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2019年

2月

22日

表現の自由についての私見(再録)(後編) ☆ あさもりのりひこ No.625

言論の自由とは端的に「誰でも言いたいことを言う権利がある」ということではない。

 

 

2019年2月14日の内田樹さんの論考「言論の自由についての私見(再録)(後編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

言論の自由とは端的に「誰でも言いたいことを言う権利がある」ということではない。発言の正否真偽を判定するのは、発言者本人ではなく(もちろん「神」や独裁者でもなく)、「自由な言論のゆきかう場」そのものであるという同意のことである。言論がそこに差し出されることによって、真偽を問われ、正否を吟味され、効果を査定される、そのような「場が存在する」ということへの信用供与抜きに「言論の自由」はありえない。

むろん、つねに正しく言論の価値を査定する「場」が存在するというのは、ある種の「空語」である。

自由な言論の場では、すべての真なる命題は必ず顕彰され、すべての偽なる命題は必ず退けられると信じるほど私は楽観的な人間ではない。しかし、現実的に楽観的でありえないということと、原理的に楽観的であらねばならないというのは次元の違う話である。

私は「言論の自由が確保されていれば、言論の価値が正しく査定される可能性はそうでない場合よりはるかに高い」ということを信じる。

そして、この信念はそのような「場」に対する敬意として表現されるほかない。

私が言葉を差し出す相手がいる。それが誰であるか私は知らない。どれほど知性的であるのか、どれほど倫理的であるのか、どれほど情緒的に成熟しているのか、私は知らない。けれども、その見知らぬ相手に私の言葉の正否真偽を査定する権利を「付託する」という保証のない信認だけが自由な言論の場を起動させる。その原理は言語や親族や貨幣のような制度が起動する場合と変わらない。まず他者への贈与があり、それから、運動が始まる。

「場の審判力」への無償の信認からしか言論の自由な往還は始まらない。

もし、言論が自由に行き交うこの場の「価値判定力」を信じなかったら、私たちは何を信じればよいのか。

「場の審判力」を信じられない人間は、「私の言うことは正しい」ということを前件にして言葉を語り出すことしかできない。「お前たちが私の言うことを否定しようと、反対しようと、それによって私の言うことの真理性は少しも揺るがない」と言わなければならない。

しかし、もしそうだとしたら、彼には「自由な言論が行き交う場」に言葉を差し出さなければならないいかなる必然性があるのだろうか。せいぜい、洗脳、宣伝、教化のために功利的に利用することしかできまい。むろん、その場合には、彼の言葉に対するすべての疑問や異議申し立ては「真理」の名において退けられる。だが、そのような言論のありようを「言論の自由」のみごとな実現であると思う人間は一人もいない。

言論の自由とは、まさにその「場の審判力」に対する信認のことだからである。言論において私たちが共有できるのは、それぞれの真理ではない(それは「それぞれの真理」であるという時点ですでに共有されていない)。私たち「それぞれの真理」の理非が判定される「共同的な場」が存在するということについての合意だけである。

そのような「場」はレディメイドのものとして、制度的にごろりとそこにある、というものではない。それは私たちが身銭を切って、額に汗して、創り出さなければならないものである。

だからこそ、「日本には言論の自由がない」と書いた社会学者の言葉に私はつよい違和感を覚えたのである。「言論の自由」とは「場の審判力に対する信認」のことであり、「私は私が今発している当の言葉の正否真偽を査定する場の審判力を信じる」という遂行的な「誓い」の言葉を通じてしか実現しない。そのような場は「存在するか、しないか」という事実認知的なレベルではなく、そのような場を「存在させるか、させないか」という遂行的なレベルに出来するのである。「場への信認」は私が今現に言葉を差し出している当の相手の知性と倫理性に対する敬意を通じて、今この場で構築される他ないのである。「言論の自由」はどこかにかたちある制度として存在しているわけではない。そうではなくて、今ここで、私たちが言葉を発する当のその瞬間に私たちが「身銭を切って」成就しつつあるものなのである。

むろん、私の差し出したメッセージが「偽」の判定を受けて退けられる可能性はつねにある。だから、私は私の主張が相当数の人にとって「耐え難いもの」であると思われる場合には(例えば私が今主張していることは「理解し難い」ことの一つである)、できる限り論理的に、情理を尽くして、理解を得られるように言葉を選ぶことにしている。

正しさを担保するのは正しさではない(それは「私は正しい。なぜなら私は正しいからだ」という原理主義的な同語反復にしか帰着しない)。正しさを担保するのは正否の判定を他者に付託できるという人間的事実である。

誤解されないように急いで付け加えるが、この付託は現に他者たちが過たず真偽正否の判定を下すという事実に基礎づけられているのではない。そうではなくて、この付託によって、真偽正否の判定を下しうるような知性と倫理性に「生き延びるチャンスを与える」ことができるという事実に基礎づけられているのである。

信認だけが、人間を信認に耐えるものにする。

そのことを私は「受信者への敬意」、「受信者への予祝」、あるいは端的にディセンシー(decency 礼儀正しさ)と呼んでいるのである。

それは「呪い」の対極にあるところのものである。

 

私たちは今のところ言論の自由をゆたかに享受している。けれども、この事態を「言論の自由など存在しないと言い放つ自由」や「呪いの言葉を吐く自由」に矮小化する人々が「言論の自由」の基盤を休みなく掘り崩してるということについては十分に警戒的でなければならないと私は思っている。

2019年

2月

21日

五島つばきマラソンまであと3日 ☆ あさもりのりひこ No.624

2月17日(日)午前、橿原公苑でペース走をする。

1㎞を6分15秒を目標に10㎞走る。

エナジージェルとスポーツドリンクを2㎞ごとに補給する。

結果は、1時間02分23秒、ペースは1㎞平均6分13秒であった。

いい感じで走れた。

 

2月19日(火)夜、ランニングマシーンで走る。

傾斜2%、時速9.6㎞、30分、走行距離4.7㎞、消費カロリー401㎉、10.Metsであった。

表示画面をチラチラ見ることもなく、余力を残して走ることができた。

 

木、金、土は走らないで脚を休める。

 

五島つばきマラソンは4年連続4回目の出場である。

過去の成績はつぎのとおり。

2016年 6時間43分37秒

2017年 6時間56分28秒

2018年 5時間30分52秒

 

最低でも5時間30分を切りたい。

 

1㎞を6分15秒で走り続けると、4時間22分でゴールすることになるが・・・

2019年

2月

20日

表現の自由についての私見(再録)(中編) ☆ あさもりのりひこ No.623

ことの真偽はともあれ、それによって傷つく人がどれほどいようと、汚される価値がどれほどあろうと、誰にでも言いたいことを言う権利はあるという言葉に私は同意しない。

 

 

2019年2月14日の内田樹さんの論考「言論の自由についての私見(再録)(中編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

議論の第一の前提は私たちの社会は言論の自由が抑圧されている社会ではないということである。

むろん、「日本には言論の自由が存在しない」と主張する人もいる。ある高名な社会学者が最近そう書いていた。けれども現にこの人に潤沢に提供されている発言機会を勘定に入れると、その主張に同意することは私にはできない。少なくとも私の場合に限って言えば、これまで言論の自由を具体的に侵された経験を持たない。さまざまな機会に、私は政治家や官僚や財界人や知識人を批判してきた。学生の頃などは、さらに勢いに乗って、革命による現政権の転覆の喫緊であることなどを書いたけれど、そのときも誰からも「そのようなことは書くな」という圧力を受けたことがない。私が操觚の人となったのちでも、「そのようなことを書いてもらっては困る」ということを言ってきたのは新聞社二社だけである。これらの新聞社はつね日頃から「言論の自由」をたいへん声高に主張しているところであった。彼らもまたさきの知識人と同じく「日本には言論の自由が存在しない」と信じており、「言論の自由が存在しない」という原事実をその寄稿者にまず経験させるべきだと考えたのかも知れない。

冗談で言っているのではない。

「言論の自由は存在しない」ということを平然と言える人間は、まさにその自らの発言に呪縛されるからである。その自己呪縛のメカニズムについては、またのちに論じる。

もう一度繰り返すが、私たちの社会は言論の自由が抑圧されている社会ではない。そうではなくて、「言論の自由」という概念が誤解されている社会なのだと私は思っている。

私たちは「言論の自由」という概念をどう誤解しているのか。それを解明するために、まず言論の自由についての予備的な確認から始めよう。

私の立てる第一命題は次のようなものである。

あらゆる言葉はそれが誰かに聞き届けられるためのものである限り口にされる権利がある。

これが「言論の自由」の根本原理と私の信じるものである。およそ人間の脳裏に生じたすべての言葉は、それが人間の脳裏に生じたという一事を以て、何らかの人間的真理を表示している。そして、どのようなものであれ(それが人間の底知れぬ邪悪さや愚かさについての真理であっても)、人間にかかわる真理は沈黙に勝る。

私はそう信じている。「言論の自由」にかかわるすべての推論はここから出発する。

そんなことわかりきったことじゃないかと言う人がいるだろう。そうだろうか。それほどわかりきったことだろうか。私はそうでもないと思う。具体的な例を取り上げてみよう。

少し前にヨーロッパに歴史修正主義という思潮が登場した。その中の一人にフランスの歴史学者ロベール・フォーリソンという人がいて、ナチスのユダヤ人強制収容所にはガス室はなかった、ユダヤ人たちは伝染病で死んだという説をなしたことがあった(この説を真に受けた日本人が『マルコポーロ』という雑誌にそのことを書いて、イスラエル大使館とユダヤ人人権団体の抗議で雑誌そのものが廃刊になったことがあったことをご記憶の方もいるだろう)。当然のようにヨーロッパのメディアはこの説に烈しい攻撃を加えた。

