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2024年

4月

19日

内田樹さんの「兵器より温泉」 ☆ あさもりのりひこ No.1508

兵器を買う金があったら観光資源を充実させる方が安全保障上効果的である

 

 

2024年4月15日の内田樹さんの論考「兵器より温泉」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

定期的に悪友たちと集まって、箱根で湯治をしつつ麻雀をしている。50歳を過ぎた頃に始めた行事なので、もう20年を超えた。ずっと同じ旅館の、同じ部屋に泊まる。他の条件を同じにしておくと、経年変化が鮮やかに可視化されるからである。

創業メンバーの四人のうち一人(私の兄)はすでに鬼籍に入り、一人は認知症を病んで施設に収容された。残された二人(私と平川克美君)の友人を呼んで定員を補充したが、若手の代表格だった小田嶋隆さんは一昨年亡くなり、釈徹宗先生は多忙のためになかなか都合がつかない。今回はなんとか6人が集まり、五分咲きの桜の下で琴棋詩酒を楽しむ境地のまねごとをしてきた。

 箱根の様変わりぶりに驚かされた。前回(4か月前)の外国人観光客はほとんどが中国からのお客様たちだった。今回も中国人ツーリストの数は同じくらいだが、それよりはるかに多い数の非アジア系(欧米かオーストラリアからか)の観光客が駅やバス停にひしめいていた。若い人たちのグループもいるし、家族連れもいるし、旗を持ったツァーコンダクターについてぞろぞろ歩く中年の団体もいる。バカンスの時のスペインやイタリアの観光地でよく見た光景である。

 コロナ前の賑わいを取り戻したどころの騒ぎではない。どうやら歴史的な円安のおかげで日本の観光地は「安くて、美味くて、治安がよくて、接客サービスがよい」ということが全世界に周知されることになったようである。お客様たちの来訪でコロナ禍で文字通り「閑古鳥が鳴いていた」観光地が息を吹き返したことは慶賀の至りである。

 この風景を見て、やはり日本の未来は「観光立国」だろうと思った。食文化と接客の質において、間違いなく日本は世界一である。物価が高いのがネックだったが、為替格差のせいで日本は外国から見ると「非常に物価の安い国」になった。前にスキー場のリフトで隣り合わせたオーストラリアの青年になぜこんな遠くまで来たのか訊いたら「国内のスキー場に行くより、日本まで飛行機で来た方が安いから」と教えてくれた。たぶん、箱根にひしめいていた観光客たちも「スペインやイタリアより日本の方が安い」からいらした方たちなのだろう。

 こうなったら、もう「これで行く」と腹をくくったらどうかと思う。温泉、神社仏閣、桜や紅葉の名所、伝統芸能、美酒美食...日本には世界に誇る観光資源がある。一朝一夕でできたものではない。千古の努力の成果である。これに類する観光資源を有する国はアジアには存在しない。接客サービスの費用対効果では欧米をはるかに凌ぐ。だとすれば、世界中の人が「日本に行きたい。日本で休暇を過ごしたい。できたら日本で暮らしたい」と思うところまで「歓待の国」化したらどうか。

 中国人富裕層が日本に不動産を購入することを「侵略だ」と気色ばむ人がいるけれど、早とちりしなで欲しい。そういう人たちは資産を移す先は「できるだけ社会秩序が安定的であって欲しい」と願うものである。だから、もし中国政府が仮に日本との関係を対立的な方向に進めようとした場合に「そういうことは止めておいて欲しいです(私の家があるんですから)」と宥和的な政策を願うはずだからである。スイスの銀行に個人口座を持っている人たちは(テロリストでさえ)「スイス侵略」に反対するのと同じ理屈である。

 

 究極の安全保障は「その国が侵略されたり、破壊されたりすると私が個人的に困る」というステイクホルダーを全世界に持つことである。兵器を買う金があったら観光資源を充実させる方が安全保障上効果的であると私は考えるが、いかがだろう。(山形新聞、「直言」、4月9日)

2024年

4月

18日

奈良マラソン2024への道 その4 ☆ あさもりのりひこ No.1507

4月12日(金)早朝、テンポ走、37分40秒、6.21㎞、平均ペース6分04秒/㎞、総上昇量88m、消費カロリー422㎉。

1 6分38秒(上り下り)

2 6分48秒(上り)

3 5分31秒

4 6分03秒

5 5分42秒(下り)

6 5分49秒(上り下り)

7 5分35秒(210m

 

4月13日(土)早朝、坂道ダッシュ300m×3本、43分32秒、6.326㎞、平均ペース6分52秒/㎞、累積上昇157m、消費カロリー421㎉。

6分53秒、6分48秒、6分12秒(500m)

6分07秒/㎞、8分20秒/

6分01秒/㎞、8分32秒/

6分02秒/

7分28秒、6分35秒、6分18秒(300m)

 

4月14日(日)午前、稲渕・細川、2時間13分00秒、18.41㎞、平均ペース7分13秒/㎞、総上昇量468m、消費カロリー1310㎉。

1 7分01秒(上り下り)

2 7分00秒(上り)

3 6分27秒

4 7分05秒

5 8分07秒(上り)

6 8分08秒(上り下り)

7 6分47秒

8 8分32秒(上り)

9 10分15秒(上り)

10 6分56秒(上り下り)

11 5分44秒(下り)

12 6分57秒

13 8分10秒(上り)

14 6分21秒(下り)

15 6分39秒

16 6分39秒

17 7分08秒(上り下り)

18 6分35秒(上り下り)

19 6分02秒(410m

 

4月15日(月)安足日。

 

4月16日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミル、30分、4.15㎞、傾斜2.0%、時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、消費カロリー362㎉、手首に重り1㎏×2。

 

4月17日(水)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏×2。

 

4月18日(木)早朝、階段1045段、50分07秒、6.15㎞、平均ペース8分09秒/㎞、総上昇量88m、消費カロリー470㎉。

8分09秒、8分44秒、8分00秒

7分49秒、8分41秒、7分44秒

6分36秒(150m)

 

 

2024年

4月

17日

内田樹さんの「『東京ミドル期シングルの衝撃』(宮本みち子、大江守之編著、東洋経済新報社)」(後編) ☆ あさもりのりひこ No.1506

本書を読む限り、ミドル期シングルは「年をとってもあまり人間が変わらない」人たちのようだけれど、実際には人間は変わる。しばしば劇的に成長する。

 

 

2024年4月15日の内田樹さんの論考「『東京ミドル期シングルの衝撃』(宮本みち子、大江守之編著、東洋経済新報社)」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 次の論点は、このシングルたちはどのような社会的な関係を形成しているのかである。彼らが高齢化したときにアンダークラス化しないために欠かすことのできない条件は地域コミュニティにコミットしていることだからである。果たしてミドル期シングルたちはどのような「親密圏」を形成しているのか。

 これについては男女差が際立っている。男性シングルは親密圏の形成が苦手で、女性の方がずっとその点ではすぐれている。これはどなたも経験的にわかるだろう。

 男性シングルは親族との関係が希薄であるが、女性シングルは「ひとり暮らしに伴う経済的不安、孤独、犯罪に巻き込まれる不安、病気の不安を男性以上に感じやすい分、親やきょうだいと頻繁に連絡をとって、結婚によって築く親密圏に代わる親子関係を軸とする親密圏を築いています。」(156頁)

 おそらくリスクに対する不安が男性よりも強いせいで、女性の方が「家族に代わる多様な生活共同体(別居パートナー、コレクティブハウス、シェアハウスなど)」(156頁)の形成についても、あるいは「趣味やレジャーで会う人や同窓生などの"柔らかい紐帯""固い紐帯"と共に築いている人が男性より明らかに多いといえます。」(156頁)

 男性は親族のみならず仕事以外の友人・知人とのネットワーク形成にも未成熟である。だから、高齢期に病気になった場合にもケアマネージャーや行政に優先的に頼ろうとする。「日ごろから頼ることのできる家族的関係や友人知人関係を作っていない結果といえるでしょう。(...)ミドル期シングルの環境は、非家族的親密圏も中間圏も広く形成されている状態にはなく、孤立化するリスクを抱えているといえます。」(157頁)

 その通りだと思う。

 親はいずれ死ぬ。きょうだいとの縁も薄くなる。仕事も退職する。そのあとにシングルたちはどうやって生きるのか。ただ「生きる」のではない。一人の市民として、尊厳を以てどうやって生きるのか。

 本書では「ハンカーダウン(hunker down)」という言葉が使われているが、これは人々が「より私的な空間に閉じこもり、他者への信頼度が下がり、なるべくかかわらないようにしている」状態を意味するのだそうである。「引きこもり」である。地域コミュニティにコミットしない/できない状態のことである。

