古典的な右、左というカテゴリには収まらないと思います。

 

――それが、彼がポピュリズムと言われるゆえんでしょうか?

 

内田 ポピュリズムというのは明確な政治イデオロギーですから、違うと思います。彼はイデオロギー先導じゃないから。それよりもプラグマティズム、現実主義ということなんじゃないかな。目の前の政治的な問題について、解として選択肢がいくつかあるなら、どれが一番国益に資するのか、どれが一番国民生活にとってプラスになるのか、どれが一番行政コストがかからないか・・・という具体的な「ものさし」で政策を吟味していると思います。

 今は30年、50年というスパンで長期的な計画を持っている政党なんて世界じゅうどこにもないと思いますよ。どこも目先の政治的な難点をどう解決するかということに懸命で。アメリカもそうだし、イギリスもそうだし、EUもそうだし、中国、韓国もそうだし。そういう先の見えない状況で右だ左だと言っても仕方がないという気がするんですよ。

 とくに今アメリカやヨーロッパでホット・イシューといえば現代貨幣理論(MMT)ですね。このアイディアに一番最初に反応した日本の政治家は山本太郎だったでしょ。こういうのにはほんとうは右も左もない。でも、既成政党は、現代貨幣理論は右派的なのか左派的なのかという党派的見極めがつかないので、「判断保留」している。山本太郎はぱっと頭を切り替えた。そういうことができるのが最大のアドヴァンテージなんじゃないかな。

 

──山本太郎の起こしているムーヴメントは、たとえばスペインのポデモスや、アメリカのバーニー・サンダース、オカシオ゠コルテスなどが巻き起こしているオルタナティヴな運動とリンクしていると考えていいでしょうか?

 

内田 リンクしていると思います。ただそれは、よそでこういう実践があったから、それを模倣しようということではないと思います。世界同時多発的に起きるんです、こういうものは。いま世界のどこも反民主主義的で、強権的な政治家が成功しています。アメリカのトランプも、ロシアのプーチンも、中国の習近平も、トルコのエルドアンも、フィリピンのドゥテルテも。非民主的な政体と市場経済が結びついた「政治的資本主義」が成功している。

 中国がその典型ですけれど、独裁的な政府が、どのプロジェクトにどんなリソースを集中すべきか一元的に決定できる。民間企業も軍部も大学も、党中央の命令には服さなければいけない。巨視的なプランを手際よく実行するためには、こちらの方が圧倒的に効率がよい。民主国家では、民間企業や大学に対して、政府のプロジェクトに全面的に協力しろというようなことは要求できませんから。非民主的な国なら、政府のアジェンダに反対する人たちは強権的に黙らせられるし、人権も制約できるし、言論の自由も抑え込める。だから、短期的な成功を目指すなら「中国モデル」は魅力的です。日本の安倍政権も、無自覚ですけれど、中国やシンガポールのような強権政治にあこがれている。だから、国内的にはそれに対するアンチが出て来る。日本の場合は、それが山本太郎だったということなんじゃないですか。

 

■検閲はびこる大手メディア

 

──民放や全国紙などの大手メディアが彼をとりあげないのはなぜなのでしょう?

 

内田 参院選が終わった直後、ある大手紙が僕のところに取材にきて、れいわ新選組の躍進について意見を聞きたいと言ってきた。選挙期間中にれいわ新選組についてまったく報道しなかったメディアが今ごろやってきて何を言うのかと文句を言ったんです。あれは「事件」でしょう! 短期間で立候補者を集めて、一人で4億円以上の資金をクラウドファンディングで集めたわけで、それって「事件」じゃないですか。「ニュース」じゃないですか。それを政治的中立性がどうたらと言って報道しなかった。それはジャーナリストとして自殺行為じゃないかと言ったんです。そしたら、その記者が言うのは、実はずっと山本太郎のことは取材していたんだそうです。専属チームまで作って。選挙活動の最初から映像や音声を撮っていたので、素材は山のようにあった。でも、使ってもらえないんだ、と。いくら記事を書いても、ニュース映像を作っても、上が「これは使えない」と言ってボツにするんだそうです。山本太郎だけじゃなく、辺野古もそうだと言ってました。現場は必死でニュースを取材しているんだけれど、上が抑えている。

 

──検閲するということは、それを脅威だと思っているということですよね。

 

内田 そうですね。そのまま放送されたり、記事にされると、政権に大きなダメージを与えるということがわかっているから抑え込んでいるんでしょう。桜を見る会もそうです。関係者を取材して証言を取れば、公選法違反で首相を追い込めるんだけれど、政権維持のために、メディアの上層部、政権の連中と一緒に寿司を食ったりしているような連中が隠蔽に加担している。

 

──われわれはネットや『週刊金曜日』などの小さなメディアのおかげで山本太郎の活動を知ることができているわけですが、他方で地方の年輩の方などは、情報源がテレビくらいしかなかったりもしますよね。

 

 

内田 テレビと讀賣新聞産経新聞しか読まない人たちとネットで情報を取っている人たちとのあいだに情報格差が生まれています。世界の見え方がまるで違うと思う。テレビがもう少し現実をありのままに映し出してくれたら、政治は一変すると思いますけどね。テレビはそのラストチャンスを失いつつあると思う。もう知的な人は誰もテレビ見なくなっている。

2020年

5月

28日

奈良マラソン2020への道 その5 ☆ あさもりのりひこ No.856

 5月17日(日)午前、ロング走。

 1周約11㎞の行程を4周することに挑んだ。

 速度は、マラソンペースの1㎞6分15秒が目安。

 起伏はあるが、激坂はない。

 1周目は、抑え気味に順調に走った。

 2周目もペースを維持した。

 3周目に入って、足が動かなくなった。

 3周目の途中で28.1㎞で終了。

 来月、もう一度挑戦する。

 

 5月24日(日)午前、ビルドアップ走。

 1㎞7分、6分45秒、6分30秒、6分15秒、6分、5分45秒のペースを目標にして、各々3㎞走る。

 この日はペースが安定しない。

 前半の6㎞は、まずまずだった。

 中盤の6㎞が、スピードがあがらない。

 後半の6㎞は、1㎞6分にあげたが、最後の3㎞は1㎞6分を切れなかった。

 つぎは、金曜日と土曜日の2日間は完全休足してみよう。

 

 新型肺炎が流行って、走る人が増えた。

 しかし、マスクやバフをしているランナーは少ない。

 マラソン大会やトレイルランニイング大会が軒並み中止になっている。

 レースがないのは淋しいが、暑くなる前のこの時期に存分に走り込むことができる。

 

 奈良マラソン2020の申込み要領がまだ発表されない。

 例年であれば、とっくに発表されて、6月初旬か中旬にはエントリーが始まる。

 果たして、奈良マラソン2020は実施されるのだろうか。

 奈良マラソン2020まで、あと6か月半。

 

 

2020年

5月

27日

内田樹さんの「『山本太郎から見える日本』から」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.855

彼の手法はいくつか基本的な政策を掲げて、その点に同意してくれる相手とはだれとでも組むというやり方ですね。

 

 

2020年4月10日の内田樹さんの論考「『山本太郎から見える日本』から」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

『山本太郎から見える日本』(ele-king)という山本太郎研究書にインタビューが載った。全体の4分の1ほどを一部を「予告編」として再録。

 

■山本太郎を支持する理由

 

──山本太郎を支持するようになったきっかけはなんだったのでしょう?

 

内田 はっきり注目するようになったのは3・11の後です。俳優だった人が政治的な発言をするようになったとたんに干されて仕事がなくなってしまったと聞いて、日本の芸能界はひどい世界だと思いました。そこで闘っているのは偉いと思って、ひそかに遠くから応援していました。その後、彼が参議院議員になって2~3年目のころかな、凱風館で公開で対談することになったんです。オープンマインドで、とてもフレンドリーな方だったので、すっかり気に入って。いやあ、いい奴だなと(笑)。

 彼の手法はいくつか基本的な政策を掲げて、その点に同意してくれる相手とはだれとでも組むというやり方ですね。そういうタイプの政治家は日本では左派、リベラルには非常に少ない。むしろ、あらゆるトピックについて「これだけは譲れない」という綱領を掲げて、その非寛容さを思想的な純粋さだと勘違いしている。そうやって「すべてに同意する人間だけと組む」という「踏み絵」のようなことをやる。「小異を捨てて大同につく」ということが日本の左派、野党はとにかく苦手ですね。だから、四分五裂している。ある種の潔癖さみたいなもので、政治家としての清潔さと表裏一体でもあるので、一概に否定はできないんですけれど、自民党はそこらへんがずさんでしょう。昨日まで反対していた政策に一夜にして賛成したりというようなことは日常茶飯事で、とにかく政権にしがみついていられるためならなんでもやる。その政治的な無原則のせいで現に巨大勢力を形成している。野党が結集して、自民党に対抗できる政治勢力になるためには、ある程度は自民党の組織戦術に学ぶ必要がある。政策の優先順位を決めて、大筋で合意できたら、細部については細かいすり合わせをしないで、後回しにする。そういうことが野党が苦手なんです。でも、山本太郎はその点が例外的です。彼はイデオロギー先行で政治家になった人じゃないから。いま目の前にいる困っている人たちを支援するための「手段として」政治がある。その辺の割り切り方は他の野党政治家にはなかなか見られない。

 

──立憲とは距離があるように見えます。彼は野党分裂の原因になっているのでしょうか?