このときアメリカの言語学者ノーム・チョムスキーは、「言論の自由」を擁護する立場から、人は誰であれ言いたいことを言う権利があり、とりわけ、その意見が人々の神経を逆なでするようなものの場合は、一層擁護されねばならないと書いた。

「議論の余地なく自明のことは、表現の自由の擁護は自分が賛同する意見にのみ限定されるべきではなく、すべての人がそれを耐え難いものとみなすような見解においてこそ、もっとも力強く擁護されるべきであるということである。」(Noam Chomsky, 'Quelques commentaires élémentaires sur le droit à la liberté d'expression', in Robert Faurisson, Mémoire en Défense, La Vieille Taupe,1980,p.XII)

チョムスキー自身はフォーリソンの説にはまったく同意できないと書いている。説くところには同意できないけれど、私は自分が同意できない科学的理説を公開する権利を擁護したい。チョムスキーはそう述べた。

美しい言葉だ。けれども、私はこのチョムスキーの擁護論に軽々には同意することができない。それはフォーリソンが誰に向かって、何を成し遂げようとしてその言葉を語っているのかということをチョムスキーが問わなかったからである。

ことの真偽はともあれ、それによって傷つく人がどれほどいようと、汚される価値がどれほどあろうと、誰にでも言いたいことを言う権利はあるという言葉に私は同意しない。私たちは無人の荒野で、空に向かって語っているわけではないからだ。

すべての言葉はそれを聴く人、読む人がいる。

私たちが発語するのは、言葉が受信する人々に受け容れられ、聴き入れられ、できることなら、同意されることを望んでいるからである。だとすれば、そのとき、発信者には受信者に対する「敬意」がなくてはすまされまい。

発語は本質的に懇請である。私はそう思っている。聞き届けられることを望まないで語られる言葉というものは存在しない。そして、もし、その言葉がチョムスキーの言うように「すべての人がそれを耐え難いものとみなすような見解」であるならば、それだけ一層、それを提示するときに、受信者に対する敬意がなくてはすまされないと私は思う。

言論の自由が問題になるときには、まずその発言者に受信者の知性や倫理性に対する敬意が十分に含まれているかどうかが問われなければならない。というのは、受信者に対する敬意がなければ言論の自由にはもう存在する意味がないからである。

メッセージはその正否真偽を審問される場に差し出されるとき、「その正否真偽を審問する場」の威信を認めなければならない。そこで真として受け容れられることを望み、そこで偽として退けられることを望まない、という基本的な構えを放棄するようなメッセージは「言論の自由」の請求権を放棄しているのと同じことである。

「私は誰がどう思おうと言いたいことを言う。この世界に私の意見に同意する人間が一人もいなくても、私はそれによって少しも傷つかない。私の語ることの真理性は、それに同意する人間が一人もいなくても、少しも揺るがない」という人間には「言論の自由」を請求する権利がない。私はそう考える。

「私は誰の承認も得なくても、つねに正しい」と言う人が「言論の自由」を求めるのは、「すべての貨幣は幻想であり、無価値である」と主張する人間が、その主張を記した自著の印税を求めるのと同じく背理的である。というのは、「言論の自由」とはまさに「他者に承認される機会を求めること」に他ならないからである。

「言論の自由」は、自分の発する言葉の正否真偽について、その価値と意味について、それが記憶されるべきものか忘却に任されるべきものかどうか吟味し査定するのは私ではなく他者たちであるという約定に同意署名する人間だけに請求権がある。

自分が発する言葉は、他者に聴き取られなくても、同意されなくても、信認されなくても、その意味と価値をいささかも減じないと言い張る人間には「言論の自由」を請求する権利がない。なぜなら、彼の言葉は他者たちの場に差し出されるに先立って、すでに真理であることが確定しているからである。もし、言論の正否真偽を審問する場の成立に先立って、すでに真理である言葉が存在しうるなら、「自由な言論の場」に存在理由はない。

 

 

2019年

2月

19日

近鉄大和八木駅付近おすすめスイーツ③

 

本日は、事務局の担当日です。

以前の紹介に引き続き、近鉄大和八木駅・なら法律事務所付近で私のおすすめのスイーツの第三弾です。

 

既にご存じの方もいるかもしれませんが、近鉄大和八木駅付近で団子の美味しいお店が2軒あります。

 

まず1軒が、「だんご庄のだんご」です。

 

お店は近鉄大和八木駅を南側に出て、交番の前を南へ約150メートル行った右側にあります。

 

本店は古くから橿原市内近鉄南大阪線坊城駅前の南50メートルの所にあり、明治時代に創業したそうです。

だんご庄のだんご
だんご庄のだんご

 

きな粉をまぶされた団子ですが、そして美味しい秘訣はきな粉をとお餅をつなぐ蜜にあると思います。

 

他の地にもよく似たお団子がありますが、やはり他のとはちょっと違うと思います。

http://dango.kir.jp/index.html

 

2軒目が「美松のみたらしだんご」です。

美松というお店は以前紹介した「橿の樹」を販売しているお店で、お店は近鉄大和八木駅を南側に出て、南へ約約300メートルの所にあります。

美松のみたらしだんご
美松のみたらしだんご

 

70年程前から販売している伝統の味で、こちらのおだんごもタレが美味しさの秘訣のようです。

 

焼きたてはもちろん、さめても美味しいの点がお薦めしたい理由です。

https://sweets-mimatsu.com/

もしご存じでない方がおられたら、行かれて、一度ご試食してください。

この時期には、温かい日本茶と団子を召し上がれば、ホッと体が癒やされると思います。

2019年

2月

18日

言論の自由についての私見(再録)(前編) ☆ あさもりのりひこ No.622

自分自身には直接的利益をもたらさないけれど、他者が何かを失い、傷つき、穢されることを間接的利益として悦ぶという言論のありようを言う適切な日本語がある。

「呪い」というのがそれである。

 

 

 2019年2月14日の内田樹さんの論考「言論の自由についての私見(再録)(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

安倍首相が国会で民主党政権の時代を「悪夢」と評したことについて批判を受けた。

それについて「私には言論の自由がある」という反論をした。

どうもこの人は(この人に限らず)「言論の自由」という概念を勘違いして使用している人が多いように思われる。

「言論の自由」について私の原則的な立場はいまから10年以上前に書いた以下の文章に尽くされている。

2008年6月に書いたもので、若干「それ何の話?」というような昔のことにも言及しているけれど、その辺はスルーして欲しい。

 

言論の自由についての私見

9年前にインターネットにホームページというものを開設したときに、一つ自分にルールを課した。それは必ず固有名で発信し、自分の発言については責任を引き受けるということである。

実利的な理由もあった。

私も学者である以上、万が一他の誰もまだ述べていないようなオリジナルな学術的知見を発見する可能性は絶無ではない。その場合、当該学術情報についてのプライオリティは私に属する。

むろん、文学研究のような浮世離れした世界では、そのようなプライオリティが現実的な利益(特許権とか)をもたらすことはほとんどない。しかし、「このアイディアを最初に思いついた人」として人に知られるのは(そのアイディアの被引用回数が増えると)なかなか愉快なことである。だから、何かアイディアを思いついたら「固有名のタグ」をつけておくことにしたのである(書き留めておかないと翌日には忘れてしまい、自分の論文にさえ使うことができないというより実利的な理由もあったが)。

紙媒体に寄稿したテクストも、ブログのテクストも、だから私の場合、原則は同じである。「自分の書いたことについては、その責任を引き受ける」、「自分が書いたことがもたらす利得については、それを占有するにやぶさかではない」。わかりやすい理屈だと思う。

ところが、この「わかりやすい話」がインターネット上ではなぜか通用しない。現在ネット上で発言している人の大部分は匿名の書き手だからである。

率直に申し上げて、私は彼らが匿名を貫く理由がうまく理解できないのである。

どうして、自分の書いたものに責任を取ろうとしないのか?どうして、自分の書いたことがもたらす利得を確保しようとしないのか?

この二つの問いのうちでは、第二の問いの方が答えやすそうだから、こちらから先に手を付けよう。

どうして、自分の書いたことがもたらす利得を確保しようとしないのか?

