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2020年

2月

13日

五島つばきマラソンへの道 その4 ☆ あさもりのりひこ No.806

2020年1月24日(金)早朝、安藤大さん直伝のトレーニング「アントレ」で足腰を鍛える。

 

1月25日(土)、レース前日なので休足「ゼロデイ」。

 

1月26日(日)、「橿原シティマラソン第47回畝傍山一円クロスカントリー大会」で11.5㎞走る。

去年は、1時間18分36秒。

今年は、1時間13分53秒。

去年より4分43秒速く走れた。

 

1月27日(月)早朝、雨だったので筋トレ。

 

1月28日(火)早朝、起伏のあるコースを2周する。

階段は1周で536段ある。

2周するので合計1072段駆け上がる。

.1㎞、49分48秒。

最後にウインドスプリント200メートルを5本。

 

1月29日(水)早朝、雨だったので筋トレ。夜、トレッドミルでビルドアップ走を30分、4.8㎞、傾斜2%。

 

1月30日(木)早朝、起伏のあるコースを2周する。

階段1072段、6.1㎞、48分55秒。

ウインドスプリント200メートル5本。

 

1月31日(金)早朝、起伏のあるコースと階段300段。

11.2㎞、1時間16分39秒。

ウインドスプリント200メートル5本。

1月の走行距離は201.5㎞になった。

1か月間の走行距離が200㎞を超えたのは初めてである。

 

2月1日(土)早朝、アントレをしているときに、左脇の腰の上(中臀筋の上)あたりにピキッと痛みが走った。

動かすと痛いので、運動を途中で止めた。

疲れが溜まっているのかもしれない。

身体が「休め」と言っているのかな。

 

2月2日(日)午前、キトラ古墳から激坂を上って栢森に至る28㎞をジョギングする。

前日の筋肉痛は治まってくれた。

激坂もさることながら、起伏が激しいので、いい練習になる。

後半、スピードは落ちなかったが、最後の5㎞はきつかった。

3時間19分02秒。

平均ペースは、1㎞約7分。

走り終わった後の疲れが軽くなった。

 

2月3日(月)ゼロデイ、休足。

 

2月4日(火)夜、トレッドミルでビルドアップ走30分、4.8㎞、傾斜2%。

 

2月5日(水)早朝、起伏のあるコースを2周。

階段1072段、6.1㎞、49分36秒。

ウインドスプリント200メートル5本。

 

2月6日(木)早朝、起伏のあるコースを2周。

階段1072段、6.1㎞、49分15秒。

ウインドスプリント200メートル5本。

 

27日(金)寒い早朝、起伏のあるコースを2周。

階段1072段、6.1㎞、48分39秒。

ウインドスプリント200メートル6本。

 

2月8日(土)早朝、アントレ。

 

2月9日(日)午前、橿原運動公園でビルドアップ走18㎞、1時間54分57秒。

初めて、橿原運動公園の外周を走った。

1㎞6分45秒で始めて、最後は1㎞5分42秒まで上げた。

中盤、なかなか速度が上がらなかったが、後半は脚が動いてくれた。

 

2月10日(月)ゼロデイ、休足。

 

2月11日(火・祝)午前、橿原運動公園でペース走、2時間00分02秒、18.9㎞。

1㎞6分15秒を目標に走ったが、平均1㎞6分20秒であった。

 

2月12日(水)夜、トレッドミルでペース走30分、4.7㎞、傾斜2%。

 

2月13日(木)早朝、起伏のあるコースを2周。

階段1072段、6㎞、48分33秒。

ウインドスプリント200メートル5本

 

 

第20回五島つばきマラソンまで、あと10日である。

2020年

2月

10日

内田樹さんの「桜を見る会再論」 ☆ あさもりのりひこ No.805

自分の知性が健全に機能していないということを「切り札」にしている人間を「理詰め」で落とすことはできない。

 

 

2020年2月1日の内田樹さんの論考「桜を見る会再論」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

もうこの話をするのにも飽き飽きしている。「桜を見る会」についての話である。

 どうして「飽き飽き」しているかというと、ふつうの人間の受忍限度を超えて、この話が続いているからである。

 続く理由は簡単で、ふつうは申し開きのできない証拠をつきつけられて「申し訳ありませんでした。私がやりました」として「犯人」が白状して、火曜サスペンス劇場が終わるところで、ぜんぜんドラマが終わらないからである。

 でも、「私がやりました」と言わないというのは、ある意味では「合理的な」ふるまいなのである。

 昔、東京地検に勤めていた友人から、推理ドラマはあれは嘘っぱちだという話を聴いたことがある。検察官に供述の矛盾を衝かれて、顔面蒼白となって、「もはやこれまで」と自白するのは「自分が知性的な人間である」ということにおのれの存在根拠を置いている人間だけだというのである。

「そんな人間は実はめったにいないんだよ。そんなのはね、ウチダみたいな『自分は頭がいい』と思っているやつだけなんだよ。そういうのは、落すの簡単なんだ。供述のわずかな矛盾を指摘しただけで、がたがたっと崩れちゃうから。」

 なるほど。

 だから、ヤクザなんかは供述の矛盾をいくら指摘しても、平気で、「オレ、そんなこと言いましたっけ。あ、それ間違いですから、消しといてください。今日話したのがほんとの話です」と済ませてしまうのだそうである。

 彼らは供述の矛盾や変遷は、それだけでは有罪性の根拠とならないことをよく知っている。

 だから、誰も信じないようなでたらめを言い続ける。「そんなことあり得ないだろう!」と怒っても、「世の中、そういうことがあるからびっくりですよね」と平気で言う。

 自分は矛盾とか、因果とか、蓋然性とか、そういうことはぜんぜん気にならない人間なんです。「ふつうに考えて」という想定ができないんです。「論理的に言って」ということがわからないんです。

 そう言い続けると検察官に「敗けない」ということを彼らは知っているのである。

 自分の知性が健全に機能していないということを「切り札」にしている人間を「理詰め」で落とすことはできない。

「桜を見る会」の国会審議でわれわれが見せられているのは、「ヤクザと検察官」の戦いのひとつの変奏である。

 官僚たちも政治家たちも、平然と自分の知性がふつうに機能していないことを認めている。

「桜を見る会」の招待者名簿にしても、ホテルニューオータニの「前夜祭」領収書にしても、それを「はい」と提示すれば、首相の潔白が満天下に明らかになる文書を、なぜか官僚たちも安倍講演会の人たちも、全員があっという間に捨ててしまった。それが「桜を見る会」と「前夜祭」の合法性を何よりも雄弁に証明できる書類である以上、仮に廃棄期限が来ても、官僚でも後援会員でも少しでも論理的に思考できる能力があるなら、「もしものことがあったら困るから、一応とっとこう」と思うはずである。

 そう思った人間がなんと一人もいないのである。

 つまり世にも例外的に頭の悪い人たちだけで内閣府や安倍後援会は組織されていたというきわめて蓋然性の低い主張によって、首相は「不正が証明できない以上、私は潔白だ」と言い続けているのである。

 こういうドタバタがもう3ヶ月も続いている。

 もう終わりにしたいと思う人は自民党内にもいるらしく、先日は参院自民党に示達された「招待者名簿は公開請求の対象であるので取り扱いに注意」という内部書類が共産党議員によって委員会で暴露されてしまった。

 だが、これほど「申し開きのできない証拠」を突きつけられても、首相の「申し開き」は続いている。

 首相は数日前に、招待者について「幅広く募っているという認識」ではあったが、「募集しているという認識ではなかった」という没論理的な答弁をしたが、今回は招待者名簿について「公開の対象とは書いてるけど、公開されるとは書いてない」という小学生のような答弁をしてみせた。

「開示請求があった場合に公開しなければならない」という注意なのだから、要するに「人選には配慮すること。開示請求があったときに『捨てました』というような無様なことがないようにちゃんと管理すること」というお達しである。自民党総裁としては自民党が示達した注意を二つながらまるまる無視して招待者を選定した上に、書類をさくさくとシュレッダーにかけた内閣府の役人については殺してやりたい「気分」になっていいはずだが、そんな気配もない。

 首相は「自分は論理的に思考しないので、『論理的にあり得ない』ことがあっても別にそれが不思議だと思わない。言葉の語義はわかるけれども、それが含意しているコノテーションはわからない」という「おのれの知性が普通の人よりも不調である」という主張によって有罪性を免れようとしている。

 裁判において弁護人が被告の「心神耗弱」で無罪を勝ち取ろうとするのと同じである。

 この「愚者戦略」はこれまでのところ成功している。

 それは社会制度は世界どこでも「ふつうの人はわりと論理的にものを考える」ということを基準に設計されているからである。だから、その基準にはずれる人間については対処するマニュアルがないのである。

 これから後も首相は有罪を免れるために、あらゆる「申し開きのできない証拠」に対して、「論理的に思考できないふり、日本語がわからないふり」をしてみせるだろう。

 この成功体験が広く日本中にゆきわたった場合に、いずれ「論理的な人間」は「論理的でない人間」よりも自由度が少なく、免責事項も少ないから、生き方として「損だ」と思う人たちが出て来るだろう。

 いや、もうそういう人間が過半数に達しているから、「こういうこと」になっているのかも知れない。

2020年

2月

07日

内田樹さんの「政治の季節」 ☆ あさもりのりひこ No.804

世界を変えようと思ったら、まず自分の生活を変えたまえ

 

 

2020年1月29日の内田樹さんの論考「政治の季節」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

三島由紀夫の没後50年ということで、いろいろな企画がなされている。これは三島由紀夫のドキュメンタリー映画のパンフレットに書いた文章。

 昨日の寺子屋ゼミで「政治的とはどういうことか」について話したのだけれど、その話をしている。

 

 ある時代が政治的であるということは、人々がかまびすしくおのれの政治的意見を語り、政治的組織に属し、運動をするという外形的な兆候を指すのではない。例えば、今の日本でもメディアには政治を語る言説があふれているし、党派的にふるまう人はそこらに数えきれないほど存在するけれども、私は現代日本人を政治的とは見なさない。現代日本は「非政治的な季節」のうちにあると思っている。

 それは「政治的」であるというのは、自分個人の生き方が国の運命とリンクしているような「気がする」ということだからである

 個人的な定義なので、別に一般性を要求しているわけではないけれども、私はそう思っている。

 現代日本人は政治をうるさく語るけれども、自分の個人の生き方が国の運命とリンクしているとは感じていない。

 アンドレ・ブルトンがどこかで「世界を変えようと思ったら、まず自分の生活を変えたまえ」というようなことを書いていた。世界と自分の日々の生活の間に相関があるという直感を持てなければ、人間は「革命」など目指しはしない、と。