 

内田 山本太郎は別に野党を分裂させる気はないと思う。ほんとうは立憲民主党が中心になって野党共闘をするべきなんです、最大野党なんだから。でも、いま野党共闘を強く牽引しているのは山本太郎と共産党じゃないですか。国民民主党と立憲民主党はどちらも野党共闘に積極的であるようには見えない。党名がどうだとか、細かいことを言っている。もともと同じ政党にいた連中が再統合するだけでこれだけ揉めている。今、目の前にある具体的な政治的課題にどう取り組むかより、自分の議席をどう守るのかという方に気持ちが向かっている。国民と立憲の争いって、「野党第一党はどっちだ」という争いでしょ。そんなレベルの低いことで争ったってしょうがないじゃない。政権を狙いに行けよと思うんだよね。その意欲がないところに山本太郎もイラついているじゃないですか。

 

――前回の参院選では、本人は落ちてもれいわの躍進をとるという闘い方でした。

 

 

内田 山本君自身は議席をとろうと思ったら、どこだってとれる。衆院でも参院でも、どこかの補選に出ればたぶん当選するだろうし、知事選だってどこでも通るんじゃないかな。

2020年

5月

26日

今しかできないこと

みなさん、こんにちは。

本日は事務局担当日です。

 

コロナ騒ぎも少し落ち着きを見せ始め

不安はありつつも、4月~5月にかけてのような強い不安はなくなってきたように思います。

第2波がくることなく収束してほしいものですね。

 

そんなコロナ騒ぎの中、おうち時間を活かして

大掃除もどきに精を出しておりましたが、

  ← もどきって・・・。完遂せーへんかったんやな・・・。

ある日、天の声が舞い降りました。

 

今しかないやん!! ← 神様関西人

 

ということでやってきたのが、この子です(*´艸`*)

弁護士 大和八木 交通事故

実家で犬3匹を飼っていたこともあり、大のワンコ愛好家なので、いつか飼いたいと思っていました。

 

が、やはり飼い始めるにあたって

慣れてきたころならいざ知らず、

いきなりお留守番生活はかわいそうだなぁと

ずっと二の足を踏んでいました。

 

子どもも犬を飼いたいとずぅぅぅっと言っていたので、中学生になる春休みなら、

子どもにお世話を任せられるかなぁとぼんやり思っていたのですが、

コロナ騒動がどんどん大きくなり、学校が急遽休校になるなどして 

犬を飼うどころの心理ではなくなってしまいました。

そして、緊急事態宣言が発令され、おうち時間が増えてきたころ・・・

 

「今しかないやん!!」

 

夫も私も子どもも家にいて、お世話もしっかりできる。

子どもからも「ぜっっっったいにちゃんとお世話をする」と言質をとったし。

学校は5月いっぱい休校だし。

このピンチをチャンスにかえるんや~!と、渋る夫を説き伏せ(ねじ伏せ)

3ヶ月になるコをおうちに迎えました。

 ← 先住ペットがチンチラ(小動物)なので、相性の問題がありました。

 

いんや~、もう、メロメロにかわいいです。

食べちゃいたいくらい。

たまらんです。

 

そして、実家にいる頃はどれだけ私がお世話をしていなかったのか痛感しました

(≧▽≦)

2020年

5月

25日

内田樹さんの「民主主義をめざさない社会」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.854

「あなたが判断しなさい」と権限を委ねない限り、人は自分の判断力を育てようとはしない。「あなたが決めるのです」と負託しない限り、人は主権者としての自己形成を始めようとしない。

 

 

2020年3月26日の内田樹さんの論考「民主主義をめざさない社会」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 民主主義あるいは民主制(democracy)とはどういう制度なのか? 

 定義はそれほど難しくない。これは主権者が誰であるかによる政体の分類だからである。民主制の他には、君主制(monarchy)、貴族制(aristocracy)、寡頭制(oligarchy)、無政府(anarchy)などいくつかの政体が同列に並ぶ。チャーチルが「これまで試みられたすべての統治制度」と呼んだものがそれだ。だから、「私は民主主義に反対である」と言う人は、これらのうちのどれかの政体を選択したと見なされる。

 では、「主権者」とはどういう人間のことか。私はこれを「自分の個人的運命と国の運命の間に相関がある(と思っている)人間」と定義したいと思う。これもまた個人的な定義であり、一般性を要求するわけではない。とにかくこの定義で話を進めさせてもらう。

 帝政や王政においては皇帝や国王が主権者である。だから、明君賢帝であれば国は治まり、暗君愚帝であれば国は乱れる。貴族政や寡頭制でも話は変わらない。主権者の賢愚や善悪がそのまま国運を決する。それなら民主制でも話は同じはずである。民主制は国民が主権者である政体、すなわち国民ひとりひとりが「自分の個人的運命と国の運命の間には相関がある(と思っている)」政体である。そして、実際に国民ひとりひとりの賢愚や善悪が国運の帰趨を決するのである。

 アンドレ・ブルトンがどこかで「『世界を変える』とマルクスは言った。『生活を変える』とランボーは言った。この二つのスローガンはわれわれにとっては一つのものだ」と書いていたが、私はこれはそのまま民主制国家の主権者の条件として使えると思う。つまり、「自分の生活を変えることと国を変えることが一つのものであると信じられること」それが民主制国家における主権者の条件である。

 自分のただ一言ただ一つの行為によって国がそのかたちを変えることがあり得るという信憑を手離さない者、それが民主主義国家における主権者である。だから、主権者は「自分が道徳的に高潔であることが祖国が道徳的に高潔であるためには必要である」「自分が十分に知的な人間でないと祖国もまたその知的評価を減ずる」と信じている。遠慮なく言えば、一種の関係妄想である。だが、このような妄想を深く内面化した「主権者」を一定数含まない限り、民主制国家は成り立たない。

 そのことは「主権者のいない民主制国家」というものを想像してみれば分かる。

 主権者のいない民主制国家では、国民は自分の個人的な生き方と国の運命の間には相関がないと思っている。自分が何をしようとしまいと、国のかたちに影響はないと思っている。公共的圏域はあたかも自然物のように自分の外に存在しており、自分が汚そうと傷つけようと蹴とばそうと盗もうと、いささかも揺らぐことはないと思っている。今の日本人はまさにそれである。

 主権者であることを止めた国民というのは「高速道路が渋滞しているときに、路肩を走るドライバー」に似ている。彼以外のすべてのドライバーが遵法的にふるまい、彼一人が違法的である時に彼の利益は最大化する。しかし、それを見た他のドライバーたちが彼を真似て路肩を走り出すと、彼のアドバンテージはゼロになる。これが民主制国家の抱える根本的なジレンマである。

 公共の秩序が整っているときにこそ私利私欲の徒は大きな利益を得る。だが、私利私欲の徒が増え過ぎると秩序は崩壊する。だから、私利私欲の徒を根絶することはできないが、その人口比は「受忍限度」を超えてはならない。どうやって「公共の福祉を配慮する人」と「自己利益だけを追求する人」の比率をコントロールするか? それが民主制国家の直面する最大の現実的問題である。

 一定数の主権者(あるいはもっと平たく「大人」と言ってもよい)、つまり「自分の利害と国の利害は結びついていると思っている人」を民主制は含んでいなければ立ち行かない。それは上に申し上げた通りである。だが、社会の民主化が進み、「大人」の数が増えるにつれて、公共の福祉を顧みず利己的にふるまう人間(すなわち「子ども」)が得る利益は増大する。社会が民主化されるほど非主権者的=非民主主義的にふるまう者はより大きなアドバンテージを享受できることになる。つまり、民主制とは、その構成員たちに絶えず「他の連中には法と倫理を守らせ、常識に従わせ、公共の福祉に配慮させておいて、自分ひとりは抜け駆けして利己的・違法的・非民主的にふるまう」ように誘いかけるシステムなのである。

 ややこしい仕組みである。「最悪の統治制度」だとチャーチルが言うのも当然である。

 しかし、それでも民主制はそれ以外の政体よりも「まし」だと私は思う。

 民主制国家においてはとりあえず一定数の国民が、自助努力がそのまま国力の増大、国運の上昇に結びつくと信じているからである。自分がまず大人にならなければならないと信じているからである。

 

 史書によれば、名君である尭が五十年王位にあった後、自分の統治がうまくいっているかどうかを知るために変装して街を歩いたことがあった。子どもたちは「万民が幸福なのは皇帝の徳治のおかげだ」という童謡を歌っていたが、一人の老人は腹鼓を打ちながら「帝力なんぞ我にあらんや」とうそぶいていた。皇帝の資質といまの自分の生活の間には相関があることを子どもは信じており、老人は信じていない。いずれが現実を正しく見ているかということは別にして、このあと「公共の福祉」のために汗をかく気があるのはどちらかは誰にも分かる。

 

 帝政王政の国では統治者一人が賢明であれば善政は行われた。でもそれは君主以外のすべての民が何の判断力も持たない愚鈍な幼児であっても機能する制度、むしろそうである方がよりよく機能する制度であった。だから、それらの制度は廃棄されたのだと思う。

 私が民主制を支持するのは、それが「できるだけ多くの国民が適切な判断力を具えた大人であることの方がそうでないよりよく機能する制度」だからである。民主制国家は一定数の国民が大人であることを要求する。それが民主制の手柄である。

 私が表現の適否を公的機関が判断することに反対するのは、その機関がつねに誤った判断を下すと思っているからではない(多くの場合、その判断は正しいだろう)。それが国民の適切な判断力の涵養に資するところがないからである。国民の市民的成熟を目指さないからである。それは「未成年者のために大人が決定を代替する」仕組みである。そして、そのような仕組みが整備された社会では子どもが大人になる動機づけは傷つけられる。「あなたが判断しなさい」と権限を委ねない限り、人は自分の判断力を育てようとはしない。「あなたが決めるのです」と負託しない限り、人は主権者としての自己形成を始めようとしない。

 

 民主制はそのような「賭け」なのである。今の日本で民主制が衰微しているのは、私たちにその覚悟がなくなったからである。

2020年

5月

22日

内田樹さんの「民主主義をめざさない社会」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.853

民主主義はまだ存在しない。私はそう思っている。「まだ」というか、たぶん永遠に存在しない。民主主義は「それをこの世界に実現しようとする遂行的努力」というかたちで、つまりつねに未完のものとしてしか存在しない。

 

 

2020年3月26日の内田樹さんの論考「民主主義をめざさない社会」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

「サンデー毎日」に不定期連載という欄を持っている。三月に一度くらい思い立ったことを書く。5000字ほど頂いているので、わりとややこしい話が書ける。今回3月29日号に寄稿したのは民主制論である。「存在すべきもの(ゾルレン)」が「存在するもの(ザイン)」を律するという、宗教や武道では当たり前の話は政治にも当てはまるよという話である。

 

統治機構が崩れ始めている。公人たちが私利や保身のために「公共の福祉」を配慮することを止めたせいで、日本は次第に「国としての体」をなさなくなりつつある。

 誰かの怠慢や不注意の帰結ではない。過去30年ほどの間、日本国民一人一人の孜々(しし)たる努力の成果である。

 私はこの現象をこれまでさまざまな言葉で言い表そうとして来た。「反知性主義」、「ポピュリズム」、「株式会社化」、「単純主義」などなど。そして、最近になって、それらの徴候が「民主主義をめざさない社会」に固有の病態ではないかと思い至った。その話をしたい。

 

 過日、「表現の自由」について講演を頼まれた。頼まれてから、「表現の自由」とはそもそも何のために存在するルールなのか考えた。

 たしかに、私たちの民主主義的な憲法は「表現の自由」を保証し、「公共の福祉」に反しない限りその自由を抑制することはできないとしている。でも、「表現の自由」を保証することでどのような「善きもの」がもたらされるのか? 人を憤激させるような表現や、人が大切にしているものを踏みにじるような攻撃的な表現にも自由は保証されるべきなのか? 表現してよいものといけないものを公的機関が判定することは許されるか? こういう問いに即答するのはむずかしい。

 なぜ「表現の自由」は守るに値するものなのか? 