 もともと日本では地縁共同体が衰退している上に、「都会のミドル期シングルはあまり地域での重要な関係を持つことに積極的ではない」(162頁)。しかし、地域コミュニティへのコミットメントは「孤立化」を防ぐ最も効果的な手立てである。どのようにしてミドル期シングルを地域コミュニティとの関りを持たせることができるのか。それが実践的な課題になるのだが、アンケートに回答したミドル期シングルの8割は地域活動に参加していない。

「サードプレイス」という概念がある。「サードプレイスとは人々が自宅(ファーストプレイス)や仕事の場所(セカンドプレイス)以外で、社会的なつながりを築き、リラックスや交流を楽しむ場を指します。」(173頁)。コーヒーショップや図書館や公園がそれに当たる。ミドル期シングルは「ツーリングに出かける先、コンサート会場やスポーツ観戦の場所などの地域コミュニティには存在しない『イベント』的サードプレイス」を挙げているが、それは「"その場を楽しむ"ということに限定されており、必ずしも、何かあったときに支え合う、家族の代替になるものではなさそう」である。(173頁)

 ミドル期シングルは表面的には活発な社会的関係を形成しているように見えても、自分が高齢期になったときに「生活に不安のない人」は全体の3.7%しかいない。(176頁)「病気になったときに身の回りの世話をしてくれる人がいない、という不安は64%にも上がり」、「自分が『孤独死』する不安を多少でも持っている人は半数に上ります。」(176頁)「病気になったときや介護が必要になった場合に誰を頼ればよいのか、高齢期になってお金は足りるのだろうか、住むところはあるのだろうか、そして災害時に誰が助けてくれるのか」(176頁)という不安を多くのミドル期シングルは抱いている。

 特に災害の場合、地域コミュニティへの参与の有無は決定的である。避難所に知り合いが一人もいない状態で罹災者になるストレスはかなりシリアスだと思う。

 本書がそれゆえミドル期シングルたちに地域へのゆるいコミットメントを勧奨している。図書館や公園で会って挨拶する程度の関係でもいい。それだって、地域の一員であるという意識の培地にはなる。

 地域活動の核といえば、学校と病院である。学校と病院を「地域に開く」という試みはすでに行われている。子どもたちの教育活動に参加する、高齢者の支援者となるといった取り組みは「世代を超えて地域の結びつきを深めることに結びつくかもしれません。」(194頁)

学校と病院は「社会的共通資本」(宇沢弘文)の重要な柱である。これを安定的に維持することは地域共同体にとって死活的に重要であるのだから、学校と病院を「サードプレイス」にできた人は、かなり安定的な仕方で地域コミュニティに参与できるだろう。この見通しには私も同意する。

 いずれにせよ、鍵になるのは「ゆるい」ということである。都市生活者は「強い絆」を嫌う。何となく、ふらっと立ち寄った場所で、気が向いたら参加し、気が向かなかったら参加しないという程度の「ゆるいつながり」を求める。(196頁)

 面倒な話である。でも、「東京の中心ではミドル期シングルはもはやマジョリティです。ミドル期シングルを包摂し、ゆるやかにつながる地域を作り上げることは、地域、行政にとって、そして何より当事者たちにとって大切なことです」(200頁)という言明にはうなずかざるを得ない。

 

 以上、やや急ぎ足で本書の内容を要約した。求められているのは「書評」なので、評言を述べなければならないのだが、本書を読む限りでは「教えられること(そうだったんですか)」と「同意すること(そうですよね)」ばかりだったのでうまく論評の言葉を思いつかない。 

 付け加える情報があるとすれば、一つは大量の高齢シングルを抱えるせいで国難的危機に遭遇するのは日本だけではないということである。中国がそうなのである。

 中国は1979年から2014年まで35年にわたって「一人っ子政策」を採ってきた。多くの夫婦は「跡取り」が欲しくて女児を堕胎したせいで、この世代は男性が過剰である。配偶者を得られずに高齢を迎えた男性はすでに5500万人に達している。彼らの多くは低学歴、低収入、農村人口である(だから配偶者を得られなかったのである)。二代続けて「一人っ子」だった場合、親が死ぬと、彼らは妻子もきょうだいもおじおばもいとこもいない「天涯孤独」の身となる。中国社会は伝統的に個人の経済リスクは親族ネットワークで支えてきたけれども、この人たちは親族ネットワークというものがそもそもない。彼らの老後がどういうものになるのか、誰もわからない。最近の中国ネットでは「安楽死」が話題になっているそうである。「集団自決」と同根の発想なのかも知れない。

 もう一つ付け加えたいのは、私自身シングルのための地域コミュニティを手作りした経験があるということである。凱風館という武道の道場であり、学塾であり、かつ相互支援のネットワークの拠点を作った。メンバー同士で子育てを支援したり、起業を支援したり、病気のときの世話をし合ったりしている。先年「合同墓」を作った。シングルや子どものいない人たちのために、誰でも入れて、道場がある限り誰かに供養してもらえるお墓を作った。

 

 凱風館は「サードプレイス」であるが、違うのはただ「つながる」だけではなく、修行や勉学を通じて自己刷新を遂げることがメンバーに期待されていることである。本書を読む限り、ミドル期シングルは「年をとってもあまり人間が変わらない」人たちのようだけれど、実際には人間は変わる。しばしば劇的に成長する。そのためにも、ミドル期シングルの市民的成熟を支援する仕組みを構想することもまた私たちのたいせつな仕事だと私は思っている。

2024年

4月

16日

近鉄八木駅前に新たなフォトスポットが増えましたよ!

本日、4月16日は事務局が担当です。

昨年5月、今年3月に設置された銅像に引き続き、世界的人気ゲームシリーズ「ストリートファイター」シリーズに登場する「リュウ」及び「春麗(チュンリー)」のデザインマンホール蓋が設置されました。

1995年に、橿原市には今井町を模したマンホール蓋が設置されましたが、今回さらにユニークで、色のついたマンホール蓋が増えました。

「リュウ」及び「春麗(チュンリー)」のデザインマンホール蓋は、近鉄大和八木駅南側広場の歩道上の2箇所に有ります。

近鉄八木駅前 「リュウ」のデザインマンホール蓋
近鉄八木駅前 「リュウ」のデザインマンホール蓋
近鉄八木駅前 「春麗(チュンリー)」のデザインマンホール蓋
近鉄八木駅前 「春麗(チュンリー)」のデザインマンホール蓋

場所は、駅前広場とミグランス付近ですので、一度歩いて探してみて下さい。

更に、今回は、橿原神宮前駅中央改札口前にも、橿原市のイベントで放映されたオリジナルアニメ「よみがえる藤原京」をデザインしたマンホール蓋が設置されました。

そもそも、マンホール蓋がツルツルの鋼板だったら人や車が通過する際に、スリップする可能性があるので、模様には滑り止めの大切な役割があります。

下水道って汚水を流す汚いイメージと、ほとんどの施設が地下にあり普段目にすることがないため、せめて目に見えるマンホール蓋の模様を工夫することでイメージアップを図ろうと、1980年代頃から全国で展開されてきたそうです。

各自治体は、その地方の名物や観光名所などをデザインし、「ご当地マンホール」として特色のあるものにしているようで、結構収集家がいるそうです。

このように毎日の生活の中に、何か変化を創ることが、楽しさをも創りだすことになりそうです。

ぜひ、一度このマンホール蓋をご覧下さい。

追伸

マンホール蓋の撮影をしていたら、マンホール蓋の取材?ストリートファイター関係の取材?に来ていた毎日放送のクルーに取材を受けました。

この取り組みが話題になり、より多くの人に広まることを願う次第です。

2024年

4月

15日

内田樹さんの「『東京ミドル期シングルの衝撃』(宮本みち子、大江守之編著、東洋経済新報社)」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1505

いずれ日本社会は貧しく、孤独で、社会性のない数百万の老人たちを抱え込むことになるだろう。

 

 

2024年4月15日の内田樹さんの論考「『東京ミドル期シングルの衝撃』(宮本みち子、大江守之編著、東洋経済新報社)」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

東洋経済新報社の渡辺さんから新刊の書評を頼まれたので少し長い紹介を書いた。タイトルはやや挑発的だけれど、人口動態と地域コミュニティ形成についての手堅い研究である。でも、ほんとうに衝撃的なのは、こういう研究にごく最近まで誰も見向きもしかなったという事実の方なのである。

 

 人口減問題について語る人たちの多くはマンパワーの不足やマーケットのシュリンクや年金や医療制度の持続可能性について話すけれど、ほんとうにシリアスなのは「高齢期に入って社会的に孤立化したシングルのアンダークラス化」にある。本書はそのタブーを正面から取り上げた例外的な仕事である。