 そう書いてから、ほんとうにブルトンがそんなことを言ったのかどうか気になって『引用辞典』というものを引いて調べてみた(そういう便利なものがこの世にはある)。実際はこうだった。

『世界を変える』とマルクスは言った。『生活を変える』とランボーは言った。この二つのスローガンはわれわれにとっては一つのものだ。

 名言だと思う。こういうふうに考える人間のことを「政治的」と呼ぶべきだと私は思う。

 もちろん個人の生活と世界の運命の間に相関があることは誰だって知っている。世界が大恐慌になれば、おのれの生計は立ち行かない。世界がパンデミックになれば、自分の健康も保ちがたい。でも、それはあくまで世界の運命が自己の運命に影響を与えるという一方通行の関係である。

「政治の季節」ではこれが逆転する。

 自分のただ一言、ただ一つの行為によって世界が変わることがあり得るという「気分」が支配的になるのである。

 自分の魂を清めることが世界を浄化するための最初の一歩であるとか、自分がここで勇気をふるって立ち上がることを止めたら世界はその倫理的価値を減じるだろうとか、「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる もたれあうことをきらった反抗がたふれる」(吉本隆明)とか、そういうふうに人々が個人の歴史に及ぼす影響力を過剰に意識するようになることが「政治の季節」の特徴である。

 だから、「政治の季節」の人々は次のように推論することになる。

1・自分のような人間はこの世に二人といない。 

2・この世に自分が果たすべき仕事、自分以外の誰によっても代替し得ないようなミッションがあるはずである。

3・自分がそのミッションを果たさなければ、世界はそれが「あるべき姿」とは違うものになる。

 こういう考え方をすることは決して悪いことではない。それは若者たちに自分の存在根拠についての確信を与えるし、成熟への強い動機づけを提供する。

 その逆を考えればわかる。

1・この世には私のような人間は掃いて捨てるほどいる。

2・私が果たさなければならないミッションなど存在しないし、私の到来を待望している人たちもいない。

3・だから、私が何をしようとしまいと、世界は少しも変わらない。

 このように推論する人のことを「非政治的な人」と私は呼ぶ。

 自分が何をしようとしまいと、世界は少しも変わらない。だから、私はやりたいことをやる。人を突き飛ばそうと、おしのけようと、傷つけようと、汚そうと、奪おうと、それによってシステム全体にはさしたる変化は起きない。そういうふうに考えることが「合理的」で「クール」で「知的だ」と思っている人のことを「非政治的」と私は呼ぶ。現代日本にはこういう人たちがマジョリティを占めている。だから、現代日本は「非政治的な季節」のうちにいると書いたのである。

 政治的な季節の若者たちは時々ずいぶんひどい勘違いをしたけれども、「自分には果たすべき使命がある」と思い込んでいたせいで、総じて自分の存在理由については楽観的であった。その点では非政治的な時代の若者たちよりもずいぶん幸福だったのではないかと思う。

 

 三島由紀夫の生き方と死に方が左翼右翼双方の政治少年たちに強い衝撃をもたらしたのは、それが実に「政治的」だったからである。

 三島は単独者であった。彼のように思考し、彼のように行動する人間は彼の他にはいなかった。けれども、彼は自分が単独者であることを少しも気にかけなかった。それは彼が「三島由紀夫以外の誰によっても代替し得ないミッション」をすでに見出しており、それをどのようなかたちであれ実践する決意を持っていたからである。自分の個人的実践が日本の国のかたちを変え、歴史の歯車を動かすことができると信じていたからである。そして、実際に(三島が期待していた通りかどうかはわからないけれど)、彼の生き方と死に方によって、日本と日本人は不可逆的な変化をこうむったのである。

 いまは三島のような考え方をする人はきわめて少ない。けれども、時代は変わる。遠からず私たちはまた「自分には余人によっては代替し得ない使命が負託されている」と感じる若者たちの群れの登場に立ち会うことになるだろう。その気配を私は感じる。

2020年

2月

06日

2020年1月のデータ ☆ あさもりのりひこ No.803

2020年1月の各種データが明らかになったので書く。

 

まず、奈良県橿原市の環境放射線量(ガンマ線)から。

1か月間の平均値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.043μ㏜/h

室内0メートル 0.044μ㏜/h

室外1メートル 0.057μ㏜/h

室外0メートル 0.073μ㏜/h

 

ちなみに2019年1月のデータはつぎのとおり。

室内1メートル 0.044μ㏜/h

室内0メートル 0.044μ㏜/h

室外1メートル 0.058μ㏜/h

室外0メートル 0.069μ㏜/h

 

相変わらず、地表の値が0.07μ㏜/hを超えている。

 

 

つぎに、朝守の身体について。

体組成計の1月末のデータを去年と比べてみる。

体重 71.75㎏→70.75㎏

BMI 22.6→22.

体脂肪率 18.3%→15.7%

筋肉量 55.6㎏→56.55㎏

  推定骨量 3㎏→3.1㎏

  内臓脂肪レベル 12→11

  基礎代謝量 1603/日→1629/

  体内年齢 44才→45才

  体水分率 55.6%→59%

 

体重と体脂肪率と内臓脂肪レベルが減って、筋肉量と推定骨量と体水分率が増えているのはよい。

 

 

最後に、1か月間のランニングのデータ。

走行時間 24時間12分28秒

走行距離 201.5㎞

 

去年の1月のデータは

走行時間 15時間24分17秒

走行距離 122.3㎞

 

時間は約8時間48分、距離は約79㎞増えている。

 

1か月間の走行距離が初めて200㎞を超えた。

2020年

2月

05日

内田樹さんの「Give democracy a chance」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.802

反対者を受け入れ、敵対者と共に統治するのがデモクラシーです。国民的な和解なくして、デモクラシーは成り立たないんです。反対者との「気まずい共生」こそがデモクラシーの本質なんです。

 

 

2020年1月7日の内田樹さんの論考「Give democracy a chance」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 安倍政権は意図的に縁故政治を行っていますが、これは倫理の問題ではありません。これを単なる「長期政権のおごり」や「綱紀の緩み」だとみなすメディアの評価は本質的な見落としをしていると思います。安倍政権の縁故政治は日本国民を敵と味方に二分するために意図的に仕組まれているものだからです。味方になれば「いい思い」ができ、敵に回れば「冷や飯を食わされる」。そういう分かりやすい仕組みを官邸は作り上げました。それが長く続けば、「どうせなら、いい思いをする側につきたい」という人も出て来るし、冷や飯を食わされている側はしだいに無力感に侵される。

 僕の知る限り、過去の自民党にはここまで露骨に味方の縁故政治を行い、敵を排除した政治家はいません。スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットが書いているようにデモクラシーというのは「敵と共生する、反対者とともに統治する」ことが本義ですが、安倍政権は反対者は決して統治機構に加えないという反民主主義を実践して、結果的にそれが政権を安定させた。

 有権者の50%が棄権してくれるなら、自民党は半永久的に権力を握り続けられます。だから、コアな支持層だけに気づかう政治をしていればいい。第1次安倍政権が失敗したのは、あちこちに「いい顔」をしようとしたせいです。その失敗から彼が学んだのが、敵と味方を截然と切り分けて、味方は厚遇し、敵は叩くという反民主的な手法です。

 この手法は日本だけではありません。トランプの米国も、プーチンのロシアも、習近平の中国も、エルドアンのトルコも・・・どこでも国民を敵味方に分断することを恐れない政治家が成功を収めている。健全な民主主義が機能している国を見つける方がむずかしいくらいです。

 背景にあるのは、経済のグローバル化が進み、国民国家が解体過程に入っているという歴史的局面です。多様な政治的立場をそれぞれ斟酌し、全員が同程度に不満足である辺りを「落としどころ」にするというのがデモクラシーの骨法ですが、そんな手間のかかることはもう誰もやりたがらない。変化の激しい時代ですから、合意形成に時間をかけたくないのです。それよりは誰か一人に権限を丸投げして、その人に決めてもらえばいい、そういうふうに考える人が増えて来た。国家も株式会社と同じように経営すればいい、と。

 CEOがひとりで経営方針を決め、従業員はそれに従う。トップに逆らう部下は排除され、イエスマンたちが重用され、経営の適否は社内的には議論しない、マーケットが判断する。そういう「株式会社みたいな仕組み」が最も効率的で、合理的だと信じる人たちが市民のマジョリティを占めるようになった。そんな社会にはデモクラシーが生き延びるチャンスはありません。

 今の若い日本人の多くは、生まれてから一度も民主主義的に運営されている組織に身を置いた経験がありません。家庭も学校も部活もバイト先も、彼らが知っているのはすべて非民主的なトップダウンの組織です。だから、トップが従業員に何ひとつ諮らずにすべてを決定する仕組みに対してさしたる違和感がない。それが最も見慣れた光景だからです。だから、首相を見ても「うちの社長とやっていることは別に変わらないんだけど・・・」という感想しか持てない。権力を持った人間が独断専行することがどうして悪いのか、わからない。自分にすり寄ってくるイエスマンたちだけに「いい思い」をさせるのがどうしていけないのか、自分に盾突く部下を左遷するのがどうしていけないのか、わからない。自分だって、社長になったらそうすると思っているから。

 だから、いまの若い人たちは権力者を批判することは「越権行為」だと思っています。それは株式会社の平社員が社長に向かって「あんたの経営方針は間違っている」と文句を言うようなものに見えるらしい。一介の市民風情が大臣相手に文句を言うのは「分際をわきまえない不敬な行為」に見えるらしい。

 小田嶋隆さんが麻生太郎財務大臣について批判的なコメントを書いたら、「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」というリプライがいくつも来たそうです。僕でもそうです。「国政に文句があるなら、自分が選挙に出て国会議員になってから言え。その気がないなら黙ってろ」というタイプの「身のほどをわきまえろ」という批判がここ二三年増えてきました。

 そういう考えの人たちがもうマジョリティを占めているのかも知れません。だから、権力者が公金を使って自分の支持者を供応することがどうして悪いのかがわからない。公金を私的に流用できる立場になるためにずいぶん努力して政治家になったんだから、好きに公私混同する権利がある。そう思っている人が少なからず存在する。そういう人たちが自分のことを「リアリスト」だと思っている社会ですから、国力がここまで衰微するのも当たり前です。

 今年の『桜を見る会」の挨拶で、首相は「みなさんととともに政権を奪還して7回目の『桜を見る会』」と言いました。本来なら自民党とは政治的意見が違う人たちも多数招かれているはずなのに、そういう人たちはその場に一人もいないということを前提にした発言でした。首相はこの集まりを自分の支持者たちと自党の選挙の勝利を祝う「祝賀イベント」だと思っていたのです。デモクラシーがわかっていないという以前に、公人は集団全体を代表しなければならないという政治の基本がわかっていないということです。