理由はわりと簡単である。それは書かれたテクストが書き手に利得をもたらす可能性がきわめて低いからである。

ノーベル賞級の科学的発見をした人がインターネットに匿名で自分の仮説を公開するということは考えにくい(今のところ一人もいない)。

知的所有権のもたらす利益が大きいであることが予測される場合、人はふつう匿名を選択しない。だから、匿名者が知的所有権(いやな言葉だが)を主張しないのは、合理的に推論すれば、自分が発信しているメッセージが知的に無価値であるということを彼ら自身が知っているからである。「これを書いたのは誰だろう?ぜひ、この人の書き物を本にしたい」とか「この人のアイディアでビジネスを始めたい」とか「この人にしかるべきポストをオッファーしたい」ということがありうると思っていれば、誰でも自分が何者であるかを明らかにする。それをしないのは、自分の書き物には学術的先見性であれ芸術的独創性であれ、知的価値のあるものは含まれていないという評価を本人自身が下しているからである。

にもかかわらず毎日数百万、数千万の人々が匿名での発信を続けている。だとすると、「知的に無価値なこと」を書くことによっても、やはり彼らは何らかの「利得」を手に入れていると考えなければならない。人は何の利益もないことをこれほど懸命にはやらない。

この場合に彼らが得ている「利得」はさしあたり「知的所有権」とか「知的価値」というような言葉で実定的に計量できるものではない。

では、彼らは何を手に入れているのだろう。

おそらく、彼らは「他者の逸失利得」を自分の「売り上げ」に計上しているのである。

そう考えてはじめてネット上の匿名の発言の相当数が「批判する言葉」であることの説明がつく。彼らの目から見て「不当な利益を占有している」と思われる他者が、その社会的地位や威信やポピュラリティを失うことを「自己利益の達成」とみなす奇習を身体化してなければ、こういうことは起こらない。

自分自身には直接的利益をもたらさないけれど、他者が何かを失い、傷つき、穢されることを間接的利益として悦ぶという言論のありようを言う適切な日本語がある。

「呪い」というのがそれである。

匿名の発言の多くが「呪い」の語を発しているということが知れると、「なぜ彼らは自分の書いたものの責任を取ろうとしないのか?」という問いにも自動的に答えが出る。

それは発した言葉が発信者に戻ってくると、それは発信者自身をしばしば致命的に傷つけ、損なうからである。「呪いを発信する人」として知られることは、現代のような近代社会においても、その人の社会的信用を損ない、友人や家族からの信頼を傷つけるに十分である(言葉遣いが激しい場合には刑法上の罪に問われることもある)。だから、mixiのように、発信者が誰であるかを(小さな内輪の集団内では)特定可能である場合には、公共的には匿名性が担保されていても、「呪い」の言葉はほとんど見ることができない。

呪いの発信者として名が知られるということは、現代社会においても致命的だということを彼らは知っているのである。

呪いの言葉は触れるすべてのものを侵す。だから、発信者は自分が吐き出した「毒液」から身を避けなければならない。匿名は毒から身をかわすための「シールド」である。彼らは単に刑法上の罪を問われることを恐れてそうしているだけではない、自分がそのように危険な言葉の発信者であるという事実を自分自身に対してさえ隠蔽したいのである。

しかし、匿名での罵倒中傷によって人を傷つけ、それによって他者がこうむる社会的な損失や心理的な傷をおのれの「得点」にカウントするというこの「呪い」の習慣は、今の私たちの社会では「言論の自由」の名において擁護されている。

私は「呪いの言葉」も「言論の自由」という大義において擁護されるべきかどうかという原理的な問題について考えてみたいと思う。

 

 

2019年

2月

15日

憲法と自衛隊(後編) ☆ あさもりのりひこ No.621

ポツダム宣言第6条にはこうある。

「日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。」

 

 

2019年2月8日の内田樹さんの論考「憲法と自衛隊(後編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

渡邊さんへの名刺代わりに、「憲法と自衛隊に齟齬があることに何か問題でも?」という話を振った。

改憲派の人々は憲法九条と自衛隊の存在の間に齟齬があることを耐え難いと感じているようであり、しばしば「こんな国は日本以外にない」と言い立てるけれども、それは違う。

私が知る限り憲法の規定と軍隊の存在の間にもっとも深刻な乖離を抱え込んでいる国はアメリカ合衆国である。

アメリカ合衆国憲法はそもそも常備軍の存在を認めていないのである。

憲法第8条「連邦議会の立法権限」の第12項にはこうある。

「陸軍を召集(raise)し、これを維持(support)する権限。ただし、この目的のための歳出の承認は2年を超えてはならない」

13項「海軍を準備(provide)し、これを保持(maintain)する権限」

陸軍は必要なときに召集されるべきものであって、常備軍であるべきではないというのは建国の父たちの揺るがぬ確信であった。

それは常備軍は必ず為政者に従い、抵抗権をふるう市民と敵対するということを経験的に知っていたからである。

私たちが忘れがちなのは、アメリカは独立戦争を戦って宗主国から独立をかちとった植民地だということである。

アメリカの建国の正統性を保証するのは「抵抗権」であり、「革命権」なのである。

だから、市民の抵抗権、革命権の行使を妨げるはずの常備軍を持たないことを憲法に定めたのである。

これと市民の武装権を規定した修正第二条はいわば「コインの裏表」の関係にある。

常備軍は持たない。必要な武力はそのつど武装した市民を「民兵(militia)」として召集することで備給する。というのが建国の父たちの陸軍についての基本的なアイディアであった。

海軍については、そういう訳にはゆかない。特殊な技能育成と、長期にわたる組織的な訓練がないと帆船は動かせなかったからである。だからやむなく海軍については「準備し、保持する」ことを認めたのである。

それに海軍の場合、抵抗する市民たちは艦砲射撃の射程から外にいれば何の被害も受けないし、市民を弾圧するためには、海軍は陸に上がって陸戦を戦わなければならない。

だから「海軍は常備軍でもそれほど市民にとってリスクはない」という判断が下されたのである。

軍隊についての考え方がぜんぜん違うのである。

この憲法はその後改定されないまま今に続いている。

常備軍を持たないことを規定した憲法を持ちながら、アメリカは世界最大の軍事力を誇っている。

ここには致命的な齟齬があるのだけれども、「現実と合っていないから憲法を改定しろ」というアメリカ市民はいない。

それはこの齟齬を感じるたびに、「そもそもわれわれは何を実現しようとしてこの国を建国したのか?」という起源の問いに立ち戻ることができるからである。

「アメリカというのは一つのアイディアなんだ」とアメリカの友人に言われて、深く納得したということを柴田元幸さんがどこかに書いていた。

アメリカは何のために存在する国なのか、ということをアメリカ人はひとりひとり自分に問う義務があり、権利がある。

そのときの手がかりになるのが憲法であり、独立宣言である。

そこにこめられた「アイディア」がいまここでの現実と乖離している。

それをどう調整するべきなのか、それをアメリカ人は自分に問うのである。

日本国憲法も同じである。

そこには1946年時点で日本を占領していたGHQのニューディーラーたちの「アイディア」が込められている。

彼らは「天皇制を持っている以外はアメリカみたいな国」を制度設計した(のだと思う)。

だから、九条二項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という条項を書いたときに、彼らの脳裏にあったのは合衆国憲法第8条第12項、13項だったというのはありそうな話である。

ポツダム宣言第6条にはこうある。

「日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。」

憲法起草者たちは、もしかすると「軍国主義者」を「常備軍」もろともに排除したあとには「平和主義者」と「抵抗権をもつ市民」がそれに取って代わると思っていたのかも知れない。

自分の国が「正しい国」だと思っている人たちは、「自分の国で起きたこと」は他の国でもあたかも自然過程のように起きるはずだと思い込みがちである。そして間違いなく、日本を占領したアメリカ人たちは自国が「正しい国」だと信じていた。

だから、彼らは軍国主義を排除したあとに「天皇制以外はアメリカみたいな国」ができるのではないかと無根拠に信じた。

権力に盲従する「常備軍」が廃絶されたあとに、自衛のために武装する市民たちがそれにとって代わるのではないか、と。

日本的なmilitiaができて、それがやがて準―軍隊的な組織になってゆく・・・と。

そういうようなことをGHQの人々は漠然と夢想していたのではないか。

起きなかったことの多くは、過去のある時点では「もしかするとそうなるのではないか」と思われていたことである。そして、その「蓋然性の高い未来」を勘定に入れて、人々はそのときに判断し、行動していた。でも、その予測は現実化しなかった。だから、その頃の人々がどうして「あんなこと」を言ったり、してたりしていたのかが、後から見ると理解できなくなる。

私は憲法と自衛隊の齟齬は、「憲法起草時点でアメリカ人が日本の軍事について夢想していたこと」と、その後の現実の齟齬として理解すべきではないかと思う。

「常備軍のない国を守る武装した民兵」は間違いなくアメリカ人にとっての軍事の理想である。そして、おそらく彼らは日本にも「アメリカ人にとっての軍事の理想」を適用できると思っていた。

民兵たちは自分たちの市民としての生命自由財産を守るために、権力者に抵抗して戦うのであって、他国との戦争に駆り出されることはない。

市民は交戦権を持たないし、そもそもそのようなものを持とうと望むこともない。

市民が求めるのは抵抗権である。

日本国憲法と現実の齟齬は、「どのような国をつくろうと願ったか」ということと「こんな国ができました」ということの間の隔たりとしてクールかつリアルに計測されるべきものだろうと思う。

その隔たりはわれわれに理想と現実のあいだの葛藤を絶えず主題化することを求める。それを踏まえて具体的な「次の一手」について論議し、合意を形成してゆくこと。それが「隔たりの功徳」ではなかろうか。

と言うような話をまず冒頭に渡邊さんに振ってみた。

渡邊さんは「合衆国憲法には常備軍の規定がない」というところで深く頷いて、合衆国憲法が「理想と現実のあいだを揺れ動くアメリカの歴史」をそのまま可視化したきわめて示唆に富んだ文書であることを指摘してくれた。そして、実際にアメリカは陸軍については「できるだけ常備軍を持たない」というルールを第二次世界大戦まではなんとか守ってきていた。いまのように常備軍化したのは、ここ50年のことだと渡邊さんは教えてくれた。

 

そこから話は地政学的な話題に展開してゆくのだけれど、私としては、憲法と現実の齟齬は「起草時点でどのような未来を望見していたか」を繰り返し遡及的に主題化するための重要な装置であるというアイディアを渡邊さんに認知してもらったので、それだけで深く満足したのである。

