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2018年

7月

19日

奈良マラソン2018まで143日 ☆ あさもりのりひこ No.561

7月15日(日)、猛暑が続いて、ロング走ができない。

早朝に、90秒ダッシュをやる。

90秒ダッシュして、2分30秒歩く、という練習である。

1本目は、90秒間ダッシュする感覚を体得する。

2本目は、身体が90秒間ダッシュする感覚を覚えて、余裕で走る。

3本目は、ダッシュが60秒を超えてからキツかった。

初めての練習ということもあって、3本で終了。

 

7月17日(火)夜、ランニングマシーンで走る。

ここでも90秒ダッシュ、2分30秒歩く、という練習をする。

最初は、時速12キロで90秒間走る。

次は時速13キロで90秒走る。

その次は時速14キロで90秒。

時速14キロになるとキツい。

バランスを保ってフォームを維持することに神経を使う。

そのあと、時速13キロ、12キロと90秒間走って、30分で終了。

 

この酷暑の中をロードで長距離を走るのはむつかしい。

 

早朝に、1~2時間走って、午前6時までに走り終わるのがいいだろう。

2018年

7月

18日

大学の株式会社化について(後編) ☆ あさもりのりひこ No.560

日本の学校教育が「もうダメ」だということはすでに一昨年秋にForeign Affairs Magazineが伝えていた。日本の教育システムは「社会秩序の維持・産業戦士の育成・政治的な安定の確保」のために設計された「前期産業時代に最適化した時代遅れのもの」であり、それゆえ、教員も学生もそこにいるだけで「息苦しさ」「閉塞感」を感じている。文科省が主導してこれまで学の差別化と「選択と集中」のためにこれまでいくつかのプロジェクトが行われた(COERU11Global30など)、どれも単発の思い付き的な計画に過ぎず、見るべき成果を上げていないというのが同誌の診断であった。

 

 

2018年7月7日の内田樹さんの論考「大学の株式会社化について(後編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

断言させてもらうが、大学の学術的生産力の劇的低下は大学の株式会社化の必然の帰結である

文科省の指示によって、大学はトップ(学長・理事長)に全権を集約して、大学教授会は諮問機関に格下げれた(もう人事や予算の決定どころか入学・卒業の判定さえできなくなった)。教育内容は卒業生の「買い手」たる産業界から要望された「グローバル人材」なるもの(英語でタフな交渉ができて、辞令一本で翌日から海外に赴任できて、安い賃金で無限に働き続けられるサラリーマン)の育成に偏することとなった。換金性の高い研究・成果がすぐに出る研究ばかりが選好され、海のものとも山のものともつかぬ先行きの不透明な研究(ほとんどのイノヴェーティヴな研究はそうやって始まる)には資源が分配されない。若い研究者たちは不安定な任期制の身分に置かれているため、プロジェクトのボスのやり方に疑義を呈することはただちに失職のリスクを伴う。このような息苦しい研究環境で、いったいどうすれば創造的な研究が生まれると言うのか。

日本の学校教育が「もうダメ」だということはすでに一昨年秋にForeign Affairs Magazineが伝えていた。日本の教育システムは「社会秩序の維持・産業戦士の育成・政治的な安定の確保」のために設計された「前期産業時代に最適化した時代遅れのもの」であり、それゆえ、教員も学生もそこにいるだけで「息苦しさ」「閉塞感」を感じている。文科省が主導してこれまで学の差別化と「選択と集中」のためにこれまでいくつかのプロジェクトが行われた(COERU11Global30など)、どれも単発の思い付き的な計画に過ぎず、見るべき成果を上げていないというのが同誌の診断であった。

私がなによりも問題だと思うのは、このような海外メディアからの指摘に対して文科省が無言を貫いたことである。文科省の過去四半世紀におよぶ教育行政の適切性に疑義を呈したのである。それを不当だと思うなら、正面から反論すべきだった。同誌に抗議して、記事の撤回や訂正を求めても罰は当たるまい。けれども、文科省はこの記事を無視した。何もしなかった。文科省の教育政策をこれまで支持してきた大学人や教育学者もこの記事を無視した。日本の学校教育が失敗しているということを海外メディアから指摘されているという事実そのものを隠蔽したのである。

不誠実な対応だったと思う。

たしかに、英語の外交専門誌を手に取る日本人など数千人もいない。99・9%の国民は文科省とメディアが黙っていればそんな記事の存在を知らずに終わる。だから、黙っていたのである。反論したら教育政策の失敗による学術的発信力の低下が国内メディアで話題になる。それを忌避したのである。

自分たちの政策の正当性・適切性を適切なしかたで論証することを端から放棄した人々が日本の教育行政を司っているのである。学術的発信力が急坂を転げ落ちるように劣化するのも当然である。もうこの趨勢はもう止まらないだろう。

文科省の最新のスキャンダルは2020年度からの国立大学入試への英語の民間試験の導入である。これについては大学中学高校のほとんどすべての英語科教員が反対している。この決定は密室で、少人数の関係者による、ごく短期間の議論だけで、実証的根拠も示されず、英語教育専門家の意見を徴することなく下された。実施の困難さや問題漏洩リスクや公正性への疑念や高校教育への負の影響についても何の説得もなされなかった。

民間試験導入を強く推進した当時の文科相が私塾経営者出身で学習塾業界からの資金援助を受けていること、有識者会議で民間試験導入を強く主張した委員の経営する会社が民間試験導入決定後に英語教育事業を立ち上げたという「醜聞」が報道された。

「私利のために受験者数十万人の試験制度の改変を企てたのではないか」というような疑念はかつて日本の大学入試で呈されたことはない。でも、そういうことが起きても不思議はないほどに日本の教育行政は劣化しているということである。

では、どうしたらいいのかと言われても、私に妙案があるわけではない。手当てができるところから補正修復するしかない。まずは被害の全容を開示するほかはない。日本の学校教育がどれほど病んでいるのか、どれほど傷つけられたのかを点検してゆくところから始める他ない。とりあえずは全国の教職員たちが、現場に侵入してきた「株式会社化趨勢」に対してきっぱりと「ノー」を告げるところから始める他ない。

 

という記事を寄稿したすぐ後に、文部科学省の高級官僚が、「私立大学研究ブランディング事業」で大学側の便宜を図る見返りとして息子の受験の点数に下駄を履かせてもらっていた受託収賄容疑で逮捕されるという「醜聞」が報道された。

逮捕されたのは科学技術・学術政策局長である。

委ねられた国富の分配を私利のためにさじ加減するような汚吏貪吏が政府部内にいることに驚いてみせるほど私はナイーブではないが、それにしても「そんなことをしたら大学受験の公平性についての信頼のみならず教育行政への致命的な信頼を傷つけること」に手を染めたのが「科学技術・学術政策」起案のトップであったという事実は重い。

 

それは文科省が「例外的に不道徳な人物」が異数の出世を遂げることができる組織であるということを意味するだけでなく、「それが暴露されたら教育行政に対する国民の信頼に傷がつくリスク」と私利をてんびんにかけて、私利を優先させるほどに判断力の不調な人物が(平たく言えば「頭の悪い人物」が)日本の科学技術と学術政策を起案していたということを意味するからである。

2018年

7月

17日

気分を変えて暑さをしのぎましょう!

 

本日7月17日は事務局が担当です。

 

とても暑い日が続いていますが、皆さんは夏バテしていませんでしょうか?