「アンダークラス」というのは「ワーキングクラス」のさらに下に位置する、生活保護なしでは暮らしていけない最貧困層のことである。差別と排除の対象となり、社会の底辺に吹き溜まる閉鎖集団である。

 日本でもこれから「高齢者アンダークラス」が大量出現する可能性がある。政治家も官僚もメディアもこの問題から目を背けてきたが、高い確率でこれからの日本社会はそういう集団を抱え込むことになる。いまミドル期(35歳~64歳)にあるシングルたちは遠からず高齢期シングルとなる。今のまま何の対策も講じずに放置しておけば、いずれ日本社会は貧しく、孤独で、社会性のない数百万の老人たちを抱え込むことになるだろう。

 

「明らかにされているのは、ミドル期シングルの総体は明確なリスク集団ではないが、パラサイト・シングルを含めて、高齢期に到達したときに経済的困窮や社会的孤立に陥るリスクが高い可能性があるという点です。」(25頁)

 

 病気になったり、介護の必要が出てきた時に、彼らには誰も世話をする人がいない。いったいどう生きたらよいのか。「高齢者は集団自決しろ」という暴論を唱えた経済学者がいたけれども、そういう極論が出てくるのは、もっと穏当で、人間的で、実現可能性のある政策がこの問題については今のところ存在しないということを意味している。恐ろしい話だが、そうなのだ。

 

 本書の論点はおおざっぱに言うと、(1)ミドル期シングルという集団がどれくらいの規模で存在するか(2)なぜ、そのような集団が形成されたか(3)この人たちが高齢化した時に、それを支援するどのような取り組みがあり得るのかの三つである。

これまで行政は「高齢シングル」に対してはそれなりの関心を寄せていた。というのは、高齢シングルは「低所得や要介護のリスクが高く、社会保障に対して負荷を増大させるおそれ」(19頁)があるからだ。でも、ミドル期シングルについては、行政もメディアもまるで無関心だった。

 いや、無関心というのではない。むしろ、日本社会では久しく「家族を作るな。シングルで生きろ」というイデオロギーが支配的だった。本書には言及されていないが、私の知る限り少なくとも1980~90年代においてはシングルであることは、都市生活者につよく勧奨された生き方だった。

 糸井重里は1989年に『家族解散』という小説で中産階級のある一家が離散する過程を活写した。一人一人が「自分らしく」生きようとしたせいで「家族解散」に至る物語である。でも、別に糸井はこれを悲劇として描いたわけではない。いまの人にはわかりにくい理路かも知れないが、「家族解散」は市場に圧倒的に好感された選択だったのである。

 だって、家族が解散すれば、不動産も、家電製品も、自動車も、それまで一つで済んでいたものが人数分要ることになるからである。家族解散は「市場のビッグバン」をもたらした。だから、「家族を作るな」というのは資本主義がわからの強い要請でもあったのである。

 そういう時代を生きた人たちが家族形成にあまり強いインセンティブを感じなくなったということはあって当然だと思う。人口動態がそれを示している。

 

「全国のシングルの総数は、1980年の711万人から2000年の1291万人をへて2020年には2115万人にまで増加しました。40年で2.98倍になったということです。」(45頁)

 

 2115万人のうち男が1094万人、女が1021万人。男では、未婚・ミドル期が29.8%、未婚・若年期が29.6%。女では死別・高齢期が32.4%、未婚・若年期が23.3%、未婚・ミドル期が16・9%。(47頁)ミドル期シングルは1980年に35万人、2000年に156万人、2020年に326万人。40年間で約10倍に増えた勘定になる。(21頁)離婚してシングルになる人たちもいる。男は1980年に17万人、2000年に59万人、2020年に93万人。女は25万人、48万人、77万人。これも急増している。(21頁)

 でも、この極端な人口動態上の変化に日本人は特段の関心を示さなかった。結婚したくない、家族を形成したくないという人が増えてきました。ああ、そうですか。個人の生き方ですから、どうぞご自由に、という話で終わった。

 この集団がいずれ遭遇するであろう「経済的困窮や社会的孤立という問題が深刻化するという未来のリスク」に「いちはやく」着目した研究が登場したのが2010年だと本書には書いてある(22頁)。「いちはやく」ということは「それまで誰も研究しなかった」ということである。

 どういう理由で人々が配偶者のいない生き方を選ぶようになったのか、その理由も本書には列挙してある(さすがに資本主義の要請だとは書かれていないが)。

 東京にシングルが多いのは、地方在住者が家族のもとを離れて東京に進学や就職で集まるからである。これは当然。もう一つは社会進出を果たした女性の晩婚化。シングル女性は移動しやすい。住む場所を変えるほど人は家族形成から遠ざかる。「人口移動によって出生率は低下する」のだ(80頁)。

 

 それに女性は地方の伝統的規範を忌避する傾向がある。「男尊女卑や過度な性別役割分業といった、女性にとっての負の要素」(94頁)から離脱するために地方圏出身女性が東京区部へ移動している可能性はあると本書は論じている(94頁)。そこまで断言していないのは、データが不足しているからだろうけれど、私もそうだと思う。彼らは「画一性からの脱却と多様性への渇望」に駆動されて大都市圏に引き寄せられる(97頁)。

2024年

4月

11日

奈良マラソン2023への道 その3 ☆ あさもりのりひこ No.1504

3月29日(金)早朝、ビルドアップ走、38分27秒、6.2㎞、平均ペース6分12秒/㎞、総上昇量88m、消費カロリー440㎉。

1 6分42秒

2 6分25秒

3 6分14秒

4 6分26秒

5 5分41秒

6 5分52秒

7 5分50秒(200m

 

3月30日(土)早朝、インターバル走、35分28秒、6.168㎞、平均ペース5分45秒/㎞、累積上昇90m、消費カロリー420㎉。

7分01秒(200m)

5分32秒、7分38秒(200m)

5分31秒、6分15秒(300m)

5分34秒、8分01秒(200m)

5分25秒、6分35秒(200m)

5分26秒、5分11秒(200m)

 

3月31日(日)午前、ジョギング、1時間54分54秒、16.94㎞、平均ペース6分47秒/㎞、総上昇量217m、消費カロリー1225㎉。

1 6分47秒(上り下り)

2 6分59秒(上り)

3 7分02秒(上り下り)

4 6分01秒

5 6分09秒

6 6分15秒

7 6分21秒

8 6分42秒

9 6分43秒

10 6分28秒

11 6分27秒

12 6分46秒

13 7分07秒

14 8分46秒(上り下り)

15 8分15秒(上り下り)

16 6分01秒

17 6分30秒(940m

 

4月1日(月)、安足日。

 

4月2日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミル、30分、4.15㎞、傾斜2.0%、時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、消費カロリー362㎉、手首に重り1㎏×2。

 

4月3日(水)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

4月4日(木)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

4月5日(金)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏×2。

 

4月6日(土)安足日。

 

4月7日(日)午前、ジョギング、1時間31分42秒、12.5㎞、平均ペース7分20秒/㎞、総上昇量216m、消費カロリー847㎉。

1 7分10秒(上り下り)

2 7分25秒(上り)

3 7分31秒(上り下り)

4 6分58秒

5 6分50秒

6 6分56秒

7 7分11秒

8 7分22秒

9 7分41秒(上り下り)

10 8分42秒(急坂上りあり)

11 7分29秒(下り)

12 7分11秒(上り下り)

13 6分32秒(500m

 

4月8日(月)早朝、丘の階段641段、53分18秒、7.19㎞、平均ペース7分24秒/㎞、総上昇量154m、消費カロリー505㎉。

1 6分51秒(上り下り)

2 7分15秒(上り)

3 7分33秒(上り下り)

4 8分49秒(階段)

5 8分36秒(上り下り)

6 6分25秒(下り)

7 6分33秒(上り下り)

8 6分29秒(190m)

 

4月9日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミル、30分、4.15㎞、傾斜2.0%、時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、消費カロリー362㎉、手首に重り1㎏×2。

 

4月10日(水)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏×2。

 

4月11日(木)早朝、ウインドスプリント300m×10本、49分40秒、7.668㎞、平均ペース6分28秒/㎞、累積上昇123m、消費カロリー477㎉。

6分44秒、6分45秒、6分57秒(100m)

4分28秒/㎞、4分48秒/

4分16秒/㎞、4分43秒/

4分27秒/㎞、4分38秒/

4分07秒/㎞、4分43秒/

4分19秒/㎞、4分35秒/

6分25秒、6分11秒、5分55秒(100m)

 

 

2024年

4月

09日

桜と犬と私とパン

弁護士 大和八木
わんこはどこだ~

みなさん、こんにちわ。本日は事務局担当日です。

先週末は、暖かい陽気が続き、桜が満開、気持ちいい日を過ごせましたね😀

 