2019年

2月

14日

五島つばきマラソンまであと10日 ☆ あさもりのりひこ No.620

2月10日(日)午前、橿原公苑でペース走。

橿原公苑の中を走るのは初めてである。

 

1周800メートルのコース。

地面に50メートルごとに線が引いてある。

100メートルごとに距離が書かれてある。

曲がり角にはが5つくらい並んでいて、コースを教えてくれる。

便利である。

 

1キロ6分15秒のペースを目標にして走る。

走っていると、ビラを持った男性(30才くらい)が併走してきたので、ビラを受け取る。

ランニングクリニックの宣伝らしい。

1周してくると、同じ男性がまた併走してくる。

このあたりでランナーはどこを走るのか、と聞かれたので、橿原神宮の道路脇の舗道(大和中央自転車道)を教えてあげる。

この男性が併走してくれたので、自分が走っている速度を横から確かめることができた。

 

10キロ走って、1時間2分2秒。

1キロ平均6分11秒。

いいペースで走れた。

走った後、30キロとか40キロを走ったときは違う疲労を感じた。

 

2月12日(火)夜、ランニングマシーンで走る。

.7㎞、30分、傾斜2%、10.Mets、394キロカロリー。

表示盤を見ないで、最後までいい感じで走れた。

 

2月14日(木)朝、起伏のある周回コース7.5㎞を走る。

1周目、綺麗に舗装された丘の道の真ん中に、小石が落ちていて右足で踏んでしまった。

危うく捻挫するところだった。

暗くて見えなかった。

2周目、同じところで小石を見つけて道端に蹴り出しておいた。

49分49秒。

 

自己ベスト更新である。

2019年

2月

13日

憲法と自衛隊(前編) ☆ あさもりのりひこ No.619

日本はアメリカの軍事的属国であり、自前の安全保障構想を持っていないので、アメリカからの自立、主権の奪還が国家的急務である

 

 

2019年2月8日の内田樹さんの論考「憲法と自衛隊(前編)」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

元陸将の渡邊隆さんと憲法と自衛隊をめぐって対談した(MCはかもがわ出版の松竹伸幸さん)。

自衛隊制服組の人とはこれまで何度か話をしたことがある。防衛研究所で2012年から14年まで3年連続で講演を頼まれたのである。

依頼があったのは防衛研究所教育部から。特別課程研修での講演を頼まれた。演題は日本の安全保障についてということだった。

特別課程研修に参加するのは陸海空自衛隊の一佐たち。

「今後、行政部局で中心となるであろう将官直前の自衛官 等に資質涵養的な講演をして頂けないか、との希望です」と依頼書にあった。

幹部自衛官たちの前で安全保障についての私見を述べてもいいというお話である。こちらからすがりついてお願いしたってできるはずもないことを先方から「やって」と言ってきたのである。二つ返事で引き受けた。

それにしても、どうして私のような安全保障のど素人に講演を依頼してきたのか・・・とちょっと考えたのだけれど、考えても仕方がないので、とりあえず防衛研究所に行った。

そして、所長(シビリアン)と教育部の方たち(制服組)と講演の前にちょっとだけお話して、自衛官にはできるだけ広い視野でものを見るように教えているという説明をうかがった。

ならばここを先途と、日本はアメリカの軍事的属国であり、自前の安全保障構想を持っていないので、アメリカからの自立、主権の奪還が国家的急務である・・・というような「いつもの話」を2時間話して、ぴゅんと逃げ帰った。

僕を呼ぶことを提案した教育部の方は「なんであんなのを呼んだんだ。責任とれ」とか言われてひどい目に遭っているんじゃないかと心配したけれど、どうすることもできない。

ところが、驚くべきことにその翌年も講演依頼があった。

今度は所長が替わっていて、名刺交換のときに「前任者はどうしてこんなのを呼んだのだろうか・・・」といささか懐疑的なまなざしでみつめられたけれど、終わったあとに所長室でお茶したときに、破顔一笑して「いや、面白かったです。来年も来てください」と言われた。

そして翌年も講演をした。

このまま続くのかなと思ったけれど、2015年の夏にはお呼びがかからなかった。

たぶんその頃に官邸に知れてしまったのであろう(よう知らんけど)。

というわけで、制服組(元ですけど)の方とお話するのは5年ぶりということになる。

渡邊さんは最初のカンボジアPKOの大隊長だった方である。はなばなしい累進を遂げて東北方面総監をして退職されたエリート自衛官である。

自衛官というのは徹底的に「現場の人」であって、机上の空論には興味を示さないし、「正解」にも興味を示さない。彼らはいまここにある具体的なトラブルにどう対処し、どうやって被害を最小化するかということに優先的に知的資源を投じる。

だから、「論争的な自衛官」というのは、基本的にいないはずなのである(時々いるけれど、あれはかなり例外的な存在だと思う)。だって、「争い」をどうさばくかを本務とするテクノクラートが自分で問題を起こしたり、問題に火を注ぐということは定義上ありえないからである。

渡邊さんは案の定まったく論争的なタイプの人ではなかった。

言うべきことは言うけれど、決してそれが論争的なマターにならないように最大限の注意を払っている。みごとに紳士的なマナーだと思った。

対談とはいえ、せっかくの機会なので、専門家にあれこれと訊いてみたいことを訊いてみた。

自分から投げたトピックは一つだけ。

 

それは「憲法九条の規定と現実の自衛隊の存在の間に齟齬があるということが改憲運動の第一の理由としてあげられているが、憲法の規定と現実の間に齟齬があることなんて、当たり前のことなので、うるさく論じるには当らない」というちゃぶ台返しのような話である。

2019年

2月

13日

浦島太郎

みなさん、こんにちわ。

本日は事務局担当日です。

 

寒い日が続きますが、どうやら厳しい寒さは今週いっぱいのようで、来週からは段々と暖かくなるようですね。

すこ~しずつ春がやってきています。

 

通勤のために朝に自転車に乗っていると

今年はやっぱり暖冬だったなぁと実感します。

本当に寒い年は、風で涙がでて、駅についたときは

化粧がおちているのです(笑)

今年は大丈夫でした(・∀・)

先日、小学生の子どもの授業参観がありました。

テーマは「世界遺産」の総合学習の発表。

秋口から調べ物をして、

12月には実地見学にいき、その集大成の発表が班ごとに行われました。

 

その中で、とっても驚いたのが・・・

 

小学生がパワーポイントを使って、タブレットを操作して、それを大型プロジェクターに投影して発表していたことです(゜Д゜)

 

これも時代の流れでしょうか・・・。

「小学生の発表」といえば、模造紙にペンで書いて、

なんて思っていましたが、「発表」というより「プレゼン」でした。

 

そのための機材もすべての教室に設置されているようです。

何年か前に、先生がタブレットを使って資料を黒板に投影していたときは

「最近の若い先生はすすんでるわねぇ~」なんて思っていましたが、

ついに子どもまでΣ(°Д°;

 

文字の入力に始まり、色分けや文字ポイントでメリハリをつけ、

大仏や春日大社などの写真を挿入して、小学生にしてはなかなかのプレゼンテーションでした。

 

こどもが帰宅してから、

「パワポまで使えるなんて、すごいね~」と褒めてみると

「ま、教えてもらったけどね♪」と何気に鼻が高くなってはりました。

 

私の小学生のときは・・・なんて浦島太郎になったひとときでした。

2019年

2月

07日

五島つばきマラソンまであと17日 ☆ あさもりのりひこ No.618

2018年12月29日(土)、心拍数を測定する機能が付いたエプソンのランニングウオッチを買う。

これで、心拍数も走行距離も正確に測ることができる。

1キロ毎にかかった時間も振動して教えてくれる。

スマートフォンにアップロードすると詳細なデータを確認することができる。

「優れもの」である。

 

2018年12月31日(月)午前、キトラ古墳から稲渕を折り返す14.9キロを1時間42分41秒で走る。

2018年の走り納めである。

 

あけて2019年(201Q年ではない、と思う)。

 

1月2日(水)、安藤大(ひろし)さんのパーソナル・フォームカイゼンレッスンを受ける。

 

1月4日(金)夜、トレッドミルでインターバル走をする。

傾斜2%、時速11.2キロで、200メートル、400メートル2本、500メートルを走る。

 

1月6日(日)午前、キトラ古墳から栢森を折り返す23.7キロを2時間57分40秒で走る。

エネルギーを補給するようにして、自己ベストを更新した。

ロードの走り初めである。

 

1月8日(火)夜、トレッドミルでペース走をする。

傾斜2%、時速9.6キロ(1キロ6分15秒のペース)で、30分で4.7キロ走る。

 

1月10日(木)朝、起伏のある周回コース7.5キロを54分02秒で走る。

外気温は氷点下で、走っていても手指の先がかじかんだ。

 

1月13日(日)、大和中央自転車道41.3キロを5時間54分01秒で走る。

ミネラルウォーター、スポーツドリンク、エナジージェル4~5本、エナジーバー1本、合計854㎉を補給した。

あと、麦味散1包、芍薬甘草湯ゼリー2袋を飲んだ。

脚は止まらなかった。

前半2時間45分、後半3時間9分。

トイレロス5回。

 

1月16日(水)夜、トレッドミルでペース走。

傾斜2%、時速9.6キロで30分間4.7キロ走る。

汗だくである。

 

1月18日(金)朝、起伏のある周回コース7.8キロを57分24秒で走る。

1周して、自宅に戻って用を足して、そのあと2周した。

 

1月23日(水)夜、トレッドミルでペース走をする。

傾斜2%、時速9.6キロ(1キロ6分15秒のペース)、30分間、4.7キロ走った。

Mets10.9、消費カロリーは401㎉であった。

 

1月25日(金)朝、起伏のある周回コース7.5キロを52分34秒で走る。

このコースを走るのは9回目だが、ベストタイムを更新した。

 

1月27日(日)、橿原シティマラソン第46回畝傍山一円クロスカントリー大会に出て、11.5キロを1時間18分36秒で走った。

 

1月29日(火)夜、トレッドミルでペース走。

傾斜2%、時速9.6キロで30分走る。

走行距離4.7㎞、消費カロリー400㎉、10.Metsであった。

時速9.6キロというのは、1キロ6分15秒のペースである。

1キロ6分15秒が、朝守のマラソンの目標ペースである。

 

ちなみに、エウリド・キプチョゲがマラソンの世界記録を更新した2時間1分39秒は、1キロ2分53秒のペースである。

はや!