 残念ながら、その問いに対する答えは憲法本文には書かれていない。書かれていないのは、それが自明だからではない(自明なら「表現の自由」をめぐって論争が起きるはずがない)。書かれていないのは、その答えは国民が自分の頭で考え、自分の言葉で語らなければならないことだからである。

 表現の自由にしろ、公共の福祉にしろ、民主主義にしろ、それにいかなる価値があるのかを自分の言葉で語ることができなければ、「そんなものは守るに値しない」と言い切る人たち(それはすでにわが国民の相当数に達している)を説得して翻意させることはできない。

 憲法の定める「表現の自由」はいかなる「善きもの」をもたらすのか? 

 それを語らない限り、民主主義を語ったことにはならないと私は思う。

 というのは、「民主主義とは何を目指した制度なのか?」を愚直に思量し、条理を尽くして語る努力そのものが民主主義の土台をかたちづくると私は考えているからである。だから、「民主主義とは何のためのものか?」という問いを手離した人々はもう民主制国家を維持することはできない。

 民主主義というのはどこかに出来合いのものがあって、それを「おい、民主主義一丁おくれ」と言えば誰かが持って来てくれるというものではない。それは私たちが今ここで手作りする以外にないものなのである。いま日本の民主主義が崩れつつあるのは、私たちがそのことを忘れたからである。

 

 第二次世界大戦が終わった後に、ウィンストン・チャーチルは下院の演説において民主主義についてこう述べたことがある。

「この罪と悲しみの世界では、これまでに多くの政治体制が試みられてきたし、これからも試みられてゆくであろう。民主主義が完全で全能のもの(perfect and all-wise)だという人はいない。事実、民主主義は最悪の統治制度(the worst form of Government)だとこれまで言われてきた。これまで試みられてきたすべての統治制度を除けばだが。」

 広く人口に膾炙したフレーズであるが、この言葉を引用する人たちは「民主主義は最悪の制度だ」という点を強調し過ぎるように私には思われる。民主主義は「ろくでもない制度」である。だが、それ以外の政治体制は「さらにろくでもない制度」である。それゆえ、われわれは民主主義をいやいや採用している。多くの人はそういうふうに論を運ぶ。なんだかシニカルで頭よさそうである。だが、私はその解釈を採らない。チャーチルはこの時に「民主主義は最も実現することが困難な政体である」ということを言いたかったのではないかと思うからである。

 民主主義はまだ存在しない。私はそう思っている。「まだ」というか、たぶん永遠に存在しない。民主主義は「それをこの世界に実現しようとする遂行的努力」というかたちで、つまりつねに未完のものとしてしか存在しない

 それでいいのだと思う。

 高い目標をめざす努力というのはどれも「そういうもの」だからだ。こちらの目の黒いうちに民主主義を実現することがかなわなくても、それを目指して前のめりに息絶えたということなら私の方には特段文句はない。

 

 この世界には一神教徒が25億人ほどいる。彼らは世界の終わりの時にわれわれを救うために現れる救世主(メシア)の到来を信じている。だが、預言者がそう説いてからそろそろ3000年ほど経つのに救世主はまだ来ない。これまで一度も起きたことがない出来事は、帰納法的に推論すれば、これからも起きない。だが、一神教の信者たちは彼らが生涯ついに出会うことのなさそうな救世主の到来を勘定に入れて今ここでの彼らの生活を律している。

 

 ある概念の持つ指南力はそれが現実化する蓋然性とは関係がない。メシアが永遠に到来しなくてもメシアニズムは今ここで機能する。それと同じである。「完全で全能の民主主義」が永遠に到来しなくても、その概念が今ここにおける政治的指南力を持つことはあり得る。「民主主義」は一神教における「メシア」に比すべき超越的な概念なのだ。というのが私の仮説である。そんな変ちきなことを言う人は他にいないと思うが、そう考えると現代日本における民主主義の空洞化の説明がつく。

2020年

5月

21日

大林宣彦の映画(その2)転校生 ☆ あさもりのりひこ No.852

 1985年1月5日、「転校生」のレンタルビデオ(VHS)を借りて、友だちといっしょに観た(まだDVDはなかったのだ)。

 男の子と女の子の心が入れ替わってしまうドタバタ喜劇かな、と思っていた。

 友だちと話しながら観ていたので、映画に集中できなくて、さしたる趣きもなく見終わった。

 

 しかし、何か大切なものを見落としている、とても貴重な何かに気づいていない、という漠とした感覚に囚われた。

 このままでは後悔する、と感じた。

 そこで、翌日、レンタルビデオを返却する前に、もう一度「転校生」を一人で観た。

 前日観ていたにもかかわらず、その繊細な抒情に胸が震えた。

 当時(35年前)は「胸キュン」と言った。

 朝守は25才、司法浪人であった。

 

 最初と最後をモノクロで撮影した映像の美しさ。

 「転校生」は尾道水道を撮影した8ミリ映像で始まる。

 8ミリで撮られた尾道水道がいい。

 タイトルロールで尾美としのりが神社の境内を歩いて行くカットで、木漏れ日の光と影のコントラストが美しい。

 

 特異な設定の映画であるのに、音楽としてクラシックが使われていて、映像と見事に調和している。

 まだ、大林宣彦映画の音楽を久石譲が担当する前の作品である。

 

 尾美としのりは二枚目ではないし、小林聡美は美人ではないが、存在感のある役者であった。

 ちなみに、尾美としのりの両親役は佐藤允と樹木希林、小林聡美の両親役は宍戸錠と入江若葉が演じた。

 樹木希林の「おかん」ぶりが良かったなぁ。

 

 斉藤一夫(尾美としのり)と斉藤一美(小林聡美)は幼なじみであったが、一美が転校して離ればなれになっていた。

 一夫の中学校に一美が転校してきて二人は再会する。

 二人は思春期の入り口の年齢だ。

 一夫は、いたずら好きでやんちゃな男の子、一美は勉強ができる溌剌とした元気な女の子である。

 ふたりは一緒に神社(御袖天満宮)の石段を転がり落ちたことで、心が入れ替わってしまう。

 ここから画面はカラーに変わる。

 

 「転校生」のいいところは、原因を詮索して、解決方法を探さないところである。

 並みの映画だと「どうして二人は入れ替わってしまったのか」という理屈を調べようとし、「どうしたら元の二人にもどれるのか」を必死になって探し求めるという平凡で退屈な展開になってしまう。

 「転校生」は、原因や解決はすっ飛ばして、「こうなってしまったんだから仕方ない」という前提で、二人に起こる出来事に焦点を当てていく。

 

 一美のボーイフレンドが遊びに来る挿話がある。

 一美(身体は一夫)は、一夫(身体は一美)に「はにかんでみて」と言う。

 男の一夫(身体は一美)は「はにかんだ」ことがないので、顔をしかめてニヤけた表情しかできない。

 

 最後に、絶望した一美(身体は一夫)が神社の階段から「身投げ」しようとするのを一夫(身体は一美)が助けようとして、二人はもう一度一緒に神社の石段を転がり落ちて、心が入れ替わって元に戻る。

 大喜びした一美は一夫に抱きついて、キスする。

 キスといっても、口づけというより、ブチュッと唇を押し付け合うような接吻である。

 これが、尾道3部作で唯一のキスシーンである。

 尾道3部作は、どれも胸が痛くなるような切ない恋物語であるが、キスシーンがないのだ。

 

 一夫が父の仕事の関係で転校することになる。

 一美が「転校生」としてやって来て、一夫が「転校生」として去って行くのだ。

 引っ越しの日、一夫が8ミリ撮影機を持って自宅を出てくる。

 画面はモノクロである。

 一美が路上で待っている。

 一美の白いワンピース姿が美しい。

 ここで、一美は、一夫と顔を合わせて「はにかむ」のだ。

 はにかんだ一美の表情がいい。

 

 引っ越しトラックがゆっくりと走り出す。

 一美が走って追いかける。

 助手席に座った一夫が8ミリ撮影機で一美を撮影する。

 画面が、8ミリで撮影した映像に切り替わる。

 一所懸命に走ってきた一美が立ち止まって、一度背中を見せてから、振り返ったところで映像が切れる。

 この終わり方は衝撃だった。

 心をそっくり持ち去られたような「やるせなさ」を痛感した。

あまりにも切ないラストシーンであった。

 

 

こうして「転校生」は朝守の心に刻まれたのでありました。

2020年

5月

20日

内田樹さんの「「朝鮮新報」のインタビュー」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.851

言論の自由というのは「誰でも好きなことを言っていい。それが虚偽でも、人を傷つけるものでも、人がたいせつにしているものを汚すものでも、何でも表現する権利がある」というような底の抜けた話ではありません。言論の自由が存在する社会は、それが存在しない社会よりも市民が成熟するチャンスが多いから言論の自由は守られなければならないというのが僕の考えです。

 

 

2020年3月25日の内田樹さんの論考「「朝鮮新報」のインタビュー」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―この空気を換えるためにはどうすれば良いとお考えですか?

 

 かつて60年安保闘争で国論が二分したあと、岸信介の後を引き継いだ池田勇人は「所得倍増」と「寛容と忍耐」をスローガンに掲げました。「所得倍増」は政治的意見の違いにかかわらずすべての日本人にとって望ましいことでした。「寛容と忍耐」は同じ社会を構成している中には、共感も理解もしがたい隣人たちも含まれているけれど、それに耐えようと。不愉快な隣人とも"気まずく"共生しよう、と呼びかけた。

 僕はこのスローガンの選択は適切だったと思います。実際に、この路線に従って日本は歴史的な高度成長を遂げたのですから。今の日本は60年安保闘争以後最も深く国民が分断されています。ですから、必要なのはもう一度「寛容と忍耐」を掲げることだと思います。

 

―昨年、記事中で「韓国なんていらない」などとヘイトスピーチを行った『週刊ポスト』の版元の小学館に対し、執筆拒否を宣言されました。

 

 小学館のような大きな出版社には、国民の間のコミュニケーションのプラットフォームを形成する社会的な責務があります。小さな出版社でしたら、政治的に偏向した言説を流布することも許されるでしょうけれど、小学館のような規模の出版社は国民間の対話の場を設定することがその社会的責務です。さまざまな論に対話の場を提供することが仕事であって、国民間にあえて分断を持ち込み、国民の一部を排除し迫害するような行為は許されません。小学館にはその社会的責任の自覚がありませんでした。メディアの劣化がここまで進んだことに僕は愕然としています。

 

―表現の自由についてのお考えは?