 安倍首相は株式会社の経営者のやり方を国政に適用したという点で画期的だったと思います。経営者の目標は当期利益を上げて、株価を維持することです。時価総額を高めることだけが株式会社の存在目的です。安倍政権は株価を維持することに全力を尽くしてきましたが、それは株価が下がらない限り、職を失うことはないということを知っているからです。 

 しかし、株式会社と国民国家を同じようなものとして扱うことはできません。

 株式会社なら倒産しても、株券が紙くずになるだけです。従業員は他の職場を探せばいい。その会社が提供していた商品やサービスもすぐに他の会社が代行してくれる。でも、国家はそうは行きません。潰れたらおしまいです。代わりの国をどこかから持ってくるわけにはゆかないし、1億2600万人の国民にはこの国土以外に行くところがありません。株式会社の目標は利益を上げることですが、国民国家の目標は存続することです。日本列島に住む1億2600万人が、とにかく食えるようにすること、国土と国富を守って、次代に受け渡すこと。国の存在理由は尽きるところそれだけです。あらゆる政策は「それは日本国民が食えて、尊厳を持って生活することの存続に役立つかどうか」を基準に適否を判断すべきであって、それ以外のことはどうでもいいんです。

 でも、国民分断に抗って、国民統合を訴えるという運動は本質的な脆さを抱えています。それはその運動がややもすると「国民分断派」と「国民統合派」に国民を二分するかたちに堕してしまうからです。

 僕が安倍政権についていろいろ批判する。すると「要するにあなたは安倍さんが嫌いなんでしょう」といった反応が返ってくる。「敵だから批判する」というふうにしか考えない。逆もまたしかり。選挙では野党候補の応援演説をすることがあるんですが、ぼそぼそと「反対者とともに統治する」というようなことを言っても聴衆はさっぱり盛り上がらない。でも、「一日も早く安倍政権を打倒しよう」というようなシンプルなことを言うと、一気に盛り上がる。話を単純な敵味方の対立に落とし込むと、受ける。でも、「敵を倒せ」というのは本当を言うとデモクラシーじゃないんです。

 反対者を受け入れ、敵対者と共に統治するのがデモクラシーです。国民的な和解なくして、デモクラシーは成り立たないんです。反対者との「気まずい共生」こそがデモクラシーの本質なんです。

 

 立憲デモクラシーは、王政や貴族制より政体としてできがいいと僕は思っています、ですから、なんとかしてこれを守りたい。でも、分は悪い。刃物を振り回している人を手ぶらでハグするようなものなんですから。「敵対も分断も辞さず、敵は倒す」と言っている人たちに、そういうふうに国民を分断すると先行き国力が衰微しますから、ここは一つなんとか仲良くやりましょうよとお誘いするわけですから、まことに迫力がない。でも、デモクラシーが生き延びるためには、「デモクラシーなんか要らない」という人たちとも手を携えてゆくしかないんです。

2020年

2月

04日

万葉×橿原ブランドのスイーツ

 

本日のブログは、事務局の担当です。

私の担当としては、今回で100回目になります。

 

 

先日、橿原市で製造、販売されている優れた商品として、橿原商工会議所が創設した地域ブランド「橿原ブランド」の認定品第13品が発表されました。

その中の2品に以前ご紹介した近鉄八木駅付近で販売されているスイーツが選ばれました。

その1つは、以前からよく知られているだんご庄(dango.kir.jp/shop.html)の「きなこだんご」です。

昨年の11月にテレビ番組「秘密のケンミンSHOW」で紹介され、翌日から行列ができ、多いときは100人くらいの行列ができていたそうです。

 

最近は、少し熱が冷めて、行列ができることは少なくなりました。

それで、並ばずに購入する方法として、購入に行く日時が決まっているなら、事前に電話して予約しておくことをお勧めします。

だんご庄八木店の電話番号は、0744-25-2922です。

万葉×橿原ブランド 橿の樹
万葉×橿原ブランド 橿の樹

 

 

もう1つが、美松(https://sweets-mimatsu.com/)さんの「橿の樹」です。

和菓子屋さんの作る洋菓子らしく、二口三口と口に運んでいくと、しっとりと口の中で溶け、大和茶、ホワイトチョコ、黒豆のコンビネーションがとても良く、飽きのこないスイーツだと思います。

是非、ゆっくりと味わってください。心が癒やされるスイーツです。

「橿の樹」は、大きいサイズ(1100)と小さいサイズ(550)がありますが、それぞれ在庫がない時もありますので、購入されたい場合は事前に電話(0744-22-2945)で確認されることをお勧めします。

私は、写真のとおり「橿の樹」は、断面を見ていただきたいので、34日前にカットした個別包装(少し割高になります)をお願いして、お土産に持って行ったりします。

万葉×橿原ブランド 橿の樹
万葉×橿原ブランド 橿の樹

 

やはりこの2品は、近鉄八木駅・なら法律事務所付近だけでなく橿原市のスイーツの逸品です。

 

まだ口にしたことがない方は、一度お試しください。

2020年

2月

03日

内田樹さんの「Give democracy a chance」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.801

安倍政権が先行者たちと決定的に違うのは、意図的に国民を分断することから政権の浮揚力を得ているという点です。

 

 

2020年1月7日の内田樹さんの論考「Give democracy a chance」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

毎日新聞に安倍政権の本質についてのインタビューを受けた。ブログにロングヴァージョンを公開しておく。

 

 安倍晋三首相の、戦後日本の自民党政治の中でも極めて特異な政治手法が、この「桜を見る会」で可視化されたと思います。

 自民党が長期にわたって与党でいられたのはイデオロギー政党であるよりは、広範な国民の欲求を受け入れる国民政党を目指してきたからです。自民党の調整型政治の根底にあったのは「国民同士が敵対するような事態は何としても避けなければならない」という信念でした。国民は統合されていなければならない。国論が二分されるような状況が長く続くと、国力は衰微するという常識はひろく共有されていたと思います。

 戦後日本で国論の分裂が際立ったのは、1960年の日米安全保障条約改定の時です。当時は安倍首相の祖父・岸信介が首相でした。でも、これは戦後史上、例外的な事態だったと思います。ですから、その後に登場した池田勇人は、政治的対立を避けて、国民全体が政治的立場にかかわらず共有できる目標として「所得倍増」を掲げた。経済成長の受益者には右も左もありませんから。

 池田内閣の経済政策を主導したのは、大蔵官僚の下村治ですけれど、彼は「国民経済」という言葉をこう定義しました。

「本当の意味での国民経済とは何であろう。それは、日本で言うと、この日本列島で生活している一億二千万人が、どうやって食べどうやって生きて行くかという問題である。この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない。そういう前提で生きている。中には外国に脱出する者があっても、それは例外的である。全員がこの四つの島で生涯を過ごす運命にある。その一億二千万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である。」(下村治、『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』、文春文庫)

 今の自民党議員たちの過半はこの国民経済定義にはもはや同意しないでしょう。「外国に脱出するもの」をもはや現政権は「例外的」とは考えていませんから。

 今の政府が若い日本国民をその型にはめようとしている「グローバル人材」なるものは「日本列島以外のところで生涯を過ごす」ことも社命なら従うし、非正規雇用も受け入れるし、所得の上昇も生活の安定も望まないと誓言する代償に内定をもらった若者のことだからです。

 国民全体が同時的に潤う(あるいは「協和的な貧しさ」のうちに安らぐ)ということをもう現在の政府はめざしていません。「選択と集中」とか「トリクル・ダウン」とかいうのは、平たく言えば「勝てるやつに資源を全部集めろ(勝てないやつは「おこぼれ」を待ってじっとしてろ)」ということです。新自由主義的な政策は貧富の間で国民が分断されることをむしろ積極的に推し進めている。国民の分断を「危機的事態」と見るか、それともただの日常的風景と見るか、それがかつての自民党政権と安倍政権の本質的な差だと思います。

 池田政権は60年安保後のとげとげしい空気を鎮めるために「寛容と忍耐」というスローガンを掲げました。異論に対して寛容であれとして、岸内閣の下ではげしく対立した国民間の和解を説きました。そして、池田内閣のこの姿勢は国民に広範に支持されたと思います。このような宥和的な態度が自民党が戦後長期にわたって与党であり続けられた最大の理由だと思います。それ以後も、自民党政権は国民の一部を「敵」とみなして排除するような態度は自制してきました。郵政民営化を強行した小泉純一郎も対話的な政治家とは言えませんでしたが、圧倒的な支持率を背にしていました。ですから、国の根幹にかかわる制度変更を断行したにもかかわらず、国論を二分するという最悪のかたちにはならなかった。

 安倍政権が先行者たちと決定的に違うのは、意図的に国民を分断することから政権の浮揚力を得ているという点です。今の選挙制度なら、有権者の30%のコアな支持層を固めていれば、残り70%の有権者が反対する政策を断行しても、政権は維持できることがわかったのです。

 これまでの自民党政権はウイングを広げて、支持者を増やすことが政権安定の基本だと考えていた。でも、安倍政権は違います。この政権は支持者を減らすことを厭わないのです。仮に70%の有権者が反対している政策でも、コアな支持層が賛成するなら強行する。強行しても政権基盤は揺るがない。そのことを学習したのです。

 そのためには、味方を徹底的に厚遇し、政敵の要求には徹底的にゼロ回答を以て応じる。そういうことを繰り返しているうちに、有権者たちは「自分たちが何をしても政治は変わらない」という無力感に侵されるようになります。その結果、有権者の50%が投票所に行く意欲を失った。低投票率になれば、コアな支持層を持つ自民党がわずかな得票数でも圧勝する。そういうことが過去7年繰り返されてきた。

 

 

2020年

1月

31日

内田樹さんの「国語教育について」(その5) ☆ あさもりのりひこ No.800

 「親が反対しても、教師が反対しても、友だちが反対しても、世の常識が反対しても、それでも自分の直感と心に従う勇気を持ちなさい」

 

 

2020年1月6日の内田樹さんの論考「国語教育について」(その5)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 子供たちを知的に成長させるために必要な経験は、極言すれば、それだけじゃないかと思います。世界の背後には数理的で美的な秩序が存在する。そう直感して、その秩序の一部を自分がいま発見したという高揚感。これは探偵の推理と同じですね。断片的に散乱している事象の背後に、きれいな1本のストーリーが見えたと感じたときに探偵が感じる達成感。平たく言えば、これが論理的であることの「報奨」だと思うのです。

 自然科学というのは、まさにそういうものです。ある仮説を思いつく。実験でそれを検証する。反証事例が見つかる。仮説を書き換える・・・この無限のサイクルが自然科学的に思考するということです。信仰を持つこともそうです。一見するとランダムに見える事象の背後に「神の摂理」が働いていると感じること。宗教的知性と科学的知性は構造的には同じものなのです。だからニュートンのライフワークが聖書解釈であり、伝道の実践だったということには少しも不思議はない。