 

2月2日(土)、鴻池陸上競技場から天理市内を往復する37キロを走る。

5時間38分41秒。

歩かなかったが、23キロから33キロまでペースダウンした。

消費したエネルギーが3189㎉で、補給したエネルギーが1089㎉だった。

300㎉補給が足りなかった。

摂った水分は約1000㎖。

さらに500㎖は摂る必要があるな。

それと、ペース走の練習だ。

 

2月5日(火)夜、トレッドミルでペース走。

傾斜2%、時速9.6キロで30分走る。

走行距離4.7㎞、消費カロリー393㎉であった。

 

2月7日(木)朝、起伏のある周回コース7.6キロを52分51

秒で走る。

高台の上は真っ暗なので、胸にライトをぶら下げて走る。

 

ライトは、母が南都銀行で誕生日のプレゼントとしてもらった高齢者の交通安全グッズであるが役に立っている。

2019年

2月

05日

冬は買い換えの季節?@事務局より

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

昨日は立春。暦の上では春の到来です。

実際昨日の日中は暖かかったですが,今朝は打って変わって

冬の寒さが戻ってしまいました(^^;)

 

朝晩の寒暖差に加え,流行しているインフルエンザ,

そろそろ飛び出す花粉・・・。

 

体調を崩す要因がありすぎて本当に困ります・・・(-_-;)

次のブログは何を書こうかなぁと考えながら,

そういえば去年の冬は,電気温水器と電子レンジの調子が悪くなって

困ったことを思い出していた先週金曜の朝。

 

こんなことを考えていたのが悪かったのか,

ドライヤーの使用中に,

突然ボンッと大きな音とともになにやら焦げくさい臭いが・・・。

後ろの方を乾かしている最中で,びっくりしました。

 

髪が焦げるなどの被害はなかったものの,

どうして,我が家の電化製品はよりにもよって冬に壊れることが多いのか。

 

気落ちしつつも仕事終わりに家電量販店へ向かいました。

 

ドライヤー売り場を見渡すと・・・

売り場で一番注目だったのは,ダイソンのドライヤー。

 

お洒落なデザインで他社製品を圧倒していましたが,

お値段も驚きの5万円超え。

 

私はそのまま他社コーナーへ移動しましたが(笑),

中国人やアジア系の家族連れの方たちが一生懸命店員さんに説明を受けながら数台お買い上げ。

・・・本当に日本の電化製品は海外の方に人気なんですね(゚Д゚)

 

それにしても,この製品は何がいいのか,性能が他とどう違うのか。

メーカー別の対比表みたいなのがあればいいんですが,

売り場のパンフや説明書きを見ていても私にはよく分かりません(^^;)

(マイナスイオンとプラズマクラスターイオンはどう違うの?)

 

また,最近は頭皮ケアもできるドライヤーが増えてきたようで,

ドライヤーの先端に「かっさ」をつけて頭皮マッサージも一緒にできる

変わったドライヤーもありました。

(女性だけでなく男性の方も熱心に見ておられました)

 

とにかく種類が多くて大変でしたが,

髪を乾かすときに温風と冷風を交互に使うと髪がきれいになるので,

切替しやすいのがいいよと美容師さんに教えてもらったことを思い出し,

なんとか選び抜いてレジへ!

 

閉店までに間に合って良かったですが,しばらく行きたくないなぁと

思うほどヘトヘトに。

 

なにより一番,家電コンシェルジュが欲しい!と切実に思った週末でした(^^;)

 

2019年

2月

01日

「死と身体」韓国語版のための序文(後編) ☆ あさもりのりひこ No.617

コミュニケーションと身体と死者。

この三つに共通するのは、「一意的に定義することができないけれど、一意的に定義できないことによって活発に機能する」という特性です。

 

 

2019年1月29日の内田樹さんの論考「「死と身体」韓国語版のための序文」(後編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

素人が付け焼刃の勉強で出した答えでしたけれど、これが『看護学雑誌』に載って、看護師たちからずいぶん好評だったということを後から聞きました(実際に、このインタビューが掲載されたあと、いくつかの看護系の学会や看護の学校から講演の依頼がありました)。

編集者の白石正明さんが僕のところにやってきたのは、その頃です。おそらくこのインタビューを読んで、「変わったことをいう男がいるな」と思ったのでしょう。彼は「ケアをひらく」という医学書院の有名なシリーズの編集者で、「べてるの家の『当事者研究』」をはじめ、話題書を次々と出していました。そのシリーズの一冊として本を書いて欲しいというのです。

もちろん、「医療関係の本なんか、無理です。書けません」とお答えしました。

「あとがき」にあるように、その頃、僕は東京と大阪のカルチャーセンターで、コミュニケーションと身体についての7回の講演をしました。大学でもそういう講義をしていたので、資料はいろいろと手元にあったのです。

大学の授業ではあまり難しい話をすると学生が眠ってしまうのですが、カルチャーセンターでは受講生たちは真剣に僕のわかりにくい話にも聞き耳を立ててくれたので、つい気分がよくなって、ますます何を言っているのかわからない方向に話は逸脱してしまいました。

その講座に白石さんが毎回来て、講演を録音していました。あんなとりとめもない話をどうやって本にする気だろう、無理なんじゃないかなと思っていましたけれど、講座が終わってしばらくしてから、講演録を持ってきて、「あとは『まえがき』を50枚書けば完成です」と言ったのには、ほんとうに驚きました。あれほど取り散らかった話を、あちらこちらを切り貼りして、首尾一貫した講義のようにまとめてくれた白石さんの魔法使いのような手際のよさにはほとほと感服しました。

この本を書いた頃の僕がこだわっていた仮説があります。それは本文中にもでてきますけれど、「簡単な話は複雑にした方が話は簡単になる(ことがある)」というものです。

矛盾した言い方ですけれど、最初の「簡単」と二番目の「簡単」はレベルが違います。例えば、「私は正しい」と言い立てている人が二人いて対立している場合を想定してください。どちらかを正しくて、どちらかを間違いと裁定してしまうと話はとりあえず「簡単」になります。でも、「お前は間違いだ」と言われた方がその裁定に納得できなくて、「こんなのは認められない」と騒ぎ立てて、テーブルをひっくり返して暴れ出すと、話は全然「簡単」ではなくなります。

白黒の決着を付けずに、「どちらもちょっとずつ正しくて、ちょっとずつ正しくない」というふうに話を複雑にしてしまうという手もあります。そして、「どうです、両方でちょっとずつ歩み寄って、『双方ともに同じくらい不満な解』で手を打つというのでは」と持ちかける。「双方とも同じくらいに不満」で、正しくもないし、間違っているわけでもないという中途半端なあたりを「落としどころ」にして、「あと、細かいところは、そのつど調整して」というふうにしておく。話は全然解決していないのですけれど、これが持っていきかたがうまければ、双方ともふくれっ面をしながらも、「とりあえずまあこの問題はしばらく放っておいていいか」ということになる。最終的かつ不可逆的な解決にはほど遠いのだけれども、とりあえずは問題をめぐる争いはクールダウンする。当事者たちは別のことに知的リソースを注ぐことができる。そして、時間が経つにつれて、解決不能と思われていた問題が、別の条件の変化によって、どうでもよいものになってしまったりするんです。ほんとうに。

僕はこういう解決法を「問題を複雑にすることを通じて問題を簡単にする」というふうに呼んでいるのです。それをもう少し洗練して、使い勝手のよいものにできないかということがこの時期の僕の実践的な課題でした。それを理論的に基礎づけるために、コミュニケーションと身体と死者というトピックを扱ったのです。

コミュニケーションと身体と死者。

この三つに共通するのは、「一意的に定義することができないけれど、一意的に定義できないことによって活発に機能する」という特性です。こんな説明ではもちろん何のことか分からないでしょうから、その理論の詳細は本文を徴して頂ければと思います。

もう15年も前に書いたものですので、書いた僕自身、どういうつもりでこれらの文章を書き綴っていたのか、正確には思い出せません。でも、自分がどういうつもりで書いたのかもう忘れてしまったその書物の印税はいまでも僕の銀行口座に振り込まれる。韓国語版が出るときには、僕に許諾願いが来る。

書いた内容もよく覚えていない書物について、その翻訳の可否について判断する権利がいまの僕にあるのでしょうか。どうなんでしょうね。でも、別にそれが不当なことだとは思いません。だって、僕が今書いているこの文章の原稿料が振り込まれる頃に、それを受け取る未来の僕(今年の夏くらいの僕)は1月の終り頃にこの文章をどういうつもりで書いたのか、たぶん正確には思い出せないはずだからです。