3月は、ひょっとして2月より寒いんじゃない?という日が続いたので、春の暖かい香りが心地いいです。

今日は、私の最近のお気に入りパン屋さんをご紹介したいと思います。

奈良市のバラで有名な霊山寺の近くにある「エアダール」というパン屋さんです。

 

こちらはライ麦が多く含まれたかみ応えあるドイツ系の本格的なハード系のベーカリーで

天理産小麦・奈良の木を使った薪釜で焼いたパンは、一度はまれば、もう逃れることのできない深~い味わいがあります。

 

木・金・土・日の9時~が営業時間なのですが、

みなさん、営業を心待ちにされているので

少し出遅れて11時頃になると、お目当てのパンがない・・・なんてことも。

また、日によって焼かれるパンの種類が違うこともあるので、

「あ、それは明日か明後日に焼きます」とか「そのパンは夏までお休み」なんてことも。

で。ついつい次の日も行っちゃうんですよね~😆

こちらが、今の私のテッパンです。

左から ごまチーズ レーズンとクルミ ピザ

 

他にも色々オススメがありまして。

ライ麦100%生地にレーズンとマンゴーを練り込んだもの

オリーブフォカッチャ

塩の効いたプレッチェル

ガーリックの効いたトマトソースが絶品で、このソースがベースで季節のお野菜とベーコン(アンチョビ)がのったタルティーヌ

 

ああああああ。書いているうちにまた行きたくなってきた!

 

ライ麦100%生地になると、結構酸味が強く、食感がどっしりしっとり重たいので、

好みがかなりわかれるところで、

私は、チョコ入りやレーズン入りでないと無理なのですが、

パンの種類によってライ麦度が変わるので、色々試してみるのも楽しいです😀

 

霊山寺前のバス停と、JAならけん 富雄支店の間にありますので、

これから霊山寺のバラが綺麗になる季節、是非一度足を運んでみて下さいね。

カフェもあって、薪釜で焼いたチーズケーキも美味しいですよ。

カフェはワンコOKです🐾

おまけのおすすめパン。

成城石井やイオンなどスーパーで買えるタカキベーカリーの「4種のレーズンミニブレッド」。

なんと小麦よりレーズンの方が多いんです(成分表より)。

こちらも絶品です😁

2024年

4月

08日

内田樹さんの「フリーライダーの効用」 ☆ あさもりのりひこ No.1503

「集団の中で最も弱いものをも取り残さず救える仕組みを作る」ためにどうすればいいのかについて深く思量することは(たとえそれが実現できなくとも)、集団を生き延びさせる上では有用だ

 

 

2024年3月11日の内田樹さんの論考「フリーライダーの効用」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

高齢者の集団自決が高齢化対策の秘策であると公言した若い経済学者の発言が話題を呼んでいる。

 彼の言う「人間は引き際が重要だと思う」ということにも「過去の功績を使って居座り続ける人がいろいろなレイヤーで多すぎる」という事実の摘示にも私は同意する。でも、使えないやつは有害無益だから、集団から追い出すべきだという論には同意しない。人道的な立場からというよりは組織人としての経験に基づいてそう思うのである。

 組織に寄生して、何も価値を生み出さず、むしろ新しい活動の妨害をする「フリーライダー」はどのような集団にも一定数含まれる。この「無駄飯食い」の比率を下げることはたしかに集団のパフォーマンスを向上させることにある程度までは役立つだろう。ただし、「ある程度」までである。というのは「無駄飯食いの排除」作業に割く手間暇がある限度を超えると、その作業自体が集団のパフォーマンスを著しく低下させるからである。

 組織を率いた経験がある人なら誰でもフリーライダーを一掃する秘策が存在しないことを知っている。そんな暇があったら、組織を活性化し、新しい価値を創出してくれる「オーバーアチーバー」を一人でも増やし、彼らが愉快に働ける環境を整備する方がはるかに費用対効果がよいということも知っている。

 

 それに、若い方たちはご存じないだろうけれど、あらゆるパニック映画は「強者だけのグループを作って、自分たちだけ助かろうとする人たち」と「子どもや老人を一人も取り残さないために無理をする人たち」が対比されて、「自分たちだけが助かろうとする人たち」がまず死ぬという話型を繰り返している。「集団の中で最も弱いものをも取り残さず救える仕組みを作る」ためにどうすればいいのかについて深く思量することは(たとえそれが実現できなくとも)、集団を生き延びさせる上では有用だということを人類は早い段階で学んだのである。(2023年1月16日)

2024年

4月

05日

内田樹さんの「三島邦弘『ここだけのごあいさつ』韓国語版推薦文」 ☆ あさもりのりひこ No.1502

利益を追求したり、会社を大きくしたりすることは彼がミシマ社を始めた理由ではない。彼が作らなければ、他に作る人がいないような本を作ること。彼が発掘しなければ、他に見出す人がいないような才能を掘り出すこと。

 

 

2024年3月6日の内田樹さんの論考「三島邦弘『ここだけのごあいさつ』韓国語版推薦文」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

三島君の『ここだけのごあいさつ』(小さなミシマ社)を朴東燮先生が韓国語訳したものがもうすぐ出る。推薦文をお願いしますと頼まれたので、さらさらと書いた。

 

 三島君とはずいぶん長い付き合いである。まだ彼が最初の会社につとめていた二十代後半の頃にお会いしたのだから、今から20年くらい前のことである。

 その時に自己紹介の言葉として『僕は旅人です』といったのがとても印象的だった。仕事の話は何もしないで、三島君はそれまで旅した世界のあちこちの話を聞かせてくれた。おもしろい青年だなと思った。

 おもしろい人とはまた会いたくなる。

 本を書いて欲しいと言われたので「うん書くよ」と答えた。一緒に仕事をすれば、彼にときどき会える。この青年がどんなふうに成長してゆくのかを見届けたい気がした。

 最初の共同制作の作品として大学院ゼミでの一年間のやりとりを録音して、それを三島君がまとめることになった。それが『街場のアメリカ論』(2005年)である。

 その次の学期は大学院ゼミで教育をテーマに授業をしたので、それを素材にして『街場の教育論』を仕上げた。それが書き上がる頃に三島君は独立してミシマ社を立ち上げることになったので、この本はミシマ社の最初期のラインナップに並ぶことになった。

 日本の出版界に「革命」を引き起こすことになったミシマ社のスタートにかかわれたことは僕にとっては「物書きとしての光栄」である。

 それから長いおつきあいが続いた。『街場の文体論』、『街場の中国論』、『日本習合論』、『日本宗教のクセ』(釈徹宗先生との共著)など忘れがたい本をたくさんミシマ社から出して頂いた。これからもきっと三島君は「先生、ぜひ書いてほしいテーマを思いついたんです」と言って、いきなりやってくると思う。

 

 ミシマ社の社是は本書でも書かれている通り「小商い」である。本を作ることはたしかに「商売」ではあるけれども、商売にも節度がなければならないと三島君は考えている。利益を追求したり、会社を大きくしたりすることは彼がミシマ社を始めた理由ではない。彼が作らなければ、他に作る人がいないような本を作ること。彼が発掘しなければ、他に見出す人がいないような才能を掘り出すこと。この方向性において、三島君は創業以来揺らぎがない。

 方向性には揺らぎがないが(本書を読めばわかるとおり)三島君の会社経営のやり方はつねに揺らいでいる。一度決めたことでも、なんとなく気が乗らないと「あれはなし」と撤回する。どうして変更したのか、そのときにはうまく説明できない。

 中心にある柱に揺るぎない人は、周辺の細かいことについては、どうしてそうなるのか、あまり説明してくれない。本人もよくわからないからだと思う。

 僕は三島君をわりと近くからずっと観察してきた。劇的な方針転換がいくどかあったけれど、それについてご本人から「納得のゆく説明」を聴いた覚えがない。でも、僕はそんなことぜんぜん気にしない。端からみると「劇的な方針転換」なのかも知れないけれど、三島君自身はまっすぐ自分の道を歩いているからである。

「旅人」がどこで何をしているのかは、僕たちにはよくわからないけれど、彼が「旅人」であることは決して変わらない。

 

 彼の旅に豊かな祝福がありますように。God speed you

2024年

4月

04日

3月のラディ、タニタ、ガーミン&エプソン ☆ あさもりのりひこ No.1501

3月の放射線量と体組成とランニングについて書く。

 

まず、奈良県橿原市の環境放射線量(ガンマ線)から。

2024年3月の平均値はつぎのとおり。

室内1メートル 0.0440μ㏜/h

室内0メートル 0.0449μ㏜/h

室外1メートル 0.0597μ㏜/h

室外0メートル 0.0740μ㏜/h

室外が高い。

 

つぎに、朝守の身体について。

2024年3月30日の数値はつぎのとおり。

体重 70.10㎏

BMI 22.