 

 何のための表現の自由なのか? それを考えることが大切だと思います。言論の自由というのは「誰でも好きなことを言っていい。それが虚偽でも、人を傷つけるものでも、人がたいせつにしているものを汚すものでも、何でも表現する権利がある」というような底の抜けた話ではありません。言論の自由が存在する社会は、それが存在しない社会よりも市民が成熟するチャンスが多いから言論の自由は守られなければならないというのが僕の考えです。

 何らかの公的機関や誰か見識にすぐれた「判定者」がいて、その機関なり個人なりが専一的に「表現して良いものと悪いもの」を判定識別するということになったら、市民たちは自分の判断力を高める必要がなくなる。でも、ものごとの良否の判断を他人に委ねてしまった人間はもう決して成熟することができません。

 僕が言論の自由を守ろうとするのは、市民たちの知性的・感性的な成熟を阻害して、幼児のままにとどめおこうとする人たちに抗うためです。市民が全員、おのれの判断を放棄し、上位者にものごとの正否理非の判断を委ねても気にしない幼児であれば、管理はしやすいかもしれませんが、そんな集団は遠からず滅亡します。

 表現の自由というのは単なる原理原則ではなく、具体的な成果をめざす遂行的な装置です。それによって市民たちの成熟を支援し、集団をより強くより豊かなものにするための仕組みです。ですから、何のための表現の自由なのかということを考えもせずに、ただそのつど自分に都合のよいスローガンとして「表現の自由」を引き合いに出す人間も、「お上」に表現の適否の判断を任せろという人間も、僕はひとしく信用しません。

 

―今後、友好的な関係を築いていくためには何が必要でしょうか?

 

 日本人の多くが近現代の歴史をほとんど学んでいないということが問題だと思います。朝鮮半島の植民地化とその支配の歴史的事実について多くの日本人は何も知りません。少なくとも江華島条約からあと日韓の150年の歴史に関しては最低限の事実を知る必要があると思います。

 徴用工問題や慰安婦問題などで議論が行われていますが、政治家もメディアも65年の日韓基本条約が議論の起点になっていると言うだけで、それより以前には遡らない。

 でも、はるか以前から解決できなかった問題が65年時点でも解決できずに「棚上げ」されたものがまた蒸し返されたということです。解決できなかった同じ難問だからこそ、間歇的に甦ってくる。それを「解決済みだ」と言い切って終わりというのは単なる歴史についての無知に過ぎません。解決の難しい難問は難問として受け入れて、長い時間をかけて、両国の衆知を集めて議論し続けるしかない。解きがたい問題については、「どうしてこんなに解きがたいのか」というところまで時間を遡るしかありません。

 

 日韓の歴史的な関わりに関する知識では、平均的には韓国の人のほうがはるかに詳しいと思います。特に最近の韓国映画は光州事件や植民地時代の親日派に関する映画など、自国史の「暗部」を映像化し、物語として国民的に共有しようとしています。

 

 残念ながら日本ではこのような努力はほとんど見られません。この点では韓国に大きな知的アドバンテージがあります。このまま日本人が自国史の「暗部」から目を背け続けていれば、いずれ日韓の国力には大きな隔たりができることでしょう。国力とは突き詰めて言えば、不都合なことも含めてどれくらい自国の歴史と現実を受け入れることができるか、その器量の大きさのことだからです。

2020年

5月

19日

マスクがつらい今日この頃@事務局より

皆さんこんにちは。

今日は事務局担当日です。

 

 

コロナの新規感染者数もここのところ減少傾向にあり少しホッとしますが,まだまだ安心はできませんね(^_^;)

 

デパートなどが徐々に営業を再開し,帰宅時の電車内や駅付近の人の量が1週間前に比べると格段に増えています。

 

昨日の帰宅する際の電車内も,これまで1車両に10人以下だったのが昨日はびっしり座席が埋まるほどでした。

 

ぴったり隣に座られるのがまだちょっと怖いです・・・。

 

 

自粛ストレスから解放されたい!

遊びに出かけたい! 買い物行きたい!という気持ちは私もありますが,

我が家には高齢者もいるので,もうしばらくは不要不急の外出は避けて

おこうかと思います・・・。

 

 

ただ,このところ気温が一気に上がり,蒸し暑い日が多くなりましたよね。

マスクを着用していると熱がこもって顔は茹だるし,汗をかいて化粧は大変だし・・・もう最悪です(T_T)。

 

実際,喉の渇きなどにも気が付きにくくなり,熱中症などの危険もあるよう

ですので,水分補給などをこまめに取るよう注意した方がよいようです。

 

暑さ対策として,最近,接触冷感マスクなども売り出されており

私も2週間ほど前に試しにネットで注文し,ようやく手元に届きました。

 

触ってみたところ確かに布地は心持ちひんやりしてます・・・。

どれほど効果があるのかは,まだ未使用なので・・・後日報告しますね。

 

暑さにもコロナにも負けず,引き続き頑張りましょうヘ(^o^)/

 

2020年

5月

18日

内田樹さんの「「朝鮮新報」のインタビュー」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.850

極論やデマゴギーを語る人はいつの時代にもいますが、今の政権下では、そのような「マイナーな極論」を語る人たちがNHKの経営委員になったり、総理と一緒に食事をしたり、あたかも「権威のある人間」のようにメディアに頻繁に登場するようになりました。本来ならば市民的常識によって抑制されるべき非常識な発言が、政権への恐怖や忖度によってまかり通ってしまっている。それが日本社会全体の倫理の劣化をもたらした。

 

 

2020年3月25日の内田樹さんの論考「「朝鮮新報」のインタビュー」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

「朝鮮新報」の3月16・18日合併号に日韓問題についてのインタビューが掲載された。

 総連系のメディアに取材されたのはこれがはじめてのような気がする。

 紙面では字数が足りなかったので、これはロングヴァージョン。

 

「厄介な隣人にサヨウナラ」「韓国人という病理」――昨年、雑誌「週刊ポスト」は、記事の中でそのような言葉を並べヘイトスピーチを行った。同胞に対する異常な差別が日本社会にまん延する中、『週刊ポスト』版元の小学館に対し執筆拒否を宣言した思想家の内田樹さんが今、日本社会に対して思うことは。

 

―在日朝鮮人を取り巻く日本社会の状況に感じることはありますか?

 

以前に比べ在日コリアンへの非寛容、差別が公然化してきたという印象があります。第一の原因は安倍政権にあると思います。安倍政権になってからの7年間で「嫌コリア」の機運が政治的に醸成されてきました。

 日本社会の在日コリアンへの差別的感情は戦前から一貫して存在しますが、それが公然化するかどうかはある種の「空気感」で決まります。「差別的なことは口に出してはいけない」という抑制の空気があれば、心で思っていても口にはしない。その抑制が安倍政権下で弱まった。「嫌コリア」言説が目に付くようになってきたのはそのせいです。

 極論やデマゴギーを語る人はいつの時代にもいますが、今の政権下では、そのような「マイナーな極論」を語る人たちがNHKの経営委員になったり、総理と一緒に食事をしたり、あたかも「権威のある人間」のようにメディアに頻繁に登場するようになりました。本来ならば市民的常識によって抑制されるべき非常識な発言が、政権への恐怖や忖度によってまかり通ってしまっている。それが日本社会全体の倫理の劣化をもたらした。

 ただ、これはあくまで潜在的な差別意識が可視化されたというだけのことで、在日コリアンに対する差別感情は見えないかたちで日本社会の中につねに潜在していた。だから、安倍政権が終わったら今ほどは目立たなくはなるでしょうけれど、それでなくなるわけではないと思います。

 

―様々な問題の中、安倍政権が長期にわたり続いている理由は何でしょうか?

 

 政権のコアな支持層には「権力者は不正を働いても構わない」という道徳的なニヒリズムに侵されている人がいます。彼らは政権が資料を改竄・隠蔽しても、総理大臣が嘘をついても、支持者を税金で供応しても、「それのどこが悪いんだ」と口を尖らせます。不正をしても処罰されない、法の支配に服さないで済むのが権力者の特権ではないか、そういう特権的な立場になるためにこれまで努力してきて、その地位を得たのだから、それに文句を言うのは筋違いだと考えているのです。

 僕の友人がネット上で麻生太郎の批判をしたら「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」というリプライが書き込まれました。僕が国政批判をしても「それなら自分が国会議員になれ」というような絡み方をする人がいます。それができないのなら黙っていろと言う。社会的に「成功」している人に対する批判はそれと同じだけ「成功」した人だけに行う資格がある。それが「リアリズム」だと思っている。でも、それは「現状に不満なら、まず現状を受け入れろ」と言っているに等しい。要するに絶対的な現状肯定ということです。

 彼らが安倍総理を支持するのは、「彼が総理大臣だから」です。単なるトートロジーなのですが、それに気がついていない。

 

―なぜそのような考え方が生まれるのでしょうか?

 

 気分がいいからじゃないですか。「市民社会をもっと成熟したものにしよう」とか「雇用関係を改善しよう」という願いを実現するには多大な時間と労力が必要です。でも、目の前でそれを語っている人間に「きれいごとを言うな」と罵倒を浴びせ、切って捨てるような批判をすれば、刹那的な快感、全能感が得られる。おのれの社会的上昇に希望が持てない人たちにとって、その一瞬の爽快感が心地よいのでしょう。だから、ネット上では、自分よりも知識を持っている人たちや専門家の発言を定型句一つで全否定できると思っている人たちが溢れ返っている。

 大声でセクシズム、レイシズムを叫ぶ人たちも求めているものは同じだと思います。「女なんて」「朝鮮人なんて」というような「言ってはいけないこと」を平気で言える自分は「スゴイ」と思っている。「反道徳的で反社会的であることができる自分」にささやかな権力の手応えを覚えている。

 本来ならば、そのような差別的な言葉は市民たちの規範力によって抑制され、収まってゆくものです。法律で罰するという以前に、「そんな非常識なことを口にするな」という規制が働く。そのためには、市民の一定数が「まっとうな大人」であることが必要です。しかし、今の日本社会には、そのような非常識な言動に対して「いいかげんにしろ!」と一喝できるような大人が少なくなってしまった。

 

―そのような中で在日朝鮮人も息苦しさを感じているようです。

 

 日本では、職業や年収や能力で「身の程」が決定され、「その枠から出るな」という禁圧が働いています。「自分が権力者になってから権力を批判しろ」というのは要するに「自分の身のほどを知れ、分際をわきまえろ、身の丈に合わないことをするな」ということです。

 少し前にアメリカの雑誌が日本の大学生にインタビューを行った記事がありましたが、学生たちは今の日本の大学に対する印象をほとんど同じ言葉で答えていました。それは「狭いところに閉じ込められている」「息ができない」「釘付けにされている」という身体的な印象を語る形容詞でした。息苦しさを日本の若者たちは共通に感じている。けれども、そう嘆いている学生たち自身はその生きづらさが「身の程を知れ」という無言の禁圧の結果だということに気づいていない。それどころか、学生たちもまたお互いに「配役されたキャラを演じ続けろ」「らしくないことをするな」というしかたで相互規制を行い、お互いの首を締めている。