夏は、暑い季節なのですが、ちょっとこの暑さは今までに無く暑い日々ですね。

当事務所で、この暑さをまぎらしてくれるというか、忘れさせてくれるのが、今事務所の受付カウンターで咲くカサブランカです。

依頼者の方がご自宅に庭で栽培されているカサブランカを2週間ほど前に一度届けて頂き、そのカサブランカの花が散った直後に再度現在のカサブランカを届けていただきました。薄いピンク色のほうの名前は不明です。

 

朝、汗をかいて出勤してきた時、外周りから戻ったときに、涼しい部屋に入ってホッとすると同時にカサブランカの香りと花が暑さを忘れさせてくれ、気分転換させてくれます。

更につぼみが、開いた時も気分を切り替えさせてくれます。

冷房や扇風機等で涼をえるのは最も効果的でしょうが、カサブランカの花の香りや開花の喜びの様にエネルギー消費が無く、暑さをしのぐ方法も有りかなと思います。

我が家では、ありきたりですが窓際に風鈴やメダカと金魚の水槽を備えて、音色や泳ぐ姿が暑さを和らげてくれます。

是非皆さんも、ちょっと暑さを紛らわせてくれる、気分転換のできるものを見つけて、この暑さをしのぎましょう!

2018年

7月

13日

大学の株式会社化について(前編) ☆ あさもりのりひこ No.559 

一国の科学研究のアクティヴィティの高さの最もわかりやすい指標である「人口当たり論文数」は2015年に世界37位(すなわち先進国中最低)をマークした。

 

 

2018年7月7日の内田樹さんの論考「大学の株式会社化について(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

科学技術白書がようやく日本の学術的発信力の低下を認めた。

それについて『サンデー毎日』に所見を寄稿した。もう2週間前なので、採録。

 

先日発表された科学技術白書がようやく「わが国の国際的な地位の趨勢は低下していると言わざるを得ない」ことを認めた。

「引用回数の多い論文の国際比較で日本は10年前の4位から9位に転落した。論文数も減って2位から4位になったが、4倍に増えた中国はじめ主要国は軒並み増加している。」(毎日新聞、6月14日)

各国の政府の科学技術関係予算の伸び具合を00年と比べると、中国が13.48倍(2016年)、韓国が5.1倍(同)、日本は1.15倍(2018年)。博士課程への進学者はピークの03年度を100とすると2016年度は83。海外派遣研究者の数も00年を100とすると2015年度で57にまで減った。注目度の高い研究分野への参画度合い(14年)では、米国91%、英国63%、ドイツ55%に対し、日本は32%。科学研究の全分野で壊滅的な劣化が進行している。

しかし、白書は遅きに失した。

日本の学術的発信力の低下が指摘され始めたのは2002年のことである。一国の科学研究のアクティヴィティの高さの最もわかりやすい指標である「人口当たり論文数」は2015年に世界37位(すなわち先進国中最低)をマークした。高等教育機関への公的研究資金の投入と論文数生産は相関するが、日本はこの対GDP公的支出ランキングでここ数年、先進国最下位を定位置としてキープしている(一度ハンガリーに「負けた」が、翌年すぐにめでたく最下位に復帰した)。

日本の学術論文の80%は高等教育機関が生産しており、そのさらに60%は国公立大学が生産している。国公立大学からの論文生産の停滞が日本の学術研究の停滞を招いていることは久しく指摘され続けていた。特に2004年の独立行政法人化以後の国立大学の学術的生産力の劣化が顕著である。

先日京都大学の山極壽一総長が「法人化は失敗だった」と断言して、話題を呼んだ。法人化以後、研究費と研究者数と研究時間が減らされているのだから、それで研究成果が上昇したら奇跡である。まことに愚かなことをしたものである。

国立大学の独立行政法人化は21世紀の初め頃から日本社会を覆い尽くした怒涛のような「株式会社化」趨勢の中で決定された。

「株式会社化」というのは、「すべての社会制度の中で株式会社が最も効率的な組織であるので、あらゆる社会制度は株式会社に準拠して制度改革されねばならない」というどこから出て来たか知れない怪しげな「信憑」のことである。いかなる統計的エビデンスも実証データもないままに、その頃羽振りのよかった新自由主義者たちが教育・医療・行政・・・あらゆる分野で「改革」を断行せねばならじと獅子吼したのである。

彼らの考える「株式会社化」はおおよそ次のような原理に基づいている。

(1)トップに全権を集約して、トップが独断専行する(上意下達)。

(2)トップの下す経営判断の適否は、組織内の民主的討議によって「事前」に査定されるのではなく、マーケットに選好されるかどうかで「事後」に評価される(市場原理主義)。

(3)組織のメンバーではトップの示すアジェンダに同意するものが選択的に重用され、トップの方針に非協力的なものはキャリアパスから排除される。公共的資源もこの「トップのお気に入り度」に基づいて傾斜配分される。(イエスマンシップと縁故主義)。

上意下達・市場原理主義・イエスマンシップ・縁故主義・・・と並べると、「今の日本の組織って、全部そうじゃないか・・・」と深く頷かれることと思うが、この四つが21世紀日本社会を覆い尽くした「株式会社化」運動の基本綱領である。

営利企業が株式会社という形態を選択することに別に異論はない。好きにされればよい。けれども、医療や教育や行政のような「社会的共通資本」を株式会社に準拠して改革されては困る。それらの制度は営利目的で設立されたものではないからである。

「社会的共通資本」とは「それなしでは人間が集団として生きてゆくことのできない制度」のことであり、専門家によって、専門的知見に基づいて、定常的に管理運営されるべきものである。収益を上げたり、株主への配当金を増やしたり、あるいは特定の政治イデオロギーを宣布するために存在するわけではない。そのことをまったく理解していない人が少なくない(どころではない)。だから、同じことを何度も言わねばならない。

前に地方自治のありようを見て、「民間ではありえない」と言って罵倒した政治家がいた。彼が「民間ではありえない」と言ったのは、行政が「株式会社のように運営されていない」ということだった。だが、少し考えればわかることだが、地方自治は決められた行政サービスを安定的・恒常的に供給するためにあるわけで、売り上げを増やしたり、存在しないニーズを創り出したり、納期に合わせて仕様を変えたりする必要がないし、何よりも政策の当否が「マーケット」の評価で事後的に決まるのを待つということをしない。事前に熟議して、さまざまなリスクを全部書き出して、それぞれについて対策を講じておいて、その上で「まあ、これなら大丈夫」だという政策をそろそろと実施するのが、地方自治であれ、医療であれ、教育であれ、そういう制度を管理する上での要諦である。当たり前である。「止まってしまったら、それでおしまい」なんだから。

「社運を賭けて起死回生の大バクチを打つ」ということは株式会社であればいくらでもおやりになればいい。失敗したって倒産して、株券が紙くずになるだけである。けれども、行政や医療や教育でそんなことをされては困る。取返しがつかない。水道が出なくなったとか、交通網が途絶したとか、病院が閉鎖されて医療機会がなくなったとか、学校が廃校になって子どもたちが行き場を失ったとかいうことと、市場である商品が流通しなくなるというのはまるでレベルの違う話である(ある商品がなくなってもあっというまに代替商品が市場を席捲するだけのことである)。

 

そんな簡単なことさえ理解できない人たちが「人間が集団として生きてゆくためにほんとうに必須のもの」と「(あってもなくてもよい)商品」を混同して、商品の開発・製造・流通と同じ要領で社会的共通資本も管理できると思い込んだ。そのせいで、今の日本は「こんなざま」になってしまったのである。

2018年

7月

12日

奈良マラソン2018まで150日 ☆ あさもりのりひこ No.558

6月24日(日)は月に一度の「奈良フードシェッド」の日である。

ロング走はお休み。

 