 ネガティヴなかたちでは、陰謀史観もそうです。すべての政治的・経済的事件の背後にはユダヤ人の世界政府がいる、フリーメーソンがいる、イリュミナティがいる、コミンテルンがいる・・・という類の理論は思考パターンとしては同一です。一見すると無関係に見えるさまざまな事象が「すべてを差配している張本人」を仮想するとみごとに説明がついてしまう。その高揚感と全能感があまりにも大きいので、人々は簡単に陰謀史観にアディクトしてしまう。

 でも、これは確かに責められないわけで、「複雑に見える事象の背後にはシンプルなパターンがある」という直感ほど人をわくわくさせるものはないからです。だから、陰謀史観というのも、幼児的ではあるけれど、ひとつの知性の活動ではあるのです。ただ、そういうものに溺れるのは、子供の頃から世界を観察して、繰り返し自力で仮説を立て、そのつど知的高揚を味わった・・・という仕方で論理を突き詰めた経験を持たなかった人たちなんだと思います。子供の頃から「知的興奮」をし慣れていたら、こんな薄っぺらな仮説には何の知的高揚も感じないはずだからです。そんな単純な説明のどこが面白いのか、さっぱりわからないから。だから、そんなものは相手にしない。子供のころから繰り返し「宇宙の真理を発見した!」とひとり興奮しては、「あ、違った・・・」という落胆を味わうということを繰り返してきた人は、こんなシンプルなストーリーにはひっかかりません。

 

 学校教育で教えるべきことは、「跳ぶ」ことの喜びだと先ほど申し上げました。目の前に散乱している断片的な情報や事実を観察しているうちに、すべてを説明出来る仮説を思いつく。おお、ついに統一的で、包括的な真理を発見したと思って、欣喜雀躍する。論理的思考が導くならば、それがどれほど法外な「コロラリー」であっても、それを検証しようとする。それが「跳ぶ」ことです。

 でも、「跳ぶ」ためには勇気が要ります。ある程度までは論理的に思考しながら、最後に「そんな変な話があるものか・・・」と言って、立ち止まって、論理が導く結論よりも、常識の方に屈服してしまう人たちがいます。彼らに欠けているのは、知性というよりは勇気なんです。

 今の日本の子供たちに一番欠けているのは、こう言うと驚かれるかも知れませんけれど、知力そのものではなくて、知力を駆動する勇気なんです。自分の知力に「跳べ」と言い切れる決断力なんです。

 でも、子供たちに向かって「勇気を持ちなさい」と語りかける言葉を学校で聞くことはほとんどありません。文科省がこれまで書いた教育についての指示や提言を読んでも、そこに「勇気を持て」という文言はまず出て来ません。逆です。文科省が教員や子供たちに語って聞かせているのは、いつでも「怯えろ」「怖がれ」ということです。学力がないと社会的に低く格付けされ、人に侮られ、たいへん不幸な人生を送ることになる。それがいやなら勉強しろ・・・というタイプの恫喝の構文でずっと学習を動機づけようとしてきました。

 知性は勇気によってドライブされるという言明を過去に日本の教育行政が認めたことは一度もないと思います。でも、僕が見て来た限り、すべての卓越した知性は、世間の誰もが同意しないアイディアについても、自分の直感を信じて、それを現実で検証してみせた。

 

「勇気」という言葉で、最も印象に残っているのは、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式の式辞です。今もYouTubeで検索すれば見られます。感動的なスピーチでした。

 ジョブズがスタンフォード大学の卒業生たちに向かって言ったのはこういう言葉でした。The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you really want to become

「最も重要なのは、あなたの心と直感に従う勇気です。なぜなら、あなたの心と直感は、あなたが本当は何になりたいのかをなぜだか知っているからです。」

 このステートメントでのキーワードは「勇気(courage)」です。気をつけてください。ジョブズは「あなたの心と直感に従うこと」が最も大切だと言っているのではありません。「あなたの心と直感に従う勇気」が最も大切だと言っているのです。それは「あなたの心と直感に従う」ことを周りが許さないからです。「何をバカなことを言っているんだ」「そんな非常識なことを誰が認めるものか」。必ず反対される。ほとんどの若者たちは、ある時期になると「こういう生き方をしたい」「こういうことを学びたい」「こういう仕事をしてみたい」というアイディアを抱きます。その多くはたしかに「心と直感」がもたらしたものです。でも、ほとんどの若者はそれを実現することができません。周りが反対するからです。「そんな夢みたいなことができるものか」「分相応の生き方をしろ」という言葉で回りが冷水を浴びせかける。そして、実際に、多くの若者はそれでしょんぼりして、自分の「心と直感」が教える「自分がほんとうになりたいもの」になれずに終わる。彼らに欠けていたのは何でしょう。こういうふうに生きたいというアイディアはあったんです。こういうことがしたいという欲望はあったんです。でも、それに従う勇気がなかった。

 心に浮かんだ夢を実現するためにはいろいろな社会的能力が要ります。お金やコネクションや、幸運も要ります。でも、心と直感に「従う」ためには、とりあえず勇気さえあればいいんです。そこからしかものごとは始まらない。最初の一歩は「勇気」なんです。

 

 子供たちにほんとうに伝えなければいけない言葉は、「親が反対しても、教師が反対しても、友だちが反対しても、世の常識が反対しても、それでも自分の直感と心に従う勇気を持ちなさい」ということなんです。でも、おそらくそれは今の学校教育で最も教えられていないことだと思います。(後略)

2020年

1月

30日

畝傍山一円クロスカントリー大会 ☆ あさもりのりひこ No.799

1月26日(日)、「橿原シティマラソン第47回畝傍山一円クロスカントリー大会」の11.5㎞の部に出た。

2014年、2015年、2016年、2019年に引き続き、5回目の出場である。

生まれて初めてレースに出たのが、2014年のこの大会であった。

レースに出るようになって6年になる、ということだ。

 

天気は曇り。

雨が降ったときのために、バーサライト(雨を通さない軽量の上着)を持っていったが、幸いなことに使わなくて済んだ。

 

午前8時40分くらいに、橿原運動公園の駐車場に着く。

受付を済ませて、受け取ったランニングシャツにゼッケンを付ける。

今年のシャツは黒地に白で、大和三山と思われる山の絵が印刷してある。

洒落たデザインである。

パンフレットを見ると、11.5㎞の部には478人がエントリーしている。

 

午前10時30分に女子がスタート。

その後、午前10時40分に男子がスタートした。

距離が11.5㎞なので、ランナーは猛然と駆けだしていく。

まわりのランナーのスピードに惑わされてオーバーペースにならないように、マイペースを保って走る。

3㎞くらい走ると、身体がほぐれてくる。

4㎞地点で1回目のエナジージェルを補給する。

その後で給水所でスポーツドリンクを飲む。

.5㎞を過ぎてから、1周目の山登りが始まる。

快調に上り坂を駆け上がる。

前日の雨で道がぬかるんで、泥道になってるところがあるので、滑らないように注意して走る。

もう1回山を登るので、ロードで足を使いきらないようにする。

8㎞地点で2回目のエナジージェルを補給して、給水所でスポーツドリンクを飲む。

9㎞から、2周目の山登り。

1周目のときよりもスピードが落ちないように、しっかりとテンポ良く上っていく。

歩いているランナーを追い抜いて行く。

畝傍山を下りて、ロードに出てからは、がんばってスピードを上げた。

 前を走るランナーは全員追い抜いた。

逆に追い抜かれることはなかった。

 10㎞から11㎞は、1㎞5分11秒、最後は1㎞5分03秒のペースで走りきった。

 

 公式記録は1時間14分03秒、自分のウオッチでは1時間13分53秒だった。

 去年の公式記録は1時間18分36秒なので、4分30秒以上速かったことになる。

畝傍山を2周しても後半スピードが落ちず、最後はスピードアップできた。

階段駆け上がりとビルドアップ走をしている成果が着実に現れている。

 

2020年最初のレースは収穫の多いレースであった。

つぎは、今回の約4倍の距離を走る。

 

第20回五島つばきマラソンまで、あと24日である。

2020年

1月

29日

内田樹さんの「国語教育について」(その4) ☆ あさもりのりひこ No.798

 もし、子供たちの中で知性が活発に働くことを教えようとしているのだとしたら、子供たちに教えるべきことは「知性はジャンプする」ということだと僕は思います。

 

 

2020年1月6日の内田樹さんの論考「国語教育について」(その4)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

「論理国語」を別建てにするというのでしたら、「論理的に思考するとはどういうことか」ということについてこの程度のことは考えて欲しいと思います。過去の卓越した知性がどのように論理的に思考してきたのか、それについて一秒でいいから考えてから「論理」というような言葉は口にして欲しい。「論理」という語を生徒会規約と議事録を読んで年度内に生徒総会の開催が可能かどうかを「推理」するというような知性の行使について使うのは、言葉の誤用だと僕は思います。そんな「推理」のためには論理的知性なんか要らないから。論理的知性というのは、「跳ぶ」能力のことだからです。

 

 レヴィ=ストロースもやはり「20世紀で最も頭のいい人」の中の一人だと僕は思っています。レヴィ=ストロースも論理的に助走してから「跳ぶ」人です。

『悲しき熱帯』は彼がブラジルのマト・グロッソのインディオたちの生活を観察したフィールドワークですけれど、レヴィ=ストロースは観察しているうちに、文化人類学者である自分自身の思考形式、自分自身の論理形式そのものが実はヨーロッパに固有の「民族誌的偏見」ではないのか、という疑問に取り憑かれます。この世界には、自分たちがしているのとは違う論理形式で思考している人がいるのではないか・・・と思い始める。インディオたちは、未開人だから、文明人であるヨーロッパ人よりも幼児的な仕方で思考をしているので、いずれ「開花」されると、ヨーロッパ人と同じように思考するようになる。というのが進化論以後の「ふつうの考え方」でしたが、レヴィ=ストロースはそれを退けます。彼らの理解しがたい様々な制度や習慣は「幼児的」であるのではなく、われわれとはまったく異なる独自の体系と論理をそなえてすでに完成された一つの世界理解の方法に基づくものではないのか。彼らの「野生の思考」もまた人間が達成した堂々たる文明史的な到達点の一つであり、その知的な尊厳・威信に対して、われわれはそれにふさわしい敬意を示すべきではないのか、と。

観察事例を説明できる仮説を論理的に求めているうちに、「自分が現に思考しているプロセスそのものが一個の民族誌的偏見ではないのか」という懐疑にとらえられる。現実にレヴィ=ストロースが観察したことを論理的につきつめてゆくと、それが導くコロラリーは「われわれヨーロッパ人が『論理的』だと思っている思考の仕方とは別の仕方でも人間は論理的であり得る」というものでした。おのれの論理性の極限において、おのれの論理性の限界に出会い、そこから翻って、おのれの思考を律している臆断そのものを可視化してゆく。レヴィ=ストロースはそういうアクロバティックなことをしてみせたわけです。僕はこういうものを真の論理性と呼びたいと思います。