体脂肪率 15.5%

筋肉量 56.20㎏

推定骨量 3.1㎏

内臓脂肪 11.

基礎代謝量 1613/

体内年齢 49才

体水分率 58.7%

体重が70㎏を超えてしまった。

 

最後に、2024年3月のランニングの結果。

走行時間 15時間26分19秒

走行距離 144.166㎞

  累積標高 2063m

  走行距離が150㎞に届かなかった。

 

 

 

2024年

4月

03日

内田樹さんの「道徳教育について」 ☆ あさもりのりひこ No.1500

成長への階段に続く扉のノブは内側にしかついていない。外から扉を開けて、子どもを連れ出すことはできない。子どもたちに内側から開けてもらうしかない。そのためには、子どもたちの中に「この人の話をもっとクリアーな音声で聴きたい」という願いが兆すまで、私たちはひたすら情理を尽くして子どもたちに語りかけるしかない。

 

 

2024年3月5日の内田樹さんの論考「道徳教育について」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

道徳教育を教える先生たちの研修会に招かれた。話をする前に「梗概」を送って欲しいと言われたので、こんなことを書いた。

 

 私見を述べるなら、「道徳」というのは「人として」ものごとにどう適切に対処するかという「行動知」のことであって、教科書的な知識として理解するものではないように思う。むろん「行動知」も、多くの場合は言葉を経由して入って来る。だが、その言葉は子どもたちの頭に入るのではなく、身体に浸み込む

 どうして、ある行為は適切で、ある行為は不適切なのか、その基準を子どもは知らない。知らないから「子ども」なのである。言葉で説明してもわからない。頭ではわからないことをわからせるためには身体に浸み込ませるしかない。

 子どもにも子どもなりのこだわりがあり、良否の判断基準があり、好悪がある。それをいったん「棚上げ」にしてくれないと、他人の言葉は身体に入ってこない。子どもに「自分を開いて」もらうためには、「自己防衛システムを解除しても、君には不利益がない」と保証してあげなければならない。

 かつて一度自分を開いて、他者の言葉を身に受け入れたことがあったが、そのときに特段の苦痛や不安を覚えなかった子どもはそれ以後「自分を開く」ということにそれほどこだわりをもたなくなる。でも、そのときに「自分を開いた」せいで、なんらかの傷を負わされた子どもは、それからあと「自分を開く」ことに恐怖を感じるようになる。

「学ぶ」というのは「自分を開く」ということである。自分を開くこと、自分にまとわりついていた「臆断(ドクサ)」を古い衣を脱ぎ捨てるように惜しげなく捨てること、それが「自己刷新」ということであり、学校教育で子どもたちが学ぶべきはこれに尽くされる。

 他者の言葉に対して、防衛的に構えない機制を「無防備・無邪気(innocence)」と呼ぶ。

 私が経験的に言えることは、この世の中を住みやすいものにする上で最も大きな貢献を果たすのは、「イノセントな大人」たちだということである。長じても、子どものような柔らかさ、無垢を失わず、笑顔で周囲の人たちをなごませ、人の言葉に耳を傾け、決して敵を作らない人たち、そのような大人たちが集団が生き延び「よきもの」を生み出すためには絶対に必要である。

 だから、どうやって子どもがその「イノセンス」を失うことなく成長できるか。教育に携わる者が何よりも配慮すべきはこのことだと私は思う。

 とりあえず私たちにできるのは子どもたちに学校にいる限り「無防備になっても大丈夫だ」と確約することである。「君がどれほど脆く、傷つきやすい状態になっても、誰も君を傷つけない。だから、臆せずに自己防衛の殻を脱ぎ捨てて、自分を開いてよいのだ。」教師が子どもたちに贈ることのできる最もたいせつなメッセージはこれだろうと私は思う。

 でも、その言葉の意味は子どもにはわからない。だから、情理を尽くして語りかけるしかない。頭では理解できなくても、私たちが身を乗り出して話しかける言葉は子どもの身体には浸み込むはずだ。身体に浸み込んだら、今は理解できなくても、あるいは死ぬまで理解できなくても、その言葉は生き続ける。「理解できる言葉」と「共に生きる言葉」は違う。

 もし道徳というのが子どもの倫理的成熟をめざす教科なのだとしたら(そうであることを願うが)、教師がなすべきは子どもたちに「自分を開く」仕方を教えることである。そして、それは、恫喝によっても利益誘導によっても査定の恐怖によっても教えることはできない。

 

 成長への階段に続く扉のノブは内側にしかついていない。外から扉を開けて、子どもを連れ出すことはできない。子どもたちに内側から開けてもらうしかない。そのためには、子どもたちの中に「この人の話をもっとクリアーな音声で聴きたい」という願いが兆すまで、私たちはひたすら情理を尽くして子どもたちに語りかけるしかない。

2024年

4月

02日

事務所裏に新しく有料駐車場ができました@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当です。

 

4月に入りましたが、例年に比べると🌸桜の開花は少し遅れ気味です。

私の家周りは、まだつぼみが膨らんできたぐらいで、満開までにはもう少し

かかりそうです。

ただ、ここのところ日中の気温は20度を超えて、もう暑いくらいですよね。

朝との寒暖差がまだまだ大きく、服装に困ります😫

 

さて、先週から、事務所の裏手に有料のコインパーキングが新たにできました。

 

当事務所の専用駐車場もありますが、道を渡ったところにありますので、

 

事務所駐車場が満車の場合や、天気の悪い時などには、有料ではありますが、

ご利用いただくと近くて便利です。

ちなみに、近くのローソン横にあるタイムズは、15分110円なので、

こちらの方が10円お安くなっています。

 

ただし、一点だけご注意いただきたいのは、

事務所裏の道は、南方向から北方向への一方通行となっています。

 

駐車場ができてから、逆走している車を何台か見かけるようになりました。

普段、事務所の出入りをする際に、南側から来る車両には気をつけていますが、

北側からはせいぜい自転車くらいで注意しておらずヒヤっとしたことがあります。

もし駐車場をご利用される場合は、ご注意下さい。

 

2024年

4月

01日

内田樹さんの「2024年度寺子屋ゼミのテーマは」 ☆ あさもりのりひこ No.1499

知性の活動とは何かということについて、多くの賢人は同じことを言っています。それは「一見何の関係もなさそうな事象の間の関係性を発見すること」です。ある出来事やある言明に触れたときに、「ふと、あることを思い出して、『これって、あれじゃん』と思うこと」。それが人間知性の働きです。

 

 

2024年2月27日の内田樹さんの論考「2024年度寺子屋ゼミのテーマは」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

来季のテーマは「世界はこれからどうなるのか」です。

 似たようなテーマは過去にも掲げたことがあります。気になる事案について、「これからどうなるのか」を考えるということです。

 未来予測の精度は、問題になっている事象の前段をどれくらい過去まで遡れるかによって決まります。

 今起きている事件について1年前から起きたことだけしか知らないなら、1年後や5年後に何が起こるかはわかりません。でも50年前や100年前からの前段を含んだ「文脈」を知れば、それが選択しうる道筋はある程度見通すことができます。

 未来予測をするのは「当てる」ためではありません。不意を衝かれて驚かされないための備えです。

 ガザは停戦できるのか、ウクライナ戦争の帰趨はどうなるのか、アメリカはトランプが大統領になったらどうなるのか、中国の人口減と経済停滞はどのような変化をもたらすのか、トルコは帝国の版図を回復できるか、アフリカは中国の「勢力圏」になるのか、ヨーロッパ共同体とNATOは解体するのか・・・どれも熟慮に値する論件です。でも、新聞の解説記事やテレビのニュース解説者の論評くらいではなかなか「文脈」は見えてきません。

 ここでいう「世界」にはもちろん日本も含まれます。

 日本の「これから」を予測する場合(どのセクターについても)やはりそこにシリアスな問題が起きるに至った「前史」を十分に調べて頂きたいと思います。

 以上がテーマについてです。このあとは「ゼミ発表とは何か」というもう少し一般的なことです。

 

 寺子屋ゼミはあくまで「ゼミ」ですから、発表者に求められるのは「モノグラフ(monograph)」の提示です。論点は一つに限定すること。問題を提起し、それについて聴講生たちに十分な情報提供を行い、その論点について私見を述べること。

 この間のゼミ発表を見ていると、最後の「私見を述べる」という点の詰めが甘いように思います。

 この場合の「私見」というのは別にきわだってオリジナルな意見のことではありません。「私が言わないとたぶん誰も言いそうもないこと」です。必死で頭を絞らなくても、これは出てきます。ふだんだってそれと気づかぬうちにやっていることなんです。