 

 在日コリアンの場合も「在日コリアン」というタグが貼られて、その「役」を演じることを強いられています。そして、どんどん狭いところに押し込められる。「日本に文句があるなら国に帰れ」というのは「財務大臣に文句があるなら財務大臣になれ」というのとまったく同じ論理です。「与えられた社会的枠組みから出るな。嫌なら枠組みを作っている社会そのものから出ていけ」ということです。

2020年

5月

15日

内田樹さんの「『人口減社会の未来学』から」(その4) ☆ あさもりのりひこ No.849

僕たちがこれから行うのは「後退戦」です。後退戦の目標は勝つことではなく、被害を最小化することです。

 

 

2020年3月18日の内田樹さんの論考「『人口減社会の未来学』から」(その4)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 1942年のミッドウェー海戦で海軍はその主力を失い、もう戦争遂行能力はなくなっていました。ですから、その時点で講和の交渉を開始することは選択肢としては合理的でした(現に、木戸幸一や吉田茂らは和平工作を始めていました)。でも、例えば講和の条件として、大日本帝国の継続を認める代わりに、満州や朝鮮半島や台湾の植民地を手離すことを求められた場合、何が起きたでしょう。「誰が、何をめざしてこのような無謀な戦争を始めたのか? 国益を損なったのは誰だ?」というきびしい責任追求が行われたはずです。統治機構がまともに機能していて、国民生活が平常に送られていて、ジャーナリズムがまだ生きていたら、戦争指導部の責任が問われたはずです。その場合には、後に東京裁判で被告席に立たされることになった人たちの多くは日本人自身の手によって裁かれたはずです。でも、戦争が制御不能になり、統治機構が瓦解し、人々が戦火の下を逃げまどい、政治的意見を語る場も対話の場もなくなれば、事態があまりに破局的であるがゆえに日本人自身による戦争責任追及の機会はなくなる。人々はとりあえずその破局的現実に適応して、生き延びることに全力を尽くすしかない。そして、国運が決した以上、「自分の意見は意見、議論は議論」として脇に措いて、生き延びたものたち同士で手を取り合い、国を再建する事業に取り組む、それが「課せられた従来の慣習であり、また尊重せらるる行き方」であるということになる。「一億総懺悔」というのはそういうことです。この破局は天変地異なのだから、そんな修羅場で「誰の責任だ」というような野暮は言うな、と

 自分の手で敗戦処理ができるだけの余力がある間は(責任を問われるから)何もしない。ひたすら天変地異的な破局が天から降って来るまで(あるいは「神風」が吹いて指導部の無為無策にもかかわらず皇軍勝利が天から降って来るまで)手をつかねて待つ。

 この病的な心理機制はさきの敗戦の時に固有なものではありません。今もそのままです。手つかずのまま日本社会に残っている。現に、今もわが国の指導層の人々は人口減がどういう「最悪の事態」をもたらすのか、その被害を最小化するためには今ここで何を始めればよいのかについては何も考えていません。悲観的な未来について考えると思考が停止するからです。自分がそうだということはわかっているのです。それよりは無根拠に多幸症的な妄想に耽っている方が「まだまし」だと判断している。楽観的でいられる限りは、統計データを都合よく解釈したり、リスクを低く見積もったり、嘘をついたり、他人に罪をなすりつけたりする「知恵」だけはよく働くからです。そうやって適当な嘘や言い逃れを思いつく限りは、しばらくはおのれ一人については地位を保全できるし、自己利益を確保できる。でも、悲観的な未来を予測し、それを口にしたとたんに、これまでの失敗や無作為について責任を問われ、採るべき対策の起案を求められる。そんな責任を取りたくないし、そんなタスクを課せられたくない。だから、悲観的なことは考えないことにする。早めに失敗を認めて、被害がシステム全体には及ばないように気づかった人間がむしろ責任を問われる。非難の十字砲火を浴び、謝罪や釈明を求められ、「けじめ」をつけろと脅される。それが日本社会のルールです。システム全体にとっては「よいこと」をしたのに、個人的には何一つ「よいこと」がない。だったら、失敗なんか認めず、「すべて絶好調です」と嘘を言い続けて、責任を先送りした方が「まだまし」だということになる。

 これはバブル期の銀行経営において見られたことです。銀行経営者たちは不良債権のリスクを知りながら、自分の在任中にそれが事件化して責任を問われることを嫌って、問題を先送りし、満額の退職金をもらって逃げ出し、銀行が破綻するまで問題を放置した。彼らは早めに失敗を認めて、被害を最小化することよりも、失敗を認めず、被害が破局的になる方が「自己利益を確保する上では有利」だと判断したのです。

 どんな世の中にもそういう利己的な人間は一定数存在します。これをゼロにすることはできません。けれども「そういう人間」ばかりが統治機構の要路を占めるというシステムはあきらかに病んでいます。その意味で現代日本社会は深く病んでいます。(...)

 以上、個人的な愚痴をまじえて長々と書いてきましたが、僕が言いたいのは、要するに日本社会には最悪の事態に備えて「リスクヘッジ」をしておくという習慣がないということです。ただ、誤解して欲しくないのですが、僕はそれが「悪い」と言っているわけではありません(そんなこと今さら言っても仕方がありません)。そうではなくて、どんな場合でも、日本人は「最悪の事態」に備えてリスクヘッジする習慣がなく、そういう予測をすること自体を「敗北主義」として忌避するという事実を勘定に入れてものごとを考えた方が実用的ではないかと言っているだけです。日本人というリスクファクターを勘定に入れておかないと適切なリスク管理はできない。そういう話です。車を運転する時に、ブレーキがよく効かないとか、空気圧が足りないとか、ライトが点かないとかいうことを勘定に入れて運転しないとえらいことになるのと同じです。「ちゃんと整備されていない車を運転させるな」と怒ってもしょうがない。それしか乗るものがないんですから。不具合を「込み」で運転するしかない。

 僕たちがこれから行うのは「後退戦」です。後退戦の目標は勝つことではなく、被害を最小化することです。「どうやって勝つか」と「どうやって負け幅を小さくするか」とでは頭の使い方が違います。

 勝つ時にはそれほど頭を使う必要はありません。潮目を見はからって、勢いに乗じればよい。でも、負けが込んできた時に被害を最小化にするためにはそのようなタイプの頭の使い方では間に合わない。もっと非情緒的で計量的な知性が必要です。

「勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし」というのは松浦静山の『甲子夜話』の言葉です(野村克也監督がしばしば引用したことで知られておりますが、もとは剣術の極意について述べたものです)。なぜ勝ったのか分からない勝ちがある。けれども、どうして負けたのか理由がわからない負けというものはない。勝ちはしばしば「不思議」であるけれど、負けは「思議」の範囲にある。だから、後退戦で必要なのはクールで計量的な知性です。まずはそれです。イデオロギーも、政治的正しさも、悲憤慷慨も、愛国心も、楽観も悲観も、後退戦では用無しです。ステイ・クール。頭を冷やせ。大切なのはそれです。

 

 これからの急激な人口減はもう止めることができません。それによって社会構造は劇的な変化を強いられます。いくつもの社会制度は機能不全に陥り、ある種の産業分野はまるごと消滅するでしょう。それは避けられない。でも、それがもたらす被害を最小化し、破局的事態を回避し、ソフトランディングするための手立てを考えることはできます。それがまさに「思議」の仕事です。(後略)

2020年

5月

14日

奈良マラソン2020への道 その4 ☆ あさもりのりひこ No.848

4月26日(日)午前、橿原公苑で久しぶりにインターバル走をする。

1㎞5分20秒を目安に1000メートルを5本走る。

間に200~300メートルのジョギングを挟む。

タイムは、5分11秒、5分12秒、5分17秒、5分09秒、5分00秒。

走っている時間は短いが、負荷は大きい。

暑くなったら、インターバル走が増えそうだ。

 

 4月29日(水)午前、高松塚~キトラ古墳~鷹鞭橋~キトラ古墳~稲渕~栢森~稲渕~キトラ古墳~甘樫丘を巡る28㎞を走る。

 3時間12分25秒。

 この行程は3回目だが、自己ベストを更新した。

 

 5月3日(日)午前、橿原運動公園でビルドアップ走を2時間37分。

 1㎞7分、6分45秒、6分30秒、6分15秒、6分、5分45秒を目安に各々3㎞走る。

 5分45秒で3㎞はあまり余裕がなかった。

 ビルドアップ走のあと5㎞ばかりジョギングしたがいっぱいいっぱいだった。

 中3日の休みでは疲れが取れていないようだ。

 

 5月4日(月)ゼビオ橿原店で、ランニングシューズとランニングパンツを買う。

 靴は、アシックスのライトレーサー(ワイド)28㎝。

 ライトレーサーはいろいろな種類が置いてあるのだが、サイズがない。

 いつものように、28㎝がある色柄から選んだ。

 パンツは、黒以外の色を探したが、これもLサイズがない。

 そもそも黒以外の色が圧倒的に少ない。

 仕方がないので、ニューバランスの黒にした。

 ナイキが欲しかったのだが。

 

 5月6日(水)午前、橿原運動公園でペース走を1時間57分。

 1㎞6分15秒を目安に走る。

 最初の4㎞は調子が良かったが、最後の4.5㎞は6分15秒のペースを維持できなかった。

 ビルドアップ走から中2日の休足では疲れが残っていた。

 早朝ランニングは連続して走れるが、走り甲斐のある行程は1週間に1回の方が充実するな。

 エアピークの帽子、ニューバランスのランニングパンツを初めて使う。

 エアピークは頭が蒸れない気がする。

 パンツは走りやすかった、と思う。

 

 5月10日(日)午前、橿原神宮の森の舗道と橿原公苑を使ってビルドアップ走を1時間59分。

 1㎞7分、6分45秒、6分30秒、6分15秒、6分、5分45秒を目安に各々3㎞走る。

 しかし、1㎞6分で3㎞走ったところで力尽きてしまった。

そのあと、1㎞5分45秒では走れなかった。

5月6日にペース走をして、その後3日間完全に休足したが、疲れが取り切れていなかった。

その疲れが15㎞を過ぎてから出たようだ。

 

4月29日、5月3日、5月6日、5月10日と走って分かったこと。

 

 ビルドアップ走、ペース走、インターバル走、ロング走は週1回、日曜日にしよう。

2020年

5月

13日

内田樹さんの「『人口減社会の未来学』から」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.847

悲観的になると日本人は愚鈍化する。

 

 