そういうものなんです。それでいいんです。

「内田樹」というはなはだ輪郭のぼんやりした「書く主体」がいて、それはいろいろな時期に、いろいろなことを考えていて、いろいろな文体を駆使する複数の書き手によって構成されている。そのいわば「共作」として僕の書き物は存在する。ですから、いまの僕が書いたものについて未来の僕が「これは僕が書いたものだ」と著作権を請求できることを保証する代わりに、過去の僕が書いたものを今の僕が「これは僕が書いたんだよ」という権利を保全してもらう。そういうゆるやかな「共作関係」の効果として「内田樹という書き手」はいる。そういうことでいいんじゃないかと思います。

最後になりましたが、次々と僕の本を翻訳して、出版してくださる韓国のみなさんに心から感謝申し上げます。日韓両政府はいろいろと対立点があって、ぎくしゃくしていますけれど、それとは違うレベルで、市民同士はこうして親しく気持ちを通わせることができることを日韓の未来のためにとてもうれしく思います。これからもどうぞよろしくお願い致します。

 

 

2019年

1月

31日

畝傍山一円クロスカントリー大会 ☆ あさもりのりひこ No.616

2019年1月27日(日)、橿原シティマラソン第46回畝傍山一円クロスカントリー大会に出場した。

2014年に生まれて初めてランニングのレースに出たのがこの大会であった。

2015年、2016年と3年連続出場して、今年は3年ぶり4回目の出場である。

 

橿原運動公園を出発して、橿原神宮の森と畝傍山を2周して、橿原運動公園に戻ってくる11.5キロの行程である。

 

午前8時30分に受付を済ませて、車の中で寒さを凌ぐ。

スタート40分前に運動前用のエナジージェルを飲む。

午前10時40分スタート。

1㎞6分15秒のペースを目安にして走る。

3キロほど走ったところでトイレに行く。

 

橿原神宮の森を抜けて、畝傍山の登山道に入る。

最初に走った2014年はこの上り道がしんどかった。

この5年間で、畝傍山の上りをしっかり走れるようになった。

 

給水所を2回通り、2回ともポカリスエットを2口飲んだ。

梅果汁ジェルを持参して、3キロ毎に3分の1ずつ飲んだ。

 

最後までスピードは落ちなかった。

1時間18分36秒でゴール。

ペース走の練習として走り、おそらく1時間20分くらいだろうと考えていたので、予定どおりである。

畝傍山を2回登って、アベレージが1キロ約6分30秒はまずまずである。

痛めたところはない。

 

走り終わってから、車で五條市へ。

五條市の金剛乃湯で、チーズバーガーとタコスとケサディーヤを喰う。

金剛乃湯では、アメリカ人のシェフがメキシコ料理を作っているのだ。

メキシコ料理を食って、金剛乃湯に浸かって、疲れを癒やした。

 

 

つぎのレースは、2月24日、五島つばきマラソンである。

2019年

1月

30日

「死と身体」韓国語版のための序文(前編) ☆ あさもりのりひこ No.615

医療というのは、病気と患者と医師という三者が参加するある種の「物語」だと僕は思います。そして、物語にはいろいろなパターンがある。

 

 

2019年1月29日の内田樹さんの論考「「死と身体」韓国語版のための序文」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

「死と身体」韓国語版序文

 

みなさん、こんにちは。内田樹です。

『死と身体』の韓国語版が出ることになりましたので、短い序文をつけることにします。

『死と身体』は2004年に医学書院という医学の専門出版社から出版されました。どうして、医学系の出版社から僕の本が出ることになったのか、その辺の事情はもう昔のことなので、記憶は定かではありません。

でも、医学書院とのご縁の始まりだけは覚えています。2001年に『ためらいの倫理学』という本を出して(この本は幸いもうすぐ韓国語版が出る予定です)、それがメディアの一部で注目されて、いくつかの媒体から寄稿依頼や取材依頼がありました。その中に医学書院の『看護学雑誌』という媒体からの取材申し込みもありました。依頼状を読むと「インフォームド・コンセント」についてインタビューしたいというものでした。

インフォームド・コンセント?

「医療に際して、患者が医療行為の内容やその効用やリスクについて十分な説明を受けて、それを理解した上で、自由意志に基づいて医療方針に合意すること」というのが辞書的な定義ですけれど、僕はもちろん医療の専門家ではありませんから、それについて特段に意見なんかないし、どうして雑誌が特集を組むほどの問題なのかもわかりませんでした。

ですから、断ろうと思って、そうお答えしたら、資料を送りますから、それを読んでから考えてくださいと言う。そして、どかんと資料を送ってきました。しかたなく、それを読んで取材を受けました。

僕の答えは次のようなものでした。

インフォ―ムド・コンセントは「自分の身体に対する支配権を占有していること」を高く評価する文化圏では有効だろう。そういう社会では、自分自身にかかわる医療行為を選択でき、決定できるという全能感そのものが患者の健康状態によい効果をもたらすからである。だから、場合によっては、自己決定した医療方針がそれほど適切ではなかった場合でも、「その方針を決めたのは私だ」という自尊感情がもたらす全能感が不適切な治療法のもたらす被害を補って余りあるということも起こり得る。そういう社会では、インフォームド・コンセントの方が患者を治療方針に関与させない療法より効果があるだろう。

インフォームド・コンセントの適否については、そういう意見をお伝えしました。

でも、問題は、「自分の身体を自分が支配しているという全能感」にそれほど高い評価を与えない文化圏も存在するということです。

例えば、日本がそうです。日本では「医療者が全能であって、病気について熟知しているので、患者は自分自身の疾病について心配する義務を免ぜられる」ということがしばしば起こります。なんだかすごい病気になったのかしらとどきどきして病院に行っても、そこで医師がつまらなそうな顔をしてよくある病名を付けて、凡庸な治療方針を告げると、それだけでもう半分くらい病気が治ったような気になる。case closed 病気について心配する主体が患者自身から、医師に引き継がれて、患者は治療について考える責任から解放される。その安堵感のプラス効果が病気治癒に資することがありうる。

医療というのは、病気と患者と医師という三者が参加するある種の「物語」だと僕は思います。そして、物語にはいろいろなパターンがある。

例えば、病気を患者の悪しき生活習慣がもたらした帰結だと考える医師がいます。そういう医師にとって患者こそが病気の原因です。だから、「病気になったのはお前のせいだ。自己責任だ」と患者を責め立てます。患者はそう言われても反論できないので、しょんぼりして、生きる意欲を失う。病院に行くとまた叱られると思うと、病院へ通うのが嫌になり、薬が切れてもそのままにして、やがて手が付けられない状態になる・・・。

一方、病気を外宇宙から到来した「エイリアン」のようなものに見立てる医師もいます。この「ワルモノ」と患者と医師がともにそれと戦うという勧善懲悪ストーリーを採用するのです。この場合は、患者は医師のチームメイトで、ともに「外部から到来した悪い病気」と戦うので、患者の自責の念や心理的負荷は大いに軽減しますし、患者は熱心に医師の医療行為に協力しようとする。

あるいは、ごくまれに、病気とはある種の心身状態の「偏り」に過ぎないのだから、それに合わせて自分の生活や体の使い方を変えればよいという考え方をする人もいます。「病と戦う」のではなく、「病と共に生きる」のだという独特の医療哲学です。これもまた一つの「物語」ですけれど、僕の知る限りでは、このような哲学的なスキームで自分の病気を記述できる人は総じてきわめて健康で、長寿です。

どの物語を選ぶかは、個人の自由だと僕は思います。どのような物語が結果的に患者の生活の質を最も高めることができるのか。それは医師が判断するしかない。

 

インフォームド・コンセントも「人間とはどういうものか」についての一つの物語から導き出されたものです(アメリカはすべてを自己決定し、誰にも責任を負わせないself made man を人間の理想に掲げる「特異な」社会ですから、「アメリカ向きの特異な物語」を選ぶのは医師として適切な判断だと思います)。ただ、世界中どこでもそれが適用できるわけではない。それが効く患者もいるし、あまり効かない患者もいるし、そのせいでかえって悪くなる患者もいる。だから、こういうのは、ケース・バイ・ケースで対応すればいいんじゃないですかと僕はお答えしました。

2019年

1月

29日

春の兆し 2019

 

本日は事務局が担当です。

あと2日で1月が終わり、2月3日日曜日は節分、4日月曜日は立春です。

 

みなさん節分の準備はおすみでしょうか?

コンビニ、スーパー、デパートなどでは、「恵方巻」の予約受付のポスターが目につきますね。

先週末は少し雪が舞う天気でしたが、日曜日には、少し風は冷たいものの風がないときの陽ざしはとても暖かいものでしたね。

 

そう感じて、周りをみたら、我が家のマンションの庭や上本町の駅の側にある梅が、花の少ない景色にきれいなピンクの花を咲かせていました。

さらに桜の木をよくみると、つぼみがふくらんできています。

 

しかし、世間ではインフルエンザの猛威が報じられ、昨年より患者数が多そうです。

私たちの仕事でも、相変わらず嬉しいことや愉しいことのご相談や依頼は殆ど無く、破産、交通事故、遺産争い、家族・夫婦間のもめごと、罪を犯してしまったことなど、冬の寒さの様なつらいことが殆どです。

だから、それらの事件が解決する時は、春が訪れるようにも感じます。

まだまだ、寒さや風邪などに油断は禁物ですが、寒さの合間に暖かい陽ざし浴びたり、花の便りなど春の兆しを知ると前向きになれますよね。

中国や台湾などの中華圏では、今の時期が旧正月(春節)で、盛大に祝賀されています。

ある意味、春の兆しを感じる時を、一年の始まりとしているのでしょうか?