71日(日)、奈良マラソンのコースを試走する。

午前9時に鴻池陸上競技場をスタート。

気温はすでに30℃を超えている。

できるだけ日陰を走る。

水分をこまめに摂る。

白川ダムを上っていくときに、スタミナを消耗しているのを感じる。

白川ダムのトイレで折り返そうかと思った。

しかし、白川ダムを下って、天理市内に入る最初の交差点まで走って、水を買う。

折り返して、白川ダムまで来たところで走れなくなった。

山村町まで歩く。

4時間14分。

山村町からバスに乗った。

試走は、涼しくなるまで「おあずけ」だな。

 

7月3日(火)夜、行きつけの接骨院で診てもらうと、骨盤がカチカチに硬くなっている、とのこと。

日曜日に走れなくなった原因は、気温ではなく、骨盤のカチカチにあったようだ。

 

7月8日(日)、キトラ古墳から栢森を走る。

午前8時から走り始めたが、すでに暑い。

気温が高いので水分をマメに補給する。

高松塚古墳からキトラ古墳を通って、壺阪寺に向かう道路との三叉路で折り返す。

ここまでは順調である。

キトラ古墳に戻って、稲渕へ抜ける激坂をのぼる。

激坂は、途中で一旦平坦になって、もう一度のぼりがある。

登り切って、稲渕への坂を下る。

下りきってから、短い上りがあって、稲渕の棚田を見渡す場所になる。

この短い上りを登り切ったところで、疲労を感じた。

ここが我慢のしどころだ、と考えて、栢森まで走る。

栢森のバス停で折り返す。

稲渕からキトラへの坂を上って下る。

高松塚古墳を抜けるころには、だいぶ速度が落ちていた。

あと1キロくらいのところで、左ふくらはぎが攣りそうになる。

やむをえず歩く。

24.4キロ、3時間29分15秒。

 

暑さがこたえた。

2018年

7月

11日

家庭科について ☆ あさもりのりひこ No.557

家事というのは、本質的には、他人の身体を配慮する技術なのだと思う。清潔な部屋の、乾いた布団に寝かせ、着心地のよい服を着せて、栄養のある美味しい食事を食べさせる。どれも他者の身体が経験する生理的な快適さを想像的に先取りする能力を要求する。具体的な技術以上に、その想像力がたいせつなのかも知れない。

 

 

2018年7月7日の内田樹さんの論考「家庭科について」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

77日に日本家庭科教育学会というところで「家庭科のたいせつさ」についての講演とシンポジウムに出るはずだったけれど、大雨のせいで交通が乱れたので、学会にゆくのを諦めた。

こんな話をする予定だったので、抄録だけ。

 

僕が家庭科がだいじだと思ったわけ

子どもが6歳のときから18歳の時まで父子家庭だった。その間にはよく家事をした。

父子家庭という大義名分があったので、日々エプロンをして楽しく働いた。でも、そのうち、娘が家を出て、一人暮らしになったら、ぱたりと家事を止めてしまった。手の込んだ料理も作らないし、縫物をすることも間遠になった。

能を稽古しているので、紋付の半襟を縫い付けるくらいのことはたまにやるけれど、どうせ自分の着物だと思っているせいで仕事がぞんざいになる。とても娘の体操着に名札を縫い付けた時の集中力には及ばない。

私は家事仕事が好きだし、けっこう得意だけれど、いつでも時間を忘れて熱中できるというわけではない。「誰かに尽くす」とか「誰かを守る」というマインドセットにならないとこういう仕事にはうまく集中できないのかも知れない。自分のためだけだと今ひとつやる気にならない。

友人に父親の介護をしている時、料理が好きになった男がいる。それまで料理なんかほとんど作ったことがなかったのだけれど、父がなぜか彼の作る料理を「美味しい美味しい」といって食べてくれるのでうれしくなって、料理本を買い、毎日新しい料理に挑戦しているうちに、すっかり料理好きになってしまった。包丁や鍋釜も各種調えた。でも、父親が亡くなったとたんに料理を作る意欲がぱたりとなくなってしまったそうである。自分自身のためには凝った料理を作る気がしないのだと言っていた。その気持ちはよくわかる。

家事というのは、本質的には、他人の身体を配慮する技術なのだと思う。清潔な部屋の、乾いた布団に寝かせ、着心地のよい服を着せて、栄養のある美味しい食事を食べさせる。どれも他者の身体が経験する生理的な快適さを想像的に先取りする能力を要求する。具体的な技術以上に、その想像力がたいせつなのかも知れない。

私はいま武道を教えて生計を立てているが、武道の要諦も「他人の身体の内部で起きていること」へ感覚の触手を伸ばすことに存する。そういう能力は他者との共生のためには必須のものだと私は思うのだが、家庭科も武道も現在の学校教育では基礎科目とはみなされていない。

 

たぶん他者との共生には特別の技術など要らない、有限の資源を奪い合うラットレースの競争相手の心身の状態など配慮するに及ばない思っている人たちが教育制度を設計しているからだろう。

2018年

7月

10日

大雨

みなさん こんにちわ。

本日は事務局担当日です。

 

昨日、関西は梅雨があけ、夏本番に入りましたね。

昨日の帰り道、少し雨が降ったのですが、

お寺の塀にかたつむりが5匹、大きなつのをだして

雨を楽しんでいるようでした。

そばには大きなあじさいもあり、とってもステキな風景でした。

 

先週末の大雨の被害を報道でみるにつけ、胸が痛み

何ができるわけでもなく、ため息しかでませんが、少しそんな風景に癒やされました。

私の家の付近でも、ときおり弱まったかと思うとバケツをひっくり返したような雨がずっと続きました。

近くに小さな川があって、何年か前の大雨で水があふれて川沿いのお宅に浸水したこともありましたので、

うちは川より少し高いところにあるので、家の浸水の心配はありませんが、

川沿いの道が通れなくなったら買い物にも行けないのでとても不安でした。

 

結局、金曜・土曜とまるまる二日間大雨警報が解除されず、

テレビからは気象情報を告げる音がひっきりなしに聞こえ、

携帯も防災アラームがひっきりなしに鳴り、

こんなことは今までなかったので、どうなることかととても不安な日を過ごしました。

私でさえ、こんなに不安だったのに、被災された方はどれだけ怖かったでしょうか・・・。

 

一方で、事務所がある橿原付近ではそこまでの雨は降っていなかったようで、同じ県内でもだいぶ風景が違っていたようですね。

「うちは大丈夫と思ってた」と避難されずに救助された方がインタビューでおっしゃっていました。

 

うちの自宅付近は、避難勧告は出ていませんでしたが、

同じ市内でも大きな川沿いの地域では、一部で避難勧告が出ていました。

私も怖いながらも、まぁ、うちは大丈夫でしょう、と思っていました。

多分、避難勧告がでても、「まぁ、まだ勧告だし」と思っていたと思います。

 

ニュースでも言っていましたが、アナウンサーがテレビで「避難して下さい」と言うより、知っている方からの声かけは避難行動のきっかけとしてとても有効だそうです。

 

あとから「ちょっと怯えすぎじゃない?」と笑われるようなことになってもいいから

率先して声かけできるようになりたいと思いました。

2018年

7月

09日

敗北主義について ☆ あさもりのりひこ No.556 

「行き着くところまで行く」というのは、言い換えると「このままの方向に進むととんでもないことになるということがわかっていても、手をつかねて何もしない」ということである。「最悪の事態が到来するまで何もしない」というのは日本人の宿痾である。

 

 

2018年7月7日の内田樹さんの論考「敗北主義について」を紹介する。

どおぞ。

 

 

ある地方紙に月一でエッセイを書いている。これは5月に書いたもの。

 