2020年3月18日の内田樹さんの論考「『人口減社会の未来学』から」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 その傾向が最も極端なかたちで発現したのが、さきの大戦のときの大日本帝国戦争指導部でした。「これがうまく行って、これもうまく行けば、皇軍大勝利」という「最良の事態」ばかりを次々とプレゼンできる参謀たちがそこでは重用されました。もちろん現実はそんなに都合よくはゆきません。敗色が濃厚になってから後はほとんどすべての作戦は失敗しました。けれども、作戦が失敗した場合も、その責任はしばしば作戦起案者ではなく、現場の指揮官や兵士たちが指示通りに行動しなかったことに帰されました。作戦が成功すれば立案者の功績、失敗すれば実行部隊の責任。ノモンハン以来、インパールでもフィリピンでもずっとそうでした。

 ですから、作戦起案時点で、「最悪の事態」を想定する人間が出て来るはずがない。「もしプランAが失敗したらどうするんですか?」という問いは「そういう敗北主義が皇軍の士気を低下させて、作戦の失敗を引き寄せるのだ」というロジックでただちに却下された。

 先の座談会でも、四人の論者たちは全員が「悲観的になってはならない」という点では一致していました。確かに、その通りかも知れません。けれども、この場合に気をつけなければいけないのは、日本社会では「最悪の事態を想定して、その対処法を考える」という態度そのものが「悲観的なふるまい」に類別されるということです。だから、「そういうこと」をしてはならないと厳命される。悲観的になると人は「衰退宿命論」に取り憑かれ、「なすべき対策を忘れ」、そのせいで「社会は転落する」からです。

 危機的な事態に備えている人間は別に悲観的になっているわけではないと僕は思います(とりあえず『エアポート77』を見る限りではそうです)。でも、そういうふうに考える人間は日本社会では例外的少数であるらしい。というのも、たしかに彼らの言う通り、日本人は「最悪の事態」を想定すると、それにどう対処するかをクールに思量し始める前に、絶望のあまり思考停止に陥ってしまうからです。

 人口減は対処を誤ると亡国的な危機を招来しかねない問題ですけれど、それについては政府も自治体もまだ何も手立てを講じていません。どの部局が手立てを講じるべきかについての合意さえない。それは「悲観的になると、何も対策を思いつかない」という信憑がひろく世間に行き渡っているからです。現に、経験知もそう教えている。悲観的になると日本人は愚鈍化する。

 そして、その反対の「根拠のない楽観」にすがりついて、あれこれと多幸症的な妄想を語ることは積極的に推奨されています。原発の再稼働も、兵器輸出も、リニア新幹線も、五輪や万博やカジノのような「パンとサーカス」的イベントも、日銀の「異次元緩和」も官製相場も、どれも失敗したら悲惨なことになりそうな無謀な作戦ですけれど、どれについても関係者たちは一人として「考え得る最悪の事態についてどう対処するか」については一秒も頭を使いません。すべてがうまくゆけば日本経済は再び活性化し、世界中から資本が集まり、株価は高騰し、人口もV字回復・・・というような話を(たぶんそんなことは絶対に起きないと知っていながら)している。思い通りにならなかった場合には、どのタイミングで、どの指標に基づいてプランBやプランCに切り替えて、被害を最小化するかという話は誰もしない。それは「うまくゆかなかった場合に備える」という態度は敗北主義であり、敗北主義こそが敗北を呼び込むという循環的なロジックに取り憑かれているからです。そして、この論法にしがみついている限り、将来的にどのようなリスクが予測されても何もしないでいることが許される。

 その点では現代日本のエリートたちも先の戦争指導部とマインドにおいてはほとんど変わりません。いずれの場合も高い確率で破局的事態が到来することは予測されている。けれども、破局が到来した場合には社会全体が大混乱に陥るので、そんな時に「責任者は誰だ」というような他責的な言葉づかいで糾明する人間はもういない。そんなことしている暇もないし、耳を貸す人もいない。だったら、いっそ破局まで行った方が個人の責任が免ぜられる分だけ「得」だ。それが「敗北主義が敗北を呼び込む」というロジックの裏側にある打算です。

 東京裁判の時、25名の被告の全員が「自分は戦争を惹起することを欲しなかった」と主張しました。満州事変についても、中国との戦争についても、太平洋戦争についても、被告たちは「他に択ぶべき途は拓れていなかった」と述べて責任を忌避しました。例えば、小磯國昭は満州事変にも、中国における軍事行動にも、三国同盟にも、米国への戦争にも、そのすべてに個人的には反対であったと証言しました。これに驚いた検察官は、なぜあなたは自分が反対する政策を執行する政府機関で次々と重職を累進しえたのかと問い詰めました。それに小磯はこう答えました。

「われわれ日本人の行き方として、自分の意見は意見、議論は議論といたしまして、国策がいやしくも決定せられました以上、われわれはその国策に従って努力するのがわれわれに課せられた従来の慣習であり、また尊重せらるる行き方であります。」(丸山眞男、『現代政治の思想と行動』、未來社、1964年、109頁)

 丸山眞男はこの証言を引用した後にこう記しています。「右のような事例を通じて結論されることは、ここで『現実』というものは常につくりだされつつあるもの或は作り出され行くものと考えられないで、作り出されてしまったこと、いな、さらにはっきりいえばどこかから起って来たものと考えられていることである。」(同書、109頁、強調は丸山)

 被告たちは戦争指導の要路にありながら、自分たちが戦争という現実を作り出したということをかたくなに拒みました。戦争は人間の能力を超えた天変地異のように「どこかから起って来たもの」として彼らには受け止められていたのです。それゆえ、その圧倒的な現実に適応する以外に「択ぶべき途は拓かれていなかった」と彼らは弁疏したのです。

 戦争がコントロール可能な政治的行為だとするならば、どのような理念と計画に基づいて戦争を始めたのかについての政治責任が発生します。けれども、「どこかから起って来た」天変地異的な破局であるならば、誰の身にもいかなる政治責任も発生しない。ですから、いささか意地の悪い見方をすると、戦争指導部の人々は敗色濃厚になってから後は「戦争が制御不能になること」をこそむしろ無意識的には願っていただろうと僕は思います。

 

 

2020年

5月

12日

近鉄八木駅前の五月

 

本日、5月12日は事務局が担当です。

みなさんは、五月と言えば何色をイメージされますか?

私は、やはりシンプルに言って紫(パープル)です。

なぜかと言えば、五月に咲く花の色から連想するからです。

その花としては、菖蒲、藤、ラベンダー等からです。

因みに今日512日は、アザミの日だそうです。

まだ今年は観ていませんが、アザミの花も紫ですね。

そして、近鉄八木駅前の花壇には、以前から何度かお伝えして

きているラベンダーが今年も満開です。

近鉄八木駅前のラベンダー
近鉄八木駅前のラベンダー

 

さらに、なら法律事務所の入っているセレーノビルの南側の花

壇のラベンダーも満開です。

セレーノビルのラベンダー
セレーノビルのラベンダー

 

今日のように、陽の光を浴びている花はとても色が映えています。

近鉄八木駅から、なら法律事務所へお越しの際、もしくは帰り道にちょっと回り道をして、ラベンダーをご観賞下さい。

残念ながら、側に近づかないと、心に安らぎをもたらしてくれるラベンダーの香りを感じることはできませんが、花を観るだけでも昨今の新型コロナウィルス感染の自粛時には癒やされると思いますよ。

近鉄八木駅前のラベンダー②
近鉄八木駅前のラベンダー②

 

健やかな日々を過ごすためにも、心に癒しが必要です。

また例年どおり、近鉄八木駅前周辺のつばめの巣には、つばめが何羽も来ていて、巣作りをしています。

あいにく、当事務所のコピー機の目の前にある電線に留まり、癒やしてくれる姿を観ることができないですが、近い内かと期待しています。

みなさんも日々の生活の中で、癒やされる何かを見つけて、新型コロナウィルス感染による自粛期間を乗り越えましょう!

2020年

5月

11日

内田樹さんの「『人口減社会の未来学』から」(その2) ☆ あさもりのりひこ No.846

カタストロフが過去に一度も起きなかったということは、それが将来において決して起きないということの根拠にならない

 

 

2020年3月18日の内田樹さんの論考「『人口減社会の未来学』から」(その2)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 先日、毎日新聞が「縮む日本の先に」という座談会を企画しました。「人口減がなぜ深刻な問題なのか、どのような課題に、どのように向き合っていけばいいのでしょうか」という記者の問いに、ある人は「楽観する問題ではないが、かといって悲観的になるのではなく、人口減は既定の事実と受け止めて、対処法をどうするか考えたらいい」と回答しました。ある人は「人口が減っていくと『衰退宿命論』が社会に広がっていく。すると、なすべき対応を忘れ、社会は転落する」と回答しました。別の人は「人口減に対応する社会システムを作る必要があるだろう」と回答しました。その後、個別的な議論になって、東京一極集中から地方分権へ、定年制の延長と高齢者の就労促進、年金支給年齢の引き上げというような当たり障りのない意見がぱらぱらと出た後、最後に政治家が(福田康夫元首相でしたが)「国家の行く末を総合的に考える中心がいない」と冷たく突き放して座談会は終わりました。

 ここから知れるのは、人口減社会に対して、行政のどの部署が対応策を起案するのか、その提案の適否は誰がどういう基準に基づいて判断するのかについて、今の日本にはまだ何の合意も何のルールも存在しないということです。「人口減に対応する社会システムを作る必要があるだろう」というようなことを行政の専門家が今頃(自分にその起案責任があるのではないかという自覚をまったく欠いたまま)言っているという事実に僕たちはもう少し慄然としてよいと僕は思います。

 

「最悪の事態」に備えてさまざまなプランを用意するということを日本人は嫌いますけれど、それはかなりの程度まで日本人の民族誌的奇習だと思います。とりあえずアメリカは違います。

 前にも書いた話ですけれど、手ごろな傍証なのでまた引かせてもらいます。『エアポート77/バミューダからの脱出』(1977年)というパニック映画がありました。ジャンボ機がハイジャックされ、バミューダ海域で故障して水没する。アメリカ海軍が救難信号をキャッチして現地に急行し、ジャンボ機を乗客ごと引き上げるための大規模な救助作戦が始まる・・・という「あらすじ」を書いただけで「よくあるパニック映画」だとわかると思います。さしてサスペンスも盛り上がらず、爽快感もない凡作なのですけれど、それを休日の昼間に寝転んで見ていて強い違和感を覚えた場面がありました。それはジャンボ機の引き上げ作業(それは海底に沈んだ機体に風船をくくり付けて浮かび上がらせるというものなんですけれど)を始めるに当たって、艦長が「それだと作戦第何号だな」と言って、艦橋のロッカーを開けて、そこにびっしり詰まっている作戦実施要領ファイルの中から一冊を抜き出し、艦内放送で「これから作戦第何号を実行する。なお、これは演習ではない」と告げた場面でした。僕は思わずテレビ画面に向いて「おい」とつぶやいてしまいました。「海底30メートルのところに乗客ごと沈んでいて、浸水し、酸素がなくなってきたジャンボ機を風船で浮かせる」オペレーションに特化したマニュアルがあって、乗組員たちはその演習をこれまで何度か繰り返して来ているという設定があまりに非現実的なものに思えたからです。でも、このシナリオがユニヴァーサル映画の企画会議を通って、1000万ドルの製作費が出たということは「こんなご都合主義の設定はいくら何でも客が怒り出すだろう」と言った人がユニヴァーサルにはいなかったということを意味しています。