 レヴィ=ストロースは目の前の事象を説明しようとして、手持ちの論理を限界まで駆使した結果、この「手持ちの論理」そのものが、一般性を要求することのできない、地域限定・時代限定のものではないかという懐疑に囚われました。

 フロイトのタナトスにしても、マルクスの階級闘争にしても、マックス・ウェーバーの資本主義の精神にしても、レヴィ・ストロースの「野生の思考」にしても、ある思考の枠組みの中から出発して、論理的な手順をていねいに踏んで、そして、自分たちを規制している思考の見えざる枠組み、自らの思考を律している臆断を可視化する。真の知性の働きはそこにあると思います。

 子供たちに学校教育を通じて何を教えようとしているのか。もし、子供たちの中で知性が活発に働くことを教えようとしているのだとしたら、子供たちに教えるべきことは「知性はジャンプする」ということだと僕は思います。

 

 しかし、実際に、子供たちも「ジャンプ」しているのです。それは子供を観察しているとわかります。子供たちを自然の中に連れていって、そこにしばらく放置していると、わかる。子供たちの知性は「論理的に」活動し始めるのが観察されます。

 養老孟司先生が、「子供たちなんて学校で教育なんかすることないんだ。自然の中に放り込んどきゃいい」と割と乱暴なことをおっしゃいますけれども、これは一理あるのです。子供たちを自然の中に連れて行って、ゲーム機や携帯やマンガや玩具の類を全部取り上げてしまう。何も持たせずに、ぽんと自然の中に放り出しておく。するとどうなるか。子供たちは死ぬほど退屈する。まず退屈するというのがとてもたいせつなのです。

 退屈しのぎに、子供たちは必ず何かを観察し始めます。ほうっておいても、そうなります。退屈しているんだけれど、手元に退屈をまぎらわすための道具が何もない。そんなとき、人間は何かをぼんやり観察し始めます。空の雲を見たり、鳥の声を聴いたり、虫を眺めたり、川の流れを見たり、海の打ち寄せる波を見たり。何か自分の好みの対象を選んで、それをぼんやりと観察し始める。

 最初のうちは、ただぼーっと見ているだけです。自然をぼんやりと観察している。でも、そのうち、何かの弾みで、子供の目がきらりとする瞬間がある。それは「パターン」を発見したときです。

 自分の前に展開しているランダムな自然現象の背後に、実は法則性があるのではないか・・・というアイディアが到来したときに、子供の目がきらりと光る。そういうものなんです。一見するとランダムに生起する事象の背後に数理的な秩序があるのではないか、という直感が到来する。雲の動きでも、虫の動きでも、波の動きでも・・・ずっと観察しているうちに、そこに繰り返しある「パターン」が再帰しているのではないかというアイディアがふと浮かんでくる。そうするといきなり集中力が高まる。もし自分の仮説が正しければ、「次はこういう現象が起きるはずだ」という未来予測が立つからです。果たして、その予測通りの現実が出来するかどうか・・・子供だって、そのときは息を詰めるようにして、次に起きることに意識を集中させます。

 うちの娘は、子供の頃、とても植物が大好きでした。小学校はすぐ近くで、子供の足で歩いても5分もかからない一本道でした。学校が終わって、友達が遊びにきて、うちの娘は、るんちゃんというのですけれど、「るんちゃん、いますか?」と訊くから「え、まだ帰ってないよ」と言うと「おかしいなあ。一緒に出たのに」と言う。自分たちは一度家に帰って、ランドセルを置いて、それからうちに遊びに来ているのに、学校から一番近いうちの娘だけがまだ帰っていない。

 気になって、とことこ坂道を降りて学校の校門の方に向かったら、坂の途中にいました。しゃがみ込んでいる。何をやっているのだろうと思って、遠くから見ていたら、道ばたの雑草をじっと見ているのです。ずいぶん長いこと見ていて、そのうちに、「ふう」とため息をついて、立ち上がって、歩き出す。でも、また数歩歩いて違う雑草を見付けると、立ち止まって、座り込んで、また観察を始める。

 遠くから娘の姿を見ながら、ちょっと声をかけるのがはばかられました。それくらいに深く観察対象にのめり込んでいたから。きっと、何か植物学的な仮説を立てて、それを実物に即して検証していたところなんだと思います。ある法則性を発見したことに興奮して、友だちと学校が終わったら遊ぼうねと約束していたことも忘れて、植物の観察にのめりこんでいた。そういうものだと思います。

 

 自然の前に子供を長時間放置しておくと、いずれ何かを選んで観察し始める。そして、パターンや法則性を発見したと思うと深く対象に沈潜してゆく。自分で仮説を立てて、その仮説を実験的に検証しているときの顔は、それが子供でも、ノーベル賞級のアイデアを思いついて実験で検証しているときの科学者の顔とあまり変わらないんじゃないかと思います。たぶんそれこそ人間が最も知的に高揚するときだから。ふと思いついた仮説が現実に適用できるかどうか、実験してその結果を待っているときの高揚感にまさるものはありません。

2020年

1月

28日

洗脳

みなさん、こんにちは。

本日は事務局担当日です。

 

今週は最高気温10度以上の日が続くようで、

1月なのにこの暖かさは、なんだか落ち着きませんね(^_^;)

 

大和八木 橿原市 弁護士

我が家では、ケーブルテレビに加入しており、

3年前まではアニメ見放題の「アニマックス」チャンネルも契約していました(というか契約のチャンネルパックについていた)。

子どもが成長するにつれ、一人でチャンネルをいじることを覚えてからは

朝から晩まで暇さえあればアニマックス!!になってしまい、危機感を感じたので

「契約パターンが変更になってアニマックスが観られなくなってしまった。ああ残念残念」と無理やり契約を解除しました。

 

その当時、子どもがはまっていたのが

家庭教師ヒットマンREBORN!』(かてきょーヒットマンリボーン)

 

朝の食事時に放送していたので、私は台所仕事や出勤の支度をしながら

耳で聞いている程度でした。

 

最近、もう一度DVDで観たいというのでレンタルして、何気なく一緒に見始めたところ。

 

目が離せなくなり。これが、なかなかとっても面白いのではないか、と。

元は週間少年ジャンプに2004年から2012年まで連載された漫画です。

 

ヒットマン(殺し屋)を名乗るリボーンという名の赤ん坊が

突然15歳の中学生沢田綱吉の前に現れ、イタリアンマフィアの10代目ボスに

相応しい人間とすべく「教育」を始める

 

という荒唐無稽ななんだかよくわからない設定で、ギャグ要素もたくさんで

つっこみどころは満載なのですが、すっかりはまってしまい、

子どもと一緒に毎晩DVD1本(90分)観てしまいます。

 

お母さんはどのキャラすき?と聞かれても

「別に好きなキャラとかおらへんよ。話が面白いからついつい観てしまうけどっ」

なんてすました返事をしていますが、

至上最強の守護者のひばりさんがすっごいかっこいい♪

ランボさんもかわいいし甲乙つけがたいなぁ♪

エンディングソングを思わず口ずさんだりしてしまったり。

コミックス42巻大人買いしようかな・・・なんてAmazonをうろうろしてみたり。

 

はっっ∑(゚◇゚///)すっかり子どもに洗脳されている・・・。

そして・・・「鬼滅の刃」もこれがなかなか面白い。

本屋さんでコミックスが品切れしており、5~7巻など中途半端な読み方を始めたのですが

ところどころご都合主義な部分もある荒削りなストーリーながら、

「鬼」が「鬼」になるまでのストーリー設定がしっかりしていて、

オトナが読んでも十分読み応えのある漫画だと思います。

 

あとは「約束のネバーランド」も面白いですよ~

 

・・・子どもからの洗脳、というより

この親にしてこの子あり、でした(*´罒`*)

2020年

1月

27日

内田樹さんの「国語教育について」(その3) ☆ あさもりのりひこ No.797 

いきなりアイディアが浮かぶ。どうしてその結論に自分は立ち至ったのか、何を見て、私はそう思ったのか、・・・というふうに時間を遡って、自分が着目した断片的事実を列挙してゆく。

 

 

2020年1月6日の内田樹さんの論考「国語教育について」(その3)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 カール・マルクスもそうです。マルクスは『共産党宣言』で歴史上の四つの社会的対立の事例を取り上げて、歴史の動力は階級闘争であるという結論に一気に持ってゆく。四つの個別的な事例から「すべての・・・は・・・である」という全称言明を導くのは帰納的推理の仕方としてもいささか乱暴に過ぎるんですけれど、手順としては「これらすべてを説明できる一般的な法則はこれしかない」というかたちで「跳ぶ」わけです。

 マックス・ウェーバーもそうです。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の冒頭で、ウェーバーは「これから資本主義の精神とプロテスタンティズムの倫理の関連について話そうと思うが、『資本主義の精神』というのは単なる仮説にすぎない」と断定します。「資本主義の精神」というのは自分の脳内に浮かんだ一つのアイディアに過ぎない。これまで誰もそんなものがあると言ったことがない。でも、自分はそれを思いついてしまった。何だか知らないけれども、「資本主義の精神」というものがあるのではないかという気がしてきた。もし、そのようなものがあるのだとしたら、それがどのようなかたちを取って現れてくるのか、その具体的な事例をいくつか例示してゆこうと思う、と。そういうふうに話を始めるわけですね。

 これは名探偵の推理の仕方の本質を、いわば裏側から明らかにしているんだと思います。結論がいま頭の中にぽっと浮かんだ。どういう根拠でそういうアイディアが浮かんだのか、まだ自分にはわからない、というところから話を始める。推理が逆転しているのです。どうして自分はこんな結論を思いついたのか、何を見てそう直感したのか、それを逆方向に遡行してゆく。それが『資本主義の精神』におけるウェーバーの手法なのですけれど、これはたしかに名探偵の推理の本質なんです。

 さきほど名探偵は「散乱している断片をすべて説明できるストーリーを見つける」というふうに言いましたけれど、ほんとうは違うんです。名探偵はなぜか最初に「犯人はあいつだ」ということがわかってしまうんです。わかった後に「どうして私はあいつが犯人だとわかったのか」という問いを遡行していって、自分が直感した根拠となった「断片」を列挙してゆくのです。

 これは卓越した知性についてはだいたいそうなんです。たしかに論文を書くときには、いくつかの実証された事実を前にして、それらをすべて説明できる仮説を立てる、という順序で進むんですけれど、実際に脳内に起きているのは「結論が先」なんです。いきなりアイディアが浮かぶ。どうしてその結論に自分は立ち至ったのか、何を見て、私はそう思ったのか、・・・というふうに時間を遡って、自分が着目した断片的事実を列挙してゆく。