日替わりで行政の不祥事が報道されているので、この記事が新聞に出る頃に日本の政局がどうなっているのか皆目見当もつかない。だが、どちらに転ぼうとも「行き着くところまで行く」という流れに変わりはないだろう。

「行き着くところまで行く」というのは、言い換えると「このままの方向に進むととんでもないことになるということがわかっていても、手をつかねて何もしない」ということである。「最悪の事態が到来するまで何もしない」というのは日本人の宿痾である。

組織的危機の到来を警告する人間は日本社会では嫌われる。

事故を起こした原発でも、コンプライアンス違反や法令違反を犯した企業でも、「こんなことを続けていると、いつかたいへんなことになる」ということを現場の人間は知っていたはずである。自分たちがやるべき手順を抜かし、守るべきルールを守らず、定められた仕様に違反していたことは現場にいる人間は知っている。知らないはずがない。でも、それを上司に伝えると「嫌な顔」をされた。ここでそれを指摘すれば、経営陣はこれまでそれを放置してきたことの責任を問われる。壊れたシステムの補正のためにはそれなりのリソースを割かねばならない。仕事が増えるし、利益が減るし、外に漏れれば会社の評判に傷がつく。だったら「見なかったこと」にして、先送りした方がいい。人々はそう考えた。

いずれ「たいへんなこと」が起きるだろうが、その時には自分たちはもう満額の退職金を手に退職した後である。短期的に自己利益の多寡だけを見れば「見なかったこと」にする方がたしかに賢い生き方である。現に、「今すぐ非を認めて補正した方がよい」と諫言する人たちは嫌われ、排除され、「全く問題はありません」と言い募る人々が出世を遂げていった。

でも、そうやって、ある日気がついてみると、どれほど危機的な事態に遭遇しても、何もしないで先送りして、ますます事態を悪化させることに長けた人々ばかりで日本社会の指導層が占められるようになった。それが現状である。

「最悪の事態が到来するまで何もしない」というのは、日本の組織に限って言えば、実はそれなりに合理的な解である。そのことは残念ながら認めなければならない。

というのは、日本人は「最悪の事態」について考えると、とたんに思考停止して、絶望に陥り、使い物にならなくなるからである。

ほんとうにそうなのだ。

人口減少についてのデータに基づいて「これから経済成長を望むのは不可能だ」と書いたらたくさんの人に叱られた。「そういう衰亡宿命論を口にするな」「国民を悲観的にさせるな」と言うのである。

別に私は衰亡宿命論を語っているわけではない。私を個人的に知っている人はご存じのとおり、気質的にはたいへん楽観的な人間である。だから、人口が減り、超高齢化した日本でも、それなりに愉快で豊かな生活はできるはずだから、その手立てについてみんなで知恵を出し合おうではないかと申し上げているのである。

なのに「そういう話はするな」と言われる。それよりは原発再稼働とか五輪万博招致とかリニア新幹線とかカジノとか、そういう「景気のいい話」をしろ、と。

そういう話をしたい人はすればいいと思う。

でも、そういうのが全部失敗した後の「プランB」について私が考えても誰の迷惑にもなるまい。

だが、日本人は「今のプランAが失敗した場合のプランBを用意する」ことを「敗北主義」と呼ぶ。そして「敗北主義が敗北を呼び込む。景気の悪い話をする人間が景気を悪くするのだ。この後日本が経済成長しなかったら、それはお前の責任だ」とまで言う。

 

なるほど、悲観的になると思考能力が低下するという真理は夫子ご自身のそのご発言からあからさまに知れるのである。

2018年

7月

05日

ボクシングと減量 ☆ あさもりのりひこ No.555

2018年4月15日、WBC世界フライ級タイトルマッチが行われた。

チャンピオン比嘉大悟は、前日の計量で、フライ級のリミット50.8キロを900グラムオーバーして、王座を剥奪された。

 

2018年5月25日、WBA世界バンタム級タイトルマッチが行われた。

挑戦者井上尚弥が、チャンピオンのジェイミー・マクドネルを1ラウンド1分52秒でTKOして、3階級制覇を成し遂げた。

バンタム級のリミットは53.5キロ。

マクドネル、井上ともに前日の計量はクリアした。

当日の計量で、マクドネルは12キロ、井上は6キロ増えていた。

前日の正式計量のあとで、水分と食べ物を摂るために体重が増える。

しかし、12キロというのは極端である。

 

ちばてつやの漫画「あしたのジョー」(1967年~1973年)でも過酷な減量が描かれている。

主人公の矢吹丈は、バンタム級のボクサーである。

ボクサーは、成長して、筋肉が付いてくると減量が苦しくなる。

矢吹丈も体重が落ちなくなって、最後の何百グラムかを落とすのに苦しむ。

矢吹丈は、最後の手段として、下剤を飲んで、トイレだかシャワールームだかで糞尿を垂れ流して倒れている姿が描かれている。

 

矢吹丈のライバルである力石徹は、普段はウエルター級の体重がある身体を絞ってライト級で闘っている。

力石徹は、矢吹丈と闘うために、ライト級からフェザー級を通り越してバンタム級まで体重を落とす。

その減量の描写が凄まじい。

水を飲みたくなることを見越して、力石徹は、自ら水道の蛇口を針金で縛る。

夜、飢えと渇きに半狂乱になった力石徹が、水道の水を飲もうとして、蛇口が縛ってあるので暴れるシーンがある。

また、力石徹が、1日分の食事としてリンゴ1個を貪り喰う場面も印象に残っている。

 

プロボクシングの世界で、ボクサーの減量は過酷である。

それは、今も昔も変わらない。

 

 

2018年

7月

03日

お疲れ様でした@事務局より

 

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

さて、今朝は・・・いつもより早起きした方も多いのではないでしょうか?

 

私も、W杯ベルギー戦の観戦のため今朝は早起きしました。

さすがに3時には起きられませんでしたが、

4時前に起きて、後半から観戦していました。

 

正直、対戦相手は世界ランク3位です。

大丈夫かなぁと心配しながら見ていたんですが、原口選手、乾選手の活躍で、

一気に2-0!

 

テレビからも、そして隣の部屋からの歓声も聞こえてきます(笑)

 

なんだかちょっと勝利も見えてきた?!と期待しつつ、

でももう1点ぐらい入れておかないと残り時間もまだまだあるし怖いぞと、

ハラハラしながら見ていました。

 

そんな不安も的中してしまい、ベルギーチームの選手交代後、

あっという間に同点に。

(あの背の高さはずるい!!)

 

そして、結果は、最後の最後での逆転負け・・・。

思わず、私も、隣の部屋の方も、

あぁっっーーーー」と声が出ていました(苦笑)

 

う~ん、やっぱり、世界の壁は高かった、のでしょうか。

でも、勝利をすぐそこまで掴めていただけに、本っ当――に惜しかった!!(>_<)

 

試合終了のホイッスルが鳴り響いた後、崩れ落ちている選手や、

悔し涙をこぼす選手たちの姿を見て私も少し泣いてしまいました。

 

でも、当初の下馬評を覆す頑張りで大健闘でしたよね。

本当にお疲れ様でした。

勝利したベルギーチームには、次のブラジル戦、日本の分まで是非とも頑張ってもらいたいです!

 

今回のW杯では、サムライジャパンの健闘だけでなく、日本のサポーターが試合後に行うゴミ拾いについても各国で話題になっていました。

ネットやニュースで広がり、コロンビアやセネガル、その他の国のサポーターの方々もゴミ拾いの輪が広がっているようです。

 

試合は敗退したものの、日本のサポーターから広がった素敵な活動の輪なので、消えないよう繋げていって欲しいですね!