 僕はこの時に「危機」というものについての考え方が日米ではずいぶん違うのだと思いました。「ふつうは起きないこと」を網羅的に列挙し、それぞれについて逐一対応策を用意しておくことをアメリカ人は「無駄」だとは考えない。むしろ、「誰も思いつかなかったような最悪の事態」を思いつき、それに対処するプランを立案できる能力にアメリカ社会は高い評価を与えるらしい。

 

「カタストロフが過去に一度も起きなかったということは、それが将来において決して起きないということの根拠にならない」という命題は(デイヴィッド・ヒューム以来)英米の知性にはおそらく深く内面化されている。「これまで起きなかったこと」はこれからも起きない蓋然性が高いけれど、それはあくまで蓋然性に過ぎない。蓋然性の見積もりに主観的願望を関与させてはならない。これがおそらくはアングロ=サクソン的知性にとっての「常識」なのです。でも、これは日本では常識ではありません。日本では話がみごとに逆転します。起こる確率の低い破局的事態については「考えないことにする」。それが本邦の伝統です。

2020年

5月

08日

内田樹さんの「『人口減社会の未来学』から」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.845

地球環境が持続可能な状態にまで人口が減少するのは自然なことですし、合理的なことです。人口減それ自体があたかも「忌まわしいもの」でもあるかのように語るのはまったく当を失しています。

 

 

2020年3月18日の内田樹さんの論考「『人口減社会の未来学』から」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

ちょうど2年前に『人口減社会の未来学』という編著書を出した(文藝春秋、2018年)。寄稿者は常連の平川克美、小田嶋隆のほかに、池田清彦、平田オリザ、ブレイディみかこ、姜尚中、藻谷浩介ら錚々たる論客。私が序論を書いた。

 この文中の「人口減」を「コロナウィルス禍」と書き換えても、ほとんどそのまま使えるということに気がついた。そのつもりで読んで頂きたい。

 

 人口減社会の未来を予測する書物は、本書を含めて、これからいくつも出版されると思います。このような国民的な問題については、できるだけ多くの書き手によって、できるだけ多くの知見が示されるべきだと思います。未来はつねに霧の中です。霧の先にどういう風景が広がっているかについては、確定的なことを言える人は一人もいません。ですから、論者の数だけ未来像が語られることになる。この場合、予測される未来像が違えば違うほど、僕たちが書き出さねばならない「心の準備」のリストは長大なものになります。

 ところが、僕たち日本人はこの起こるかも知れないことについて「心の準備をする」ということがどうも大変に苦手らしいのです。上の依頼文の中で、人口減社会の未来予測は「世界各地で同時多発的に、いくつもの領域で始まりつつある」と僕は書きました。たしかに海外では数年前から「脱成長論」や「定常経済論」が重要な論件になってきています。でも、日本社会にはそれが喫緊の論件だという切迫感がまだありません。それが不思議です。なぜなら、日本は世界で最初に超少子化・超高齢化のフェーズに突入する国だからです。かつて世界のどんな国も経験したことのない、歴史上前例のない局面に踏み込む。にもかかわらず、「その時何が起きるのか?」についての予測がなされていない。僕のような経済学とも人口学とも制度論ともまったく無縁の人間が「こんな本」の企画の編者に呼ばれるのは、率直に言えば、専門家がこの議論を忌避しているからです。「人口減社会の予測や対策は専門家にお任せください。素人さんが出しゃばることないです」と専門家が言ってくれるなら、僕だって心配しません。そもそも僕のような素人のところにこんな企画が回ってくるはずがない。でも、現に僕は「こんな文」を書いている。この事実そのものが、日本人が人口減社会に対する備えができていないことを証拠立てています。

 もう一度言いますけれど、僕たち日本人は最悪の場合に備えて準備しておくということが嫌いなのです。「嫌い」のなのか、「できない」のか知りませんが、これはある種の国民的な「病」だと思います。

 戦争や恐慌や自然災害はどんな国にも起こります。その意味では「よくあること」です。でも、「危機が高い確率で予測されても何の手立ても講じない国民性格」というのは「よくあること」ではありません。それは一つ次数の高い危機です。「リスク」はこちらの意思にかかわりなく外部から到来しますが、「リスクの到来が予測されているのに何も手立てを講じない」という集合的な無能は日本人が自分で選んだものだからです。「選んだもの」が言い過ぎなら、「自分に許しているもの」です。

 人口減そのものは天変地異ではありません。自然過程です。キャリング・キャパシティを超えた人口膨張に対して、人類が生き延びるために無意識的に選択しつつある集団的な行動です。

 70億という人類の総人口はどう考えても地球環境への負荷としては過大です。それでも、22世紀までは人口はさらに増え続けます。2050年には97億人、2100年には112億に達すると予測されています。それだけの人口に対して、エネルギーや食糧や水や医療や教育資源を安定的に供給できると思っている人はたぶんいないでしょう。現在でさえ、世界では8億人が栄養不良状態にあります。9人に1人が飢えている。それにもかかわらず、世界人口はこれから30年でさらに30億人、1年一億のペースで増え続けます。人口が際立って増えるのは、インド(4億人)、ナイジェリア(2.1億人)、パキスタン(1.2億人)、コンゴ(1.2億人)、エチオピア(9千万人)、タンザニア(8千万人)、アメリカ(7千万人)、インドネシア(6千万人)、ウガンダ(6千万人)などです。これらの国々において、30年後は今より政情が安定し、経済が好調で、民心が穏やかになっていると予測するためにはよほどの楽観が必要でしょう。これ以上の人口増を受け入れるだけの体力は(アメリカを除いて)これらの国々のどこにもありません。ですから、地球環境が持続可能な状態にまで人口が減少するのは自然なことですし、合理的なことです。人口減それ自体があたかも「忌まわしいもの」でもあるかのように語るのはまったく当を失しています。先進国はどこでも(アメリカを除いて)これから人口減局面に入ります。22世紀にはアジア、アフリカを含む全世界が少子・高齢化、そして人口減局面を迎えます。これは「誰の身にも起きること」なのです。まずそのことを認めるところから始めないと話になりません。

 

 誰の身にも起きることであるわけですから、早晩どこの国もそれに対する備えを始めなければならない。でも、最も早くその危機に遭遇する日本では、なぜかそれに対する備えが始められていない。人々はそのことについては考えないようにしている。駝鳥が砂に頭を突っ込むように、危機の接近に気づかないふりをしている。人口減社会の実相についての具体的な考察に入る前に、僕は序文においてこの日本人の集団的無能についての予備的な考察をしたいと思います。少し長い話になりますけれど、ご容赦ください。

2020年

5月

07日

2020年4月の放射線量、体組成、ランニング ☆ あさもりのりひこ No.844

2020年4月の放射線量、体組成、ランニングの各数値が明らかになった。

 

まず、奈良県橿原市の環境放射線量(ガンマ線)から。

2020年1月から4月までの4か月間の数値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.043μ㏜/h

.042μ㏜/h

.042μ㏜/h

.041μ㏜/h

室内0メートル 0.044μ㏜/h

.043μ㏜/h

.043μ㏜/h

.043μ㏜/h

室外1メートル 0.057μ㏜/h

.057μ㏜/h

.059μ㏜/h

.056μ㏜/h

室外0メートル 0.073μ㏜/h

.073μ㏜/h

.073μ㏜/h

.070μ㏜/h

4月は、全体に少し落ち着いた。

すくなくとも、チェルノブイリの森林の火災の影響は出ていない。

 

 

つぎに、朝守の身体について。

1月から4月までの4か月間の数値はつぎのとおり。

体重 70.75㎏

71.15㎏

71.4㎏

70.85㎏

BMI 22.

22.

22.

22.

体脂肪率 15.7%

16.4%

15.6%

16.4%

筋肉量 56.55㎏

56.45㎏

57.15㎏

56.15㎏

  推定骨量 3.1㎏

.1㎏

.1㎏

.1㎏

  内臓脂肪レベル 11

11.

11.

11.

  基礎代謝量 1629/

1626/

1648/

1617/

  体内年齢 45才

45才

45才

45才

  体水分率 59%

58%

59.5%

57.9%

 

それほど大きな変化はない。

 

 

最後に、4か月間のランニングのデータ。

走行時間 24時間12分28秒

21時間35分27秒

20時間36分36秒

21時間11分21秒

 

走行距離 201.5㎞

180.7㎞

180.9㎞

189.2㎞

 

 

4月も走行距離は200㎞に届かなかったが、毎月180㎞以上は走り続けている。

2020年

5月

01日

内田樹さんの「『サル化する世界』についてのインタビュー」 ☆ あさもりのりひこ No.843

サル化した人間の特徴は「過去を反省しない」「未来に対して見通しを持たない」ことです。

 

 

2020年3月17日の内田樹さんの論考「『サル化する世界』についてのインタビュー」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

いくつかのメディアから新刊『サル化する世界』についてのインタビューがあったので、まとめて再録。

 

「サル化する世界」というタイトルに込めた思いを教えてください。

 

「サル化」とは、「朝三暮四」に出て来るサルのように、現在の自分と未来の自分の間に自己同一性を保持できない病態のことです。

 もともとヒトは時間意識をゆっくりと拡大することで、他の霊長類から分かれて進化を遂げて来ました。そして、今からおよそ2500年くらい前に、四大文明の発祥地で「世界の起源」と「世界の終わり」という概念を持つところまでたどりつきました。広々とした時間意識を持つことができた。そのおかげで人類は宗教を持つことができたし、歴史や物語を持つこともできました。

 中国の春秋戦国時代に「矛盾」「守株待兎」「刻舟求剣」「鼓腹撃壌」といった「時間が経過しても自己は同一的である。自己は同一のつもりでも時間は流れる」ということがうまく理解できない愚者を主題にした説話が集中的に語られています。おそらく、その頃に時間意識についての「シンギュラリティ」があったのでしょう。孔子も荘子も韓非も、その教えに共通しているのは長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できる能力を未開からのテイクオフの条件と見なしていたということです。

 しかし、せっかくこうやって時間意識の拡大によって他の霊長類から分離したにもかかわらず、現代人の時間意識はふたたび縮減し始めています。この「人間以前」に向かうの文明史的退化の徴候を僕は「サル化」と呼んだのです。

 