 自分が選んだテーマについて、あれこれ調べたり、考えたりしているうちに「ふと思ったこと(たぶん自分以外にはあまり思いつかないこと)」が「私見」です。

 もしかすると、みなさんの中には「客観的な事実の摘示にとどめて、私見を述べないこと」が知的に抑制的なふるまいで、「よいこと」だと勘違いしている人がいるかも知れません。それ、違いますよ。「自分以外には誰も言いそうもないこと」だけが学術的な「贈り物」になります。学術というのは集団的な営みです。あらゆる時代のあらゆる人たちがこつこつと積み上げた「煉瓦」でエンドレスに建物を作るようなものです。大きな岩を運んでくる人もいるし、岩と岩の間の「隙間」にぴったりはまる小石を持って来る人もいます。岩の大小はさしあたりどうでもいいんです。自分にしかできない贈り物をすること。それが学術的営為ということです。僕はみなさんに、みなさんだけの「小石」を見つけて欲しいと思います。

 

 知性の活動とは何かということについて、多くの賢人は同じことを言っています。それは「一見何の関係もなさそうな事象の間の関係性を発見すること」です。ある出来事やある言明に触れたときに、「ふと、あることを思い出して、『これって、あれじゃん』と思うこと」。それが人間知性の働きです。

 

That reminds me of a story 「そういえば、こんな話を思い出した」

 

 これが人間知性の本質だとグレゴリー・ベイトソンは『精神と自然』の中で言っております(そうは言ってないけど、たぶんそう言いたかったんだと思います)

 みなさんが、調べものをしているうちに、何かが「ヒット」して、「そういえば・・・」と一つお話を思いつくこと、それが知性の活動です。そのとき思いついた「お話」が「私見」です。

 問題はこの主語の that なんです。これが曲者です。

 文法的にはこのthat は「それまで前段で述べられたことのうちの何か」なんですけれど、それが「何」であるかは明示されない(本人にもわからない)。それでいいんです。というか、それがいいんです。

 

 あるテーマについて調べようと思った。いろいろ資料を調べているうちに、ふと「これって、あれじゃん」と思った。それを発表してくれればいいんです。いったい何がトリガーになってそんなことを思いついたか、本人にさえよくわからないこと、それが「誰も言いそうもないこと」であり、実は余人を以ては代え難いみなさんの「オリジナルな知見」なんです。

 

 来季も寺子屋ゼミで楽しくやりましょう。

 

 

2024年

3月

29日

内田樹さんの「文字の書けない子どもたち」 ☆ あさもりのりひこ No.1498

武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。

 

 

2024年2月27日の内田樹さんの論考「文字の書けない子どもたち」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。

『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 

 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。

 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。

 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。

 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。

長い話になりそうなので、続きはまた次週。

 

 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。

 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。

 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。

 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。

 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。

 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。

 

 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。

2024年

3月

28日

奈良マラソン2023への道 その2 ☆ あさもりのりひこ No.1497

3月22日(金)早朝、全力・ジョグ・全力、35分09秒、6.16㎞、平均ペース5分42秒/㎞、累積上昇73m、消費カロリー432㎉。

1 6分09秒(200m)

2 5分27秒

3 5分44秒

4 6分00秒

5 6分22秒(900m)

6 5分16秒

7 5分21秒

8 5分28秒(100m)

ジョギングの部分で速度が落ちなくなった。

この行程の自己記録に1秒及ばなかった。

 

3月23日(土)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

3月24日(日)雨、安足日。

 

3月25日(月)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

3月26日(火)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

3月27日(水)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミルでビルドアップ走、30分、4.48㎞、傾斜2.0%、消費カロリー382㎉、手首に重り1㎏×2。

時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、時速8.8㎞(6分45秒/㎞)、時速9.2㎞(6分30秒/㎞)、時速9.6㎞(6分15秒/㎞)でそれぞれ1㎞、時速10.0㎞(6分00秒/㎞)で480m走った。

 

 

3月28日(木)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏。

2024年

3月

27日

内田樹さんの「『だからあれほど言ったのに』まえがき&あとがき」 ☆ あさもりのりひこ No.1496

「アジール」というのは、「無防備であっても傷つけられるリスクのない場」のことです。

 

 

2024年2月19日の内田樹さんの論考「『だからあれほど言ったのに』まえがき&あとがき」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

まえがき

 みなさん、こんにちは。内田樹です。

 今回の本も、コンピレーション本です。あちこちの媒体に書いたものをエディットしてもらって一冊にしました。タイトルをどうしようか考えました。最初編集者からは「仮題」というもの(『不思議の国、ニッポン』というのです)が提示されたのですが、なんだかぴったり来ないなあ・・・と思って、「ちょっと考えさせてね」と言ってお待ち頂きました。この「まえがき」を書いている段階でも、実はまだ正式タイトルが決まっていないのです。

 タイトルに必要な条件とは何でしょうか。今ちょうどそれについて考えているところですから、「まえがき」に代えて、それについて考察してみたいと思います。そして、この「まえがき」を書き終える前に、タイトルを思いついたら、それを採用することにします。作品の生成過程そのものを作品化するって、なんだか懐かしい「60年代」みたいですね。

 そういえば、このところ僕のところに来る仕事って、あの「懐かしい60年代、70年代」を回顧するインタビューが多いんです。

 つい先ほども「1972年の時代の空気についてインタビューしたい」というオファーがありました。その年に『木枯らし紋次郎』と『必殺仕事人』の放映が始まったんだそうです。そういうアウトローをヒーロー視する時代の空気があったんでしょうかという質問が書かれていました。企画書を書いているのは40歳くらいの人なので、もちろん52年前の時代の空気なんか知りません。僕が40歳の時(1990年です)の52年前というと1938年です。盧溝橋事件があり、日本軍が上海に侵攻し、暮れには南京大虐殺があった年です。もし、その頃の「空気」を知っている73歳の古老に40歳の僕がインタビューする企画があったとしたら、どうなったでしょう。「その頃の日本人て、いったいどんな気分だったんですか?」と僕が訊くと、「戦後生まれの若い人にはわからんじゃろうがのう・・・」というふうに古老は語るんでしょうけれど、彼が何を語るか僕には想像もつきません。

 

 ともかく、僕ももうそういう年回りになってきたようです。ここ数年は「現代史の生き証人は語る」というタイプのインタビューが増えました。1969年の三島由紀夫vs東大全共闘の時代の駒場の空気はどんなでしたかとか、羽田闘争で山崎博昭君が亡くなった時に何を感じましたかとか、早稲田大学で川口大三郎君が殺された時にはどう思いましたかとか、いろいろ訊かれます。

 もちろん、僕に同時代を代表して発言する資格なんかないのですが、その頃の政治のことについて、僕の同世代の人たちはわりと口が重いんです。その中にあって「何を訊いても機嫌よくインタビューに応じてくれる古老リスト」みたいなものがメディア業界にはひそかに流布されていて、そのリストの上の方に僕の名前が書いてあるんじゃないかという気がします。

 この本に収録されているのはだいたいが時事的なトピックについての僕の私見ですけれども、僕の年齢を考えると、これらも「同時代人のコモンセンス」とはほど遠いものではないかという気がします。きっと読者も「へえ、そうなんだ。昔の人は同じものを見ても、ずいぶん違う感想を持つんだなあ」という意外性を求めて僕の本を手に取っているんじゃないでしょうか。

 

 僕が子どもの頃に『時事放談』というテレビ番組が日曜朝にありました(山下達郎さんと大瀧詠一さんが20年以上にわたってラジオで続けていた『新春放談』はそのパロディなんです)。僕が観ていたのは小汀(おばま)利得さんと細川隆元さんのお二人がやっていた時です(ビートルズを「乞食芸人」と呼んで、「日本武道館なんか貸すな、夢の島でやれ」という発言で大炎上した頃のことです)。僕は中学生で、もちろんビートルズの大ファンでしたけれど、番組を見て、げらげら笑っていました。「お爺さんたちって、ほんとに世界の見え方が違うんだな」と思ったのです。

 でも、それから半世紀以上経っても、この番組のことはずっと覚えているんです(山下達郎さんたちも)。それはこのような「世界の見え方が違うお爺さん」たちの言葉のうちに、何か少年の心に刺さるものがあったからだと思います。

 僕の物書きとしての立ち位置も、たぶんぼちぼち「時事放談」的なところに収まりつつあるのではないかという気がします。時事的なトピックを扱うけれども、切り取り方がまったく「現代的」ではない、という。別にそんなことを意図しなくても、気がついたら同時代から「浮いて」しまっている。だって、先ほどからいくつか事例を引きましたけれど(『木枯らし紋次郎』から『時事放談』まで)、若い読者はどれ一つとして知らないでしょう? 読者に何かを説明しようとして具体的な「喩え」を探してきても、そのほとんどが「誰も知らない話」になる。これがどうも現在における僕の物書きとしてのきわだった個性ではないか、そんな気がしてきました。それならそれで、肚を括って、「古老の語り」に徹しようじゃないか。