 

2018年

6月

28日

風邪の効用2 ☆ あさもりのりひこ No.554

6月20日(水)、1日目。

午後から喉が「いがらっぽく」なる。

身体に風邪が入ったな、とわかる。

風邪薬は飲まない。

食べ物は普通に喰える。

夜も眠れた。

 

6月21日(木)、2日目。

喉は「いがらっぽい」。

風邪をやり過ごす体力を温存するために、早朝の筋トレを休んで、体幹トレーニングと柔軟運動をする。

ときおり「板藍のどあめ」を舐める。

夜、鼻が詰まって、寝付きにくい。

 

6月22日(金)、3日目。

喉の「いがいが」はマシになった。

鼻水とくしゃみが出だした。

やはり、夜、鼻が詰まって、寝付きにくい。

 

6月23日(土)、4日目。

喉は、ほとんど「いがらっぽく」ない。

鼻水とくしゃみは、酷くはならないが、まだ出る。

 

6月24日(日)、5日目。

くしゃみが残っている。

ときたま、咳が出る。

 

6月25日(月)、6日目。

くしゃみと咳がたまに出るくらいになった。

早朝、筋トレができるくらいまで体力は回復した。

 

6月26日(火)、7日目。

早朝、筋トレをする。

風邪は通り過ぎた。

風邪薬は飲まなかった。

今回は発熱しなかったので、回復が早かった。

 

風邪が治ると少し体力が向上する。

 

サイヤ人のように。

2018年

6月

26日

吉野郡下市町で獲れる「さくらんぼ(桜んぼ)」

右から二つが辰誠園(しんせいえん)の桜んぼ
右から二つが辰誠園(しんせいえん)の桜んぼ

本日は、事務局の担当日です。

今日は、私がお薦めする旬のフルーツの紹介です。

そのフルーツは、写真のとおり「さくらんぼ」です。

写真で三つ並んでいていますが、左端が自宅近隣のスーパーで購入した山形産のさくらんぼで品種は判りませんが、多分「佐藤錦」と思われます。

 

真ん中が吉野郡下市町産の「佐藤錦」、右端が吉野郡下市町産の「紅秀峰」と言う品種です。

 

届いた箱には、「吉野の桜んぼ」とシールが貼られていたので、吉野郡下市町産は「桜んぼ」と言いたいと思います。

 

私の写真の撮り方が上手ではないので、わかりにくいですが、まず、山形産のさくらんぼにくらべて、吉野郡下市町産のさくらんぼは、一回り大きく、よって口に入れて、まず実感するのが、果肉の厚みです。

 

次に、山形産のさくらんぼは、口の中で最初に酸味を感じますが、「桜んぼ」は、甘味が先に感じ、後で酸味を感じるように思います。

 

聞くところによると、完熟で収穫して、発送されるからだそうです。

 

残念ながら、店頭に並ぶほどたくさん収穫が無く、下市町へのふるさとの納税での景品や直接下市町の「辰誠園(しんせいえん)」さんへ収穫時期前に注文しておいて、収穫できれば送ってもらえるという方法しか無いようです。

 

「佐藤錦」の今年の収穫は終わり、「紅秀峰」は来月初旬くらいまでの収穫らしいです。

「桜んぼ」を食べたことのない方は、是非、一度口にして欲しいお薦めフルーツです。

2018年

6月

22日

カジノについて ☆ あさもりのりひこ No.553

「目先の銭金」と「先行きの懸念」ではためらわず「先のことは考えずに、目先の銭金を取る」というのが当今の官民あげての風儀である。

 

2018年6月14日の内田樹さんの論考「カジノについて」を紹介する。

どおぞ。

 

 

ある地方紙に月一でエッセイを連載している。ふつうの人の目に留まらない記事なので、ブログに採録。

 

カジノ法案がもうすぐ採択されそうである。賛成派は観光客の増加、雇用の増大などの経済効果を語り、反対派は依存症対策の遅れや治安悪化の不安を語っている。とりあえず、カジノ誘致が決まれば、地元のゼネコンは当座の大きな仕事が発生するし、関連する業界もすぐに日銭が入ってくるので大歓迎だろう。依存症患者が出てきて社会問題になるにしても、治安が悪化するにしても、何年か先の話だ。「目先の銭金」と「先行きの懸念」ではためらわず「先のことは考えずに、目先の銭金を取る」というのが当今の官民あげての風儀である。衆寡敵せず、カジノは反対派を蹴散らしてめでたく建設されることになるだろう。

けれども、それでもいくつもの疑問には答えがないままである。第一の懸念材料は人々が期待するほどカジノは儲からないのではないかというカジノ専門家たちからの意見である。

カジノはすでに世界的に競争が激化しており、なんとか帳尻が合っているのはラスヴェガスとシンガポールくらいだと言う。ニュージャージー州アトランティックシティは東海岸最大の賭博都市であるが、カジノの収益はここ10年減少し続け、2014年には、2006年当時の5分の1にまで減益し、4つのホテルが閉鎖、12あったカジノのうち5つが閉鎖という。気になるのは、アトランティックシティではカジノの衰退に先んじて街そのものがさびれたことである。カジノ客を当て込んだが、街は早々と「シャッター商店街化」した。それも当然で、「博打を打ちに来る客をいかにしてカジノホテルの外に出さないか」こそがカジノ商売の骨法だからである。

この客をカジノホテルの外に出さないためのサービスのことを「コンプサービス(complimentary service、原義は「無料、優待、お愛想」)」という。

カジノでばんばん金を使うと、ホテル宿泊料やレストランでの飲食やショーの入場料が無料になったり割引になったりすることである。上客たちはVIPラウンジに招じ入れられ、チェックインカウンターやレストランでの優先待遇を受ける。客たちはそのサービスの質を基準にカジノを選ぶ。

今回の法案審議の過程で、「日本のカジノはどのようなコンプサービスで他国のカジノに勝てるのか」といった話題を私はついに一度も聞いた覚えがなかった。聞いたのはカジノの入場料が6000円なのは高いのか安いのかとか、地下鉄を延伸するとカジノに来やすいとかいう話だけである。千円札を握りしめて、地下鉄でカジノに来るような客を主たるクライアントに想定してしているのだとしたら、申し訳ないが、それはカジノではなく「大きなパチンコ屋」である。そんな「ビンボくさいカジノ」には外洋クルーザーや自家用ジェットで乗り付けて、一晩に何億も使う上客が来るはずがないと私は思うが、そういう懸念は賛成派の方々の脳裏には去来しなかったらしい。

あまり口にされないもう一つの懸念は、昔から「賭場の仕切りをするのは博徒」というルールがあることである。ラスヴェガスを創ったのはラッキー・ルチアーノの身内であったベンジャミン・“バグジー”・シーゲルである(『ゴッドファーザー』でマイケルの差し向けた刺客によって眼を撃ち抜かれたモー・グリーンのモデルである)。今のラスヴェガスはマフィアの手を離れて、合法ビジネスになっているそうだが、物資も人手も足りなかったはずの大戦のさなかに砂漠の真ん中に蜃気楼のような賭博都市を作り上げたプロジェクトの金主がニューヨーク・マフィアだったという歴史的事実は忘れてはならない。

 

大阪のカジノはラスヴェガスのカジノ会社が仕切るらしい。アメリカの侵攻に対して地元の「本職」の方々はどう対応するつもりなのであろうか。山口組の分裂・弱体化とカジノ構想の進捗の間には何らかの関係があるのだろうか。なんだかありそうな気がするのだが、その辺のことについてはどんなメディアも一行も報じてくれない。