過去と未来をふくんだ視点で「今」を考察する力は、なぜ急激に失われてしまったのでしょうか。

 

 最大の原因は基幹産業が農業から製造業、さらにはより高次の産業に遷移したことだと思います。農業の場合でしたら、人間は植物的な時間に準拠して暮らしていました。農夫は種子をまいている自分と、風水害や病虫害を防いで働いている自分と、収穫している自分が同一の自己であるという確信がないと日々の苦役には耐えられません。でも、いま、最下層の賃労働者は今月の給与をもらっている自分より先の自分にはなかなか同一性を持つことができません。AI導入後に雇用環境がどう変わるかも予測がつかないどころか1月後に仕事があるかどうかさえ分からないんですから、老後に年金や健康保険がどうなっているか予測がつくはずもない。だったら、考えても仕方がない。

 事情は金融商品の売り買いで個人資産を増やしている富裕層も同じです。株式会社は当期利益至上主義ですし、株の取引はマイクロセコンド単位で行われている。だったら、それ以上タイムスパンを広げても意味がない。

 今から10年前にGoogleAmazonが「こんなふう」になると予測した人はほとんどいませんでした。これらの企業が10年後にどうなっているかもやっぱりわからない。長い時間の流れの中に自分を置いて、何が最善の選択なのかを熟慮するという知的努力は費用対効果が悪いということがいつの間にか身に浸み込んでしまった。

 

日本社会の劣化は「サル化」の一兆候なのでしょうか。

 

 安倍政権の大臣や官僚たちは「嘘をついても平気」「前後に矛盾のある言明をしても平気」「謝罪しても次の瞬間には忘れている」といった症状を呈しています。どれも時間意識の縮減の徴候です。

 Honesty pays in the long run「長い目で見れば正直は引き合う」ということわざがありますけれど、これは裏返して言えば「短期的に見れば嘘の方が引き合う」ということです(実際にそうだし)。ですから、「長い目で見る」習慣を失った人たちがシステマティックに「嘘つき」になるのは論理的には当然なのです。

 前後の矛盾を指摘されても平気というのは「矛盾」の武器商人と同じです。彼は「どんな矛も通さない盾」を売っているときの自分と、「どんな盾も貫く矛」を売っているときの自分が同一人物だと思っていないのです。だから「この矛でこの盾を突いたらどうなる?」という問いに当惑したのではなく、その問いの意味そのものが理解できなかったのです。国会答弁で少し前に言ったこととまったく逆のことを平気で言って、「整合していない」と言われても少しも悪びれる様子がないのもそれとほぼ同じだと思います。

 

日本人の労働生産性は、「1人当り」「時間当たり」ともに先進7カ国中の最下位という状態が続いていますが、日本の組織を活性化し、イノベーションを起こすには何が必要だと思われますか。

 

 組織を再活性化するなら、管理部門に過大な資源を配分しないことです。今の日本の組織は「価値あるものを創り出すセクター」よりも「人がちゃんと働いているかどうか監視するセクター」の方に権限も情報も資源も集積しています。労働者よりも監督の方が多い現場とか、兵士よりも督戦隊(前線から逃げて来た兵士を射殺する後方部隊)が多い戦場のようなものです。それでは生産性が上がるはずがない。

「管理を最低限にする」「現場に自己裁量権を与える」「成果の短期的な査定を止める」くらいで日本の組織はかなり再活性化するはずです。でも、管理部門の人たちはそう言われても「管理部門の肥大化を適正規模に抑制するための管理部門の増設」くらいしか思いつかないでしょうけど。

 イノベーションというのは未来にぼんやりとした手応えを感じる直感力なしには成立しません。「何だか知らないけれど、この先に『いいこと』がありそうな気がする」という直感に導かれてはじめてあらゆる創造は可能になります。でも、そのためには「この先」に、まだ現実になっていない時間に指先が届かなければなりません。「この先」という言葉に何のリアリティーも感じられない人間に何かを新しく創り出す能力が育つわけがない。

 

社会が脱サル化するために必要なこととは?

 

 サル化した人間の特徴は「過去を反省しない」「未来に対して見通しを持たない」ことです。だから、悔恨もないし不安もない。どれほど失敗しても同じ失敗を繰り返すし、「こんなことを続けていたらそのうちたいへんなこと」になるとわかっていても、「こんなこと」を続ける。「前にこれで失敗して手痛い思いをしたこと」も「そのうち起こるかもしれないたいへんなこと」にもリアリティーを感じることができない。

 

 こんな生きづらい時代ですから、「過去のことは忘れたい 未来のことは考えたくない」と思ってしまうことは止められません。でも、「後悔に苛まれたくない、不安に怯えたくない」という人は、それと同時に、遠い記憶の中を逍遥したり、未来に夢を描いたりすることもあきらめなければならない。それがどれほど多くのものを失うことなのか、それについては少し立ち止まって考えた方がいいと思います。

2020年

4月

30日

大林宣彦の映画 その1 ☆ あさもりのりひこ No.842

2020年4月10日、大林宣彦が亡くなった。

一時期、大林宣彦の映画を「浴びるように」観た。

「ジュブナイル」で「胸キュン」で「ちくしょう、胸が痛い」映画だった。

このブログにも、2015年4月16日「さびしんぼう」(No.116)、2015年5月28日「尾道3部作」(No.122)と大林宣彦の映画について書いた。

久しぶりに、大林宣彦の映画について書く。

 

朝守が観た大林宣彦監督の作品はつぎのとおりである(カッコ内は制作された年)。

 

転校生(1982年)

時をかける少女(1983年)

廃市(1984年)

さびしんぼう(1985年)

野ゆき山ゆき海べゆき(1986年)

日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群(1988年)

異人たちとの夏(1988年)

ふたり(1991年)

青春デンデケデケデケ(1992年)

はるか、ノスタルジィ(1993年)

水の旅人 侍KIDS1993年)

あした(1995年)

 

朝守は、1982年に大学を卒業して、司法試験を受験し続けた(いわゆる司法浪人)。

1993年に司法試験に合格して、1994年から司法修習が始まり、1996年に弁護士登録をした。

つまり、朝守が大林宣彦の映画を観たのは、大学を卒業してから、弁護士になるまでの間であり、ほぼ司法浪人の期間と重なっている。

 

朝守が大林宣彦の映画を観た時期は次のとおりである(朝守は観た映画を記録しているのだ)。

1983年

9月1日 時をかける少女(映画館)

1985年

 1月5日 転校生

 1月6日 転校生

3月26日 さびしんぼう(東宝試写室)

 1986年

  1月26日 さびしんぼう

  8月24日 廃市

 1987年

  1月18日 野ゆき山ゆき海べゆき

  3月15日 転校生

 1989年

  5月13日 さびしんぼう

  10月28日 時をかける少女

 1990年

  8月12日 さびしんぼう

  8月13日 転校生

        時をかける少女

  8月20日 さびしんぼう

  12月9日 転校生

        時をかける少女

 1991年

  1月2日 さびしんぼう

  10月20日 さびしんぼう

  11月23日 ふたり

         ふたり

  12月7日 ふたり

  12月8日 さびしんぼう

  12月23日 ふたり

  12月25日 異人たちとの夏

  12月29日 ふたり

 1992年

  1月19日 ふたり

  11月3日 はるか、ノスタルジィ

11月10日 青春デンデケデケデケ(映画館)

12月1日 青春デンデケデケデケ(映画館)

12月21日 はるか、ノスタルジィ(映画館)

1993年

1月14日 はるか、ノスタルジィ(映画館)

3月20日 青春デンデケデケデケ

7月19日 水の旅人 侍KIDS(映画館)

8月1日 はるか、ノスタルジィ

青春デンデケデケデケ

 1994年

  1月23日 日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群

3月28日 転校生

        時をかける少女

        さびしんぼう

  4月3日 ふたり

  4月6日 はるか、ノスタルジィ

  4月9日 青春デンデケデケデケ

1995年

1月2日 ふたり

1月3日 青春デンデケデケデケ

     はるか、ノスタルジィ

2月18日 時をかける少女

4月1日 さびしんぼう

    時をかける少女

7月16日 転校生

7月22日 時をかける少女

8月19日 さびしんぼう

9月24日 あした(映画館)

 11月5日 さびしんぼう

 11月25日 ふたり

1996年

 3月14日 はるか、ノスタルジィ

       青春デンデケデケデケ

1997年

 1月5日 時をかける少女

2011年

 2月11日 転校生

 2月13日 さびしんぼう

 2月20日 時をかける少女

 

いやぁ~、文字通り「浴びるほど」観ているな。

特に「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の尾道3部作、「ふたり」「青春デンデケデケデケ」「はるか、ノスタルジィ」の後期3部作をよく観ている。

「転校生」8回、「時をかける少女」10回、「さびしんぼう」13回、「ふたり」9回、「青春デンデケデケデケ」7回、「はるか、ノスタルジィ」7回。

 

いまでもこの6本はもう一度観たい映画である。

2020年

4月

28日

大掃除

みなさん、こんにちは。

本日は事務局担当日です。

 

4月も最終週になりました!

青空と若葉の緑が爽やかないい季節になってきました!

家の裏の林では、ウグイスがいい声で鳴いています。

 

・・・なのにお外にお出かけしちゃいけない(ToT)

 

ですが、STAY AT HOME ですね。

 

大切な人を守るため。

たとえ自分が症状がなくても

もしかしたら誰かにうつすかもしれない。

うつした人には、ご高齢であったり基礎疾患を持つ家族がいるかもしれない。

そんな「誰かの」大切な人を守るため。

ひいては自分の大切な人を守ってもらうため。

 

もう少し、もう少し我慢、ですね(・∀・)

先週から、私も仕事の進行具合をみて、

時々お休みをしました。

 

家には中学生の子ども ← タブレットで配信授業を見てるふりしてYouTube

テレワークの夫    ← 長時間昼寝付き

 

みんな家にいるはずなのに三食担当はなぜか私。。。

ウーバーイーツが奈良で活躍する日はいつでしょう・・・。

 ← ウーバーイーツ、ご存じない方はググって下さい♪

 

朝ご飯にはバナナと納豆が大活躍!

昼は、丼もしくは麺類。

夜は、一汁一菜、と深く考えないことにしました。

色々作ると買物回数も増えますしね♪ ということで。

そして、空いた時間はたくさんあるので、ようやっと重い腰をあげて

年末は、母が入院したりなんやらでそれどころではなかったので

  ← 大掃除回避の大義名分やな。

念願の大掃除(スチームモップがけ)を始めました(≧ε≦)

 

床は終わったので、後は窓や建具なども少しずつ進めていこうと思います。

意外といい運動になるので、運動不足解消にもいいかもしれません(・∀・)

庭の雑草もいい感じに伸びてきたので

夫にも働いてもらうことにしたいと思います♪