「資本主義の精神」というアイディアがふとウェーバーの頭に浮かぶ。きっとそういうものがあるに違いないという気がする。でも、どうして「そんなこと」を思いついたのだろう。おそらく、何かを見て、そう思ったのだ。さて、私は何を見たのか。これがウェーバーの推理の順序です。

 

 シャーロック・ホームズにはモデルがいるということをご存じでしたか。コナン・ドイルがエジンバラ大学の医学部の学生だった頃の先生でジョセフ・ベルという人がいました。その人がホームズのモデルです。

 ベル先生は初診の患者が診察室に入ってきて、椅子に座るまでの数秒間の観察だけで、その人がどこの出身で、職業が何で、家族構成がどうで、どういう既往症を患っていて、今回どういう病気で診察に来たのかをずばりと言い当てたそうです。コナン・ドイルたち医学生は後ろでベル先生の超人的な診断を聴いて肝をつぶしたそうです。

 ホームズがワトソン博士とはじめて会ったときに、アフガニスタンから負傷して戻ってきた軍医だということをずばりと言い当てる『緋色の研究』の冒頭シーンはベル先生の診断を下敷きにした逸話です。

 ベル先生の場合は「どういうわけか」わかってしまう。医学生たちが「どうしてわかるんですか?」と質問したらあるいは何を観察してそう判断したのか、二三の断片を示して教えてくれたかも知れませんけれど、実際には数秒間のうちに患者が発信している膨大な量の断片的情報をスキャンして、そういう結論に達していた。結論はわかった。でも、自分がどうしてそういう結論に達したのか、自分は何を「見た」のか、それは時間をかけないと言えない。

 

 

2020年

1月

24日

内田樹さんの「国語教育について」(その2) ☆ あさもりのりひこ No.796

途中までは論理的に思考しながら、ある時点でそれ以上の可能性を吟味するのが怖くなって、思考停止すること、それが「非論理的」ということです。

 

 

2020年1月6日の内田樹さんの論考「国語教育について」(その2)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 そうやってポウから推理小説に入って、当然、その後は、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズに行きつくわけです。10歳から12歳くらいのときに、僕はホームズを耽読しましたけれど、そのときに僕はたぶん「論理的に思考する」とはどういうことかということの基本を刷り込まれたと思います。それは「大胆さ」ということです。

「ある前提から論理的に導かれる帰結」のことを英語では「コロラリー(corollary)」と言います。日本語にはこれに当たる適切な訳語がありません。コロラリーはしばしばわれわれの常識を逆撫でし、経験的な知識の外側にわれわれを連れ出します。僕は「論理的に思考する」というのは、それがどれほど非常識であろうと、意外なものであろうと、論理がその帰結を導くならば、自分の心理的抵抗を「かっこに入れて」、それをとりあえず検証してみるという非人情な態度のことだろうと思います。

 シャーロック・ホームズの推理がまさにそうです。ホームズとスコットランドヤードの刑事たちは犯罪現場で同じ断片を前にしています。そこにある全ての事実を説明できる「ストーリー」をホームズはみつけようとする。警察官たちは、そうではありません。いくつかの事実については、それらを「なかったこと」にして、残った事実を説明できる「よくある仮説」を選好する。ホームズとの違いはそこです。ホームズはすべての断片がぴたりと収まる「ストーリー」を探す。警官たちは、まず蓋然性の高い「ストーリー」を考えて、それに当てはまる断片だけを拾い上げて、当てはまらない断片は捨てる。

 ホームズの論理性と、警官たちの論理性の違いは、そこにあり、そこにしかありません。すべての断片を説明しようとすると、探偵はしばしば「あり得ないような、とんでもない仮説」を採用しなければならない。警官たちは、それを恐れます。できるだけ「よくある話」に回収したい。でも、ホームズは「よくある話」に収めることには何の関心もない。すべてを説明できる仮説がどのような法外な物語であっても、それを恐れない。

 

 途中までは論理的に思考しながら、ある時点でそれ以上の可能性を吟味するのが怖くなって、思考停止すること、それが「非論理的」ということです。それが探偵小説に出てくるすべての凡庸な警察官たちに共通する弱点です。あるところまでは、名探偵と一緒に論理的に思考するのだけれど、ある限界に達すると、目を背けて、思考を停止する。「こんなこと、あるはずがない」という自分の日常的な感覚を論理よりも優先させる。

 論理的にものを考える人間と考えられない人間の違いはここにあると僕は思います。

 論理的に思考するというのは幅跳びの助走のようなものです。ある程度速度が乗って来て、踏み切り線に来た時に、名探偵はそこで「ジャンプ」できる。凡庸な警官たちは、そこで立ち止まってしまう。まさに「ここで跳べ」という線で立ち止まってしまう。論理性とはつきつめていえば、そこで「跳ぶ」か「跳ばない」かの決断の差だと思います。

 長じてから、これは探偵小説に出て来る名探偵たちだけでなく、すべての卓越した知性に共通する特性だということに気づきました。卓越した知性と凡庸な思考の決定的な差は知的能力の量的な違いではありません。「跳ぶ」勇気があるかどうか、大胆であることができるかどうか、それだけなのです。

 

 例えば、ジークムント・フロイトがそうです。フロイトの『快感原則の彼岸』は間違いなく20世紀で最も読まれ、最も頻繁に引用されたテクストですけれど、この中でフロイトは徹底的に論理的に思考することを通じて、「強迫反復」と「タナトス」というわれわれの常識を逆撫でする概念を提起しました。

 フロイトの立てた問題は「なぜ人間は不快な経験を反復するのか?」という問いでした。不快な経験は不快なわけですから、快感原則に従うなら、不快な過去の記憶は忘却された方がいい。けれども、トラウマ的な経験をした人たちはそれを繰り返し悪夢に見て、悲鳴を上げて起き上がる。なぜ人は不快な経験を反復するのか。

 その症例研究から始めて、フロイトは「反復すること」への固執は「快・不快」よりも優先するという命題を「論理的」に帰結します。そして、そこから「タナトス(死への欲動)」というまったく「非常識な」仮説を導き出す。

 観察したすべての症例を説明するためには、人間には死への欲動があると仮説せざるを得ない、と。このときにフロイトは「跳んだ」わけです。

 このときに、フロイトは「思弁」という言葉を使います。これから、私が述べることは思弁的である。現実の生活実感の裏づけがない。市民的常識を逆撫ですることかも知れない。けれども、症例研究からの論理的帰結はこれしかない、と。「死への欲動」は厳密なコロラリーである、と。

 

 僕が『快感原則の彼岸』を読んだときに、一番震えたのは、結論の「死への欲動」という概念そのものの意外性のもたらす衝撃ではなく、フロイトが具体的な症例研究から始まって、「強迫反復」と「タナトス」に至るときに、ある踏み切り線を「跳び越えた」ことについてです。「すごい」と思いました。「勇敢だなあ」と思った。この人は自分の論理性に体を張っていると思った。「こう、こうなら、論理的帰結はこうしかない。世間の人が何と言おうと、常識が何と言おうと、論理的にはこう結論するしかない」というフロイトの豪胆さに、僕は震えたのです。

2020年

1月

23日

五島つばきマラソンへの道 その3 ☆ あさもりのりひこ No.795

2020年1月19日(日)、橿原運動公園でペース走120分、19.4㎞。

最後の2.4㎞は5分50秒台で走れた。

後半、速度が落ちなくなった。

 

1月20日(月)早朝、安藤大さんのトレーニング「アントレ」。

昨日2時間走ったので、今日は脚を休めた。

 

1月21日(火)夜、トレッドミルでビルドアップ走を30分。

時速8.8㎞から10.8㎞まで、6段階で上げていって、4.8㎞走った。

 

1月22日(水)早朝、起伏のあるコースを2周、6.2㎞、50分50秒。

階段は1周10か所合計536段あるので、2周で1072段かけ上がった。

最後に、ウインドスプリント200メートルを5本。

 

1月23日(木)早朝、雨が降っているので、室内で筋トレ。

筋トレは今年はじめて。

 

 

第20回五島つばきマラソンまで、あと31日。

2020年

1月

22日

内田樹さんの「国語教育について」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.794

「論理的に思考する」というのは、僕の理解では、断片的な情報を総合して、一つの仮説を立て、それを検証し、反証事例に出会ったら、それを説明できるより包括的な仮説に書き換える・・・という開放的なプロセスのことだと僕は思います。

 

 

2020年1月6日の内田樹さんの論考「国語教育について」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

去年国語教育について、国語科の教員の先生たちの集まりで講演した。もうだいぶ前のことである。同じようなことはこれまでもブログに書いてきたけれど、たいせつなことなので、何度も繰り返して言い続ける。

 

 今日は国語教育についてお話しいたします。多分、現場の国語の先生たちはとても苦しい立場に置かれて、これから先、どのようにして国語教育を進めていったらいいのか、正直言って分からないというところにいるのではないかと思います。今度、学習指導要領の改定がありまして、これまでとずいぶん違った形で、国語教育を進めなければいけなくなりそうだということこの間ずっと話題になっています。論理国語と文学国語という区分が何を意味しているのかよく分からない。

 先般、今日の講演の打ち合わせのためにいらっしゃった先生方と早速その話になりまして。「論理国語って何ですか、一体。意味が分からないです」と伺いました。ネット上では、かなり批判的なことが書かれていましたけれども、「論理国語」の実体が分からないので、コメントしようがない。

 そうしたら、そのときにいらっしゃった先生が、論理国語の模試の試験なるものを見せてくれました。ご存じの方も多いと思うのですけれども、生徒会の議事録と生徒会の規約が掲載されていて、その議事録と生徒会の規約の文言を読んで、年度内に生徒総会を開くことは可能かどうかについて答えよというのが「論理国語」の模試問題でした。思わず、天を仰いで絶句しました。

 どうやら、論理的な思考力というのを、契約書を読んだり、例規集を読んだり、マニュアルを読んで理解する能力のことだと考えた方が作問したようです。これはいくら何でも「論理」というものについての理解が浅すぎます。

「論理的にものを考える力」それ自体はたいへんけっこうなものです。文章の階層構造を理解したり、断片から全体の文脈を推理する力は複雑な文章を読む上では必要不可欠ですから。でも、申し訳ないけれど、規約とか契約書というのはまったく「複雑な文章」ではありません。誤解の余地のないように、一意的に理解されるように書かれたものです。そういう「可能な限り簡単に書かれたテクスト」を読むために、わざわざ「論理国語」というかたちで教育内容を分離して、従来の国語では教えられなかったことを教えるということの意味が僕にはわからない。そんなものを「論理」とは呼ばないだろうと思いました。