 

 この本と同時期に並行して、やはり新聞や雑誌に寄稿した短文を集めたコンピレーション本を作りました。そちらは『凱風館日乗』というタイトルにしました(永井荷風先生の『断腸亭日乗』を借用いたしました)。古老の語りですから、それくらい古臭い方がつきづきしいのではないかと思いまして。

 

 さて、本題に戻って、タイトルの条件ですけれど、一番たいせつなのは「覚えやすい」ということですね。本屋に行って探す時にタイトルを思い出せないと困ります。昔、どういうタイトルが覚えやすいか考えた結果、「五七調」が覚えやすいのではないかと思い至りました。『ひとりでは生きられないのも芸のうち』とか『私家版・ユダヤ文化論』とか『村上春樹にご用心』とか、実は五七調なんです。

 あと、書店員さんに訊く時に、あまり言いにくいタイトルは困ります。昔、林真理子さんの『花より結婚きびダンゴ』という本が出た時に書店に買いに行ったんですけれど、周りにお客さんがいて、書店員さんに向かってなかなかそのタイトルが言い出せなかったことがありました(ちゃんと買えましたけど)。

 もちろん本の内容を一言で言い表しているようなタイトルでなければなりません。でも、タイトルを見ただけで中身が想像がついてしまっては、それはそれで困る。謎めいていた方がいい。中沢新一さんの『チベットのモーツァルト』なんて、インパクトありましたよね。どんな中身か想像もつかない。トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』もそうですね。どうやってティファニーで朝ご飯を食べられるのか・・・つい考え込んでしまう。矢作俊彦さんの『マイク・ハマーに伝言』も素敵なタイトルでしたね。誰がどうやってマイク・ハマーに伝言を伝えるんでしょう。高橋源一郎さんの『ジョン・レノン対火星人』もすばらしいタイトルですね。いったい、ジョン・レノンと火星人は何で対決するのか。囲碁かじゃんけんかにらめっこか・・・想像もつきません。やはりタイトルは「アイ・キャッチング」であり、かつミステリアスでなければならない。

 難しい条件ですが、これでだいたいタイトルの条件は揃いました。あとは思いつくだけです。こういうのはぱっと頭に浮かんだのがいいのです。はい、決まりました。「だからあれほど言ったのに」です。とりあえず五七調という条件はクリアーしました。どういう意味ですかとか、そういう硬いことは訊かないでください。「なるほど、そうですか」と静かに笑って受け入れてください。

 では、「あとがき」でまたお会いしましょう。

 

 

「あとがき」

 最後までお読みくださって、ありがとうございました。いかがでしたか。

 素材はいろいろな媒体に書いたり、講演録を文字起こししたりしたものです。文体も想定読者も違うテクストをまとめたので、読みやすく整えるために、だいぶ加筆しましたので、3分の1くらいは「オリジナル書き下ろし」です。

 ただ、時事的なもの(ウクライナ戦争やガザの虐殺、あるいは人口問題)については初出のままにしてなるべく手を入れないようにしました。ですから、数値的データはその時点のままになっています(GDPもまだドイツに抜かれる前で「世界三位」です)。その時点での情報に基づいて考えたことなので、後知恵で手を入れると、話の筋目が通らなくなるかも知れませんから、そのままにしてあります。「なんだよ、ずいぶん古い話してるなあ」という感想を持たれたかも知れませんが、そういう事情なのでご海容ください。

 いろいろな媒体に二年くらいの間に書き散らしたものですけれども、通読してみると、中心的なテーマは「日本の未来を担う人たち」をどうやって支援するか、ということに尽くされているように思いました。とくに子どもたちを「決して傷つけず、『無垢な大人』に育て上げる」ということが今の日本人にとって最優先の課題ではないかと思います。

 でも、今の日本の大人たちは(家庭でも学校でも)、子どもたちを怯えさせ、萎縮させ、硬直させることに熱中しているように僕には見えます。どうして、そんなことをするんでしょう。

 権力の側にいて、管理する人たちがそうするのはわかります。でも、「政治的に正しいこと」を訴える人たちも、しばしば人々を「怯えさせ、萎縮させ、硬直させる」ことに熱中しています。

 でも、声を大にして申し上げますけれども、処罰されることの恐怖からは「よきもの」は何も生まれません。創造のためにはある種の無防備さがどうしても必要です。「アジール」というのは、「無防備であっても傷つけられるリスクのない場」のことです。社会全体が「アジール」である必要はありません。でも、あちこちの片隅にそのような「ミステリアスな暗がり」がある社会の方がみなさんだってきっと暮らしやすいと思います。

2024年2月

 

 

2024年

3月

26日

ミグランス前に新たなモニュメントが設置されましたよ!

本日、3月26日は事務局が担当です。

昨年5月に近鉄八木駅前に在るナビプラザ前に世界的人気ゲームシリーズ「ストリートファイター」シリーズに登場する「リュウ」の銅像が有志の方々で設置され話題になりました。

そして、39()に除幕式が行われ、橿原市役所分庁舎ミグランス前にクラウドファンディングにより、「ストリートファイター」のキャラクター「春麗(チュンリー)」の銅像が設置されました。

橿原市役所分庁舎ミグランス前の「春麗(チュンリー)」の銅像
橿原市役所分庁舎ミグランス前の「春麗(チュンリー)」の銅像

私としては、引き続いて歴史的建築物評価の高いJR畝傍駅の前や今井町などに世界的知名度のあるゲーム「ストリートファイター」シリーズに登場するキャラクターの銅像が設置され、妖怪ブロンズ像で知られる鳥取県境港市の「水木しげるロード」などの例も参考に橿原市内に「ストリートファイターストリート」などができ、橿原市を訪れる魅力になればと思います。

近年、今井町は、映画やテレビドラマのロケ地として利用されており、今月17日から公開された映画『わたしの幸せな結婚』(目黒連さん、今田美桜さんら出演)の撮影が行われました。

わたしの幸せな結婚の今井町ロケ地マップ
わたしの幸せな結婚の今井町ロケ地マップ

従前は、橿原市を訪れるのは橿原神宮や歴史的遺跡等が主な目的の訪問者が多かったと思いますが、近年の聖地巡りの様な観光要素が加われば、訪問者の年齢幅も拡がり、より多くの訪問者を増やすことに繋がり、地域の活性化に役立てばと願う次第です。

2024年

3月

25日

内田樹さんの「箱根の温泉で感じた中国のリアル」 ☆ あさもりのりひこ No.1495

たしかに日本には「古い中国」が残っている。宋や明や清の時代のものが日本列島に伝来して、いろいろなかたちで、そのままアーカイブされている。

 

 

2024年2月12日の内田樹さんの論考「箱根の温泉で感じた中国のリアル」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

城崎に続いて、箱根に旧友たちと湯治に出かけた。箱根湯本はコロナ前のにぎわいを取り戻し、旅館も一時は「閑古鳥が鳴いている」状態だったがほぼ旧に復し、従業員数もコロナの間は半減していたが、またもとに戻った。

 宿泊客の半分以上が外国からのお客さんだった。浴衣の帯をとんでもない結び方をした人たちがお箸で器用に和食を食べている。

 中国からの人はだいたい見ればわかる。日本人と外見は変わらないが、どこか違う。何と言うか「昂然と頭をもたげている」感じがする。規則だから(納得ゆかないけれど)従うとか、傍らの人が嫌な顔をしているから遠慮するとか、そういう「調整」にはあまり気を使わないようである。そういうのが中国人気質なのだろう。

 少し前に凱風館にも20人ほど中国からのお客さんを迎えた。引率された毛丹青先生に「この人たち、どういう方なんですか?」と訊いたら、「ビジネスで成功して、もう働く必要がなくなったので悠々自適の生活をしている人たち」だと教えられた。年代は30代から50代。功成り名遂げた中国のお金持ちたちである。アメリカなら、フロリダに屋敷を買って、ゴルフをしたりセーリングをしたり毎晩パーティをしたりして過ごすのが定番だけれど、中国の富豪たちは一味違っていて、彼らの間では今哲学や宗教に対する関心が高まっている。それを求めて訪日したのだと聞いた。

 たしかに、物質的な欲望が充足されたあとに「精神的な飢餓感」を覚えるということは理解できる。なにしろ中国では文化大革命で清朝以来の伝統的な施設は解体され、その後は北京五輪と上海万博で「古い中国」の痕跡はほぼ消え去ってしまったからである(北京の伝統的な胡同もその時に壊された)。今の中国人が「古い中国」への郷愁が兆した時にどこに行けばよいのか。