2018年

6月

21日

奈良マラソン2018まで171日 ☆ あさもりのりひこ No.552

5月27日(日)はロング走を休んだ。

JR奈良駅前で「奈良フードシェッド」に行ったためである。

ただし、週末から、スジを痛めていたせいもある。

最初、左の太腿の付け根の裏側が張った。

つぎに、背中と腰の境界辺りが張るようになった。

その後、右腰の横の尻の上が張って痛み出した。

さらに、左腰の横の尻の上も張った。

最後に、右腰の横の尻の上の張りが残った。

おかげで、1週間トレーニングができなかった。

 

6月3日(日)朝、キトラ古墳から稲渕を14.7㎞走る。

いい天気だ。

日差しが強くなってきたが、体力を消耗するほどではない。

田に水が引かれ、田植えが始まっている。

道路脇の水路に水が勢いよく流れている。

キトラ古墳から稲渕に抜ける激坂は久しぶりである。

右腰の横の尻の上に張りが残っているが、走るのに支障はなかった。

タイムは1時間56分37秒。

 

6月6日(水)、奈良マラソンの奈良県民枠2000人のエントリーがRUNNETである。

午後8時受付開始と同時にボタンをクリックする。

待つこと5分、RUNNETにつながった。

と思いきや、「6か月間パスワードが更新されていません」という表示が出る。

ええい、こんなときに!!!

怒りに震えながら『今は更新しない』をクリックすると、また待ち受け画面になる。

しばらくして、やっとRUNNETにつながる。

サクサクと項目をクリックして行く。

予想タイムとフルマラソンのベストタイムの数字を2桁打ってエラーが出る。

あわてて1桁に打ち直す(これで時間をロスした)。

3つめの画面の項目も打ち終わって、最後のボタンをクリックしようとした。

まさにその瞬間、画面が真っ白になって「定員に達したため受付を終了します」という表示が出た。

そげな~(ToT)

あと3秒だったのに・・・

ああ無情。

 

6月9日(土)午後、キトラ古墳から栢森まで24.4キロを走る。

帰りに稲渕からキトラに抜ける坂を登り切ったところでスタミナを使い果たしてしまった。

あとはヨチヨチ走りになって、3時間39分32秒でフィニッシュ。

ベストタイムより30分以上遅かった。

 

6月13日(水)、奈良マラソンの一般枠9000人のエントリーがRUNNETである。

午後8時受付開始と同時にボタンをクリックする。

待つこと10分、RUNNETにつながった。

はやい!

サクサクと打ち進んで登録完了!

よかった!!

 

「レースはエントリーから始まる」

 

朝守が懇意にお付き合いさせていただいている奈良県でも屈指の女性トレイルランナーのお言葉である。

 

6月17日(日)、奈良マラソンのコースを試走する。

鴻池陸上競技場をスタート。

国道を南下して、窪之庄南で左折。

10キロを1時間10分で通過。

いつものペースである。

しかし、いつもより疲労を感じる。

白川ダムを上って、下って、最初の信号で折り返す。

復りの上りで脚が止まった。

山村町まで歩いた。

20キロを3時間30分かかった。

「かきうち菜果園」でトマトとスモモを買う。

山村町のバス停でバスに乗って、近鉄奈良駅で降りる。

近鉄奈良駅から鴻池陸上競技場までトマトとスモモを持って歩く。

途中「Somi Sweets」に寄って『レモン&ジンジャー』を飲む。

 

暑くなる前に、もう一度、奈良マラソンのコース30キロを試走したい。

2018年

6月

20日

韓国のネットメディアからのインダビュー ☆ あさもりのりひこ No.551

安倍政権を支持しているコアな層(日本の有権の30%強)は別に合理的根拠に基づいて政権を支持しているわけではではありません。

 

 

2018年6月7日の内田樹さんの論考「韓国のネットメディアからのインダビュー」を紹介する。

どおぞ。

 

 

5月の中頃に韓国の「ニューストップ」というネットメディアからメールで取材があった。

なかなか答えにくい質問だったけれど、とにかくこんなふうにお答えした。月末に返信したので、今日あたり韓国内で配信されたのではないかと思う。

南北対話、米朝対話の進行と安倍政権の動きについてのお訊ねであった。

 

(1)最近の南北首脳会談の板門店宣言で、これまで外部(具体的には北朝鮮)の脅威から日本を守るために、「日本を取り戻す」(戦後レジームからの脱却 = 普通国家化、憲法9条改悪)という安倍総理のプロパガンダも国民に受け入れられにくくなるものと考えられますが、いかがでしょうか。

 

北朝鮮の脅威を根拠に、改憲や軍事力増強を正当化してきた安倍政権のプロパガンダそのものはこれで説得力を失います。しかし、安倍政権を支持しているコアな層(日本の有権の30%強)は別に合理的根拠に基づいて政権を支持しているわけではではありません。

ですから、北朝鮮の「危機」なるものがいくぶんか解消されたとしても、彼らは改憲や軍事力増強が必要であることの根拠はまた別のところから探してくると思います。例えば、中国の東シナ海への領土的野心とか、アメリカの東アジアでのプレゼンスの低下による地政学的なエアポケットの発生とか、あるいは南北統一後に登場する朝鮮半島の新たな政体の対日軍事圧力の強化とか・・・いくらでもそれらしい理由を思いつくはずです。

 

(2)日本の極右政治勢力などは自らの思想的ルーツが国体論、つまり個人主義と民主主義を排撃し、天皇中心の調和を強調する政治イデオロギーに基づいているように振る舞ってきました。 しかし、私が見ますとその真実性が疑わしいのですが、先生の見解はいかがでしょうか。

 

伝統的に日本の極右は「天皇主義」を掲げていますが、明治以来現在に至るまで、日本の極右は自分たちの当面の政治的目的達成のために、そのつど天皇制を功利的に利用してきたに過ぎません。天皇の威を借りて私利私欲を満たそうとする人々を「天皇主義者」と呼ぶことに私は同意しません。

また日本の極右は「外国軍軍隊が半永久的に国内に駐留していることに一切異議を唱えない」世界でも例外的な「ナショナリスト」ですが、そんな奇妙なことが可能なのは、日本の極右は、天皇のさらに上位にアメリカがいることを知っており、このアメリカという「日本の真の支配者」に忠誠を誓っているからです。

ですから、日本の極右はあくまで「属国・衛星国の極右」であって、その忠誠の対象は「自国の天皇」でも、「自国の政治勢力」でもなく、「その上にあるもの」です。

そのような意味において、彼らを、その語の厳密な意味で、「ナショナリスト」とか「天皇主義者」と呼ぶことはできないと私は思っています。これに似た政治的存在を探すならば、かつてのナチス支配下のヨーロッパ諸国における「対独協力者」たちや、ソ連支配下の東欧諸国における「共産主義者」がそれに近いと言えるでしょう。

 

(3)これはかつて岸信介などが米国から自由世界の指導者として認めてもらうため、強い反共イデオロギーを掲げたことと関連していると思います。 民主主義について同意するかどうかに関係なく、ひとまず米国中心とした「自由世界」の論理、つまり強力な反共主義に基づいていると思いますが、先生の見解を聞かせて下さい。

 

彼らのアメリカへの忠誠は「反共主義」といえるほどイデオロギー的なものではないと思います。むしろこれは73年にわたって対米従属を続けてきたことの結果だと私は見ています。

強大な政治的パワーに従属し、その指示に従い、その保護を受けることを通じて、それにたいする「ごほうび」として強大な権力者に自己利益を確保してもらう、そういう従属的な生き方が深く内面化してしまった人たちがいます。そして、日本では、彼らが政官財メディアの指導層を占めている。