 論理国語の問題を読まされて、「論理とは何のことか?」と改めて考えました。まずその話をします。

 

「論理的に思考する」というのは、僕の理解では、断片的な情報を総合して、一つの仮説を立て、それを検証し、反証事例に出会ったら、それを説明できるより包括的な仮説に書き換える・・・という開放的なプロセスのことだと僕は思います。

 僕自身の子ども時代のことを回顧すると、最初に「論理的に思考する知性」に出会ったのは、エドガー・アラン・ポウの『黄金虫』だったと思います。小学校4年生ぐらいのときのことです。

 主人公は砂浜で拾った羊皮紙の断片をキッド船長の宝物の地図だと仮定して、暗号を解読し、ついに海賊の宝を見付けるという話です。ポウ自身が暗号の専門家であったせいで、この暗号解読のプロセスは本当にどきどきします。

 ポウはオーギュスト・デュパンという名探偵も造形しています。『モルグ街の殺人』と『盗まれた手紙』でデュパンは大活躍しますけれど、これもまた、胸躍る読書経験でした。どちらの物語でも、ふつうに考えたら「ありえない仮説」をデュパンは立てるのです。でも、断片的な事実を総合すると、「それ以外の仮説では、このすべてを説明することができない」というふうに推理する。

 名探偵の推理が凡庸な警察官の推理と違うのはそこです。警察官の推理がある限界を超えられないのに対して、名探偵はその限界を軽々と超えてしまう。「たしかに論理的にはそういう仮説もありうるけれど、常識的に考えて、そんなこと、あり得ない」というふうに凡庸な知性はある時点で立ち止まって、論理をそれ以上進めることを止めてしまう。論理が「この方向に進め」と命じているのに、「常識的に考えて、それは無理」という縛りにとらえられて、足を止めてしまう。

 名探偵の名探偵たる所以は、そこで「足を止めない」ということです。論理がそちらを指すなら、どんな「あり得ない」仮説であっても、とりあえずそれを受け入れて、検証してみる。この「大胆さ」が実は論理性ということの実体なのだと思います。

 

『黄金虫』の「私」が最終的に海賊キッドの宝を見つけることができたのは、最初に羊皮紙を拾ったときに、「これは海賊の宝の地図ではないか」という「あり得ない仮説」を立てたためです。確率的には散歩していて、海岸で海賊の宝の地図を拾うというようなことはあり得ません。でも、「私」は「そういうことも万が一あるかも知れない」というふうに解釈可能性を広げて現実を観察した。確率的にどれほど低くても、論理的にはあり得るなら、「あり得る」という可能性を捨てない。それが論理的知性というものの本質的な働きだと僕は思います。

2020年

1月

21日

福の種@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

中国で発生した新型コロナウイルスに関して毎日ニュースになっていますが,

見る度に感染者数が増加していて,昨日で200人を超えました。

 

実際のところ,一桁,二桁数字が違うのでは・・・なんて報道もあり,

今週末にはいよいよ春節を迎えます。

 

中国からの観光客がどっと押し寄せるのかと思うと・・・

日本での感染が広がらないか不安です(-_-;)

 

 

さて,正月は身内がインフルエンザにかかったりしてバタバタな新年でしたが,

昨年末のブログで宣言したとおり,今年は初詣に行ってきました!

 

古くからある神社で,メインの本殿以外にも第二本殿,第三本殿,

その他にも小さい社がいくつもあり,全て参ると結構な数になります。

 

でも,去年は私も含め親族皆の健康運が散々だったので,

今年は皆の健康祈願も兼ねてお参りしてきました。

 

・・・財布の小銭はすっからかんになりましたが(^^;)

 

 

帰りに祖母にお守りでも買って帰ろうかと社務所に立ち寄ったところ,

社務所のすぐ横に「 福の種授受所 」の文字が。

  

 

金運上昇のお守りとのことで,数量限定ですが

無料でいただけるとのこと。

 

子どもの頃から何度も参拝に来ていましたが,

今まで知らなかった・・・

(゚Д゚)

 

福の種はお財布に入れておくと良いそうなので,

なくさないように気をつけないと!

 

 

今年は良い年となりますように<(_ _)>

 

2020年

1月

20日

内田樹さんの「今年の10大ニュース」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.793

書物は「外部」への扉である。

 

 

2019年12月31日の内田樹さんの論考「今年の10大ニュース」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

4・今年も韓国に行った。

 2012年から始まった恒例の韓国講演ツァーに今年も行った。

 去年からは伊地知先生が率いる「修学旅行部」も同行することになって、厚みのある企画となった。今年はソウルと大田で僕が講演し、済州島で修学旅行という3泊4日の日程だった。通訳はいつもの朴東燮先生。

「戦後最悪」という日韓関係のせいで、例年のように教育委員会の公式招聘ということがかなわず、市民団体の主催ということになった。それでも、たくさんの方たちが集まってくださった。

 僕の本は朴先生の獅子奮迅の活躍のおかげで、ついに26冊が韓国語訳されたそうである。日韓関係が市民同士の相互理解を通じて確かなものになることを僕は願っている。

 

5・武蔵小山にセカンドハウスを借りた

 2020年の東京五輪を前にして、東京のホテルが借りにくくなっている。僕の定宿だった学士会館も昔に比べると予約が取りにくくなったし、お盆と正月が休業というのがつらい。どうせ毎月東京に理事会で行き、その前後に東京での仕事を入れる。急な用事で東京に行かなければならないこともよくある。意を決して部屋を借りることにした。

 どこがいいか。土地勘のあるところと言うと20歳から20年間を過ごした自由が丘、尾山台、上野毛という大井町線沿線か、17歳まで育った下丸子周辺の目蒲線沿線である。

 井上英作さんに専門的な助言を頂いて、いくつか紹介してもらい武蔵小山に決めた。

 武蔵小山なら駅前に石川茂樹くんのLive Café Againがあるし、7~8分歩くと、平川君のいる荏原中延の隣町珈琲がある。両方に歩いていけるところにマンションを借りた。

 内装は東京住まいのるんちゃんにお願いした。

「昭和の大学生の下宿みたいな内装にしてあげるよ」ということで、お任せしたら、たしかにそんな感じになった。たいへん居心地がよろしい。

 東京五輪が終わるまでの期間限定のつもりだったけれど、なかなか使い勝手がいいので延長することにした。ホテルだと朝の10時にはチェックアウトだけれど、自分の部屋なので、パジャマのまま昼過ぎまでだらだらしていられる。着替えも、PCも、背広とネクタイも置いてあるので、東京旅行が鞄ひとつで済む。本もDVDもある。連泊するときはまことに楽ちんである。大学の理事はまだもう少し勤めなければいけないようなので、2022年くらいまではムサコの人である。

 

6・山學院学長となる

 青木真兵君と海青子さんご夫妻が東吉野村に開いた私設図書館「ルチャ・リブロ」を拠点として、地域文化活動が盛んになっている。その一環として、真兵くんが仲間たちと東吉野村に「山學院」という学術拠点を作ることになった。

 その学長を仰せつかった。

 若い人の創造的な活動を支援するのは年長者の義務であるから、四の五の言わずに拝命した。

 6月に山學院開校式があり、日本全国から70人の善男善女が集った。

 地方に移住して、そこから市場経済と一線を画した手作りの活動をしている人たちが多かった。

 真兵くんたちのは「ひとり図書館」だが、日本各地に「ひとり書店」や「ひとり出版社」があることをそのとき知った。別に誰かが言い出した運動ではなく、同時多発的・自然発生的にそういうことが起きているのである。

 書物は「外部」への扉である。

 そのことを直感している若い人たちがこれだけいることを知った。

 日本はまだまだ大丈夫である。

 真兵君たちの実践については『彼岸の図書館』に詳しい。僕も真兵くんといろいろお話してます。ぜひご一読ください。

 

7・もうひとつ

もう一つ、別の新しい大学の客員教授となることになった。

まだ開学前なので、詳細を申し上げることはできないけれど、面白い教育実践ができそうである。

 

8・すごい若い人たちを知る

 矢内東紀(aka えらてんさん)さんと中田考先生のご紹介で知り合い、機を見るに敏なる晶文社の安藤さんの企画で一緒に対談本を出すことになった。

 その趣旨についてはブログに「まえがき」を上げたので、それを読んで頂ければわかると思うけれど、こういうまったく僕の知らないエリアで活動してきた若い人には教えられることがほんとうに多い。

 Time has changed ということを実感した。

 もう一人それを実感したのは、永井陽右さん。

 これは朝日新聞のネットメディアの企画で対談したのだけれど、この方もえらてんさんと同じく28歳の青年。

 ソマリアで「ギャングが堅気になるための就労支援」という信じられないほど危険な活動をしている若者である。

 でも、別に肩に力が入っていない。穏やかな表情と明るい声で、淡々と困難な事業について話してくれた。たいしたものである。

 もう一人はまだお会いしたことがないけれど、齋藤幸平さん。

『未来への大分岐』という集英社新書がある日送られてきた。集英社の伊藤直樹さんが選んで送ってくれるので、彼の鑑定眼にかなった本のはずである。そのうち読もうと思って、テーブルの上に置いておいた。すると光嶋君が読んで驚いたという感想をTwitterに書いていたので、「おお、その本ならうちにもあるぞ」と思って探して開いてみたら、齋藤幸平さんの直筆サイン入りの献本だった。

 こ、これは失礼なことをした。

 さっそく読んでみて、これも仰天した。

 若い人は僕たちおじさんたちの知らないうちに、どんどん新しい知的な領域に踏み込んで行って、世界的な業績を上げているのである。

 もって瞑すべし。

 こういう若い人たちの活躍を知ると、「もう引退してもいいかな」という気になる。ありがたいことである。

 

9・今年もいろいろ本を出した

成瀬雅晴先生との対談本『善く死ぬための身体論』(集英社新書)

『生きづらさについて考える』(毎日新聞出版)

『そのうちなんとかなるだろう』(マガジンハウス)

平川克美君との対談本『沈黙する知性』(夜間飛行)

えらてんさんとの対談本『しょぼい生活革命』(晶文社)

の五冊。

 来年は『サル化する世界』(文藝春秋)が年明けに出て、晶文社のアンソロジー『日韓関係論』が出て、るんちゃんとの往復書簡本、ミシマ社の語り下ろし本『日本習合論』くらいかな。『レヴィナスの時間論』は年内完結予定だったけれど、ローゼンツヴァイクを論じ始めたので、なかなか終わらない。なんとか、来年のうちには終わらせて、完結したら新教出版社から単行本。まだ何か忘れているかも知れないけれど、それはご容赦ということで。

 

 これくらいでいいかな。10個ないけど。

 