 

確かにそうすれば、これからは暖かくなり、明るくなる一方ですから、この時期からスタートするほうが、前向きになりやすいのでしょう。

さあー、今が新たな出発と思って、気分を切り換えて前向きな姿勢で進みましょう!

2019年

1月

24日

明日香ビオマルシェについて8 ☆ あさもりのりひこ No.614

久しぶりに明日香ビオマルシェについて書く。

今回は「ココロネ∞屋」さん。

 

「ココロネ∞屋」の迫田さんは、ボヘミアンで、世界を旅した人物らしい。

輝く瞳の持ち主でもある。

迫田さんに「ココロネ∞屋」の『∞』の意味はなにか聞いたことがある。

迫田さんの答えは「特に意味はない」であった。

 

「ココロネ∞屋」は、めひび、あおさ、ふのり、わかめなどの乾燥した海藻が主力商品である。

ときどき、「生」の海藻も登場する。

 

しかし、「ココロネ∞屋」の売りは海藻だけではない。

まず、レンコン。

今が旬である。

よく太ったレンコンである。

大きいのは3つくらい連結している。

チップスにしても、レンコン餅にしても美味しい。

 

つぎに、マコモ茸。

マコモ茸は葉付きで売ってくれる。

焼いて食べると美味しい。

ちなみに、マコモの葉は乾燥させて入浴剤としても売っている。

ヨモギの葉を乾燥させた入浴剤もある。

 

秋は栗。

新聞紙に包んで、冷蔵庫で2~3週間寝かせてから、茹でて食べる。

甘くてホクホクである。

 

カリンもある。

カリン酒を作って、現在、流しの下で熟成中である。

 

ブルーベリーも美味しい。

 

海藻から野菜、果物まで守備範囲が広い。

 

「ココロネ∞屋」は無限の可能性を秘めている。

2019年

1月

22日

まさかまさかの

みなさん、こんにちわ。

本日は事務局担当日です。

 

インフルエンザが猛威を奮い出しましたね。国立感染症研究所のインフルエンザ流行レベルマップでは、数県を除いて警報レベルになっています。

うちの子どもの学校でも学級閉鎖が相次いでいます。

 

予防の中で最も効果的なのは手洗いだそうです。

気をつけましょうね。

先日、うちの母親から腰を痛めたので、鍼に行きたいと言われました。

病院で待合室の椅子から立ち上がるときにひねったみたいとのこと。

どんな立ち方したんー?今度の土曜日に行こうか~と笑っていました。

 

その3日後。

病院から「お母様、腰椎圧迫骨折で今入院されました」と電話がありました。

 

Σ(゚Д゚;

 

びっくりしすぎて声もでないとはこのことです。

驚きすぎて何も言えない私に看護師さんが3回くらい同じ話をしてくれました(^_^;)

とりあえず大急ぎで入院に必要なものを抱えて病院へ。

 

痛いと言い出してから、

ベットに寝転ぶのも一苦労、通院(透析で週3日通院しています)のために運転するのもかなりしんどい、とは言っていました。

でも、以前大腿骨を骨折したときの痛がり方とは違っていて、

実家に顔を出したときも、痛いと言いながらも歩いていたので

まさかまさか骨折しているとは1ミリも思い浮かびませんでした。

看護師の友達に経緯を話したら、

高齢者が生活動作で骨折するのはよくある話だそうです。

それに加えて、長年の血液透析と持病のステロイド剤服用で

かなり骨がもろくなっているようです。

 

2年くらい前に家具に足をぶつけて、指先を粉砕骨折、

今年の夏には転倒して大腿骨+骨盤骨折、

リハビリを終えて昨年末にようやく退院したと思ったら、

今度は立ち上がっただけで腰椎骨折・・・

書いていて、なんだか怖くなってきました(-_-;)

 

少し調べたところでは、骨密度をあげるにはコラーゲンとビタミンBCがいいみたいですね。コラーゲンは、お肌にいい、とばかり思っていたので、意外でした。

これ以上骨折しないよう、もう少し詳しく調べて対策を練りたいと思います(・∀・)

2019年

1月

17日

五島つばきマラソンまであと38日 ☆ あさもりのりひこ No.613

2019年1月2日(水)午前9時から11時まで2時間、安藤大(ひろし)さんの指導を受ける。

 

午前8時50分、緑地公園駅南口の改札に安藤さんが現れる。

「あさもりさん!あけましておめでとうございます!」と声をかけられて、握手する。

ふたりで歩いて緑地公園へ。

石のベンチに荷物を置いて、予め提出してあったデータに基づいて、基本情報の確認。

 

体重を今より2㎏減らすべき、と言われる。

「1㎏3分」ということなので、2㎏減らせば6分タイムを縮めることができるそうだ。

 

心拍数が重要で、マラソンは心拍数140が目安になる。

朝守のマラソンペースは1㎞6分15秒が目標とのこと。

これまで1㎞7分を目安にして走っていたので、少し速い。

 

奈良マラソンで25~30㎞で脚が止まるのは「補給不足」が原因だった!

朝守がフルマラソンを完走するために必要なカロリーは3600㎉でそのうち1800㎉は補給して摂取する必要があることが判明。

戦略としてエナジージェルなどを的確に摂取する必要がある。

 

指導を受ける前の走りを動画撮影する。

横からジョグとスピード走、前と後ろからジョグを撮影。

動画を見ながらアドバイスを受ける。

頭部の上下動がある。

前に踏み出した足の着地が遅い。

上体が前傾して腰が落ちた姿勢になっている。

腹筋が使えていないためだ。

 

身体を使って指導を受ける。

「腕振り」ではなく「肘振り」である。

肘を後ろに引く動作と膝をひきつける動作を連動させる。

そして、腹を使う意識を持つ。

 

身体を動かし始めたとき、近くで高齢の女性がドサッと倒れる、というアクシデント発生。

安藤さんが近寄って、声をかけて様子を見るが、危険はないようだった。

 

肩甲骨の可動域を拡げるエクササイズをこなす。

 

背伸びをして両手を合わせ、その後、両手を体側に下ろしてくる。手のひらは外向きにする。

前屈みにならない。

背筋を伸ばす。

腹に力を入れる。

 

クロールで泳ぐように肩を回しながら手を交互に前に出す。

逆に後ろに回す。

 

スキップしてリズム感を掴む。

スキップしながら、腕を片方ずつ前、横、上に出す。

 

手のひらを膝の前に出して、手のひらに膝頭を当てながら小走りに走る。

 

両膝を伸ばしたまま、両脚を交互に動かしてステップを踏み、その後ダッシュする(シザース)。

 

疲れたときは、走りながら両手を腰の後ろ側に当てて前に向けて押し出す。

または、走りながら手を後ろに回して、片方の手で他方の手首を持って下方向に引っ張る。

 

スマートフォンのメトロノーム音に合わせて走る。

1分間に170拍から初めて、180拍、190拍、最後は200拍。

200拍では、めいっぱい走った。

 

最後にもう一度、動画撮影。

横からジョグとスピード走を撮影する。

撮影した画像を最初の画像を比べながら観る。

頭部の上下動が減っている。

踏み出した足の降ろし(着地)が速くなっている。

上体が腰の上に立って、腰高になった。

走るフォームが自然で滑らかに流れている。

2時間でフォームが改善されたのだ。

 

荷物をまとめて、安藤さんとウルトラトレイルの話などをしながら緑地公園駅まで歩く。

改札で握手して、お礼を言って、安藤さんと別れた。

 

 

駅の階段を上るとき、ふくらはぎが張っていた。

2019年

1月

15日

「きなこ雑煮」@事務局より

 

皆さんこんにちは。今日は事務局担当日です。

 

今年のお正月,皆さんはゆっくり休めましたか。

 

例年に比べると長い正月休みだったはずなのですが,

年末に祖母が入院し,病院通いが続き,なにかと気忙しかったため,ほとんど休めませんでした

 

この3連休でようやくゆっくりできましたが,

周りは,風邪やインフルエンザが流行っているようなので

体調には気をつけなければ・・・(^^;)

 

さて,お正月といえば「お雑煮」ですよね。

我が家は,すましの雑煮と白味噌の雑煮が定番です。

 

先日,NHKの番組で,全国の珍しい雑煮が紹介されていたのですが,

その中の1位に輝いたのが,

 

なんと,奈良県の「きなこ雑煮」。

 

私も,今まで食べたことがなく,初めて知ったのですが,

事務所の同僚は昔からこのお雑煮を食べていて,

本人はいたって普通!と思っていたため

珍しいと言われちょっとショックだったようです(^^;)

 

なお,今奈良県内の小学校では,食育でこの「きなこ雑煮」が給食でも

出ているそうですよ。

 

かしはらナビプラザで,大和の郷土料理と大和野菜の紹介をしているので,

そこで展示していたサンプルを参考までにご紹介します。

 


 

お雑煮は,白味噌ベースで里芋や大根,にんじん,こんにゃく,丸餅などが

入っているのですが,雑煮の餅を,砂糖入りのきな粉につけて,

「あべかわ餅」のようにして食べます。

 

このきな粉には,黄色で米の豊作を願う稲の花を表し家族の健康と子孫繁栄を

願う意味があるそうです。

 