彼らは反共主義にも、民主主義にも、自由世界にも、そういう理念やイデオロギーには特段の関心はないと思います。たまたま今は「宗主国」であるアメリカがそのような大義名分を掲げている国家なので、それに対して親和的にふるまっている。それだけのことです。彼らはアメリカの属国ではなくソ連の属国に生まれたら、立身出世のためには共産主義や一党独裁を熱狂的に支持してみせるでしょう。そういうタイプの人間たちです。

 

(4)最近、欧米諸国でも右翼政治勢力が大衆的支持を得て、一国主義を平気で主張している人達が増えて来ています。 先程の質問と同様に、彼らが考えていることは自分たちの政治的利益だけで、公共的目的とは無関係だと思いますが、いかがでしょうか。

 

長期的に考えれば、一国主義や排外主義が支配する非寛容で閉鎖的な社会はいずれは生命力を失い、国運そのものも衰微してゆくことになります。けれども、短期的には「この社会がこんなにうまくゆかないのは誰のせいか?」という他責的な問いですべての問題が解決できる(ような気がする)。これはずいぶん気楽なことです。その目先の安心を求めて、長期的な国のあり方について考えることを停止した人たちが、世界のどこでも多数派を占めつつある。そういうことだと思います。

 

(5)朝鮮半島の和解ムードの造成による変化によって、安倍総理は韓国の結果に便乗する対北朝鮮政策で政治的な勝負に出ようとしています。拉致問題と日朝国交正常化がそれだと予想していますが、彼は今までそれに関して何の努力もしていないと思いますが、 先生のご意見を聞かせて下さい。

 

ご指摘の通り、安倍首相は半島の政治的難問の解決のためにこれまで何一つ貢献してきておりません。ですから、彼が何らかの「政治的勝負」に出ようとしても、近隣諸国は彼を重要な外交的なプレイヤーとして処遇することはないでしょう。

ただ、支持率が低下して政治生命の危機を迎えた安倍首相に外交的得点を与えるという「餌」で釣って、拉致問題や国交正常化で北朝鮮が日本に譲歩する「ふりをする」ことはおおいにあり得ます。それと引き換えに制裁の解除や経済支援などを引き出そうとする。今の日本政府だとその「餌」にとびついて北朝鮮にいいようにされる可能性は否定できません。

 

(6)私は日本はもちろん、北東アジアの民族主義ということについて懐疑的です。 近代の民族国家を構成する理念としてのナショナリズムではなく、人種主義に過ぎないというのが結論です。 自分のアイデンティティに対する規定ではなく、他者に対する否定から始まり自己強化、確証バイアスにもつながったということです。アジア人民はこのような限界、あるいは慢性的な問題を克服できるのでしょうか。

 

ナショナリズム・レイシズムの克服は原理的に困難だと思います。人間は精神の安定を得るためには、ある種の集団に深く帰属しているという政治的「幻想」をつねに必要としているからです。人間のこの本質的な「弱さ」を受け容れた上でしか、ナショナリズム・レイシズムの批判は始まらないだろうと思います。

いま、世界中でナショナリズム・レイシズムが亢進しているのは、どこの国でも人々が「ある種の共同体に深く帰属している」という実感を持ちにくくなったせいだからだと私は思っています。家族も地域共同体も、疑似家族としての企業共同体も、すべてが解体のプロセスにある。その中で原子化・砂粒化した個人が、「国家」や「人種」という最後の幻想に必死にしがみついている。

 

この難問を解決するためには、ひとりひとりが帰属できる共同体、相互扶助的な手触りのたしかな共同体を国民国家の内部にもう一度構築するほか手立てはないと私は考えています。私が現在、日本国内で行っている活動は、そのような「小さな相互扶助的な共同体」の再構築の試みです。同じような志を持ち、同じような共同体再生をめざしている人は、世界の各地にすでに広く存在していると私は信じています。

2018年

6月

19日

揺れ

大和八木 弁護士

みなさん、こんにちわ。

本日は事務局担当日です。

 

昨日の大きな地震、怖かったですね・・・。

 

私の自宅付近の震度は4あり、揺れの時間も長く、2階にいたので、すぐに玄関へ向かおうとしたのですが、まっすぐ歩けませんでした。

揺れが落ち着いても目がまわっている感じがしました。

 

子どもがすでに登校していたので、

出勤途中、学校に行ってみると児童は校庭に避難し、先生が点呼をとっていました。

校内点検が終わったら通常授業が始まるとのことで、

出勤しようと西大寺駅へ行ったのですが・・・・

 

ひと。ひと。ひと。

もちろん電車はとまっており、ホームにとまったままの電車にも人が乗ったままの状態が改札口から見えました。

改札口付近も会社員や学生であふれかえっており、ひとまず駅むかいの三和ビルで待機しようと思ったら、

ビル1階のコーヒーショップも人であふれかえっていました。コーヒーを買うのにも1時間くらい並んだでしょうか。

座るところもなく、仕方なくビルのエントランス付近でしゃがみ込み、

駅から聞こえてくる駅員さんのアナウンスに耳を傾けていました。

電車が運転再開し、事務所に着いたのは12時45分頃でしょうか。

事務局長は、地震発生時にすでに大和八木駅の数駅手前にいたそうで、9時には出勤できていたそうです。

弁護士が抱えていた法廷の裁判官の出廷が遅れたり、

相手先の法律事務所の電話がずっと留守電だったり(恐らく出勤できなかったのでしょう)、いろいろありました。

 

京都府八幡市に住む友人宅は、古いお寺なのですが、

家の内外の壁がひび割れ、瓦が落ち、なかなか厳しい状況だそうです。

学校勤務の友人は、理科室の薬品が散乱し、有毒ガスが発生したとのこと。

JRの中に閉じ込められ、最寄り駅まで線路上を歩いた友人もいました。

また、お亡くなりになった方のご親族の胸中をおもうと胸が痛みます。

帰宅後、夜中にもしものことがあったときのために

靴と服、懐中電灯と保険証を枕元に用意し、

災害時用に用意していた水とようかん等の食料をとりだしてみたところ・・・

見事にすべて半年以上の賞味期限切れ(-_-;)

ついつい、日常を優先し、後回しになっていました。

 

大きな余震がこないことを祈り、

これ以上被害が拡大しないことを願い、

落ち着いたら備えをきちんとしたいと思います。

2018年

6月

14日

とんかつ屋まるかつ ☆ あさもりのりひこ No.550

私はとんかつが好きである。

司法修習生のとき、というともう20年以上前になるが、東京で「双葉」と「蓬莱屋」にとんかつを食べに行った。

まことに「美味」なとんかつであった。

「蓬莱屋」は健在のようだが、「双葉」は2012年に閉店したようである。

 

橿原市から奈良市に車で行くときは、旧24号線を通って、JR奈良駅前を過ぎて、四条通に出る。

この旧24号線沿い(東側)に「とんかつ屋まるかつ 神殿店」がある。

以前から、とんかつ屋があることは分かっていたが、どこかのチェーン店のひとつと思っていた。

 

Twitterで、「とんかつ屋まるかつ 神殿店」が、お金がなくてお腹がすいている人に無料で腹一杯食べてもらいます、という内容のサービスを始めたことを知った。

この「まるかつ無料食堂」の心意気に感じて、一度食べてみようと思った。

 

5月20日(日)午後3時すぎに、はじめて「とんかつ屋まるかつ 神殿店」を訪れたが、昼の営業は午後3時までで、残念ながら営業時間外で食べられなかった。

 