 では、皆さん佳いお年をお迎えください。

2020年

1月

17日

内田樹さんの「今年の10大ニュース」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.792

ついに人間的に成熟することも、十分な知識を身につけることもなく人生を終えるのである。

 

 

2019年12月31日の内田樹さんの論考「今年の10大ニュース」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

今年の十大ニュース

 

恒例により、大晦日に一年を回顧してみる。

 

1・古稀のお祝いをしてもらう

 満で69歳になったので、凱風館の門人たちが中心になって神戸シェラトンホテルで1年前倒しで古稀のお祝いをして頂いた。

「人生七十古来稀」である。古来稀なりの年齢になってしまったけれど、あまり実感がない。

 いや、身体のあちこちにガタが来ていることはわかる。以前だったら軽々とできたことが「よっこらせ」と自分を励まさないと始められない。そろそろ「お迎え」に向けて覚悟を決めなければいけないということもわかる。なにしろ、年金受給者になったのだし、先日は神戸市から「高齢者用無料パス」の申請書が送られてきたんだから。

 しかし、「人生、見るべきほどのことは見つ」というところまで達観できない。

 逆である。

 書斎の本棚を見上げても、「ああ、ここにあるこれらの本のほとんどを結局俺は読まずに終わるのか」としみじみ思う。読むべきだとわかっている本、若いときから「いつかはきっと読むだろう」と思っていた本のほとんどを読むことなしにわが人生を終えるのである。ついに人間的に成熟することも、十分な知識を身につけることもなく人生を終えるのである。

 自分の無知と未熟を嫌というほど思い知らされるのだが、さりとて「これから努力して何とかします」という言い逃れがもう効かない。Time's up である。

 なるほど、これが老いるということであるのかとしみじみ思う。

 若い時には自分が老いるということがうまく想像できなかった。

 老いたおかげで、どうして若い時に「老いた自分」を想像できなかったのか、その理由だけはわかった。

「頭の中身は若者のままなのだけれど、身体機能ばかりが衰え、周りからも老人扱される19歳」というような怪しげな生き物の心境を19歳の私に想像できたはずがない。

 いまはその「怪しげな生き物」を日々生きているわけであるから、それがどういう感じのものかはよくわかる。よくわかるけれど、その感じをタイムマシンで50年前にもどって19歳の自分にわかるように説明することはできないだろうと思う。

 19歳の自分にはどれほど情理を尽くして説明しても決して理解できない「感じ」がいまはよくわかるということが「老いの手柄」ということなのかも知れない。

 

2・「船弁慶」のシテを務める

 6月の下川正謡会で能「船弁慶」のシテを務めた。

 お能のおシテを演じるのは「土蜘蛛」「羽衣」「敦盛」に続いて4回目。

 「土蜘蛛」と「敦盛」は前シテが直面だし、出番も短い。「羽衣」は中入りなしで、最初から最後まで立ったままで、舞もなかなか楽しい。でも、「船弁慶」は前シテが静御前、後シテが平知盛の幽霊。現実の女性と怨霊の男性を演じ分けなければいけない。それだけではなく、前シテはほぼ座ったまま(これがつらいの)、後シテは長刀を振り回しての立ち回りという、心理的にも身体的にもかなり過酷な能である。

 一年間かなりハードな稽古を積んだ結果、舞台は無事に終わり、自分でも納得できたけれども、膝を傷めてしまった。なかなか治らない。

 

3・橋本治・加藤典洋のお二人を鬼籍に送る。

 1月29日に橋本治さん、5月16日に加藤典洋さんというふたりのたいせつな先輩がご逝去された。

 このお二人と養老孟司、関川夏央、堀江敏幸の五人の方々が僕が2007年に第六回小林秀雄賞を受賞したときの選考委員だった。

 選考委員を代表して、橋本治さんが授賞理由についてお話をしてくれた。舞台に並んで立って、橋本さんが僕の『私家版・ユダヤ文化論』について語ってくださるのを横で聞いた。なんだか夢のようだった。

 橋本さんは20代からの僕の久しい「アイドル」であった。『桃尻娘』からあと、ずっと読み続けた。亡くなったときに、書棚にある橋本さんの本を数えたら125冊あった。それでも橋本さんの全作品の半分に及ばない。どれほど影響を受けたかわからない。

 

 加藤さんとはじめてお会いしたのは、鎌倉の鈴木晶先生のおうちで、雨の中のBBQの席でだった。

 鈴木さんが「高橋源一郎が近所だから呼ぼうよ」ということになって、電話をかけたら、たまたまその日高橋さんに会いに来ていた加藤さんも同道された(橋本麻里さんと千宗屋さんも一緒だった。ずいぶん豪華なゲストだ)。

 それが加藤さんとお会いするはじめてだった。

 僕の批評的な作物としてのデビュー作である『ためらいの倫理学』は加藤さんの『敗戦後論』についての論考をひとつの軸にしたものである。この本をめぐる論争の中で、加藤さんの側に理ありとしてコメントした人はあまりいなかった(加藤さんによると「孤立無援」だったらしい)。僕は加藤さんの側に立って論陣を張った例外的な一人だった。

 加藤さんは当時信濃毎日新聞に連載していた時評に『ためらいの倫理学』を取り上げてくれた。加藤さんによると「日本で一番早く内田さんのことを論じたのは僕だよ」ということであった。

 その加藤さんと鈴木さんのおうちではじめてお会いしたのである。このメンバーだから、話が弾んで止まらない。夜遅くまで話し続けた。加藤さんは志木のご自宅に帰るつもりでいたのだけれど、話が止まらなくなって終電を逃し、僕が鎌倉駅前に取っていたホテルのツインの片側で寝ることになった。ホテルの部屋でも話が止まらず、翌朝の横須賀線の中でも話が止まらなかった。

 それからも養老先生が主催されている「野蛮人の会」で毎年暮れにお目にかかったし、アルテス・パブリッシングで対談本の企画があって、2009年から10年にかけて、長い時間対談をした(残念ながら本にはならなかったけれど)。

 加藤さんと最後にお会いしたのは、2017年の8月に長野の須坂市で行った「信州岩波講座」だった。そのときに加藤さんは「一階の批評」について話した。

「加藤典洋さんを悼む」というブログ記事にそのことは書いたけれど、加藤さんが「一階」と呼んだのは、現実を高みから一望俯瞰する「二階」でもなく、現実を無意識の欲動や衝動越しに眺めることのできる「地下」でもない、この現実のことである。

加藤さんはこう書いている。

 

「筆者は軟弱な人間である。謙遜ではなく、軟弱であることを価値であると考えている人間である。この一階だけがすばらしいといっているのではない。むろん、一階にいるだけでは問題は解決しない。ひとはいまそれですむ世界には、生きていない。時に二階に上がり、また地下に降りることも必要となるだろう。それどころか一階の床が抜け、地下に落下することすらあるかもしれない。

 しかし、たとえそうなったとしても、つねに一階の視点を失わないこと。そのことが大事ではないだろうか。(...)ふだんの人間がふだんにかんじる場所だからといって、そこに居続けることがそんなに簡単でないのは、ことばをもつことが、ふつうは、二階に上ることであり、でなければ、地下室に下ることだからである。ことばを手にしてしかも一階の感覚をもちつづけることは、そうたやすくない。」(『僕が批評家になったわけ』、246頁)

 

「ことばを手にしてしかも一階の感覚をもちつづけること」に加藤さんは全力を尽くした。みごとに一貫した仕事ぶりだったと思う。

 大瀧詠一、橋本治、加藤典洋と僕が兄事してきた先輩がたがこの数年のうちに次々と亡くなった(兄も加えると四人である)。

 

 父が80歳を超えた頃に「長生きしてつらいのは、古い友人たちがいなくなることだ」と慨嘆していた。僕はまだ「長生き」というほどではないけれど、「頼りにしていた先輩たち」が亡くなることの喪失感は身に沁みてわかる。

2020年

1月

16日

五島つばきマラソンへの道 その2 ☆ あさもりのりひこ No.791

2019年12月29日(日)、橿原運動公園でビルドアップ走15㎞、1時間38分16秒。

 

2020年1月2日(木)、高松塚~キトラ古墳~稲渕~甘樫丘を16.8㎞、2時間00分33秒。

久しぶりの「激坂」であった。

 

1月4日(土)、橿原運動公園でビルドアップ走18㎞、1時間56分43秒。

1㎞7分のペースから徐々に上げていって、最後の1㎞は5分38秒で走れた。

 

1月6日(月)早朝、起伏のある行程と階段上り508段を2周した(階段上り合計1016段)。

筋持久力を強化するために、「ビルドアップ走」と「階段上り」に集中して取り組んでいる。

この日で、1月の走行時間が10時間を超えた。

 

 

1月12日(日)午前、起伏のある行程と階段上り508段を3周した(階段上り合計1524段)。

 

1月13日(月)午前、橿原運動公園でビルドアップ走12㎞、1時間16分15秒。

1㎞7分のペースから徐々に上げていって、最後の1㎞は5分23秒で走った。

この日で、1月の走行距離が100㎞を超えた。 

 

 

第20回五島つばきマラソンまで、あと38日である。

2020年

1月

14日

今年の抱負は何でしょうか?

 

本日は、事務局担当日です。

 

さて、明日15日で「松の内」が終わり、お正月気分を吹っ切り、本格的に新年を始動となると思います。

 

ところで、みなさんは、楽しい初夢はみましたでしょうか?

 

また新年にあたり抱負は持っていますか?

 

昨晩、年始恒例のテレビ番組『さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル』を観ました。

 

観ながら思ったことは、大なり小なり夢を持つことの大切さでした。

 

夢を、希望を実現できた人が、喜ぶ姿を見て、観ているこちらも嬉しくなり元気をもらえた様に思えます。

 

高校生の頃までは、書道の先生や神主さんに書初めで新年の抱負を書くことを進められ、短い言葉で何度か書きましたが、社会に出てからは、心の中では思っても文字にすることは、少なかったように思います。

 

私も息子に、今年の抱負は?と尋ねながら、自分の抱負が漠然としていたことに気づきました。

 

社会人になって、歳を経るにつれて、何人もの目標を達成した姿を見て、目標を掲げることは、本人にとっても、周りにとっても、とても意味ある事だと思うようになりました。

 

夢を実現したり、目標を達成できたりすれば、周りにも喜びや楽しさを与えられ、そしてそれを見た周りの人も夢を実現しよう、目標を達成しようとする相乗効果が生まれるのではないかと、私は思います。

 

時間は前にしか進みませんので、過去を振り返って、後悔だけをすることはやめましょう。

 

そして、前向きに進むために夢を持ち、目標を立てて、それを周囲に語り実現させましょう!

 

今年は、子年ですので、

夢に向かって、抱負の実現にむかってコツコツと進みましょう!