我が家の白味噌雑煮と具材はほとんど一緒なので,あとはきな粉を添えるだけ。今度チャレンジしてみようかな(^^)

 

2019年

1月

11日

東アジア共同体について ☆ あさもりのりひこ No.612

日本はアメリカの属国なわけですから、アメリカからの自立を果たすということが国家戦略としては最初に来るわけですが、中国がその動きをどう評価して、どう対応するのかがわからない。

 

 

2019年1月6日の内田樹さんの論考「東アジア共同体について」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

鳩山・木村鼎談本「第四章」から。東アジア共同体について話した部分を抜粋。

 

東アジア共同体が、想像できる範囲での最適解だということは間違いないと思います。でも、関与するファクターが多過ぎる。われわれが何かをしたいと思っても、どういう手立てがあるのか、それがどういうプロセスで実現できるのかの予測が立たない。いちばん大きいファクターは中国です。

日本はアメリカの属国なわけですから、アメリカからの自立を果たすということが国家戦略としては最初に来るわけですが、中国がその動きをどう評価して、どう対応するのかがわからない。アメリカの支配から脱して、国家主権を回復するという日本の国家戦略を、中国が肯定的に評価するのか、それとも新たな変数が増えるということで否定的に評価するのか。独立した日本を含んだ場合に、中国がどんな東アジア戦略を描くことになるのか、それがまだ見えないのです。

 

いまは「一帯一路」や「21世紀海洋シルクロード」の構想が示されています。あまり言う人がいませんけれど、これはきわめて「中国的」なアイディアだと僕は思っています。いずれも中国人の「中華思想」のコスモロジーにぴったりと合っている。

中国の基本的な趨勢はやはり「西漸」なのです。漢代から、中華皇帝は国内統一が済むと、まず西に向かった。張騫や李陵や霍去病や衛青といった、われわれが中学生くらいのときから学ぶ人たちのたどったコースはいまの「一帯一路」とほぼ重なります。明代には鄭和が大船団を組んで、東シナ海を南下して、マラッカ海峡を抜けて、インドから紅海を経て、東アフリカまで航海をしていますけれど、このコースは「21世紀海洋シルクロード」とほぼ重なる。つまり、中国人にとって、中華皇帝の「王化の光」が広がってゆくときのコスモロジカルな地図は紀元前から現代まで、ほとんど変わっていないということです。たぶん、中国人にとってこの動線にはある種のつよい訴求力がある。ですから、この動線の方向にさまざまな事業を展開して、AIIBで集めた資金を投下し、そこに国内の過剰生産した鉄鋼や過剰な労働力を投下して、完全雇用を実現するというのが中国の長期的な国家戦略なのだと思います。それについてはおそらく国民的な合意がある。

 

「西」へ向かう強い趨向性を持ちながら、その一方で、「東」については、中国人はコスモロジカルな強い物語を持っていない。朝鮮半島、日本列島、台湾というのは、王化の対象である「東夷」にカテゴライズされます。もともと「化外の地」ですから、中華皇帝が実効支配する土地ではない。現地の支配者に自治を委ね、彼らが帝国に敬意を払い、朝貢してくる限り、さまざまな贈り物を下賜する。「東」について、中国人は特に強い領土的野心を示したことがない。歴史的にそうなんです。

例えば、鄭和の船団は七回にわたって大航海をするわけですけれど、ついに一度も東へ向かわなかった。泉州から出港して、すぐに南下してしまう。東に三日ほどの旅程で、日本列島があるのですけれど、見向きもしない。

こういう「何かをしなかった」場合については、歴史家はあまり興味を示しませんけれど、僕はけっこう国のふるまい方の根幹にかかわる重要な情報が含まれていると思います。

その「東にはあまり興味がない」中国ですけれど、日本がアメリカから自立して、主権国家として独立した国際政治のプレイヤーとなった場合に、どう遇するつもりなのか。日本をイーブン・パートナーとして迎えるということがありうるのだろうか。これはにわかには予測しがたいということです。

 

東アジア諸国の中で、いちばんそのふるまいが予測可能なのは韓国だと思います。87年の民主化以降の韓国は、国としてどういうかたちをとるかについてかなり安定した戦略を持っていて、それは国民的合意を得ている。ですから、日韓連携が一番計画的には実行しやすいと思います。

日本と韓国が相互に信頼しうるパートナーになること、これは他のどの組み合わせよりも現実性が高いし、実現すれば東アジアを安定させるための大きなファクターになります。韓国の人口が六〇〇〇万人ですから、日本と合わせると二億近い人口をもつ、巨大な経済圏ができる。生産力も開発力も両国ともにレベルは高いですから、日韓が連携すれば、一気に政治的にも経済的にも世界的なプレイヤーになれる。

ですから、東アジア共同体を立ち上げる場合には、まず文化的に最も近い韓国との連携をうち固めることから始めるのが合理的だろうと僕は思います。日韓は言語的にも、宗教的にも、倫理観や美意識や、生活文化においても、非常に近いところにいます。この両国が緊密な信頼関係で結ばれれば、東アジアで中国と拮抗しうるだけの力を発揮することができる。

 

実際に、日韓では、草の根レベルでは市民間の文化的な連携は、すでに非常に深い。民主化以前ですと、朴正熙や全斗煥の時代の強権政治、開発独裁に対しては、違和感や嫌悪感を持っていた日本人が多かった。でも、民主化闘争以降、特にここ十年間くらいの韓国の民主制の成熟は眼を見張るほどです。朴槿恵政権を倒した一〇〇万人集会では、ついに一人の死者も出さなかった。軍隊が市民に発砲し、150人を超える死者を出した光州事件が1980年のことですから、韓国の民主主義の急速な成熟ぶりには驚かされます。民主主義の市民への根づきにおいて、日本はすでに韓国に抜かれたと思います。

どうして日本が民主主義の成熟度で韓国に抜かれたのかというと、市民がこの民主主義制度を自力で戦い取ったものではないからです。それは多くの日本人が実感していると思います。これまでずっと目下に見ていた韓国が、気がついてみたら、日本よりも民主主義において成熟していた。このあと、南北統一の問題でも、中国やアメリカとの交渉でも、文在寅大統領は安倍首相よりもはるかに精密な手際で、複雑な交渉を展開するだろうと思います。民主化闘争の中で生き延びてきた文大統領と、何の苦労もなく政権中枢に達した三世政治家では経験の厚みが違う。

しばらくは経済的には日本のほうが上かも知れませんが、このアドバンテージがどこまで続くか、もうわからない。日本がこれから東アジアである程度のプレゼンスを維持したいと思うなら、日韓が相互に尊敬し合えるイーブン・パートナーとなるのが最も合理的な解だと僕は思います。

 

このあいだ、アメリカから来た友人から聞きましたけれど、東アジアにおけるハブ空港は、もう成田じゃなくて、仁川になったそうです。カリフォルニアから日本に来るときの便数がずいぶん違うんだそうです。だから、まずアメリカから仁川に飛ぶ方が選択肢が多い。仁川からなら関空や成田への便がいい。だから、アメリカから日本に来るときに、まず仁川か北京に、というのがもう普通だと聞きました。

僕はここ数年毎年韓国に講演旅行に行っています。毎年、韓国のさまざまな団体が僕を呼んでくれる。いまの日韓関係は政治的には最悪ですけれど、それにもかかわらず、学ぶべきところは日本から学びたいという点では、韓国の人たちは非常に率直だし、貪欲なのです。でも、ひるがえって、日本人の側では、韓国から何を学ぶのか、何を受け入れるのか、どういうかたちで日韓連携を実現するのかという意欲を感じることはほとんどありません。韓国の日本文化吸収の努力と、日本人の韓国に対する無関心、この非対称性が結果的には韓国のアドバンテージをもたらしている。

まずは、日韓連携を優先すべきだと思います。この日韓連携を踏まえて、そこで培った人脈や実績を踏まえて、次の段階に進む。一歩ずつ東アジアを安定させる基盤を手作りしていって、それが最終的には東アジア共同体に結実すればよいと考えます。

僕が考えている東アジア共同体というのは、とりあえずは朝鮮半島と日本列島。ハブになるのが沖縄と台湾です。ロシア、中国、アメリカという三大国に対しては、東アジア共同体は、一定の独立性を持っていなきゃいけないだろうと思います。その中のどれかに与したときは、それは大国に飲み込まれてしまう。

昔から一つの大国と周辺の小国との外交は「合従」か「連衡」かです。アメリカがこれまで西太平洋で展開してきたのは「連衡」政策でした。日本、韓国、台湾とそれぞれ個別に軍事同盟を結んでいた。けれども、同盟国同士の横の連携はとらせない。「分断して統治せよ(divide and rule)」という大英帝国以来の植民地政策をここにも適用していたわけです。

論理的には、これに対してはわれわれ小国が選択する道は「合従」しかない。小国が縦方向に連携する。

 

この戦略の最大のメリットは、中国の「一帯一路」、や「海上シルクロード」構想と同じで、東アジア諸国では、誰でもそれが何を意味するかがわかるということです。「合従連衡」という四文字熟語の意味は、たぶん韓国でも台湾でも、あるいはベトナムでも理解されるはずです。いずこももとは漢字文化圏ですから。合従連衡は秦の始皇帝の時代の話ですけれど、その物語は東アジアでは基礎知識として共有されている。「合従と連衡」の二択と言えば、この地域の人たちには共同的な記憶として共有されている。「種族の記憶」として共有されている。ある政治的なアイディアが身体化しているかどうかということは、その実現可能性に深く関与すると思います。