5月22日(火)、昼飯を喰いに、ふたたび「とんかつ屋まるかつ 神殿店」を訪れ、厚切りロースかつ定食を喰った。

うまかった。

まるかつコロッケと青いコロッケと黒いコロッケを買って帰った。

青いコロッケは中身が青くて、黒いコロッケは中身が黒いのだ。

 

5月29日(火)、今度は夕飯を喰いに、みたび「とんかつ屋まるかつ 神殿店」を訪れ、棒ヒレかつ定食を喰った。

ご飯とキャベツをお代わりして、腹一杯になった。

 

Twitterでフォローし合っていた関係で、店長が作成した「飲食店が被害に遭う詐欺を防ぐスタッフマニュアル」をチェックさせていただいた。

 

店長は、カネコさんという若い男性である。

店も若い。

まだまだ伸びしろはある。

さらに成長することを期待して、これからも通いたい。

 

地域の食文化を育てるのは飲食店ではない。

地域の食文化を育てるのはその地域の住民である。

 

まるかつ 神殿(こどの)店

630-8441 奈良県奈良市神殿町667-1

電話:0742-81-4568

https://marukatsu912.com/

 

 

2018年

6月

12日

お花で気分転換@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

近畿地方もついに梅雨入りしましたね。

まだ6月なのに台風とか・・・早くないでしょうか(-_-;)

 

 

さて、私の祖母はもう95才にもなるのですが、植木や花が大好きで、

2年ほど前までは、毎日家の外に出ては、植木の水やりをしたり、

伸びてきた枝を切ったり、祖母特製の肥料をやりながら世話をするぐらい

元気でした。

 

それがリウマチを発症して以来、手を使うと指や関節が腫れ痛むようになり、

病院の先生からも、できる限り手を使わないように、と言われて以降、

徐々に植木の世話もできなくなりました。

 

最近は、病院に行く時ぐらいしか家から出ないので、家の中でも気分が

良くなるように、と、ヘルパーさんに花を切ってきてもらい、家の中に飾って

います。

 

この週末。

普段は私もノータッチなのですが、たまたま、もうじき咲きそうなバラのつぼみを見ていたところ、ふと近くに生えていた黒竹の笹が目に入り・・・

おぞましいほどの量の毛虫がついていました(>_<)

 

祖母が手入れをしていた時は、殺虫剤なども使って対処していたとのことですが、、、虫が苦手な私には思い出したくない恐怖の光景でした。

 

・・・ということは、

もしや、昨日ヘルパーさんが飾ってくれたというバラにも・・・・?!(゚_゚;)

 

 

・・。

 

・・・。

 

 

とりあえず、祖母には代わりの花を用意して、今後ヘルパーさんに切ってきて

もらう時は注意してもらってねと伝えたものの、このヘルパーさん、人はいいんだけどおっちょこちょいなところがある人なんですよね。

 

・・・今後も気が抜けません(苦笑)

 

 

 

さて、そんなこんなで、

今日は事務所にもお花を少しお裾分けです。

 

今が見頃の紫陽花とひまわりです。

 

事務所近くのナビプラザにも、紫陽花がたくさん

咲いていますが、綺麗に咲いている花を見ていると、なんとなく気分も上がりますよね。

 

じめじめした気分が少しでも軽くなりますように♪

 

2018年

6月

07日

真竹 ☆ あさもりのりひこ No.549

5月29日(火)、「旬の里 まみが丘店」がTwitterで『朝どり真竹が入荷しました!!』とつぶやいていた。

画像が添付されていない。

『真竹』とはなんだろう?

「まだけ」と読むのか?

「しんちく」と読むのか?

 

6月2日(土)、「旬の里 まみが丘店」に行った。

『真竹』が売られていた。

『まだけ』と書いたシールが貼ってある。

 

見た目は、筍(たけのこ)とはずいぶん違う。

太さはそれほどでもないが、長い。

ようするに、見た目はでかい。

濃い茶色の皮は固そうだ。

とても喰えそうにない・・・

大1本、小2本で370円と安い。

 

買うか、買わないか、迷った。

店員と店長に食べ方を聞いた。

筍は孟宗竹で、真竹とは種類が違う。

ぬかを入れて茹でるのは筍といっしょ。

新鮮なので鷹の爪は入れなくてもいい。

えぐみはなくて食べやすい。

年配のお客さんは躊躇なく買って行かれる。

とのこと。

 

躊躇逡巡したのち、真竹を買った。

片手に持つとバグパイプのようである。

 

家に帰って長さを測ってみる。

長いのは80㎝ある。

いままで調理した食材の中で一番長いと思う。

 

外皮は硬くて、とても包丁が入らない。

濃い茶色の外皮を向いていくと、柔らかそうな白い中身が見えてくる。

柔らかいので、包丁で簡単に切れる。

短いのは2つに、長いのは4つに切る。

 

我が家でいちばん大きな鍋は、フィスラー社の寸銅鍋(9リットル)である。

水6リットルとぬかを入れて、真竹を入れる。

9リットルの寸銅鍋がいっぱいになる。

 

フィスラーの 小さく見える 真竹かな

 

真竹の下の部分は、柔らかいが、まさに竹筒の形をしている。

空気が入っていて浮いてくる。

下部をもう少し短く切って、空気が溜まらない形にする。

 

茹でること1時間20分。

一層やわらかくなった。

竹筒のような下の部分は輪切りにして冷凍する。

先の方は水に漬けて冷蔵庫に入れる。

 

夕飯のときに、サラダに載せて喰ってみた。

刻んで味噌汁にも入れた。

うまい!

えぐみがない!

真竹を食べられるのは、今だけである。

 

来年の今頃、「旬の里 まみが丘」に真竹が置いてなかったら、店長に聞こう。

 

「真竹は、まだけ?」(関西弁それも奈良弁である)

2018年

6月

05日

今年も八木駅のつばめの巣にヒナが育っています

 

本日6月5日は事務局が担当です。

既に4月のブログでご紹介したとおり、今年も近鉄八木駅付近で、つばめの巣作りをしている様子をお伝えしましたが、先日ミスタードーナツの前の屋根の下の巣にヒナが生まれ、近年では多くて4羽だったのに、その巣には5羽もいます。

近鉄八木駅つばめの5羽のヒナ
近鉄八木駅つばめの5羽のヒナ

 

今朝も、巣を見ると写真のとおり、5羽が成長して、次第に巣が狭くなってきているように思います。

去年は、巣から巣立つ前に4羽のヒナの1羽が下に落ちて親鳥が心配そうに見守っていたこともあったので、この先ヒナが落ちないか少し心配していまいます。

 

また、その巣に親鳥がエサを運んでくる姿を見る回数が少ない様にも思いますので、最低限のエサを与えられるのかも心配してしまいます。

 

以前紹介したハクセキレイのように何でも食べる鳥なら良いのですが、つばめの餌は難しそうですので。

 

近鉄八木駅付近には、私の知るところだけでも6箇所のつばめの巣があり、現在3箇所につばめが来ています。

 

 つばめが繁殖の地に八木駅付近を選ぶということは、昔から言われているように「縁起が良い」、「環境が良い」、「繁栄する」、「幸福を運んでくる」場所なのかと思って観ています。

 

 野鳥の生息状況は、環境のバロメーターとも言われ、野鳥の活動によって環境レベルを知る目安ともなるようです。

 

 以前から何度か近鉄八木駅付近の野鳥のことをお伝えしていますが、今後多くの元気な野鳥が観られる場所になって欲しいものです。

 近鉄八木駅を降りられたら、是非ちょっと足を留めて野鳥を探してみてください。