 朝鮮半島にも「古い中国」はほとんど残っていない。朝鮮戦争の時に「山奥の寺院に敵兵がたてこもっている」という噂に煽られて、歴史的建造物が惜しげなく焼き払われた。だから、韓国で私が訪れたいくつかの寺院も、遠目からだと美しいが、近くにゆくとほとんどがコンクリート造りの「レプリカ」だった。ソウルにも平壌にも、もう李氏朝鮮時代の建物はほとんど何も残っていないと聞いた。

 だから、中国の人たちが「古い中国」の郷愁を覚えた時に行く先は日本しかなくなったとしても不思議はない。たしかに日本には「古い中国」が残っている。宋や明や清の時代のものが日本列島に伝来して、いろいろなかたちで、そのままアーカイブされている。

 箱根でも、中国からのお客さんたちもずいぶんリラックスしているように見えた。だって、部屋の床の間には漢詩の掛け軸や南宋画が掛かっているのである(私たちの定宿はロビーの壁に中国の馬だけを描いた巨大な画布がかかっていた)。それを見た時の彼らの安堵はいかばかりであろうか。

 

 もし、私たちがアジアのどこかの国に旅したときに、ホテルのロビーに芭蕉の句や西行の歌が達筆で書かれている扁額を見出したら、ずいぶんほっとするはずである。そう考えると、中国のお客さんたちの気分にもいくぶんかは想像が及ぶ。

2024年

3月

22日

内田樹さんの「改憲はできないと思う理由」 ☆ あさもりのりひこ No.1494

自民党改憲草案を見る限り、改憲して変わるのは、「戦争ができる国」になること、基本的人権が制限されること、緊急事態条項で合法的に独裁制に移行できることなどなどであり、改憲によって市民的自由が拡大したり、生活が豊かになったり、学校が楽しくなったり・・・ということは全く期待できない。

 

 

2024年2月9日の内田樹さんの論考「改憲はできないと思う理由」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

政治学者の白井聡さんと対談した時に改憲の話になった。自民党は「やるやる」と言い続けるだけで、本気でやる気はないという結論に落ち着いた。

 国会での発議は可能だが、国民投票で過半数をとれるかどうか確信が持てないからである。 

 国民投票で否決されたら、自民党はほとんど党の存在理由を否定されたことになる。それではリスクが高すぎる。

 それより「やるやる」と言うだけ言って、改憲派の支持層を固めておいて、それを選挙で利用するだけにしていた方が政権維持には有利である。

 事実そうやって自民党は国政選挙で勝ち続けている。

 だが、それは所詮は小選挙区制のマジックのおかげである。有権者の50%が棄権し、野党が候補者の一本化ができない現状が続く限り、20%ほどのコアな支持層を確保しているだけで自民党は永遠に政権の座にあることができる。

 だが、国民投票ではそうはゆかない。選択肢が「賛成か反対か」の二者択一だからだ。「野党票が割れる」ということが起きない。

 それにさすがに棄権率が50%ということもないだろう。これまで国政選挙で棄権していた人たちも多くが国民投票には足を運ぶ。この「ずっと棄権してきたけれど、久しぶりに投票所に来た」という人たちに「改憲賛成」の投票をさせるためにはどうすればいいか。

 利益誘導するなら、「改憲すると、みなさんにとってこんな『いいこと』があります」と約束する必要がある。だが、自民党改憲草案を見る限り、改憲して変わるのは、「戦争ができる国」になること、基本的人権が制限されること、緊急事態条項で合法的に独裁制に移行できることなどなどであり、改憲によって市民的自由が拡大したり、生活が豊かになったり、学校が楽しくなったり・・・ということは全く期待できない。

 となると、改憲すると何か「いいこと」が起きるという誘導は使えない。使えるのは「日本がここまでひどい国になったのは憲法のせいだ。だから、今すぐに改憲しないとこれからもっと『悪いこと』が起きる」という「憲法が諸悪の根源」論だけである。

 改憲しても「いいこと」は何も起きない。でも、戦後ひさしく「不磨の大典」であり、国民がそれを尊重し擁護する義務を負っていた憲法に向かって「こいつが『諸悪の根源』だったんだ」と言って、悪罵を浴びせ、足蹴にし、唾を吐きかけることならできる。「おい、みんな、それって、すごく気分がいいと思わないか?」

 自民党が有権者に提供できるのは、そのような嗜虐的快感くらいだけである。

 

 果たして、それを聞いて「なるほど。じゃあ現行憲法をみんなで踏みにじる『お祭り』にオレも行こう」と言って、改憲賛成の票を投ずる国民がどれほどいるか、改憲派は今それを測りかねているのだと思う。

2024年

3月

21日

奈良マラソンへの道 その1 ☆ あさもりのりひこ No.1493

3月8日(金)早朝、ウインドスプリント300m×10本、47分28秒、7.689㎞、平均ペース6分10秒/㎞、累積上昇135m、消費カロリー496㎉。

6分27秒、6分24秒、6分06秒(100m)

1分13秒(4分30秒/㎞)、1分16秒(4分42秒/㎞)

1分11秒(4分17秒/㎞)、1分15秒(4分41秒/㎞)

1分08秒(4分05秒/㎞)、1分14秒(4分36秒/㎞)

1分07秒(4分00秒/㎞)、1分14秒(4分35秒/㎞)

1分06秒(4分06秒/㎞)、1分12秒(4分28秒/㎞)

6分14秒、5分46秒、5分30秒(100m)

 

3月9日(土)夜、眠っているときに、左脚の脹ら脛が攣った。

朝、起きても、左脚の脹ら脛が痛い。

ヤバ!

 

3月10日(日)午前、飛鳥ハーフマラソン、2時間27分54秒、21.57㎞、平均ペース6分52秒/㎞、総上昇量486m、消費カロリー1553㎉。

 

3月11日(月)安足日。

 

3月12日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミルでビルドアップ走、30分、4.48㎞、傾斜2.0%、消費カロリー382㎉、手首に重り1㎏×2。

時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、時速8.8㎞(6分45秒/㎞)、時速9.2㎞(6分30秒/㎞)、時速9.6㎞(6分15秒/㎞)でそれぞれ1㎞、時速10.0㎞(6分00秒/㎞)で480m走った。

 

3月13日(水)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏×2。

 

3月14日(木)早朝、テンポ走、36分59秒、6.2㎞、平均ペース5分58秒/㎞、総上昇量90m、消費カロリー429㎉。

1 6分21秒(上り下り)

2 6分40秒(上り)

3 5分43秒

4 6分00秒

5 5分34秒(下り)

6 5分36秒(上り下り)

7 5分32秒(200m

 

3月15日(金)早朝、坂道ダッシュ、40分58秒、6.39㎞、平均ペース6分24秒/㎞、累積上昇144m、消費カロリー413㎉。

6分17秒、6分12秒、5分54秒(600m)

1分52秒(6分10秒/㎞)、2分28秒(7分52秒/㎞)

1分52秒(6分17秒/㎞)、2分20秒(7分00秒/㎞)

1分45秒(5分53秒/㎞)

6分59秒、6分11秒、5分44秒(300m

 

3月16日(土)早朝、階段1045段、43分47秒、6.24㎞、平均ペース7分01秒/㎞、総上昇量78m、消費カロリー465㎉。

7分16秒、7分30秒、6分50秒

6分50秒、7分30秒、6分36秒

5分11秒(240m

自己記録を3分近く更新した。

 

3月17日(日)午前、ジョギング、1時間46分40秒、16.92㎞、平均ペース6分18秒/㎞、総上昇量226m、消費カロリー1174㎉。

1 6分19秒(上り下り)

2 6分23秒(上り)

3 6分38秒(上り下り)

4 5分59秒

5 5分35秒

6 5分39秒

7 5分45秒(折返)

8 6分13秒

9 6分33秒

10 5分45秒

11 6分11秒(折返)

12 6分13秒

13 6分54秒

14 7分23秒(上り下り)

15 7分46秒(上り下り)

16 5分48秒(下り)

17 6分04秒(920m

飛鳥川沿いの河津桜が満開であった。

 

3月18日(月)安足日。

 

3月19日(火)早朝、西園美彌さんの魔女トレ。

夜、トレッドミルでビルドアップ走、30分、4.49㎞、傾斜2.0%、消費カロリー383㎉、手首に重り1㎏×2。

時速8.4㎞(7分00秒/㎞)、時速8.8㎞(6分45秒/㎞)、時速9.2㎞(6分30秒/㎞)、時速9.7㎞(6分11秒/㎞)でそれぞれ1㎞、時速10.0㎞(6分00秒/㎞)で490m走った。

 

3月20日(水・祝)早朝、雨、西園美彌さんの魔女トレ。

 

3月21日(木)早朝、安藤大さんのアントレ、足首に重り1.1㎏×2。